ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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米作と手織り絨毯

1.米の収穫
キルティプールはいま、米の収穫の最盛期。周囲の水田で稲を刈り取り、人力脱穀、籾をザルに入れ選別し、風で藁くずを取り除き、集めた籾を袋に入れ、担いで丘の上まで運び上げる。そして自宅前の通路や寺院の広場にゴザを敷き、籾を広げ、乾燥させる。

すべて人力。籾袋を担ぎ上げる重労働は男性もやっているが、籾の乾燥はたいてい女性。陽が当たるように籾をかき混ぜ、寄ってくる雀や鳩や鶏を追い払う。のどかだが、これも忍耐のいる作業だ。

日本の米作も、高度成長以前は、これに近い作業だった。子供の頃、手伝ったので、その厳しさは実感としてよくわかる。ネパールでいただくご飯は、こうして作られたお米なのだ。一粒たりとも、徒やおろそかにしてはなるまい。

 ■寺院前広場で籾の乾燥

2.手織り絨毯
米作の一方、キルティプールでは、手織り絨毯や手織り布が作られている。道路沿いに、手織り絨毯作業場があったので、窓からのぞかせてもらった。

そこでは女性が3人、上下の縦糸に、柄を織り出す様々な色の横糸を手で組み込み、槌でたたいて固めていた。紙に描かれた図柄指示を見ながら、色糸を選び、縦糸に絡ませる。たいへんな根気と体力のいる作業だ。

私も、ネパール手織り絨毯を数枚持っている。それらも、女性たちのこうした重労働により製造されたものなのだ。これまでも大切に使ってきたが、さらに大切にしたい。

 ■土間の手織り織機

 ■手織り絨毯作業場(記事とは別の作業場)

3.身体労働と頭脳労働
それにしても、米にせよ絨毯にせよ、人々が自分の身体を動かし手間暇かけて作ったものの価格は、なぜこれほど安いのだろうか? ものの価値は労働により生み出されるのであれば、機械で作る工業製品など、もっと安くてよいはずだ。そもそも身体(肉体)労働が頭脳労働よりも評価が低いのは、なぜなのだろうか?

額に汗して作られる米や野菜、絨毯や布地よりも、ディスプレイを見ながらキーボードで打ち込む記号の方が高く評価される。これはやはり異常だ。そろそろ自然に帰らねば、人間は理性肥大により滅びてしまうだろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/11/06 at 19:44

カテゴリー: 社会, 経済

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伝統農法と電力の自給自足:シュールなネパール

日本は柔らかい全体主義、電力も水道も地域独占となっている。福島原発事故で発送電分離が叫ばれているが、自由化は難しいであろう。

これと対照的に、ネパールは自由競争の国。電力も水も自由に調達してよく、自給自足が進行している。

水は、水道不足分を給水タンクローリーから買ったり、町の水商売屋さんから買う。水は普通の商品の一つとして自由に取引されている。

電力も、自主独立のネパール人はお上依存から脱却している。まかなえるだけの余裕のある人や企業は、それぞれ自家発電装置を備え、停電時には必要なだけ発電して使用する。

ネパールが電力自由化超先進国であることを実感させられるのは、最近めざましい高層マンション建設。カトマンズ盆地のあちこちにニョキニョキと建ち始めた。

周囲の水田では農民が昔ながらの農法で稲作をしている。手で稲を刈り、人力脱穀機で脱穀し、自然の風を利用し米を選別している。その背後には、高層ビル群。この超現実的な、シュールな風景のあまりのコントラストに目がくらくらするほどだ。

 ■稲刈りと高層マンション


 ■人力脱穀と風利用籾選別

こんなところに、こんな高層ビルを建てて本当に大丈夫なのか? 停電になったらエレベータも水も止まり、生活できないではないか?

友人に聞くと、心配ないという。高層ビルはそれぞれ自給自足であり、イザというときには自前の電力と水で十分生活できるのだそうだ。

自給自足の前近代的農民のとなりに、自給自足の世界最先端未来型高層マンション。国家依存の近代を超克して勇猛果敢に前進するネパール! 自生的秩序とは、こんなものなのか?

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/11/05 at 12:31

没収地返却拒否,マオイスト反主流派

各紙報道によると,マオイストのタパ書記長は,没収分配土地は十分な補償なしには返却しない,と語った。「土地を耕作者に!」は,人民戦争のスローガンであった。プラチャンダ議長やバブラム首相は,この革命の大義に背いているというのだ。

その一方,バイダ派は,新たに地主土地の没収も始めたらしい。ヒマラヤン(22日)によると,コングレスのカリコット郡代表の土地をバイダ派が没収したが,警察は傍観しているだけだったという。

バイダ派地区代表によると,彼らは,人民が収穫した米の半分を持ち帰った地主から,それを人民に返させただけだという。そうかもしれないが,収穫米の全部を耕作者のものとするのであれば,土地没収と結果的には同じだ。

この説明が事実だとすると,収穫米の半分を年貢として取り上げる地主に対し,マオイストが小作人の側に立ち闘っていることになる。

収穫の半分が年貢! 日本の小地主の一人としては,何ともうらやましい話しだ。わが村では,からり以前からマイナス地代(礼金を払って耕作していただく)となっている。こんなことなら,政府肝いりの「研修労働者制度」によりネパールから農民を招き,わが田畑を耕作していただいた方がはるかにましだ。年貢は10%程度でよい。50%もとられるネパールに比べたら,はるかに有利だ。今度ネパールに行ったら,「日本で農業を!」と大々的に宣伝してみるつもりだ。

いずれにせよ,バイダ派は耕作農民のために,年貢50%を取っているらしいコングレス派地主と闘っている。10数年前と同様,その限りではバイダ派に正義がある。新人民戦争が始まるかもしれない。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/11/23 at 12:00

田の草取り:農村の厳しさと美しさから学ぶ

谷川昌幸(C)

カトマンズ周辺の水田では、いま最後の「田の草取り」が行われている。女性が4,5人並んで水田に入り、稲の間の雑草を手で取り除いていく。おしゃべりをしたり歌を歌ったりしながら、楽しそうだ。絵になる。

 

しかし、実際には、これは大変な重労働だ。日本でも、除草剤(枯葉剤)が使用される以前は、ネパール同様、農民が人力で田の草取りをしていた。ヒルが足に喰いつき血を吸う。稲や雑草の葉で目を傷つける。そして、長時間の腰をかがめた作業のため、腰が曲がってしまう。

 

以前の日本の農村では、ほぼ例外なく老人の腰は曲がっていた。栄養も悪かったが、最大の理由は長時間の田の草取りであろう。我が家の隣のおばあさんは、90度どころか、120度以上腰が曲がってしまっていた。機械化・農薬依存以前の農作業の厳しさがしのばれる。

 

その頃の日本農村は、ネパールの農村と同様、非常に美しかった。どこにいっても絵になった。しかし、この美しい農村は、厳しい労働と奉仕作業により維持されていた。人力と牛馬による麦、米、野菜の栽培は重労働だったし、燃料は農閑期に山から切り出す薪だった。田畑も山林も、こうした農民の重労働により、美しく維持されていた。

 

また絵のように美しい村々は、道路も水路も寺も神社もすべて農民の勤労奉仕と分担金により維持されていた。見方によれば、かつての日本の農村自治は現代の参加民主主義よりもはるかに公平で徹底していたといえる。その反面、農村には個人の自由はなかった。村々の美しさは、個人的自由の犠牲の上に維持されていたのである。

 

以前の農村のこの重労働、個人的自由の欠如は認めざるをえないが、それでもやはり美しいものは美しい。また農村自治に、現代民主主義以上の公平な参加の一面があったことも、事実だ。

 

ネパール農村の美しさやブータンの国民総幸福――これらには、懐古趣味だけではなく、時代を超えた普遍的な美しさや幸福の要素が、たしかに在る。

 

過去に戻ることはできないが、過去から学ぶことはできる。歴史は、過去を否定(克服)しつつ単線的に「発展」するものではない。過去には、現在よりもはるかに優れたものが、たくさんある。それらから学ぶ勇気が、われわれにはますます必要になってきているように感じられる。

 

キルティプールからパタン方面を望む

 

 キルティプールからビムセン塔方面を望む

Written by Tanigawa

2010/09/13 at 12:11

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