ネパール評論 Nepal Review

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ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(10)

8.ブリジット・バルドーの大統領宛公開書簡
仏女優ブリジット・バルドーが,ガディマイ祭禁止を求める公開書簡をネパール大統領に送った。祭り利用の金儲け批判はもっともだが,だからといって神々への敬虔な動物供犠までも十把一絡げに否定するのは,行き過ぎだ。

一国の元首に向かって,その国の伝統文化を「血に飢えた」「残虐な暴力行為」と罵倒し,止めさせよ,と高飛車に要求するのは,あまりにも非礼。ネパール大統領は,完全無視でよい。

菜食主義者の肉食反対や非暴力主義者の動物供犠反対は,むろん自由である。大いに議論し,新しい文化を創っていったらよい。が,だからといって,宗教や文化の根幹に関わる価値(価値観)の問題を,安易に政治の世界に持ち出すことは許されない。神々の争いを政治化すれば,世界は動物以前に人間が殺し合うことになる。

しかし,残念なことに,近代以降,欧米の政治技術が発達し,いまや世界世論は彼らにより操縦されている。欧米の常套手段は分割統治。ネパールの動物供犠についても,欧米が介入し,世論を分断し,問題を政治化し,結局はそれを政治的に廃止させてしまうだろう。

予定では,明日,明後日が動物供犠。SAARC会議よりもはるかに重要。注視していたい。

[書簡要旨]
2009年の書簡は無視されたが,私は諦めてはいない。

今年は,総数25万のヤギ,水牛,ブタ,ニワトリ,ハト,アヒル,ネズミが生贄にされる。しかし,ガディマイ女神が,そのような無実の生き物の生贄を喜び,その残虐な暴力と引き替えに繁栄をもたらしてくれるとは,到底信じられない。

古くさい血まみれの残虐な伝統は,ネパールの評判を大きく損なう。廃止すれば,評価は上がる。

ガディマイ祭は金儲けが目的となっており,ネパール政府はそのような祭りを認めるべきではない。この祭りが認められるのなら,「麻薬祭」や「酒祭」でさえ認められることになる。

インド内務省は,ネパールへの不法な動物輸送を禁止した。ヒマーチャルプラデーシュ州でも,動物供犠禁止の判決が出た。インドは,動物保護に向け大きく前進している。

大統領の国ネパールも,残虐な伝統を一掃すべきだ。そうすれば,平和と共生のために立ち上がった大統領として,あなたの名前は後々まで語り継がれるだろう。そして,あなたの国も長く繁栄するだろう

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谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/11/27 at 17:24

ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(7)

(3)非人道的で原始的な迷信
ガディマイ祭の動物供犠は「残酷」で「非人道的」であり,「動物の権利」「動物の福祉」の侵害だという動物愛護主義者からの非難。欧米の動物愛護運動とヒンドゥー教の非殺生運動とが連携しており,組織的・戦略的であって声も大きく,近年,急速に力を増している。

たとえば,彼らは仏女優ブリジット・バルドーや英女優ジョアンナ・ラムリーら著名人を押し立て,インターネットもフルに利用して反対運動をグローバルに繰り広げる一方,ネパール政府や各国在ネパール大使館に,直接,中止要求書を突きつけたりもしている。彼らの主張は,以下の通り。

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 ■ブリジット・バルドー基金の反ガディマイ祭運動(同HP)

141122c ■J・ラムリーの反ガディマイ祭運動(Demotix,2014-10-11)

[1]動物は意識と感情を持つ
「動物は,単に利用・虐待されてよいものではなく,痛みや苦しみを感じることの出来る感情をもつ生き物である。」(k)
「科学的に証明されているように,人間と同様,動物もまた意識をもち,感情をもっている。したがって,動物は,これまでとは別の方法で扱われるべきだ。このことは,様々な古いヒンドゥー教典にも述べられている。・・・・無実な動物を,われわれは苦しめているのだ。」(p)
「動物はたいへん知的で意識をもつ生き物であることを忘れてはならない。」(b)

[2]残虐で非人道的
「2009年祭の目撃者によれば,動物たちには,供犠まで何日間も水もエサも与えられない。多くの若い動物たちが,ストレス,極度の疲労,脱水のため,供犠開始前にすでに死んでしまっていた。その死体は生きている動物たちの間に放置されていた。誰もが,ナイフや[ククリ]刀,あるいは他のどうのようなものを使用してでも,どの動物を殺してもよかった。屠殺は経験不足でありナイフの切れ味も鈍かったので,多くの動物が耐えられないほどの長時間の暴力的な死の苦しみを受けざるをえなかった。・・・・多くの水牛が逃げ回った。子水牛は悲しそうに鳴き,母水牛を探して血の海の中を歩き回り,そして屠殺者に切り倒された。この大殺戮を生き延びた動物は,皆無であった。」(k)
「動物は,あらかじめ失神させることなく,極度の恐怖と苦痛を与えつつ残虐に屠殺された。」(k)
「この最悪の大虐殺により付近一帯は血の泥濘となり,動物の頭がいたるところに散乱し,動物たちの苦しみのほどを思い知らせる。これで女神が願いを叶えてくれるというのだ。」(i)
「血に飢えたガディマイ女神・・・・。この動物屠殺は動物の基本的福祉に反する。」(d)
「血と悲鳴と無情の狂乱」(b)
「動物の基本的福祉が損なわれている。」(c)
「これまでは僧と商売人が,もっと動物を連れてきて,もっと殺せ,と言っていた。いまこそ関心をもつすべての市民が声をあげ,宗教の名による非人道的な殺戮をやめさせるべきだ。」(h)
「動物権利擁護運動は道徳十字軍にしてかつ社会運動でなければならない。」(d)

[3]原始的な迷信
「本質的に迷信であり,時代遅れの考え方」(q)
「この原始的な伝統を全廃せよ。」(d)
「[動物供犠により]力(शक्ति)が得られるという伝統的な考え方」(p)

以上のような動物愛護の観点からのガディマイ祭非難は,動物愛護どころか,実際にはむしろ,生命の尊厳を無視して際限もなく動物を利用し尽くす傲慢な人間中心主義を助長することになりかねないであろう。

[参照資料]
 [b]Shristi Srestha,”Buddha and Bloodbath.” http://www.myrepublica.com/portal/index.php?action=news_details&news_id=83135
 [c]Chahana Sigdel,”Gadaimai slaughter: Bihar, UP asked to check animal flow into Bara,” Ekantipur, Oct.13, 2014
[d]Rukmini Sekhar,”Gadhimai Festival: Harvest of Blood,” 05 October 2014. http://www.dailypioneer.com/sunday-edition/agenda/for-a-cause/gadhimai-festival-harvest-of-blood.html
 [h]“Gadhimai Festival(Animal Sacrifice) In Nepal.” http://omoewi.blogspot.jp/2013/02/gadhimai-festival-animal-sacrifice-in.html
 [k]”Mass animal sacrifice at Nepal’s Gadhimai FestivalTue,” Sep 23, 2014. http://asiaforanimals.com/coalition-voice/latest-news/item/100-mass-animal-sacrifice-at-nepal-s-gadhimai-festival
 [p]”Rivers of blood,” http://www.ekantipur.com/the-kathmandu-post/2014/10/15/oped/rivers-of-blood/268565.html
 [q]”Gadhimai (The Temple of Sacrifice),” Sep.18, 2009, http://xplornepal.blogspot.jp/2009/09/gadhimai-temple-of-sacrifice.html

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/11/22 at 12:04