ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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ゴビンダ医師のハンスト闘争(25)

6.第15回ハンスト
(6)決死のハンスト(v) 

④強制摂食:いくつかの事例
A. 西洋近世・近代の奴隷と病人  B. イギリス  C. アメリカ
D. ロシア  E. 北朝鮮  F. イスラエル  G. インド

H. 日本 強制摂食は,医療先進国・日本でも,むろん行われている。どうしても抵抗して食べない場合は,数人がかりで押さえつけたり拘束したりして鼻からチューブを入れ,流動食を直接胃に流し込む。鼻からの出血や激しい嘔吐があり,身体的にも精神的にも苦しいが,生命を救うため止むを得ないとされている。

刑務所や拘置所での事例としては,2007年5月の大阪拘置所での強制摂食があげられる。明確な政治的理由からではなさそうだが,ある収監者が食事を拒否し続けたので,嫌がる本人の手足を職員数名で押さえ,鼻腔経管栄養補給を行った。

この本人の同意なき強制摂食については,鼻からの出血など不当な身体的・精神的苦痛を受けたとして慰謝料請求の訴えが出されたが,最高裁は国側には「安全配慮義務」違反はないとして請求を棄却した。日本でも,拘置所等では同意なき強制摂食が――事例は多くはなさそうだが――現在のところ法的には認められているのである。

拒食が,本人の自覚的選択によるものではなく,疾病としての摂食障害によるものである場合には,日本の刑務所,拘置所等でも,当然の医療行為として強制摂食が実施されている。これは,一般社会における場合と,本質的には変わりはない。

日本において,これから先,深刻な政治問題となりそうなのが,在留資格なしとして入国者収容所(入管センター)等に収容されている外国人に対する同意なき強制摂食である。今はまだ実施されていないようだが,今後,もし実施されることになれば,国内にとどまらず国際的にも大問題とならざるを得ない。

このところ出稼ぎ、移民,難民など,観光以外の目的で来日する外国人は年々増加し,それに伴い在留資格なしとして入管センターに収容される外国人も,2012年末に1028人だったのが2017年末には1382人になるなど,大きく増加している。

これら入管センターに収容されている外国人は,先が見通せないまま収容が長引くにつれ不満を募らせ,処遇改善を求め最後の手段としてのハンストに訴えることが多くなった。
・2011年4月 名古屋入管センターで処遇改善を求め20名余ハンスト。
・2015年4月 東京入管センターで仮放免申請却下に抗議し数十名がハンスト。
・2016年2月 大阪入管センターで食事改善等を求め49人ハンスト。6~7月には処遇改善を求め14人ハンスト。
・2017年5月 収容長期化に抗議し東京入管センターで40人,名古屋入管センターで約20人がハンスト。
・2018年4月 東京入管センターで,仮放免不許可後のインド人自殺をきっかけに,約140人ハンスト。
・2018年11月 東京入管センターで仮放免制度改善を求め20~30名ハンスト。
・2018年12月 大阪入管センターで強制退去命令を受けた10人以上がハンスト。

このように入管法違反で収容されている外国人のハンストは著しく増加しているものの,管見のかぎりでは,いまのところハンスト死も,それを防止するための強制摂食も報道されてはいない。

しかしながら,移民・難民政策不備をこのまま放置すれば,入管センター等での抗議ハンストの激化は免れえず,「決死のハンスト」によるハンスト死かさもなければ同意なき強制摂食かの,いずれも採りがたい二者からの択一を迫られることになる。

日本では,「決死のハンスト」の問題が,日本人自身ではなく,むしろ来日外国人によって,日本国民に突き付けられるおそれが大きい。が,これは,言うまでもなく,われわれ自身の問題である。

■東日本入管センター,牛久市(Google)

*16 「名入管で集団ハンスト 難民申請外国人ら 処遇改善を求める」中日新聞,2011/4/30
*17 「『私たちは動物ではない』不法滞在外国人の不満爆発 収容生活改善求めハンスト」sankeibiz, 2016.2.28
*18 「東京入管施設で約40人の被収容者がハンスト、長期収容などに抗議」reuters, 2017年5月11日
*19 「名古屋入管でもハンスト 収容長期化に20人抗議」sankei.com, 2017.5.16
*20 「東京入管の被収容者によるハンストが終了、『影響見極めたい』」jp.reuters.com, 2017年5月25日
*21 レジス・アルノー/倉沢美左「ベトナム人の死と外国人収容所の過酷な実態 収容者が見た壮絶な最期」東洋経済,2017/06/09
*22 「入管収容施設で待遇改善求めハンスト、インド人男性死亡を受け」newsweekjapan, 2018/04/21
*23 片岡伸行「収容者1人がケガ、ハンストへ──牛久の入管施設で抗議行動を強制排除」kinyobi,2015年4月7日
*24 「大阪入管でもハンスト 病気収容者の対応に抗議」共同通信, 2018年12月5日
*25 「入管収容者が集団ハンスト 東日本センター 長期の拘束抗議」東京新聞 18/4/17
*26 「入管収容者がハンスト、長期拘束に抗議 茨城・牛久、インド人自殺で」日本経済新聞,2018/4/17
*27 鬼室黎「入管施設で外国人30人抗議のハンスト 開始から1週間」朝日新聞デジタル,2018年11月26日
*28 「大阪入管でもハンスト 病気収容者の対応に抗議」共同,2018年12月5日
*29 宮崎岳志「東京入国管理局に収容されている外国人多数がハンガーストライキを行っているとの報道に関する質問主意書」衆議院,平成二十九年五月十六日提出
*30松本克美「判例研究:拘置所に収容された被拘留者に対する国の安全配慮義務の有無」末川民事法研究,第1号,2017
*31 鈴鹿祥吾(文責),若林茂雄(監修)「最高裁判所平成 26 年(受)第 755 号損害賠償請求事件 平成 28 年 4 月 21 日 第一小法廷判決」岩田合同法律事務所

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/03/03 at 20:56

ゴビンダ医師のハンスト闘争(22)

6.第15回ハンスト
 (1)なぜジュムラでハンストか?
 (2)決死のハンスト(i)
 (3)決死のハンスト(ii) ①ハンストと延命治療
 (4)決死のハンスト(iii) ②それほど苦しくない断食(以上前出)
 (5)決死のハンスト(iv) ③強制摂食:人道名目の拷問

(6)決死のハンスト(v) 
④強制摂食:いくつかの事例
A. 西洋近世・近代の奴隷と病人 西洋には自殺を大罪とするキリスト教の強固な伝統があり,それが多かれ少なかれ西洋における強制摂食正当化の宗教的・倫理的根拠となってきたと見てまず間違いはないであろう。

強制摂食の事例としてよく知られているのが,アフリカから新大陸へ奴隷を輸送する奴隷船内で行われていた強制摂食。食事を拒否し自殺しようとする奴隷がいると,建前としては自殺は大罪なので,また実利的には大切な商品としての奴隷に死なれては困るので,強制的に口を開けさせる器具(speculum orum, gavage)を使用して口をこじ開け,食物を胃に流し込む強制摂食が行われていた。フォアグラや北京ダック(填鴨)と同じ。技術的には古来,周知の方法だ。

一方,奴隷以外の人については,西洋では,食べないのは何らかの「病気」とみなされ,食べさせるための治療器具が開発・改良され,「患者」への強制摂食が始まり広がっていった。19世紀には,収容所や刑務所でハンストが始まれば,いつでも強制摂食を実施しうる状況が出来上がっていたのである。(*11)


■キリスト教では自殺は絶対悪(412teens.org)/奴隷強制摂食用器具(National Museum of Denmark)/フォアグラ強制給餌(Stop Force-feeding)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/02/26 at 18:12

ゴビンダ医師のハンスト闘争(21)

6.第15回ハンスト
 (1)なぜジュムラでハンストか?
 (2)決死のハンスト(i)
 (3)決死のハンスト(ii) ①ハンストと延命治療
 (4)決死のハンスト(iii) ②それほど苦しくない断食(以上前出)

(5)決死のハンスト(iv)
③強制摂食:人道名目の拷問
すぐ思いつき,事実,世界各地で利用されてきたのが,ハンスト者に対する「強制摂食(force-feeding)」である。ゴムチューブなどの管を鼻や口から食道に差し込み,流動栄養食を直接,胃に流し込む。あるいは,それができないときは,栄養液を点滴投与し生存を確保する。胃瘻でさえ,場合によっては実施されるかもしれない。

現象だけを見れば,日本でも日常的に行われている延命治療となんら変わりはない。現代では,生命は地球より重く何物にも代えがたいとされ,治療の可能性が少しでもあるのであれば,可能な限り延命治療をし,生命を救う,すなわち心臓を動かし続けることが正しいとされている。

強権的体制の為政者は,皮肉なことに,この人道主義的生命尊重の世情を巧みに利用する。生命はすべてに優先されるべきものだから,たとえ本人が主義主張貫徹のため「ハンスト死」を望もうとも,それは誤った考え方であり許されない。ハンスト者は,正気を失い,生きるために食べるという最も根本的な理性的判断ができなくなっている。だから為政者としては,生命尊重の人道主義の観点から,本人の意思にかかわりなく,強制摂食など,必要最大限の救命措置をとらなければならないというのである。

しかしながら,これは明らかに,生命尊重人道主義の偽善的政治利用である。ハンスト死させてしまえば,先述のように,それは社会に対し劇的な効果を持ち,為政者は大きな打撃を受ける。さりとて,ハンスト死を避けるためハンスト者の要求を呑んだり収監ハンスト者を釈放すれば,それが前例となり,ハンストが頻発し,統治は困難になる。社会秩序は乱れ,人々の安全は保障されなくなる。為政者にはハンスト者の要求を呑むことも,収監ハンスト者を釈放することもできない。そこで結局,ハンスト者がいくら食事を拒否しても強制的に栄養を取らせる「強制摂食」の方法を,為政者は採らざるをえないことになるのである。

ところが,ハンスト者への強制摂食は,人命尊重や社会秩序維持(社会の安全)をいかに力説しようが,実際にはそれ自体,精神的にも肉体的にも耐えがたい苦痛を与えるものであり,「拷問」に他ならない。

「拷問」は,近代国家では19世紀以降,法的に禁止されるようになった。ちなみに日本国憲法も「拷問は絶対にこれを禁ずる」(36条)と明記している。国際社会では,1948年採択の世界人権宣言が「何人も、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは屈辱的な取扱若しくは刑罰を受けることはない」(5条)と宣言し,これがそのまま国連によって1966年「自由権規約」の中の規定の一つとして採択された。現代では拷問は許されない。

ハンスト者に対する強制摂食は,この現代社会では明確に禁止されている「拷問」に相当する。世界医師会も1975年採択の「東京宣言」において,「収監者,収容者のハンストに対し強制栄養法の使用[強制摂食]をさせてはならない」と厳しく警告している。

それにもかかわらず,強制摂食は,いまなお世界の少なからぬ国々で繰り返し実施されている。ネパールでも実施されない保証はない,と危惧せざるをえない。

ハンスト者に対する強制摂食はいまなお未解決の難しい問題であり,詳しくは別稿をまたざるをえない。以下では,参考のため強制摂食の事例をいくつか紹介するにとどめる。

■収監サフラジェットへの強制摂食(英紙1913年5月24日)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/02/19 at 11:33