ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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中国系NGOのルンビニ開発計画

中国が、政治,経済,文化など、あらゆる分野でネパール攻勢を強めている。

1.中国政府系チベット書店
以前,タメルに出来た中国政府系とおぼしき中国書店について書いたことがある。
 ▼中国書店 2010.09.03

妙だと思ったのは私だけではないらしく,ネットにこんな記事が出ていた。
 ▼Warring Tibetan Bookstores: A Glimpse of Nepal Between Great Powers

記事によると,この中国系チベット書店は,「自由チベット運動系チベット書店に対抗するため」,つまりダライ・ラマ=チベット自由運動「支持派を切り崩すため」,宣伝としてつくられた。

この記事の著者は,3回書店に行ってみたが,店はお役所的で,「店内には1人も旅行者はいなかった」。中国筋は本や宗教のことなどどうでもよく,本当の目的は,改革開放後中国の宣伝だというのである。

この記事は,1年前の私の記事と実によく似ている。書店があまりにもユニークなので,誰でも同じような印象を持つことになるのだろう。

2.ルンビニ開発計画
もう一つ,中国援助のルンビニ大開発計画も注目される。
 ▼In the land of the Buddha
 ▼Lumbini as geopolitical ping pong

ルンビニ開発には,丹下健三氏が関わったユネスコ計画がある。1980年完成予定だったそうだが,例のごとく完成はしていないらしい。そこに,香港のAsia Pacific Exchange Cooperation Foundation(APECF)が登場,巨額の投資話が持ち上がった。

そしてまた,ここでもやはり政治家が絡む。それも何と,われらが英雄プラチャンダ議長とそのご令息プラカシ氏だというから,あまりにも出来すぎだ。面白すぎて,今後どうなるか,ハラハラ・ドキドキ。

しかし,穏やかならぬのが,お隣のインド。ルンビニは国境のすぐそば,石を投げれば届きそうな距離だ。そこに中国が,しかもマオイストの親玉父子と組んで,大開発計画を始める。ネ印国境が,中国=マオイスト連合軍で真っ赤に染まってしまう。

中国は,これまでにもタライ方面に孔子学院などを設立し,文化攻勢をかけてきた。その目玉が,このAPECFルンビニ大開発計画になるのではないか?

心配なのは,こうした中国の政治,経済,文化にわたる大攻勢に,インド(とアメリカ)がどう対抗するかだ。ネパール政治は,つねに中印関係と連動している。首相選挙との関連にも要注意だ。
 ▼中国のネパール進出とアメリカ国益
 ▼中国のネパール介入拡大

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/08/19 at 20:07

タライの豊かさと貧しさ

谷川昌幸(C)
 9月11-14日,トヨタ4駆でタライへ出掛け,ナラヤンガート,ブトワール,バイラワ,ルンビニ付近を走り回った。これまでタライは,チトワンへ3日ほどマオイスト宿営地(cantonment)見学に行ったことがあるだけで,実質的な状況調査は今回が初めてだ。
 不可解,不合理! 「なぜこんな豊かなところが,こんなに貧しいのか?」
 
1.タライの豊かさ
 東西ハイウエーを100km/h前後でブッとばす。道路の両側は,鬱蒼たるジャングルか,緑一面の水田。これが延々と続く。なんて広く,美しく,そして豊かなのか! 
 (1)商工業
 その気になれば,産業立地として最適だ。広い平地,豊富な水,安価な労働力,そしてすぐ南には間もなく世界最大人口を持つことになる巨大なインド市場。ここに投資し,うまく経営すれば,莫大な利益が得られるはずだ。
 事実,ハイウェー沿い,あるいは枝分かれした幹線道路沿いには,かなり大規模な工場がいくつか建設され,操業していた。目立つのは,コンクリート工場や,製糖などの食品工場。
 しかし,これだけ立地条件に恵まれているわりには,まだまだ工場は少ない。労働集約型産業であれば,十分成り立つのではないか。
 (2)農業
 農業も,技術向上で生産性は飛躍的に向上するだろう。水田を見ると,いまは稲の出穂直前,なかには収穫を始めたところもあった。大半が伝統的品種らしく,実りはあまり豊かとはいえない。穂が垂直に立っているものが多い。
 改良品種による農業革命は,アメリカ独占資本の陰謀の側面がたしかにある。多収穫米は,肥料と農薬を多用し,種子は毎年種苗会社から買わねばならない。不用意に導入すると,インドと同様,農民は巨大国際農業企業に隷属するようになり,かえって貧しくなる危険性もある。
 そうならない形での農業技術改良は出来ないものだろうか。
 
2.タライの貧しさ
 幹線から外れ,細い村道も走り回った。所々で駐車して見るくらいで,これも印象にすぎないが,農民の住居は貧弱なものが多く,資本主義の基準では貧しいといわざるをえない。
 鬱病,自殺などの文明病と比べどちらがより深刻かと問われると困るが,それでも生活は極端に貧しいと見ざるをえない。
 多くの家の前で,女性たちが頭のシラミ取りをしていた。殺虫剤で害虫も益虫も駆除してしまった日本人の一人としては,この光景はショックだ。生活になれば慣れるという人もあろうが,蚊一匹でも寝られない私にはたぶん無理だろう。
 
3.仏の目に涙
 タライの自然は,お釈迦様の誕生が,さもありなんと納得できるほど,豊かで優しく美しい。神の創造の完全さが,そのまま残されている。
 その一方,人間が自然を破壊して造った道路沿いには低俗下劣な人造物が見るも無惨に散乱し始めている。自然の偉大,人為の卑俗を見るには,ヒマラヤに登るよりタライに降った方がよい。
 さらに,タライでは,金持ちの大邸宅と貧農の竪穴式住居との落差にも驚かされる。どぎつい原色俗悪趣味丸出しの御殿のような大邸宅と,雨露さえしのげそうもない掘っ建て小屋を見比べれば,タライのいびつさに愕然とせざるを得ない。
 自然に対する人間の罪,人間に対する人間の罪。お釈迦様は,救いようのない人間のこの大罪に涙され,悟りを開かれたにちがいない。
narayani
東西ハイウェーからナラヤニ河を望む。遠景はジャングル、手前は水田。あまりの暑さにデジカメの色相が狂い(?)空が赤くなった。
80915factory
ルンビニの近代的工場。豊かな水田地帯に建設されている。

Written by Tanigawa

2008/09/15 at 19:20

カテゴリー: 経済, 文化, 旅行

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(紹介)畠博之『ネパール被抑圧者集団の教育問題』

谷川昌幸(C)
畠博之氏が,ネパールの教育問題に関する詳細な実証研究を出版された。
 
畠博之『ネパールの被抑圧者集団の教育問題:タライ地方のダリットとエスニック・マイノリティ集団の学習阻害/促進要因をめぐって』学文社,2007年12月刊,p.i-viii, 1-561,9000円
 
畠氏は,ネパールでの11年間におよぶ教育実践の後,神戸大学大学院で教育開発を研究された。この本は,博士論文をもとに執筆されたもので,561頁にもおよぶ大著である。
 
  はじめに
  第1章 問題の所在と研究の概要
  第2章 ネパールのカースト制度と被抑圧者集団
  第3章 ネパールの教育開発の現状
  第4章 タライの被抑圧者集団の教育の現状と学習阻害/促進要因の分析
  第5章 被抑圧者集団の教育達成上の課題と今後の教育開発
  おわりに
 
1.カースト/エスニック集団と教育
第1章では,この研究の目的がカースト/エスニック集団と教育の関係を,中途退学,学習到達度,学内差別の問題を中心に分析することにある,と述べられている。「階層と教育」の視点から,「カースト/エスニック集団」要因が,教育到達度にどう関わっているかの解明である。
 
カースト/エスニック集団所属と教育達成度が相関関係にあることは,著者自身がいうように「自明の結論」である。俗にいう,そんなことは調査するまでもなく常識だという批判であり,これは政治学の分野でもかつて盛んに議論されたことだ。政治行動の科学的(科学主義的)実証研究の有意味性への懐疑である。
 
これは方法論的に難しいところだが,この点について著者は「この検証の結果よりはむしろ検証にいたるプロセスのほうが意義深い」(p22)と答えられている。たとえ「自明の結論」であっても,どうしてそうなるかの具体的な過程は必ずしも明らかではなく,そこが解明されなければ,効果的な教育改善策はとれない,ということであろう。また,著者は謙遜されているが,この研究で「自明の結論」つまり「常識」が覆されたところも,少なくない。
 
2.カースト/エスニック集団
第2章では,カースト/エスニック集団について整理されている。その中で特に興味深いのは,旧ムルキアインの「国家カースト制度」の考察である。
 
Andras Hofer, Caste Hierarchy and the State in Nepal: A Study of the Mulki Ain 1854(1979)は,これまでチラチラ見ただけで,よく読んだことはなかった。著者はこの本を手がかりに,旧ムルキアインのカースト制度を綿密に分析し,図表も多用し分かりやすく整理している。
 
また,2001年国勢調査を中心に分析されている現代のダリット/エスニック・マイノリティ集団の説明も分かりやすい。
 
3.教育制度/教育開発
第3章では,ネパールの教育制度と教育開発の歴史と現状が,豊富な資料を駆使し,詳細に分析されている。図表も多く,たいへん分かりやすい。
 
4.タライの教育の現状
第4章では9郡の実地調査に基づき,タライの教育の現状が分析されている。
  調査地:9郡(タライ6郡=ジャパ,シラハ,バラ,カピルバストゥ,バンケ,カイラリ/丘陵部3郡=ダーディン,ドラカ,カトマンドゥ)
  学校数:33校
  名簿データ:50669
  出席データ:13017
  成績データ:37841
  質問紙調査:3367
調査はタライを東から西まで。たいへんな調査であったことがよく分かる。多様性豊かで科学的サンプリングも難しいであろうが,これだけの規模であれば,かなりのことがいえるはずである。
 
この9郡調査のうち,第4章では,直接的にはジャパ郡とシラハ郡の事例が詳細に分析されている。ここでも,分析結果は図表にまとめられており,分かりやすい。ちなみに,出席状況は,いわゆる「常識」とは違う結果となっており,興味深い。
 
5.姓のない生徒
第5章では,調査結果をもとに,被抑圧者集団の教育上の課題が分析されている。
 
ここで特に興味深かったのは,姓を届けず,姓なしで学校生活を送る生徒が多いという指摘だ。バラ郡R中学校では,女子生徒の83.5%,男子生徒の28.3%が姓なし。下位カーストに多い。女子は結婚で夫の姓になるので,未婚時の姓は不要だということ。また,姓はカーストを示すので,差別を少しでも免れるため下位カースト生徒は姓を届けないようだ。
 
これとの関連で,カトマンズ近郊のある学校のことを思い出した。イギリス系の名門校で,この学校では,入学時,全生徒の姓を奪う。つまり,誰にも姓を名乗らせない。著者の報告したタライの学校と同じ理由で,上位カーストの生徒にも姓を名乗らせないのだ。カースト差別が問題なら,姓を全廃してしまえ――イギリスらしい現実主義的合理主義だ。
 
この逆転の発想は,たとえば難民についても主張されている。難民は国家の外に置かれた人々だが,だからこそ,難民こそが国家の枠を越える未来の人々の先駆者たり得る,という議論だ。
 
ダリット,被抑圧者諸集団を識別(identify)し,集団として解放していくのも一つの行き方だが,姓を奪われたことを逆手に,普遍的人間(人為的に与えられるfirst name=given nameだけをもつ平等な人間)により帰属集団差別を克服していくという戦略もあってよいと思う。
 
以上は,本書とは直接関係ないが,姓のない生徒の問題提起に触発された次第。
 
6.教育開発のために
伝統的社会では,必ずしも学校教育は必要ではない。子供だけ刑務所のような教室に隔離し,自然を矯め,強制的に人為的社会に適合するようにしつけ,大人に育てる必要はないからだ。
 
しかし,ネパールのグローバル化は不可避であり,社会は急速に変化している。伝統的社会を維持したくても,もはや不可能であり,人々は近代的教育によりそれへの適応をせざるをえない。そして,ネパールをしてそうさせているのは,ネパール自身というよりはむしろ周縁を求める先進国の側である。
 
こうした観点から,ネパールの教育開発を考える人々にとって,綿密な実証研究の成果をまとめた本書は不可欠の基本文献の一つといえるであろう。

Written by Tanigawa

2008/08/02 at 14:53

カテゴリー: 教育, , 民族

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