ネパール評論 Nepal Review

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奥飛騨の秋(1):西穂高

秋たけなわ,奥飛騨に,駆け足で行ってきた。渓谷の谷沿い,平湯~栃尾~新穂高温泉付近は紅葉にはまだ少し早かったが,西穂高岳(2909m),焼岳(2455m)など高山の中腹から上の方は木々が黄や赤に色づき始めていた。

新穂高には,平日にもかかわらず,ロープウェイを増発しなければならないほど多くの観光客が来ていた。しかも,その三分の一くらいは外国人。

面白いのは,ここでのアジア系と西洋系の人々の行動パターンのちがい。ロープウェイ終点「西穂高口駅(2156m)」に着くと,アジア系の人々の多くはまず屋上展望台に上り自撮り棒などで写真を撮り,次に階下の土産物屋に向かう。これに対し西洋系の人々の相当数は,屋上展望台はそこそこにして,曇天で寒かったにもかかわらず駅舎から出て,周辺の散策に向かう。中には,子供連れで西穂登山道を登り始めた家族さえいた。軽装だったから途中までであろうが。

短期間であっても旅に出ると,日常を離れ,心身ともにリフレッシュできる。


■西穂高口駅展望台ポスト/ロープウェイから望む焼岳


■しらかば平駅(1308m)から錫杖岳(2168m)方面を望む/しらかば平の野菊(?)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/10/17 at 16:01

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錦秋の御嶽山麓

10月24~26日,木曽御嶽山の山麓を,木曽村~開田高原~日和田高原~濁河温泉と,2/3ほど回ってきた。高原や周辺の山々は一面紅葉に彩られ,それを前景に,雄大な御嶽や乗鞍の高峰を望むことが出来た。美しい風景だが,交通の便は良くはなく,廃屋や耕作放棄地が目に付いた。

近代化以前,明治・大正のころともなると,この地方の生活はいまよりはるかに厳しかったのだろう。山本茂実『あゝ野麦峠』(1968年)で知られる野麦峠にも行ってきたが,改良舗装されているとはいえ長く険しい山道であり,車であっても越えるのに難儀した。その難路――改良以前の山道――を,少女たちが女工として働くため徒歩で越えていった。艱難辛苦のほどが忍ばれる。

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 ■御嶽山(木曽温泉より)

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 ■野麦集落

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 ■野麦集落の古民家

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 ■野麦峠「ああ飛騨が見える」碑

[参照]
映画「あゝ野麦峠」予告編
ラジオ名作劇場「あゝ野麦峠」 (再)
山本茂実『あゝ野麦峠 ある製糸工女哀史』角川文庫

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/10/28 at 19:25

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