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中印ドクラム紛争:中立堅持のネパールと印支持の日本

アジアの核保有二大国,中国とインドが,ドクラム(ドカラム)高原問題で対立,軍を派遣して至近距離で対峙,緊張が高まっている(*13)。

1.ドクラム領有権問題
両軍が対峙しているドクラム(洞郎)は,中国(チベット)・インド(シッキム)・ブータンの国境が複雑に入り組む高原地域(標高約3千m)にあり,インドとブータンがブータン領だと主張しているのにたいし,中国は中国領だと主張している。グーグル地図が国境を実線ではなく破線で画している部分もあるように,この地域の領土問題は複雑だ。


 ■グーグル地図,赤印ドクラム高原付近[地図差替8月29日]

2.道路建設をめぐり中印が対立
このドクラムで,中国人民解放軍が道路建設を始めたのに対し,インドは6月16日,軍を派遣,以後,人民解放軍と至近距離(約100m)でにらみ合っている。いまのところ両軍の兵力は約300人。

この問題につき,インド側は,この地域の領有権はブータンにあり,そこでの道路建設は力による現状変更であり,ブータンとインドに重大な脅威を及ぼすものであって,断じて認められないと主張している。これに対し中国側は,自国領土内で道路建設をしているのであり,インドは直ちに軍を引くべきだと反論している。いまのところ両国とも譲る気配を全く見せず,国境をめぐる両国関係は,1962年中印紛争以降,最悪の状態になっているという。

3.中立堅持のネパール
この中印ドクラム紛争に対し,ネパールは,いずれの国にも組しない中立の立場をとっている。

ネパールは,新憲法制定をめぐりインドと対立,非公式ながら5か月(2015年9月~16年2月)にも及ぶ事実上の国境経済封鎖の制裁を受けた。その反動もあって,歴代ネパール政権は中国に接近,いまやネ中関係は以前とは比較にならないほど緊密になっている。

8月中旬には,汪洋副首相が訪ネ,ネパール側が「一つの中国」支持を確認し「一帯一路」推進協力を表明したのに対し,中国側は対ネ投資拡大,石油・ガス資源調査,道路・鉄道建設など広範な支援を約束した。ネパールにとって,中国はいまやインドにとって代わりうる可能性のある隣の大国となりつつあるのである。

しかし,たとえそうだとしても,いまドクラム紛争につき中国支持を明言することは,ネパールにとって得策ではない。ネパールは,長年にわたりインド勢力圏内にあり,国土の三方をインドに囲まれ,物資の大半をいまなおインド経由で受け取っている。この現状を考え合わせると,ドクラム紛争について一気に中国支持に回るのはリスクが大きすぎる。結局,両国との交渉力を拡大できる「中立」の立場を表明するのが,いまのネパールの国益には最もかなうということになったのであろう(*3)。すでに8月初旬,KB・マハラ外相が,ドクラム問題ではネパールはいずれの隣国をも支持しないと述べ,中立の立場を明らかにしている(*3)。

この中印対立激化をバックに,いまデウバ首相が訪印している(公式訪問8月23~27日)。ネパール側が対印交渉の好機とみていることは疑いない。他方,インド側がネパールに圧力をかけ,何らかの形で印支持に回らせたいと考えていることにも疑いはない。

しかしながら,インド側は,非公式経済封鎖の「失敗」を教訓に,印ネ首脳会談(8月23,24日)では,あからさまにドクラム問題を持ち出し,デウバ首相に踏み絵を踏ませることはしなかった。会談後の共同声明でも,「両国は,その領土を,相手国を害するいかなる活動にも使用させないことを再確認した」と述べるにとどめた(*2)。親印派とみられているデウバ首相が,インド側招待の意をくみ行動してくれることを期待してのことであろう。

むろん,首脳会談以外の場では,当然ながら,ドクラム問題へのネパールの対応に関心が集まった。しかし,そうした場でも,デウバ首相はインド支持を明言しなかった。たとえば,「インド基金」主催の会(8月24日)において,デウバ首相はこう答えている。

「われわれは中国と極めて良好な関係をもち,中国とのいかなる問題にも直面していない。・・・・そのことにつき,インドは全く懸念するに及ばない。もちろん,いかなるときも,ネパールは国土を反印活動に利用させはしない。」(*4)

中国は,ネパール政府のこうした対印外交努力を評価し,習近平主席の訪ネ(9月中旬予定)をもって報いようとしている。

4.インド支持へ前のめりの日本
ドクラム紛争につき,「中立」堅持のネパールとは対照的に,日本は世界に先駆け,インド支持の立場を表明した。インド各紙はこれを絶賛,平松駐印大使(駐ブータン大使兼任)の発言を詳細に伝えている。

たとえば,ヒンドゥスタン・タイムズは,平松大使が8月17日の会見で次のように語ったと伝えている。

<ヒンドゥスタン・タイムズの取材(8月17日)に対し,平松大使はこう答えた。「ドクラムはブータンと中国との係争地であり,両国は国境交渉をしている,とわれわれは理解している・・・・。また,インドはブータンと協定を結んでおり,これに基づきインド軍はこの地域に派遣された,ともわれわれは理解している。」/平松大使は,ドクラムの現状を力により一方的に変えるべきではない,と語った。/日本は,ドクラム紛争につき,明確に見解を述べた最初の大国である。(*9)>

また,インディアン・エクスプレスのS・ロイも,こう述べている。<インド政府筋はこう語った。「国際社会の主要メンバーが“中立”の立場をとる中で,日本がインド支持を表明したことは,インドの立場を強くしてくれるものだ。」(*7)

このような日本称賛記事は,インド他紙にも多数みられる。そして,その際,ほぼ例外なく言及されるのが,尖閣問題である。たとえば:

Prabhash K. Dutta (*11)
日本はインドを「全面的に支持」している。「もしドクラムでの中国の行為が許されるなら,東シナ海の尖閣を失うことになる,と東京は考えているからだ。」

Geeta Mohan(*12)
日本は,中国膨張主義と対峙しており,他のどの国よりもインドの立場をよく理解している。ブータンとの関係も深い。だから日本は「インドとブータンへの明確な支持」を外交チャネルを通して表明したのだ。

このように日本のインド支持はインドを喜ばせているが,当然,中国はそれに激しく反発している。華春蛍報道官は,こう批判した。

「駐印日本大使は,(軍事的対峙につき)インドを本気で支持するつもりのようだ。彼に対しては,事実関係を確認することなく,でたらめなことをいうべきではない,と忠告しておく。・・・・ドクラムには領土問題はない。国境は両国(インドと中国)により確定され承認されている。・・・・現状を不法に変えようとしているのは,インドであって,中国ではない。」

日本は,このような中国の激しい反発を押して,インド支持を貫くのか? 安倍首相の訪印は9月中旬の予定。インドで,日本国首相がどのような発言をするか,これも注目されるところである。

【参照】(8月28日追加)
安倍首相訪印の狙いは?(人民網日本語版2017年08月23日)
 インドの各メディアは18日、「ドクラム対峙問題で日本がインドを支持」と誇示した。この2カ月でついにインドが「主要国」の支持を得たことを証明するものだ。だが同日遅く、時事通信は、平松賢司駐印大使が「インド支持」を表明したとの見方を在インド日本大使館が否定したと報じた。
 「中国とインドの国境問題は中印両国の事だ」。北京大学の姜景奎南アジア研究センター長は「南アジア諸国と他の西側国がいずれも『一方の側につかない』中、日本はじっとしていられず、先駆けて傾斜を示した。たとえ後で釈明しても、安倍内閣がインドに公然と良い顔を見せていることは隠せない」と語る。

 ■在ブータン日本大使館HP

●ドクラム対峙,終了(8月29日追加)
印中は8月28日,ドクラム軍事対峙の終了に合意,直ちに印軍は撤退した。中国の道路建設も停止された模様だが,中国軍は引き続きこの地方の軍パトロールを継続する。中国にとっては,要するに,道路建設の(たぶん一時的)中断にすぎないということか?。
 
*1 Om Astha Rai, “Deuba, Delhi and Doklam,” Nepali Times, 25-31 August 2017
*2 “Nepal, India issue joint statement, ink 8-pt deal (with full text),” Republica, August 25, 2017
*3 Prabhash K Dutta, “Doklam standoff continues, India and China jostle to win over Nepal,” India Today, August 24, 2017
*4 Suhasini Haidar & Kallol Bhattacherjee, “On Doklam, Nepal walks a tightrope,” The Hindu, AUGUST 24, 2017
*5 “Nepal’s Non-Aligned Stand On Doklam Issue,” http://businessworld.in/, 24-08-2017
*6 Narayani Basu, “What the India-China Doklam Standoff Means for Nepal,” The Diplomat, July 19, 2017
*7 Shubhajit Roy, “India-China standoff at Doklam: Japan throws weight behind India and Bhutan, says no side should try to change status quo by force,” Indian Express, August 19, 2017
*8 “China rebukes Japan for comment on Doklam,” Times of India, Aug 19, 2017
*9 Jayanth Jacob, “Doklam standoff: Japan signals support to India over border row with China,” Hindustan Times, Aug 18, 2017
*10 Sutirtho Patranobis, “Doklam standoff: China dismisses Japan’s support for India,” Hindustan Times, Aug 18, 2017
*11 DuttaPrabhash, “Why Japan lent support to India against China over Doklam standoff,” India Today, August 18, 2017
*12 Geeta Mohan, “Doklam standoff: Japan backs India, says no one must use unilateral force in bid to change status quo,” India Today, August 18, 2017
*13 「中国はインドと争ってでもチベットから南下したい」,北の国から猫と二人で想う事,http://blog.livedoor.jp/nappi11/archives/4812343.html

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/08/27 at 19:19

中印覇権競争とプラチャンダ外交(2)

2.中印の覇権競争
ネパールを挟んで対峙する中国とインドが,すでに世界の大国であることはいうまでもない。21世紀は,超大国中印の時代となるであろう。

先に高度経済成長を始めた中国は,いま尖閣,南沙諸島など,あちこちで大国主義的ナショナリズム攻勢に出ているが,これは中印国境においても例外ではない。その一つが,カシミール東部。

日本メディアの報道では,4月15日,中国兵約50人が、突然,カシミール東部の中印実効支配境界線から侵入,約10kmインド側に入ったところにテントを張り,標識を設置した。これに対し,インド側もそこから300mのところに兵を進め,野営地を設置し,にらみ合っている。

しかし,この日本報道は,少し不自然であり,事実に反するようだ。いかな中国といえども,何の口実もなしに兵を進めたりはしない。尖閣の場合も,島購入などを仕掛けたのは石原東京都知事であり,結局,民主党政府が尖閣を国有化した。中国側の警告を無視し,先に大きく現状変更をしたのは日本であり,中国側はそれを絶好の口実に対抗措置――いささか過剰だが――をとっていると見るべきであろう。カシミールでも,先にインド側が不用意に国境付近で兵力増強やインフラ整備などに着手,これに中国側が対抗措置を執ったということのようだ(People’s Review, May1)。

ただし,中国側の大国主義的攻勢は事実としても,国境紛争などの場合,たいていどちらにもそれなりの言い分があり,明快な白黒判定は難しい。できるだけ口実を与えず,それでも紛争となった場合には,相手の意図を慎重に探り妥協により実利をとるのが,現実的である。カシミールにおける中印も,痛み分けで,結局,5月5日夜,両国の実効支配線内に兵を撤収した。

いずれにせよ,中印はいたるところで覇権競争を激化させており,その主戦場の一つとなりつつあるのが,両国に挟まれたネパールなのである。

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 ■南アジアの国境紛争(The Economist, Feb8,2012)

3.中国のネパール進出
ネパールは,伝統的にインド勢力圏内にあり,中国もこれまでは基本的にそれを認めてきた。

ところが,この数年,中国の対ネ政策は積極的な影響力の行使へと,大きく変化してきた。政治家など有力者や要人を次々と中国に招待し,学生多数を留学させる一方,ネパール国内でも孔子学院を展開し,中国フェアなども大々的に開催している。いたるところに中国商品があふれ,あちこちで中国企業がビルやインフラ建設を進めている。すでに中国語は,英語の次に学びたい人気言語になっており,日本語などもはや相手にもされない。

この中国のネパール進出に,インドは神経をとがらせている。産経(5月1日)によれば,ネパール各地の放送局が反インドやチベット亡命者批判の番組を放送し始めたため,インド政府は高出力放送局を設置し対抗せざるをえない事態になっているという。

中印どちらにも言い分はあろうが,全体的に見ると,ネパールにおける中印関係の現状を変えつつあるのは,やはり昇竜,中国である。

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 ■「反印キャンペーン」(India Today, Nov27,2012)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/05/08 at 10:50

「美しい国」と「国益」,あるいは「ロマン」と「実益」

一昨日,愛国心に自己陶酔し,超国家主義に先祖返りすると,アメリカにも見放され,戦前のように世界で孤立し,再び破滅に向かって転落しかねないと警告したが,それが単なる杞憂ではないと感じさせるような本が出版されている。まだ手元になく読んではいないが,書評がいくつか出ているので,以下に紹介する。

●Thomas U. Berger, War, Guilt, and World Politics After World War II, Cambridge University Press, 2012.
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1.Foreign Affairs書評(May/June 2013 ,Twitter Apr26)
「ドイツは,最も残虐非道な国家行為を行ったが,自己のその負の過去を公的に徹底的に語ることにより,深い悔悟を幾度も公的に表明してきた。これに対し,日本は,自分を加害者でもあり被害者でもあると見ようとしてきた。」
(http://www.foreignaffairs.com/articles/139227/thomas-u-berger/war-guilt-and-world-politics-after-world-war-ii)

2.Time「著者Q&A:日本が今なお十分謝罪しないのはなぜか」(Dec11,2012)
「注意深い観察者であれば,よく知っていることだが,近隣諸国との日本の醜い領土争いは,実際には,漁場や石油,あるいはガス田や古来の歴史的要求をめぐるものではない。日本が固執するのは,第二次世界大戦や長期にわたるアジア植民地支配において,日本人は何も悪いことはしなかったということを,まだ――そう,まだ――認めるつもりはない,ということだ。

これは,近隣諸国がそう見ているということ。そして,これこそが,ちっぽけな小島をめぐる中国や韓国との争いを,いまにも衝突を招きかねない危険なものとしてしまった理由である。・・・・

本書において,著者は,日本が過去の過ちを認めていないと見られているのはなぜか,その理由を解明している。1945年まで続いた日本の半世紀に及ぶ戦争と植民地支配により,2千万人もの人々が死に,おびただしい人々が支配・抑圧されたのである。」
(http://nation.time.com/2012/12/11/why-japan-is-still-not-sorry-enough/)

著者のトマス・U・バーガー氏はボストン大学准教授であり,本書もきわもの時局本ではない。知日派と思われる著者が,このような本を書かねばならないような事態に,日本は立ち至っているのである。

3.先祖返り「ロマン」と実利的「国益」
現代がグローバル化時代であることは,誰もが認める常識。そのグローバル化時代に,近隣関係をぶち壊し,アメリカにも軽蔑され,世界社会での孤立を招くような愚行に,なぜ突き進むのか? 復古ナショナリストのお題目たる「国益」を害しているのは,いわゆる「平和ぼけ」の平和主義者ではなく,まさに彼ら,ロマンチックな懐古趣味ナショナリストらだ。

そもそも尖閣でドンパチやっても,日本に勝ち目はない。イザとなったら,アメリカは日本を切る。先祖返りはアメリカへの裏切りだし,ちっぽけな日本よりも巨大中国をとるのは当然だからだ。中国は,現実主義という点でアメリカと同類。日本のロマンは理解不能だが,同類の中国とは,現実主義的「実利」で「実務的」に理解し妥協しうる。

日本は,夢見るロマンチストであり,理解不能の神秘の国。それでも,霞を食って生きる覚悟があれば細々と生きられるかもしれないが,それはイヤ,俗臭ぷんぷん,贅沢三昧浪費生活を続けようとする。破綻必定。

ロマンチックな「美しい国」たらんと欲するなら,鎖国せよ。いやなら,世界社会の中で常識をわきまえて行動する「実務的」な国家となれ。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/04/27 at 13:19

台湾と日本と「固有の領土」

訪台翌日の日曜日(4月21日),台北市内を見て歩いた。予備知識ゼロに近く,単なる物見遊山だが,それなりに面白かった。

1.清潔な街と親切な市民
感心したのは,街が清潔で,バイクなどもきちんと整列駐車されていたこと。また,龍山寺や,二二八国家紀念館,中正記念堂,台北植物園なども,すべて無料。美しく管理運営されており,係員も親切だ。

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 ■古い下町だが清潔。車用信号にも待ち時間秒数表示(2013/04/21)

2.台湾独立デモ
台北駅近くの繁華街交差点では,台湾独立デモ(民進党系?)をやっていた。大きな旗に「建立自由民主的国家 台湾独立 揚棄大中国主義」,「要做台湾国的主人 台湾独立 不做外来者的奴隷」,「廃除国民党殖民体制 台湾独立 創造人人平等的社会」といったスローガンを大書し,練り歩く。

方法はユニーク。交差点の歩道を左回りに何回も回る。青で歩行者と一緒に渡り,赤で待ち,青でまた渡る。エンドレス。整然とアピールしており,通行妨害にならず,警察も阻止しない。

中国語はよく分からないが,漢字から推察するに,これは反政府デモであり,相当な危険が伴う政治的行為であろう。少し離れたところから,警察が監視し,ビデオに撮っていた。

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 ■交差点の台湾独立デモ(2013/04/21)

3.「一つの中国」・「各自表明」・「一国二区」
予備知識ゼロながら,このデモの場合のように,台湾で国家の根本的な在り方に触れることの危うさは,直感的に感じ取ることが出来る。

(1)「一つの中国」
大陸の中国(中華人民共和国)政府は,いうまでもなく「一つの中国」であり,台湾は「中国固有の領土」。中国政府は,このことをあらゆる機会に繰り返し,諸外国に確認させてきた。われらがネパールも,「一つの中国」を支持すると前置きしてからでないと,いかなる外交交渉のテーブルにも着かせてもらえない。それほど敏感な問題なのだ。

(2)「各自表明」
台湾も,長らく逆の立場から,「一つの中国」論であった。しかし,大陸で共産党支配体制が確立すると,中華民国による中国統一はほぼ絶望的となってしまった。

そこで1992年,台湾は中国との間で「九二共識(合意)」を取り結び,「一中各表」の立場をとるようになった。(野党民進党は「共識」に否定的)。つまり,「一つの中国」原則を堅持しつつも,それぞれがその解釈を「表明する」という考え方である。馬英九総統(国民党)は,第2期総統就任演説(2012年5月20日)において,こう述べている。

『私はここで、中華民国憲法が両岸関係に取り組むにあたって最高の指導原則であるということを謹んで申し上げます。両岸政策は中華民国憲法の枠組みのもと、「統一せず、独立せず、武力行使せず」という台湾海峡の現状を維持し、「1992年コンセンサス、一つの中国の解釈を各自表明する(九二共識、一中各表)」を基礎とし、両岸の和平を推進しなければなりません。そして、私たちの言う「一つの中国」とはもちろん、中華民国のことです。中華民国の領土は憲法に基づき、台湾と中国大陸を包括していますが、現時点で政府の統治権が及ぶのは台湾・澎湖・金門・馬祖にとどまっています。つまり、この20年来、憲法による両岸の位置付けは「一つの中華民国、二つの地区」であり、3人の総統の時期を通して、まったく変わりはありません。これは、もっとも理性的で実務的な位置付けであり、中華民国の遠い未来を見据えた発展と、台湾の安全保障のよりどころとなっています。両岸はこの現実を直視しつつ、共通点を求めて相違を残し、「相互の主権を承認せず、相互の統治権を否認せず」という共通認識を確立してこそ、安心して前に進むことができるのです。』(http://taiwantoday.tw/ct.asp?xItem=190743&CtNode=1892)

130426c ■馬総統(総統府HP)

(3)「一国二区」と台湾独立
この馬総統の「九二共識」・「一中各表」は,たしかに「実務的」であり,折衷的な二面性を持つ。それは,一方では,中国統治への譲歩ないし台湾吸収の恐れがある反面,他方では,「一つの中国,二つの地区(一国二区)」が,それ自体,論理内在的に,台湾の自治から自決へ,つまり台湾独立への含意をもつことも否定できない。その意味では,野党民進党の台湾独立と相容れないわけではない。

グローバル化世界は,まさにその方向に向かっている。国家主権は,EUを筆頭に多くの国で多かれ少なかれ相対化され,各民族・各地域に大幅な自治権が認められるようになってきた。「一国」は,たとえ残るとしても名目に近くなり,「各表」が実質となりつつあるのだ。これが世界の流れ。

台湾の場合,内部に原住民族・本省人・外省人の対立があり,さらにこれに大陸中国との対立があるので,たしかに複雑で難しいが,現代政治の原則そのものからいえば,その地域に住む人々が,その地域のことを決めるべきであり,もしそうであるとするなら,台湾独立に向かうのは時代の流れといえよう。

とはいえ,大陸中国と台湾の対立は厳しい。「一つの中国」か「独立台湾」かのガチンコ勝負に走れば,台湾にはミサイルが降り注ぎ,瞬く間に火の海,防ぎようもない。したがって,国民党,民進党いずれの政権にせよ,用心深く「一中各表」を前進させ,実利を拡大して行かざるをえない。それが,現実的な,政治的に賢明なやり方である。「政治」は,もともと「実務」に他ならないからだ。

4.ロマンとしての「日本固有の領土」
これに比べ,日本の「固有の領土」論は,気恥ずかしくなるくらいロマンチックで,稚拙だ。

歴史をさかのぼれば,人類は地球上をあちこち移動していたのであり,「固有の領土」など,どこにもない。 (国際法上の狭義の領土規定はあるが。) 沖縄も北海道も,その意味では「日本固有の領土」ではない。東京の日本国政府に,沖縄を「日本固有の領土」などと決めつける権利はない。沖縄は,そこに住む人々のものであり,まずは彼らが沖縄のことを考え,自分たちで決め実施していく。これが大原則であり,グローバル化時代の世界の流れでもある。

それなのに,安倍首相,石原維新代表らは,時代錯誤のウルトラ・ナショナリズム(超国家主義)を墓場から掘り出し,神国日本の「固有の領土」を守れ,とヒステリックに絶叫している。神国神話で日本は灰燼に帰した。その苦い歴史から,日本は何も学ぼうとはしない。さすが善良なる臣民の国,日本だ。

この安倍・石原流アナクロ国家主義からすれば,沖縄も日本の「固有の領土」であり,お国のためならば,「捨て石」にされても当然ということになる。かつては陛下の大日本帝国のために,そして今は大和人の日本国のために。これは,「一つの中国」を振りかざし,チベットや辺境自治区を抑圧するときの中国政府と同じ論法だ。いや,より正確には,中国の大国的「固有の領土」論の,小国的・内弁慶的矮小化版といってもよいだろう。

いまや,日本のゾンビ超国家主義が日本の「国益」を著しく害していることは,自明の事実だ。尖閣は,実効支配していたにもかかわらず,わざわざ「固有の領土」を言い立て,係争地たることを全世界に知らしめ,「国益」を回復不可能なほど損なってしまった。閣僚らの靖国参拝は,近隣諸国の激しい怒りを買うばかりか,世界中でドイツとの対比を再燃させ,日本を孤立に追い込みかねない愚行だ。こんなことを続けていると,中国だけでなく,世界中で日本ボイコット運動が起こりかねない。アメリカですら,先祖返り日本は見捨てるであろう。いま日本「国益」を危機に陥らせつつあるのは,安倍・石原流アナクロ矮小ナショナリズムだ。

130426d ■尖閣諸島(外務省HP)

5.台湾の実務外交に学ぶ
日本は,中国とのつきあい方を,台湾に学ぶべきだ。台湾は,すでに人間開発指数(HDI)の「高度人間開発達成国」であり,韓国とほぼ同等。フリーダムハウス「世界の自由2013年」では,日本や韓国と同じレベルの「自由国」。エコノミスト「民主化インデックス2012年」では,やや評価が低く,韓国(20位)と日本(23位)が「完全民主国」であるのに対し,台湾は世界35位で,「不完全民主国」。しかし,全体としてみれば,指数的には,台湾はすでに日本とほぼ同等の先進国と評価できるであろう。

その台湾にとって,対岸の中国は,日本とは比較にならないほど緊迫した具体的な「脅威」であろう。ロマンチックな「固有の領土」を唱えようものなら,たちまちミサイルが降り注ぎかねない。その緊迫した重圧の下で,とりあえずは「一中各表」により「実務的」に共存共栄を図っているのは,綱渡りとはいえ,高く評価すべきだ。

政治は,もともと愛国心のロマンを追うものではなく,現実的な「実利」のための「実務」だからである。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/04/25 at 20:17

タメルの中国書店、尖閣特集号平積み特売

タメル繁華街のど真ん中に、数年前、中国書店が開店した。以前にも紹介したが、不思議な書店で、店員さんはネパール人だが、商売気はまるでない。かつての中国公営売店そっくりの雰囲気。

そのタメルの中国書店に、11月中旬に行ってみたら、釣魚島(魚釣島)問題を特集した『Beijing Review(北京週報)』が入口の棚に大量に平積みされていた。8月30日号だから、かなり前のものだが、特別扱いである。一冊購入した。

釣魚島特集を読んでみると、思いの外、記事は「冷静」であり論理的だ。中国以外の人々でも、この記事を読めば、中国の主張の方に理があると感じるかもしれない。それほど一見「客観的」に記述されている。

しかし、それはそれとして、この『北京週報』が外人観光客でごった返すタメルのど真ん中の書店に平積みされ販売されているのは、政治的に見て、なかなか興味深い事実である。タメル滞在外人は、日本人を除き、たいてい暇人である。暇をもてあましている。その外人が、日中領土紛争の表紙につられ、この週刊誌を買い、暇つぶしに読む可能性は大いにある。そして、読めば、その多くが、大日本帝国のおぞましい中国侵略を思い起こし、中国の釣魚島返還要求にも共感するであろう。

中国は超大国であり、情報戦略にも長けている。対照的に、 日本の国粋主義者らは昔も今も内弁慶であり、国外で日本への支持を広げる地道な努力をしようともしないし、できもしない。ただただ国内向けに勇ましいことを言いつのるのみ。自家中毒だ。そして、彼らが 内弁慶国粋主義に傾けば傾くほど、中国や韓国、あるいはロシアにも、世界の同情は向かう。

国内にむけ「固有の領土」を叫ぶ暇があったら、たとえばネパールの書店に商売抜きで英語版日本週刊誌でも並べる努力をしてみてはいかがであろうか。ただし、記事は少なくとも『北京週報』レベルの水準のものでなければ、逆効果であろうが。

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 ■8月30日号表紙/特集内掲載地図(12頁)

中国書店

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/12/11 at 23:28

カテゴリー: 外交, 中国

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ロイ: カシミールの不都合な真実

ネパールでは,インド知識人はまったく人気がない。わが崇拝する偉大なガンジーでさえ,その名を出すと,いやな顔をされる。そりゃ糞味噌だよ,ガンジーは偉いだろう,といくらいっても相手にされない。困ったものだ。

ところが,最近,ガンジーの次の次くらいに尊敬するわがロイさんについては,注目するネパール人が出はじめた。ネパール・メディアにも彼女の記事がちょくちょく掲載されている。

このSultan M. Hali「アルンダティ・ロイ:カシミールの不都合な真実」(People’s Review, Oct.10)もその一つだ。筆者のハリ氏は,パキスタンのコラムニストらしいが,それ以上のことは今は分からない。

この記事によれば,アルンダティ・ロイは,「カシミールはインド固有の領土ではない」と発言した。これにインド,とくにBJPが激怒し,ロイを国家反逆罪で告訴しようとしている。(注:結局,告訴しないことになった。あるいは,あまりにも偉すぎて,告訴できなかった。)

ロイによると,インドは独立後すぐ,「植民地主義権力」になってしまった。カシミールはその証拠だ。だから,カシミールのAzadi(自由,解放)は当然だという。そして,このロイの発言を国家反逆罪で処罰しようとするインドは,哀れな,情けない国家である。

「哀れな国家――思いを率直に語ろうとする著作家たちを黙らせなければならないとは。哀れな国家――村人殺害者,大量虐殺者,悪徳企業,不正利得者,強姦犯,貧者の中の貧者を食い物にする者,そういった連中にはふんだんに自由を与えながら,正義を求める人々を投獄しなければならないとは。」

ハリ氏によると,カシミール谷では,支配者はヒンドゥーでも住民の98%はムスリムだという。もしそうだとすると,現在の世界規準では,カシミール谷の帰属はその住民が決めるべきであり,「カシミールのAzadi」を語ったロイは決して的外れのことをいったわけではない。

しかし,ことは領土にかかわること,尖閣や「北方領土」,あるいはチベットをみても,その難しさ,それに触ることの危険性はすぐ分かる。

インドでも,「カシミールのAzadi」などというと,反逆罪,国賊なのだろう。それなのに,ロイは,カシミールに住む人々の側に立ち,カシミールのことはそこに住む人々が決めるべきだと,ズバッといってしまったのだ。これはたいへん。

ただ,ここでネパールとの関係で注目すべきは,そのようなロイ発言をパキスタン・コラムニストのハリ氏が紹介し,さらにそれをネパールの「人民評論」が掲載している,という点だ。「人民評論」は王党派であり,そこがパキスタン・コラムニストのロイ記事を掲載する。これは奇妙だ。

ネ印パの三角関係とネパール国内の権力関係,そこにわれらがロイも引き込まれていくのだろうか? 南アジアには,日本では想像もできないほど複雑怪奇な権力闘争が渦巻き闘われているようだ。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2010/11/07 at 22:30

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