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絞首刑を煽るインド民主主義:A.ロイ(7)

6.アフザルの自白強制
(1)逮捕時の状況
アフザルは,警察発表では,ジーラーニ自供に基づき,12月15日,スリラナガルにおいて,シャウカトの妻所有のトラックでシャウカトと共に逃亡しようとしているところを,スリナガル警察に逮捕され,このときジェイシェ・モハメドの中心人物Ghazi Babaに渡す予定のパソコン,およびノキア携帯,100万ルピーなどを押収された。このパソコンには議会襲撃用の情報が記録されており,携帯SIMには襲撃実行犯らとの通信記録が残っていたとされる。

しかし,アフザルによれば,逮捕はバス停においてであり,そこでは何も押収されなかった。また,あとで押収されたパソコンやSIMは,押収後も封印されないままであり,不自然なアクセスの痕跡がいくつも残っていた。警察発表は,逮捕時の状況からして,不自然といわざるをえない。

(2)自白強制
それ以上に問題なのが,自白。逮捕されたアフザルは,デリー警察に移送され,激しい拷問と親族を人質にした様々な脅迫により,襲撃事件の細部にまで及ぶ詳細な自白をさせられた。12月20日には,マスコミの前で「自白」を強制され,翌21日には正式の自白調書に署名させられた。アフザルは,S.クマール弁護士宛書簡で,こう述べている。

「スリナガルのバス停で逮捕され,特任部隊(STF)本部に連行され,そこから特別警察とSTFが私をデリーに移送した。スリナガルのパロムポラ警察署で,私の持ち物はすべて没収され,それから彼らに殴られ,そして,もし真実を誰かに話すと妻も家族もひどい目に遭わせると脅迫された。私の弟のヒララ・アフマド・グルさえも令状なしで警察に連行され,2~3ヶ月も勾留された。これは,ACPのラジビール・シンから聞いて初めて知ったことだ。特捜警察は,もし警察のいうとおり話せば,家族を痛めつけたりしないと私にいい,また,私の容疑を軽くし,しばらくすれば釈放してやる,という偽りの約束もした。私にとって,最も大切なのは,家族の安全だった。私には,STFが人びとを,すなわちカシミールの人びとを,どのようにして殺すか,また,彼らが拘置所で殺したあと,どのようにして消してしまうかが,この7年間の経験からよく分かっている。」(“Letter to His Lawyer”)

「[12月20日の]夕方,ラジビール・シンが,家族と話がしたいか,と私に話しかけた。はい,と私は答えた。そして,私は妻と電話で話した。電話が終わると,シンは,妻と家族に生きていてほしいなら,あらゆるところで彼らに協力せよ,と私にいった。彼らは,私をデリーの様々な場所に連れて行った。それらは,ムハンマドが様々なものを入手したところだった。彼らは,私をカシミールに連れて行ったが,そこでは何もせず戻ってきた。そして,彼らは私に200~300枚の白紙に署名させた。」(Ibid)

(3)憲法における自白強制の禁止
このような自白強制については,ベテラン記者のD.S.ジャーも,次のように批判している。

「警察は,自分を自分の法としてしまった….。警察は,まず逮捕し,そのあとで自白を絞り出せばよいと信じている。….これが,われらがかつて誇りにした民主主義のいまの素顔である。」(N. Mukherji,”The Media and December 13,” Outlook, Sep.30, 2004)

自白強制は,むろんインド憲法でも,日本国憲法と同様,禁止されている。

インド憲法第20条(3)「犯罪の訴追を受けた者は,自己に不利益な証人となることを強制されない。」

日本国憲法第38条 「(1)何人も,自己に不利益な供述を強要されない。(2)強制,拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は,これを証拠とすることができない。(3)何人も,自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には,有罪とされ,又は刑罰を科せられない。」

しかし,強引な自白強制は,特にテロ容疑者については頻発している。この点については,Human Rights Watchなどが厳しく批判している通りである。

Human Rights Watch, The Anti-Nationals: Arbitrary Detention and Torture of Terrorism Suspects in India, Feb.2, 2011

(4)弁護される権利の否定
それでも,もしアフザルにまともな弁護士がついておれば,あまりにもムチャな自白は法廷で最初から証拠として採用されなかったであろう。

ところが,驚くべきことに,アフザルは,事実上,弁護士による弁護を受けなかった。裁判所は,アフザルの希望を認めず,自ら若い弁護士を選任し,アフザルにつけた。ところが,この弁護士は,拘置所のアフザルと一度も面会せず,アフザルのための証人を一人も呼ばず,検察側の証人に対しては一度も反対尋問を行わなかった。

「ティハール刑務所の厳戒区域に収容されていたため,一週間は,弁護士など外部の人々と連絡することは困難であった。そのようなとき,インディアン・エクスプレス紙をみると,私の弁護士が私のために高裁に次のような申し立てをしたというニュースが出ていた。私(アフザル)は,死刑を受け入れるが,ただ一つ,死の苦痛を軽減するため縛り首による死刑ではなく,強力な致死性薬物の注射による死刑への変更を要望したい,と。このような偽りの申し立ては,私は断じて認めない。それは,私に知らせることも同意を得ることもなく,実際には,私の弁護士が自分で勝手に申し立てたことであり,私の上訴そのものを嘲笑し無駄骨とするものに他ならない。」(“Letter to All India Defence Committee”)

(5)最高裁判決文の曖昧さ
以上は,アフザル被告自身の申し立てであり,そのまま受け取ることは,むろんできない。自白に関する最高裁の判断について,ロイは証拠採用を留保したと解釈しているが,P.V. ReddiとP.P.Naolekarは,「最高裁は『[被告側の]そのような主張に真実はない』と断定した」と解釈している。最高裁の判決文は,こうなっている。

「この[弁護されなかった]という申し立ては,真実ではない。事実審(第一審)弁護士は,アフザン被告のため効果的な法的支援をするため最善の努力をした。….弁護人非難は,控訴段階で持ち出されたあと知恵と考えられる」(18(A1) Case of MOHD. Afzal)

「警察は,熱意のあまりメディア会見を開き,弁護人から,その公開方法について厳しい指摘を受けた。….[しかしながら]この警察の誤った方法は,検察側にも被告側にも,有利にも不利にもならない,と考えられる。」(Ibid)

「アフザルが自白を否定する諸根拠は,首尾一貫していない,と判断される。アフザルは2002年7月2日付申立書において,….上述のように述べたといいながら,他方では,白紙に署名したと述べている。このいわゆる矛盾が,自白の真実性と任意性にかかわるとは,われわれは考えない。われわれは,弁護側申し立ての中の矛盾を根拠として事件を組み立てるよりも,むしろそのような主張を否定する一方,被告が語ったことの内容そのものを見ていかなければならない。」(Ibid)

この最高裁判決文は,持って回った表現であり,わかりにくい。ロイがいうように,いくつか重要な留保をしているが,自白そのものの証拠能力は,事実上,認めているように考えられる。

しかしながら,テロ容疑で逮捕されたカシミール人の処遇については,アフザルやロイの主張の方が,最高裁の形式的な判決文よりも,はるかに説得力があるように感じられる。アフザルの自白調書は,おそらく厳重に警戒隔離された拘置所内で,弁護士の支援も得られないまま,拷問と家族を人質とした脅迫の下で作成されたのだろう。細部まで異様なまでに詳しく記述された自白調書,そのようなものが信用できるはずがない。

【参考】
日本国憲法第37条【刑事被告人の権利】1 すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。
2 刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。
3 刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。

130310
  ■カシミールの刑務所(同HPより)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/03/10 at 20:41

絞首刑を煽るインド民主主義:A.ロイ(4)

4.裁判の概要
(1)逮捕(2001年12月)
国会襲撃事件で逮捕・起訴されたのは,次の4人である。

▼アフザル(Mohammed Afzal Guru)
1969年カシミール生まれ。妻Tabasumと息子。ジャム・カシミール解放戦線(JKLF)参加。デリー大学卒(1994)。国境治安部隊投降(1994)により「投降ミリタント」となる。医療品業を営み,スリナガルとデリーを往復。2001年12月15日,スリナガルの果物市場で,いとこのシャウカトとともに逮捕。

[容疑]テロ防止法2002(POTA),爆発物取締法および刑法に定める罪。
[記者会見]2001年12月20日,デリー警察が記者会見,アフザルを引き出し自供強要。

    130303a ■アフザル(Times of India, Feb 9, 2013)

▼シャウカト(Shaukat Hussain Guru)
アフザルのいとこ。果物商。12月15日,スリナガルでアフザルとともに逮捕。

▼アフザン(Afsan Guru)
シャウカトの妻。アフザルとシャウカトが逃亡を図ったと警察の主張するトラックの所有者。アフザルとシャウカトの逮捕後,逮捕される。妊娠中。刑務所内で出産。

▼ジーラーニ(S.A.R. Geelani)
デリー大学アラビア学講師。デリーで拘束され(12月14日?),その後,逮捕(15日)。

   130303b  ■ジーラーニ(Outlook, Feb 28, 2005)

(2)起訴(2002年5月14日)
早期結審法廷(fast-track court)に被告4人を起訴。[罪状]テロ防止法2002(POTA),爆発物取締法および刑法に定める罪。

(3)テロ防止法特別法廷(第1審)判決(2002.12.18)
  ・アフザン:投獄5年
  ・ジーラーニ,シャウカト,アフザル:死刑

(4)デリー高裁判決(2003.10.29)
  ・シャウカト,アフザル:死刑
  ・ジーラーニ,アフザン:無罪

(5)最高裁判決(2005.8.4)
  ・アフザル:死刑(2013年2月13日午前8時,絞首刑執行。Tihar刑務所内埋葬)
  ・シャウカト:投獄10年(素行良好により6月短縮し,2010年12月釈放)
 
[死刑判決理由]
「アフザルの自供とは別に,状況証拠を検証する。・・・・それゆえ[かりに自供を除外しても],アフザルがこの重大な共謀犯罪の一員であったことを示すに十分なだけの状況証拠がある,と判定される。」

「本件における最も適切な刑罰が死刑であることに疑いの余地はない。第1審(事実審)裁判所と高等裁判所もそう審判した。これは,インド共和国の歴史に類例を見ない事件であり,まさしく希有な事件の中でも最も希有な事件(rarest of rare cases)である。強力な武器と爆発物を使い,インドの多くの国民代表議員や憲法設置機関や政府職員の安全を脅かし,治安部隊を攻撃し,もって主権的な民主主義制度を攻撃し覆そうとする――これは,最も危険なテロ行為に他ならない。これこそ,希有な事例の中でも最も希有な事例(rarest of rare cases)の典型的な実例である。」

「この事件は,重大な被害をもたらし,全国を震撼させた。社会の集合的良心(the collective conscience of the society)は,襲撃犯に死刑を科すことによってのみ満足させられるであろう。テロリストや共謀犯の行為はインドの統一・統合・主権に対する挑戦であり,反逆・陰謀犯と判明した者には極刑をもって償わせる以外に方法はない。上訴人は投降ミリタント(surrendered militant)であり,国家反逆行為を繰り返した。上訴人は社会の脅威(a menace to the society)であり,その生命は絶たれねばならない。したがって,死刑判決は支持される。」
  (出典) CASE OF MOHD. AFZAL (A1), Supreme Court Judgment, in Outlook.

(注)複雑な事件のため不正確な部分があるかもしれない。もしあれば,後日訂正する。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/03/03 at 14:50

カテゴリー: インド, 司法, 人権

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