ネパール評論 Nepal Review

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ガルトゥング「ネパールの危機」(再掲)

J・ガルトゥング氏のレポート「ネパールの危機:好機+危険」(2003年5月22日)を読んだ。4頁ほどの短文だが,ネパール・トランセンドの概略はつかめる。

1.ネパール・ワークショップ
ネパールでのトランセンドは,2002年7月,PATRIR/TRANSCENDによって始められ,全国へ展開され,その一環としてガルトゥング氏(G氏)も2003年5月16-20日,訪ネした。

2.8プログラムの実施
G氏の日程は,国家人権委員会(NHRC)により完璧に準備され,8プログラムが実施された。

No.1,7=リシケシ・シャハ記念講演。知識人,ネパール世界問題協会対象
No.2-6=主要当事者との対話。政党幹部,NHRC関係者,人権活動家,和平仲介者,政府要人,軍・警察幹部,政府和平交渉団,マオイスト和平交渉団。

3.直接暴力・構造的暴力・様子見
G氏によれば,紛争に対しては,大別すると,3つの態度がある。

(1)直接暴力を行使する党派
(2)構造的暴力の現状維持を図る党派
(3)「高貴な」,アパシーによる,あるいは無気力な様子見の多数派

4.M,K,TP
ネパール紛争の主要当事者は,マオイスト(M),国王=国軍(K),第三勢力(TP)の三者である。

G氏は,もしMとKの2者対立なら状況はいっそう悪かっただろうと考え,紛争解決への大きな役割を第三勢力のTPに期待する。

TP(Third Party)=主要政党(PP),市民社会(NGOなど),人民(People)

5.対話による平和
つまり,TPが一致協力して,MとKを交渉テーブルにつけ,Mとともに暫定政府を設立し,憲法を改正する。この方向に向け,人民(People)は街頭に出て圧力をかけ,また市民社会も強力に圧力をかける。Mには議会制民主主義を,Kには立憲君主制を宣言させる。

そして,MとKの兵士を武装解除し,彼らを保健衛生,学校・道路建設などの共同作業に就かせる。

以上が,停戦,対話,互譲,創造性の下に行われるなら,平和が実現する。

6.ネパール紛争の危険断層
G氏によれば,ネパールにはもともと紛争を引き起こす危険な断層が11カ所あった。

(1)資源枯渇,環境汚染,(2)ジェンダー差別,(3)青少年問題,(4)国王の政治権力,(5)国軍,(6)貧困,(7)少数派文化,(8)ダリット,(9)支配文化,(10)地域格差,(11)外国介入

G氏によれば,これらはすべて人権問題であり,いわゆる「マオイスト問題」ではない。したがって,それらには人権問題として取り組まなければならない。それには,以下のようなことが必要である。

・全党ラウンドテーブル,人権対話を組織し,停戦監視,人権実現を図る。
・スリランカのSarvodaya,インドのDevelopment Alternativesのような経験から学び,そうした活動を組織する。
・平和・人権のための大会議の設立。
・真実・和解のプロセスを進める。

7.いくつかの疑問
G氏のトランセンド提案は,包括的であり,試みるに値するものも多い。その反面,これを読んだだけでは,いくつかの疑問が残るのも事実だ。

(1)TPは平和勢力たり得るか?
G氏は,もしMとKだけなら,事態はもっと悪化していただろうと考えているが,私はむしろ逆だと思う。MとKの2項対立(G氏の最も嫌う構図)であれば,紛争は一方の勝利か両者の妥協でもっと早く解決していたのではないか。

私は,ネパール紛争を泥沼に引き込んだのはTPの無原則,無責任な行為だと考えている。

(2)「人民」の示威行動,市民社会の圧力は有効か?
G氏は,「人民」が街頭に出て圧力をかけ,また市民社会(NGO,労働組合など)が圧力をかけることにより,PP,M,Kを平和に導いていけると考えるが,私はそうではないと思う。

ネパール政治の病巣は,まさに街頭政治,圧力政治,つまり制度不信にある。これ以上,街頭政治,圧力政治に頼ったら,紛争はますます泥沼化し,収拾がつかなくなるだろう。

(3)人権問題か?
G氏は,「人権」を文化中立的,普遍的なものと考えているようだが,それは間違い。「人権」は,明らかに近代西洋的価値であり,ネパール伝統文化とは両立しない。

「人権」強要の痛みを考えず,それを普遍的価値としてネパールに押しつけようとしても,成功はしないだろうし,もし成功しても,それは文化的に望ましいこととは言い切れないと思う。

(4)分権は前進か?
G氏は,分権(devolution)や緩い連邦制(soft federation)を提案するが,それは近代国家を経た北側諸国の発想であり,ネパールには妥当しない。ネパールの課題は,むしろ強力な国家主権の確立である。

ネパールの悲劇は,国家権力が強すぎることにではなく,弱すぎることにある。

(5)母語教育の可能性?
母語教育は,本当に住民自身が望んでいるのか? それはむしろポストモダン西欧諸国のロマンチックな(はた迷惑な)失われた夢の強要であり,現実には少数派民族の差別強化,固定化になりはしないか?

(6)市民社会,NGOは機能するか?
G氏は,わずか5日間の訪ネ中に8つものプログラムが完璧に組織され,時間通り実施されたことにいたく感激されているが,これはセミナーがネパールでは効率的なイベントになっているからである。

その現状を見ると,NGOをさらに組織したり,会議を開催することにあまり多くは期待できない。NGO産業,セミナー興業が繁盛し,庶民には無縁の高級ホテルでの豪華パーティが増えるだけ。むしろ構造的暴力の拡大になるのではないか?

8.疑問を超えて
以上,あえてG氏のレポートへの疑問を述べたが,これはトランセンド法を否定したいがためではない。

ネパール紛争は10年もたつのに,他の方法ではこれを解決できなかったことは,歴然たる事実だ。トランセンド法についてはまだ読みかじった程度なので,まずは思うがままに疑問を提起し,これらを手がかりに,さらに学び,ネパール紛争へのトランセンド法の適用可能性を探っていきたいと思っている。

* Johan Galtung, The Crisis in Nepal: Opportunity + Danger, May 22, 2003. (Report to UNDP, Kathmandu and NHRC, Kathmandu)

(2006/04/03掲載)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/02/15 at 11:14