ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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スーダン銃弾供与問題と露払い朝日新聞

1.韓国軍への武器(銃弾)供与
安倍政権の軍国主義化は向かうところ敵なし,特定秘密保護法を電光石火で成立させ,今度は,12月4日発足の国家安全保障会議(NSC)において,12月23日,スーダン派遣陸自銃弾1万発の韓国軍への供与を決定,ただちに閣議決定し,同日,引き渡した。この銃弾引き渡しについて,読売新聞は,こう報道している

—(以下引用)——————
井川1佐などによると、日本時間の22日未明、ジョングレイ州のボルで活動する韓国隊の隊長から、「ボルの活動拠点内には1万5000人の避難民がいる。敵については北から増援も確認。1万発の小銃弾を貸してほしい」と電話で要請があった。日本側が小銃弾を引き渡したところ、23日夜、韓国隊から「ボルの宿営地と避難民を守るために使う。本当にありがとうございました」と連絡があったという。(読売新聞12月25日
—(以上引用)——————

この武器(銃弾)供与は,明白な違憲違法。まさか引き渡し後の追認閣議決定ではあるまいが,歴史に照らして,その疑いですら払拭しきれないほど危険な軍事的冒険である。

そもそも軍隊(自衛隊)が海外派兵(派遣)されれば,このような事態は当然予想されること。状況がさらに切迫すれば,今回と同じ「緊急の必要性・人道性」(官房長官談話12月23日)を理由に,自衛隊が直接戦闘に参加することすら十分あり得る。

2.朝日の海外派兵煽動
ここで批判されるべきは,朝日新聞。先に指摘したように(下記参照),そのような事態が十分にありうることをよく分かった上で,自衛隊スーダン派遣を煽り立てたのだ。(もし想定外と弁解するなら,ジャーナリズム完全失格)

朝日新聞は,変節後の社是「地球貢献国家」により,日本の軍国主義化の露払いをしてきた。朝日の「地球貢献国家」は,本質的に,安倍首相の「積極的平和主義」と同じものである。朝日が特定秘密保護法に反対したのも今回の弾薬供与を批判しているのも形だけ,実際には,押したり引いたりしながら,地球貢献国家=積極的平和主義国家実現のための露払いをしているににすぎない。

朝日は,自社の歴史から何も学んでいないといわざるをえない。

朝日社説の陸自スーダン派兵論(再掲)
良心的兵役拒否国家から地球貢献国家へ:朝日の変節
自衛艦をソマリア沖に派遣せよ,朝日社説
自称「右翼軍国主義者」の「積極的平和主義」:安倍首相の国連演説

谷川昌幸(C)

朝日社説の陸自スーダン派兵論(再掲)

Written by Tanigawa

2013/12/25 at 13:20

京都の米軍基地(28):和による抵抗の苦悩と悲哀

経ヶ岬の空自分屯基地付近に行ってみて気づくことの第4は(→第1第2第3),米軍Xバンドレーダー基地問題で分断の瀬戸際にある地域社会の苦渋の抵抗である。京丹後市長も「苦渋の決断」をしたらしいが,地域住民に比べれば,その苦渋など,渋茶の渋ほどにもあたらない。(→「苦渋の判断」の甘さ

1.呉越同舟ポスター掲示
下の写真は,空自基地の地元,尾和地区の旧道側で撮影したもの。前回述べたように,米軍反対看板やポスターは,経ヶ岬~袖志~穴文殊~尾和付近の国道沿いには一つも見当たらなかった。ところが,尾和の旧道の地区中心付近には,反対ポスターが1枚,壁に貼ってあった。しかも,見よ,自民党安倍首相の「日本を取り戻す」ポスターと並んで!

誰が,何の目的で,この2枚のポスターを,ここに並べて,しかも微妙な距離をとりつつ,貼っているのだろうか?

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 ■尾和バス停付近のポスター掲示(12月9日)

空自基地から少し西の久僧地区まで行くと,そこにはさらに衝撃的なポスター掲示がある。共産党のポスターが,自民党ポスターと航空自衛隊=自衛隊京丹後地域事務所ポスターに囲まれ,掲示されている。久僧地区では,自民党や自衛隊と共産党が仲良しだからだろうか? まさか! では,どうして?

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 ■久僧「呉越同舟ポスター掲示」(2013年12月9日)

2.ネパールの呉越同舟ポスター掲示
実は,尾和地区や久僧地区の掲示を見たとき,「あれ? あれと同じだ!」と,驚きを禁じえなかった。唐突と思われるかもしれないが,これらの掲示の醸し出す雰囲気は,つい先日(11月19日)実施されたネパール制憲議会選挙のポスター掲示の雰囲気とそっくり同じなのだ。(→多党共生文化

ネパール制憲議会選挙では,コングレス党,統一共産党,マオイストの三大政党が激しく争った。特にマオイストと他党は,人民戦争(1996-2006)で戦い,双方に多くの死傷者を出した。残虐なゲリラ戦の記憶は生々しく,親族や知人が犠牲になった人も少なくない。マオイストと反マオイスト諸党は本来不倶戴天の敵であり,また,コングレス党と統一共産党も相互に敵対し,あちこちで暴力沙汰を引き起こしてきた。

選挙では,当然,そうした激しい党派争いが,地域社会に持ち込まれる。しかし,それを座視すれば,地域社会は分断され,住民同士,いや肉親であっても,敵対し憎み合うことになってしまう。それを防止し,地域社会の平和を守るにはどうすべきか?

ここから先は,よそ者の想像にすぎないが,観察した限りでは,地域社会が緊密であればあるほど,敵対する党派を外面的には共存させる方法をとっていた。

古い伝統をもつ小都市コカナでは,1軒の家の壁に,統一共産党・マオイスト・コングレス党の旗が,この順で並べて立ててあった。同じような旗やポスターの掲示が,ブンガマティ,キルティプルなど緊密な人間関係を持つ古い地域共同体では,どこでもいたるところで見られた。

私が見るに,これは内戦で殺し合ってきた党派間の抗争,あるいは政党間の激しい権力闘争を地域共同体に持ち込ませないための苦肉の策である。政治的立場や利害の対立はあるにせよ,共同体内では事を荒立てないことによって,かろうじて「」は保たれる。

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 ■三党の旗を掲げるコカナの民家(2013年11月)

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 ■古都キルティプルの諸党旗掲示(2013年11月)

このように,毎日,鼻突き合わせ暮らさざるをえない狭い地域共同体の人々にとっては,「を以て貴しとなす」は身体化された生活の知恵であり,結局,それしか他に方法はあるまい。ネパールの古い町や村にとっても,日本の地方の小さな伝統的地域共同体にとっても。

3.「和」による抵抗の苦悩と悲哀
しかし,それで地域社会の平和がこれからも守り抜けるかといえば,これは悲観的とならざるをえない。ネパールに襲いかかっているグローバル資本主義化の荒波は,たとえ政争を表向き棚上げしたとしても,伝統的生活を根底から揺るがせ,「」の成立基盤そのものを蚕食しつつある。

同じことが,京丹後の村や町についても言える。米軍Xバンドレーダー基地問題について,地元の人々は,事を荒立てず,「」を優先することによって,日々の生活の場たる地域共同体だけはともかく守り抜こうとしている。

しかし,Xバンドレーダー基地設置は,はるかかなたの東京やワシントンで米政府とその下請けたる日本政府が決定し,上から権力的に日本の秘境,丹後半島に押しつけようとしているものである。これに,地元社会は真正面からの表立った抵抗は出来ない。そのような抵抗を始めたら,地域社会が崩壊するから。

ところが,このXバンドレーダーは,先述のように,地元を必然的に「Xバンドレーダー体制」に造り替える。もし京丹後が「」を優先し,権力の押しつけに真正面から抗しないままズルズル流され,結局は「Xバンドレーダー体制」を受け入れ順応するなら,その限りで地域社会の「」は保たれるかもしれないが,そのときの丹後はもはや今の丹後ではありえない。守られるべき地域共同体は,そこにはない。丹後は,特定秘密保護法と共謀罪のモデル地区となっているであろう。

航空自衛隊経ヶ岬分屯基地付近の「呉越同舟ポスター掲示」は,「」をもってしか抵抗しえない地域社会の深い苦悩と救われようのない悲しみを,道行くよそ者観光客に訴えかけているように思われてならない。

谷川昌幸(C)

京都の米軍基地(26):地域社会の分断

経ヶ岬の空自分屯基地付近に行ってみて気づくことの第3は(→第1第2),米軍Xバンドレーダー基地反対の立て看板やポスター類がほとんどなくなっていること(12月9日現在)。これには驚いた。

京丹後において,米軍Xバンドレーダー基地反対の旗色を鮮明にしているのは,政党としては,事実上,共産党だけだが,その共産党の反対看板ですら,ほとんどなくなっていた。

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 ■尾和5月31日/尾和12月9日

しかし,そこは不屈の共産党,わずかだが看板を残し,意地を見せている。特に感動したのが,下半分を破られた基地反対ポスターを,あえてそのまま掲示し続けていること。

誰がこのポスターを破り,誰が残りの半分をそのまま残す決断をしたのか,よそ者には事情はまったく分からない。が,この破られた半分の基地反対ポスターほど,地域社会の苦悩をよく物語るものはない。

そう,文字通り,地域社会の分断なのだ。よそ者の絵解きにすぎず,見る者にはそう見えるというにすぎないが,破る方も全部ではなく下半分しか破れず,上半分は残した。そして,破られた方も,米軍基地への抗議に加え,破った者への抗議をも込めて,あえて撤去せず,そのまま上半分を残したということではないか。

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 ■上野5月31日/上野12月9日

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 ■平5月31日/平12月9日

米軍Xバンドレーダーは,住民の安全を守るどころか,早くも地域社会の平和を,奥深いところから,陰湿に,むしばみ始めているのだ。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/12/18 at 11:16

制憲議会選挙2013(25):NHKのネパール選挙「偏向」報道

グローバル化時代であり,ネパール制憲議会選挙も,日本の政治に利用されることはある。それは自明のことだが,たとえばNHKニュース「ネパール議会 連立協議行われる見通し」(12月4日)のように「大胆・露骨」かつ「巧妙」にやられると,よほど用心していないと,ヤバイことになる。

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 ネパールで先月投票が行われた制憲議会選挙は、中道路線の「ネパール会議派」が第1党になりましたが、過半数には届かず、主な政党による連立協議が行われる見通しになりました。
 ネパールの選挙管理委員会によりますと、先月19日に投票が行われた制憲議会選挙は、中道路線の「ネパール会議派」が196議席を獲得して第1党になりましたが、過半数の301議席には届きませんでした。
 第2党は、175議席を獲得した「統一共産党」で、今後この2つの党を軸に連立協議が行われる見通しになりました。
 武装闘争を放棄して前回5年前の選挙で第1党になった「ネパール共産党毛沢東主義派」は、80議席しか獲得できずに第3党に転落し、この5年間、憲法の制定ができずに政治が混乱したことに対する国民の批判が集中した形になりました。
 「毛沢東主義派」は、選挙に不正があったとして結果を認めない姿勢を示していて、連立政権の成立までには混乱も予想されます。
 日本は2007年から4年間、ネパールに自衛隊の隊員を派遣して国連の代表団の要員として停戦の監視に当たるなど内戦からの復興を支援していて、今回の選挙を受けて新たな国づくりが軌道に乗るか注目されています。
 (http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131204/k10013567321000.html 強調引用者)
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この記事が「大胆」であることは,ネパール事情を多少とも知っている少数の人々には,すぐ分かる。陸自隊員がネパールに行った最大の目的は,海外派兵の訓練兼広報宣伝のためであり,平和貢献は口実にすぎない。たった数名(事務要員をのぞく)で行き,くるくる交代し,いったい何ができるというのか? この点については,陸自ネパール派遣参照。

しかし,ネパール事情をほとんど知らない人――大多数の日本人――がこの記事を読めば,ネパール派遣陸自隊員が大活躍し,今回の制憲議会選挙の「成功」をもたらしたと誇らしく思い,今後は日本も積極的に海外派兵すべきだと考えるようになるのは,ごく自然な成り行きだ。実に巧妙。世論操作のモデルケース教材として大学で使えそうだ。

131205 ■ネパールの自衛隊

では,皆様のNHKが,なぜこのような「大胆・露骨」にして「巧妙」な世論操作をするのか? それは,いうまでもなく安倍政権に操作されているからである。松田浩氏は,「政権のNHK支配監視を――露骨な人事 情報統制の発想」において,こう警告している。

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 公共放送NHKが,安倍政権の“政治的人事”で,危機に立たされている。さきの経営委員人事で,安倍首相が新任の4委員を自らに極めて近い,“安倍一族”で固めたためだ。
 半世紀以上,NHKと政府の関係をウォッチしてきたが,このような露骨きわまる人事は見たことがない。・・・・
 伝統的に権力の意向を“忖度”することにたけたNHKの体質を考えれば,原発,教育,歴史問題,集団的自衛権などを報じる際の現場への萎縮効果は計り知れない。・・・・
 安倍首相は経営委員人事をテコに,NHKの直接支配に乗り出したのである。
 時あたかも特定秘密保護法案が衆院で強行採決された。共通して底流にあるのは,国民に与える情報をコントロールしようという安倍政権の発想である。・・・・
 ただでさえ,日頃から政権よりの報道が目につくNHKである。「みなさまの公共放送」が戦前と同じ「国家の公共放送」に変貌することがないよう,視聴者・国民による厳しい監視の目が必要だろう。(朝日新聞,2013年12月4日)
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日本は,ネパール平和構築のため,官民とも非軍事の分野で様々な多くの貢献をしてきた。これに対し,派遣自衛隊の活動など,全くといってよいほど現地ネパールの人々には知られていなかった。それなのに,他分野の大きな貢献をさしおき,NHKは派遣自衛隊の貢献を特記した。

これは,たまたまそう書いたのではない。安倍政権の「直接支配」か,それとも「権力の意向の“忖度”」か,それは分からないが,この記事に一定の政治的意図が隠されていることは否定すべくもあるまい。

追加](12月6日22時半)
特定秘密保護法案が参院強行採決目前,世論は沸き立ち,国会も国会の外も極度に緊迫している。

その最中,皆様のNHKは,看板番組ニュースウオッチ9(21:00-22:00)において,長々と自衛隊の宣伝番組を流した。「“被災地に勇気を”自衛隊歌姫の『祈り』」。違和感を通り越し,番組放送の裏を“忖度”せざるを得なかった。

自衛隊は「特定秘密」の巣窟。番組は,その自衛隊の演奏活動を,被災地支援活動という誰にも異を唱えにくい形で,情緒たっぷりに伝え,視聴者を涙させた。

特定秘密保護法体制は,強面だけで成立し維持されるわけではない。

12月6日午後11時半,自公強行採決により,特定秘密保護法成立!

谷川昌幸(C)

自称「右翼軍国主義者」の「積極的平和主義」:安倍首相の国連演説

安倍首相が,自称「右翼の軍国主義者」として,H・カーン賞受賞スピーチ(9月25日)と国連総会演説(9月26日)において,「積極的平和主義」を唱えた。

このうち自らを「右翼の軍国主義者(right-wing militarist)」と称したのは客観的な正しい事実認識だが,「積極的平和主義」の方は極めて欺瞞的である。外国と英語を利用した巧妙な詐術。こんな不誠実な元首演説を許してはならない。

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 ■安倍首相の国連総会演説(9月26日)

1.”under control”以上に危険な「積極的平和主義」
安倍首相は自他ともに認める「右翼」だから,夷狄たる諸外国ないし国際社会の常識は端から無視している。リオデジャネイロでは,カタカナ英語で”under control”と放言した。国際社会の常識では,福島原発の現状は”un-controlled”あるいは”out of control”だが,そんなことは全く意に介さない。

このような用語法は,「右翼の軍国主義者」の伝統に則っている。周知のように,帝国陸軍は対中「戦争」を「事変」と呼び換え誤魔化した。また,戦況不利で退却を余儀なくされると,それを「転進」と呼び換え誤魔化した。しかし,国際社会の常識では,中国での戦いは「戦争」であり,部隊の後退は「退却」ないし「敗退」である。

このような言葉による誤魔化しは,国際社会では通用しなかったが,不幸なことに,いや滑稽かつ悲惨なことに,日本社会では効果絶大であった。帝国臣民は素直に「事変」と信じ,暴支膺懲に走った。そして,帝国陸海軍の「転進」は,結局,大日本帝国それ自体を破滅させることになった。「敗退」,「退却」であれば,敗因と責任が解明され,次の作戦に生かされていたはずだが,「転進」,「転進」と叫んでいるうちに,銃後の臣民ばかりか軍自身もそれを信じてしまい,同じような失敗を繰り返し,戦況を見失い,あげくは,あの破滅的敗戦の悲惨を招くことになってしまったのである。

福島原発も,”under control”と言いつのっているうちに,当事者までそれを信じ,ますます事故原因の解明や責任追求がおろそかとなり,結局は帝国陸海軍と同じような破滅への行程を辿ることになってしまう可能性が高い。

安倍首相の「積極的平和主義」もまた,このような呼び換え語法の一変種である。安倍首相は,国際社会では「消極的平和」と呼ばれているものを「積極的平和主義」と呼び換え,国連総会演説やH・カーン賞受賞スピーチで,それを日本政府の平和貢献への基本指針とすると宣言した。これは”under control”に勝るとも劣らない危険な重大発言である。

 131001c ■H・カーン賞受賞スピーチ(9月25日)

2.消極的平和の定義
安倍首相の掲げている平和は,国際社会の常識では,積極的平和ではなく,消極的平和(negative peace)である。これは,「平和」を「戦争のない状態」と定義する。「ない」というnegativeな形での定義なので,「消極的(negative)平和」と呼ばれている。

消極的平和は,近代の基本的な平和概念であり,これは「力のバランス(balance of power)」によって実現されると考えられていた。だから,平和(戦争のない状態)の実現には,「力」(中心は軍事力)が不可欠であり,常に相手をにらみながら軍事力を増強することが求められた。

この消極的平和は現在でも根強く支持されており,日本の歴代政府も基本的にはこの立場をとってきた。安倍内閣もそれを継承したが,従来の慎重に限定された自衛隊の役割には満足できず,その制限を一気に取り払う政策へと大きく方向転換した。軍隊の抑止力による平和(消極的平和)が前面に打ち出され,憲法解釈変更による集団的自衛権行使の承認や憲法9条の改正,あるいは日米安保の強化が強く唱えられるようになったのは,そのためである。国際常識から見ると,このような安倍首相の平和政策は,まちがいなく「消極的平和主義」である。

3.積極的平和の定義
これに対し,積極的平和(positive peace)は,第二次世界大戦終結前後から注目されはじめ,ガルトゥングらの努力により,冷戦終結後,急速に有力になってきた平和の考え方である。積極的平和は,単に戦争のない状態,つまり消極的平和は真の平和ではないと考える。たとえ戦争が無くても,社会に貧困,差別,人権侵害などの構造的暴力があれば,あるいは日本国憲法の文言で言うならば「専制と隷従,圧迫と偏狭」などがあれば,その社会は平和とはいえない。構造的暴力は紛争原因となり,紛争は戦争をも引き起こす。だから真の平和は,構造的暴力が存在せず,人々が基本的人権を享受しうるような積極的(positive)な状態でなければならないのである。

この積極的平和の実現には,軍隊はほとんど役に立たない。構造的暴力は,非軍事的な人間開発*によってはじめて効果的に除去できる。消極的平和が軍事的手段によって「戦争のない状態」の実現を目指すのに対し,積極的平和は平和的・非軍事的手段によって「戦争原因のない積極的平和」の実現を目指すのである。
 *「人が自己の可能性を十分に発展させ、自分の必要とする生産的・創造的な人生を築くことができるような環境を整備すること。そのためには、人々が健康で長生きをし、必要な知識を獲得し、適正な生活水準を保つための所得を確保し、地域社会において活動に参加することが必要であるとする。パキスタンの経済学者マプープル=ハクが提唱した概念(デジタル大辞泉)」。国際社会ではUNDPが中心になって人間開発に取り組んでいる

4.呼び換えとしての「積極的平和主義」
以上が,平和の二概念に関する国際社会の常識である。だから,私も,当然,安倍首相がこの国際常識に従って「積極的平和」を唱えたものと思っていた。ところが,驚いたことに,実際には,そうではなかった。安倍首相は,消極的平和への貢献を積極的平和主義と呼び換え,そのための軍事的貢献を国際社会に約束したのである。

まず注目すべきは,用語法。日本語の方は,国連演説(日本語)でもH・カーン賞受賞スピーチ日本語訳でも「積極的平和主義」となっている。ところが,英語の方は,いずれにおいても,”Proactive Contribution to Peace”ないし”Proactive Contributor to Peace”となっている。(国連演説英訳H・カーン賞受賞スピーチ英語原文

当初,安倍首相が「積極的平和主義」を唱えたと報道されたので,私は,てっきりガルトゥングらのいう”positive peace”,あるいは非軍事的手段による平和貢献を語ったのだと思い,大いに期待した。ところが,そうではなかった。”positive”はなく,その代わりに”proactive”が「貢献」の前に置かれ,日本語版では「積極的平和主義」と表記されていたのだ。巧妙な呼び換え,いや欺瞞,詐術とさえ言ってもよいかもしれない。

それでも英語の方は”proactive”と言っているので,少なくとも外国では大きな誤解は少ないだろう。”proactive”という用語は,”proactive defense”という形でよく使用されるように,事前・先手の対策,その意味での積極的防衛という意味合いが強い。安倍首相は,H・カーン賞受賞スピーチで具体例を挙げ,”proactive”をこう説明している。

現在の日本国憲法解釈では,国連PKO派遣自衛隊は,隣の派遣外国軍が攻撃されても助けられない。また,日本近海の米艦が攻撃されても,自衛隊の艦船は米艦を助けられない。これは”proactive”ではない。だから「日本は,地域の,そして世界の平和と安定に,今までにもましてより積極的に(proactively),貢献していく国になります」。つまり,平たく言えば,憲法は集団的自衛権行使を禁止しているというこれまでの政府解釈を変更し,あるいは機を見て憲法9条を改正し,自衛隊を普通に戦える軍隊に変えることによって,自衛隊を戦う軍隊として国連PKOや多国籍軍,あるいは日米共同軍事作戦に参加させるということである。

これは,いうまでもなく軍事力による平和貢献であり,目指されている平和は,結局,「消極的平和」ということになる。消極的平和への”proactive”な貢献!

ところが,日本国内向けの日本語版になると,安倍首相はもっぱら「積極的平和主義」を唱えたということになり,これだけでは従来一般的に使用されてきた「積極的平和(positive peace)」と見分けがつかない。実に紛らわしい。というよりもむしろ,意図的に紛らわしい用語を用い,積極的平和を支持してきた多くの人々を惑わせ,取り込むことをひそかに狙っているように思われる。

5.日本国憲法と積極的平和への貢献義務
平和的・非軍事的・非暴力的手段による平和貢献と,軍事的手段による平和貢献は,原理的に全く異なる。日本国憲法が規定しているのは,いうまでもなく非軍事的手段による積極的平和への貢献である。

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日本国憲法 前文
われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
We desire to occupy an honored place in an international society striving for the preservation of peace, and the banishment of tyranny and slavery, oppression and intolerance for all time from the earth. We recognize that all peoples of the world have the right to live in peace, free from fear and want.

第二章 戦争の放棄
第九条  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
CHAPTER II RENUNCIATION OF WAR
Article 9. Aspiring sincerely to an international peace based on justice and order, the Japanese people forever renounce war as a sovereign right of the nation and the threat or use of force as means of settling international disputes.
In order to accomplish the aim of the preceding paragraph, land, sea, and air forces, as well as other war potential, will never be maintained. The right of belligerency of the state will not be recognized.
——————————

これは,世界に先駆けた積極的平和の宣言に他ならない。日本国民は,非軍事的・非暴力的手段により世界の構造的暴力(恐怖と欠乏)を除去し,積極的平和(平和のうちに生存する権利)を実現する努力をする,と世界に向け宣言し約束した。憲法は,日本国民が誠実にこの努力を続け,国際社会における「名誉ある地位」を得ることを要請しているのである。これは,軍事的手段による消極的平和への”proactive(積極的)”な貢献のことでは,断じてない。

積極的平和は日本の国是である。そして,それを定めた日本国憲法は「国の最高法規」であり,首相は当然「この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」(98条)。日本国元首たる首相が,違憲の政策を国連総会で国際公約するようなことは断じて許されない。

 131001 ■『あたらしい憲法のはなし』(文部省,1947)挿絵

6.言霊の国
言葉は,どの文化圏でも,霊魂の宿るところとして畏れられ大切にされてきた。キリスト教では「はじめに言葉があり,言葉は神であった」のであり,日本は「言霊の国」とされてきた。

ところが,その「言霊の国」日本で言葉を最も軽んじ弄んできたのは,日本固有の文化と伝統を守るはずの「右翼の軍国主義者」らであった。

「事変」と「転進」に誤魔化されたように,いままた”under control”や「積極的平和主義」に誤魔化され,体制翼賛に走ると,日本は再び道を大きく誤ることになるであろう。

[参照1] 安倍首相の怪著『美しい国へ』

[参照2]
●『積極的平和主義を目指して』総合研究開発機構(NIRA),2001年
 日本が積極的平和主義を目指して世界のために貢献しようとするのであれば、国連の平和維持活動(PKO)にこれまで以上に積極的に参加していく必要がある。・・・・以前として凍結されたままになっている自衛隊の部隊などによるいわゆる平和維持活動の本態業務の早急な凍結解除が望ましい。・・・・
 本体業務の凍結解除に続いて必要とされるのは、いわゆる日本のPKO五原則の見直しである。冷戦後は、紛争当事者が確定し難い内線型の紛争が頻発するようになったこともあり、停戦合意の存在や日本の参加への関係当事者の同意等の条件に関しては、国連の平和維持活動開始の決定により満たされたものとみなすとの趣旨の法改正が望ましい。また、派遣隊員などによる武器使用についても憲法解釈の問題はあるが、国連の慣行との整合性を図る努力が必要であろう。・・・・ (誤字が多いが原文のまま引用)
(NIRA出版物情報 http://www.nira.or.jp/past/pubj/output/dat/3502.html)

『新・戦争論 積極的平和主義への提言』伊藤憲一著,新潮新書,2007年
(1)書評:小田嶋隆(日経ビジネス2007年11月16日)
 筆者によれば、最も重大な点は、憲法第九条の二項(←「大きな問題があります」と言っている)にある。
 すなわち、第二項が〈過ぎ去った「戦争時代」の発想や思考で雁字搦めになっているからです。このままでは日本は不戦時代に入りつつある世界の流れから取り残されるだけでなく、不戦時代を作りだそうとする世界のコンセンサスに背くことにさえなります。現行の第二項は「終わった戦争」や「終わった時代」に固執して、不戦時代の到来という新しい時代をまったく理解していないからです〉[P153]というのだ。
 で、その「新しい時代」である「不戦時代」の要請に応えるために、日本は、「あれもしない」「これをしない」という偽物の平和主義から脱却し、「あれもする」「これもする」という「積極的平和主義」へと踏み出さねばならないということらしい。
 ちなみに、本書の末尾の一文はこうなっている「見て見ぬふりをする消極的平和主義から、市民としての義務を果たす積極的平和主義へと、日本人はその平和主義を脱皮させる必要があります。世界的な不戦共同体に参加し、その共通の目的に積極的に貢献することこそが、われわれに求められている課題であると言わねばなりません」[P177]
 つまり、目的が「戦争」でないのだから、軍事力の行使もアリだ、と、そういうことなのだろうか?
 著書の言う「積極的平和主義」が、かつて歴史の中で繰り返されてきたように、開戦の口実にならなければよいのだが。
(http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20071115/140706/)

(2)書評: 堂之脇光朗(日本紛争予防センター理事長)
 加えて、「積極的平和主義」も提言されている。「あれもしない、これもしない」といった「消極的平和主義」は戦争時代の思考法にとらわれた偽物の平和主義であり、国連の平和維持活動などのために「あれもする、これもする」との積極的平和主義こそが不戦共同体の一員としての日本の選択であるべきだとしている。7年ほど前に総合研究開発機構(NIRA)が「戦争の時代から紛争の時代へ」などとして、「積極的平和主義を目指して」と題する研究報告を発表したことがある。その後、国連に平和構築委員会が設置され、わが国の防衛庁も防衛省に改組された。このような最近の時代の流れからみても、積極的平和主義がわが国の進むべき道であることは間違いないであろう。
(http://www.jfir.or.jp/cgi/m-bbs/contribution_history.php?form%5Bno%5D=547)

谷川昌幸(C)

京都の米軍基地(13):「Xバンドレーダー体制」の危険性

1.京都府,Xバンドレーダー容認へ
京都新聞(7月30日)によれば,京都府の山内副知事は29日,米軍Xバンドレーダー設置に「特に問題はない」とする,いわゆる「専門家」の意見をふまえ,「電磁波については心配はいらないのかなと感じている。内容が詰まってきた」と述べた。

京丹後市議会も,先述のように,22議員(議長1名)中の17議員が早期受け入れ要請書を提出しており,副知事の今回の容認発言により,京都府が近々米軍基地受け入れの最終決定をするのは避けられない情勢になってきた。

2.与件前提の科学的判断
問題はいくつもある。諮問委員会等の,いわゆる「専門家」が,権力の意思に沿うよう選任され,期待通りの答申を出すことは,原発等々で,その実例をいやというほど見せつけられてきた通りだ。いまや国民の多くは,いわゆる「専門家」は信用ならない,と考えている。これは,国民が生活を守るための健全な常識的判断だ。

いわゆる「専門家」は,誰かにより「与えられた条件(与件)」の下で安全性を判断する。これは科学であり,途中の処理に誤りさえなければ,その限りでは科学的に正しい。あるいは,蓋然性が極めて高い。しかし,いわゆる「専門家」の科学的判断は,与件の正しさを証明するものではない。

Xバンドレーダーが,その典型。いわゆる「専門家」は,極秘中の極秘,軍事機密の塊のようなXバンドレーダーの核心部分の情報を教えられてはいない。出力はたぶんこの位であり,たぶんこのような方法で設置され運用されるであろう,という根拠なき推測に基づき,「科学的」安全判定をしたにすぎない。

3.科学的判断の政治的利用
ところが,権力側は,いわゆる「専門家」の限定付きの科学的安全判定をえると,限定付きを棚に上げ,たとえばXバンドレーダーの安全性が科学的に証明されたと宣伝し,反対派を非科学的,無知蒙昧といって非難する。

しかし,真に科学的なのは,与件の妥当性をも疑う反対派の方である。私たちの常識は,北朝鮮はおろか中国奥地までも探知しうるXバンドレーダーが,数十メートル,数百メートルの近くの自宅や田畑,路上や船上にいる人々に,短期的あるいは長期的な影響を与えないはずがない,と警告している。この常識は健全である。

4.「Xバンドレーダー体制」による監視
しかし,Xバンドレーダーの危険性は,むしろ精神に対するものだ。権力は,Xバンドレーダーの議論が電磁波の身体への影響に向かうよう世論を巧みに誘導し,いまや,いわゆる「専門家」の安全判定により,少なくとも京丹後市議会や京都府議会の了承をほぼとりつけた。

これも問題だが,もっと議論されるべきは,むしろ「Xバンドレーダー体制」の「精神的Xバンドレーダー」が地元住民を照射し,その頭の中,心の中を映し出し,分析・評価し,記録・保存する危険性だ。

Xバンドレーダーは,単なる電子機器ではない。Xバンドレーダーは,それを運用する制度,人員を含めた一つの社会的・政治的システムとして設置される。この統合的システムとしての,いうならば「Xバンドレーダー体制」が,住民を監視し,調査・分析し,結果を記録・保存するのだ。

5.破壊工作と内通者探知
Xバンドレーダーは,米日同盟軍の最も重要な目の一つだから,北の某国や某々国はつねにその能力を探り,場合によっては,よく訓練された工作船やスパイを経ヶ岬付近に送り込む。彼らはプロだから,作戦実行に当たり,内通者確保など,ありとあらゆる周到な現地工作を行う。

「Xバンドレーダー体制」は,当然,この事態を想定し,あらゆる予防,防衛体制を整える。スパイや内通者はどこにいても不思議ではない。しかも,すぐそれと分かるようなスパイや内通者は役に立たないから,彼らは通常人民の大海の中に密かに潜んでおり,少々のことでは見分けがつかない。

そうした危険なスパイや内通者を見つけ出すには,住民1人1人の頭の中,心の中をくまなく照射できる強力で精緻な「精神的Xバンドレーダー」が必要である。米軍や自衛隊の情報部隊,政府の公安諸機関,そして警察公安などである。

6.一般住民監視のための「Xバンドレーダー体制」
権力の本性は猜疑心であり,つねに反対派を「非国民」,あるいは内通者シンパないし予備軍とみなし監視する,抜きがたい習性をもつ。

いま地元でXバンドレーダー反対闘争を議会において公然とやっている政党勢力は,日本共産党だけだ(共産党議員質問6月19日6月20日)。しかし,共産党の議員や党員は,いわば人民の大海の上に浮かんでおり,「精神的Xバンドレーダー」を使うまでもなく,容易に把握できる。その意味では,共産党員は,権力にとって,さしたる脅威ではない。

そうではなく,「精神的Xバンドレーダー」が必要なのは,健全な常識により「危ないのでは」と考え,共産党の反対運動に同調したり,あるいは独自に反対活動をしたりする一般住民である。

彼らは,人民の大海の中で他の人々と混在しており,容易に見分けがつかない。だから,Xバンドレーダーが経ヶ岬に設置されたら,同時に設置される「精神的Xバンドレーダー」の探知波を住民一切合切に照射し,その超高性能の解像能力により住民1人1人の差異を解析し,各人の危険性を算出し,どの程度監視するかを決めるのだ。

7.産軍官学共同体の思うつぼ
この種の住民監視は,米軍基地や自衛隊基地があるところでは,多かれ少なかれ,どこでも日常的に行われている。秘密を重視する「暴力装置」としての軍隊は,そのようなものなのだ。

京都府議会や京丹後市議会では,Xバンドレーダーと電子レンジはどちらが危険かといった,権力が用意した与件下の議論に終始し,「Xバンドレーダー体制」ないし「精神的Xバンドレーダー」の危険性については,ほとんど議論されていない。

日米の産軍官学共同体の思うつぼだ。してやったりと,ほくそ笑んでいるにちがいない。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/07/30 at 14:57