ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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ガディマイ祭:動物供儀をめぐる論争(9)

【参考文献】
*1「世界最大のいけにえ祭り、ネパールで開幕 前回は動物20万頭が犠牲に」,jiji.com, 2019年12月04日 (AFP)
*2 Gadhimai Nepal, “Why To Visit Gadhimai Temple ?,” 2019/01
*3 Humane Society International, “Victory! Animal Sacrifice Banned at Nepal’s Gadhimai Festival, Half a Million Animals Saved: Gadhimai Temple Trust agrees to cancel all future animal sacrifice, urges devotees not to bring animals to the festival,”July 28, 2015
*4 Humane Society International, “Animal Slaughter at Gadhimai Festival
*5 Humane Society International / Nepal, “Animal welfare groups in Nepal join multi-faith rally to urge the government to ban religious animal sacrifice,” June 14, 2019
*6 Humane Society International / India, “Gadhimai devotees urged not to transport animals for mass sacrifice during Nepal’s Gadhimai Mela 2019,” March 30, 2019
*7 Humane Society International (HSI) India, “How We Stopped The Massacre Of Animals At Gadhimai
*8 Humane Society, “Animal sacrifice resumes at Gadhimai, Nepal, but on smaller scale,” December 6, 2019
*9 Heather Clark, “Hindu Worshipers Sacrifice Thousands of Buffalo to ‘goddess of Power’, During Nepali Gadhimai Festival,” Christian News, December 5, 2019
*10 “Gadhimai festival starts,” Himalayan Times, November 17, 2019
*11 “Around 8 million observers expected at Gadhimai Mela this year,” Himalayan Times, December 02, 2019
*12 “Despite protests from animal rights activists, tens of thousands of animals are being slaughtered in Gadhimai,” Kathmandu Post, December 2, 2019
*13 “More Than 5,000 Buffaloes Offered In Gadhimai Festival By Tuesday,” 03 Dec, 2019
*14 Upendra Yadav, “Over 1.5 million converge for Gadhimai Mela,” Republica, December 4, 2019
*15 Laxmi Sah, “Contempt of court case against govt, Gadhimai Trust for animal sacrifice,” Republica, December 4, 2019
*16 “Animal rights activists decry mass slaughtering at Gadhimai: Brutal massacre of tens of thousands of animals challenges the Supreme Court order, campaigners say,” Kathmandu Post, 2019/12/09/
*17 Hindustan Times, “Mass animal slaughter to honour goddess Gadhimai’s legacy begins in Nepal,” Dec 05, 2019
*18 Bhadra Sharma, “Nepal’s Animal-Sacrifice Festival Slays On. But Activists Are Having an Effect,” The New York Times, Dec. 6, 2019
*19 ARISTOS GEORGIOU, “THE LARGEST MASS ANIMAL SACRIFICE IN THE WORLD IS ABOUT TO BEGIN,” Newsweek, 11/27/19
*20 ARISTOS GEORGIOU, “WORLD’S LARGEST ANIMAL SACRIFICE SEES THOUSANDS OF BUFFALOES DECAPITATED,” Newsweek, 12/3/19
*21 Matt Coyle, “BLOODY MASSACRE World’s ‘largest animal sacrifice’ takes place at Gadhimai Hindu festival as thousands of buffalo slaughtered in Nepal,” 3 Dec 2019
*22 Gopal Sharma, “Thousands of animals sacrificed in Nepal Hindu ritual amid outcry,” Reuters, DECEMBER 4, 2019
*23 Samuel Osborne, “Gadhimai Hindu festival: World’s ‘largest animal sacrifice’ under way in defiance of ban,” Independent,
*24 “Nepal animal sacrifice festival pits devotees against activists,” The Guardian, 2019/dec/03/
*25 Gabriel Power, “What is the Gadhimai festival and why is it so controversial?,” The Week, Dec 5, 2019
*26 “Activists to Sue Nepal Govt for Failing to Stop Animal Sacrifice at Gadhimai Festival,” News 18, December 8, 2019
*27 WOLF GORDON CLIFTON, “Making Sense of Sacrifice: An Interview with the High Priest of Gadhimai,” Animal People Forum, DECEMBER 3, 2019
*28 Federation of Animal Welfare Nepal (FAWN), “GADHIMAI ANIMAL SACRIFICE – SHAME FOR NEPAL,” 2019/11/06
*29 Aashish Mishra, “The sacrifice of animal sacrifices: Appeasing the gods through blood-letting may slowly go out of fashion,” Nepali Times, October 12, 2018

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2020/01/05 at 23:21

ガディマイ祭:動物供儀をめぐる論争(8)

5.動物供儀の根源的意味
ガディマイ祭では,毎回,水牛だけでも数千~1万頭も供儀されてきた。見世物化・商業化し,衛生上も問題が多いといわれている。おそらく,そうであろう。

しかしながら,動物供儀には,「かわいそう」といって一方的に非難し拒絶して済ますことのできないような,歴史的・文化的・倫理的・宗教的な意味もあるのではないだろうか? 

たとえば,動物にも「人権」ないし権利を認め,「人道的」な扱いを求める動物愛護の主張の背後には,動物を食用や衣料用などに利用して生きているという厳粛な事実を直視したくないという人々の願望が隠されているのではないだろうか? あるいは,生物を理性の有無により峻別し,理性ある人間は,理性ある動物の「人権」を尊重し「人道的」に扱うべきだが,他の理性なき生物についてはそのような配慮は必要ないといった差別的生命観が,その主張の根源にはあるのではないだろうか?

穀物や動物の供儀は,日本を含め世界各地に古くからある。その挙行方法は多種多様だが,人々にとって最も大切な生命を神に捧げ,神に感謝し,その加護を願うという最も基本的な点では,みな共通しているように思う。あるいは,供儀後の穀物や肉を食べるのであれば,聖別された穀物や肉を神の前で―神から恵まれたものとして―食べ,他の生物の生命の犠牲により生きざるをえない人間の業―原罪―の許しを願う。さらには,そうした罪意識があまりないところでも,食物を神に捧げたあと,それを神の前で,神と共に食べる―神人共食―ことにより,人は神や食を共にする他の人々と親密に結びつき,神の加護の下で豊穣や子孫繁栄などを願う。このように,食物を神に捧げる慣習は,方法は異なれ,世界各地に古くからみられる。

さてそこで問題は,動物供儀が「反人道的」,「反人権的」で許されないか,ということ。動物供儀擁護派は,以上に見た限りでは,この問いに正面から答えてはいない。人々が供儀を望むから,供儀せざるをえない。あるいは,求められた供儀に応ずるのは,ヒンドゥー司祭の義務だなどと答えるのみ。逃げのよう見えてならない。

この問いにつき,私見を一言でいえば,たしかに「かわいそう」ではあるが,決して「反人道的」,「反人権的」ではないということに尽きる。

われわれ人間は,毎日,大量の動植物の生命を殺し食べて生きている。が,それら動植物の生命が奪われ食品へと加工される現場の人々以外は,生命が奪われる現場は見てはいない。動物も魚も野菜も穀物も,殺され,切り刻まれ,加工され,ビニールパックや小袋に入れられ,商品として美しく店頭に並べられ,売られ,買われていく。われわれ大多数の人間は,動植物の死骸を買い,調理して食べ,生きているにすぎない。その根源的な事実を,われわれは忌避し,見ようとはしない。

人間に食われる動植物の側からすれば,自分たちの唯一無二の生命が奪われるその峻厳な事実を見られ知られることもなく,自分たちの身体が切り刻まれ「おいしそうな」商品食品へと加工され,売買され消費されるのは,耐えがたく許しがたいことであろう。

動植物を殺して食べている事実をしかと見つめ自覚しつつ食べる人と,そこから目を背け,目の前の「おいしそうな」加工食品を食べる人。いずれが動植物の生命の「尊厳」を尊重しているのか?

むろん,そうはいっても,動物に無用な苦痛を与えてよいということにはならない。「熊いじめ」など,見世物化した「流血スポーツ(blood sports)」は,生命の弄びであり,許されることではない。また,逆に,動物の行き過ぎたペット化,愛玩化も,動物の本性・自然(nature)を否定しその尊厳を奪うものであり,決して許されてはならない。

では,ガディマイ祭はどうか? たしかにガディマイ祭にも,反対派が非難するように,見世物化した流血スポーツの要素が多々あるし,衛生面でも問題はある。そうした点は,今後,改めていかなければならない。

しかしながら,だからといって動物供儀そのものを「反人道的」とか「反人権的」とかいって禁止するのは,倫理的に道理が通らない。

ガディマイ祭反対派は,動物の代わりに「花」や「ココナッツ」を供えよ,と主張しているが,供えられる「花」や「ココナッツ」も大地に根を下ろす母体から切り離され「生命」を奪われているのだ。植物や微生物や昆虫や小動物らは,「自己意識」や「理性」をもたない(とされている)ので,人間の都合で殺してもよいということか?

不殺生(アヒンサー)は,徹底すると,生命あるものは何も食べられなくなる。人は生きるために何かを殺して食べざるをえない。あるいは,直接殺さなくても,食糧生産のため「害獣」,「害虫」,「雑草」,「病原菌」など無数の生物を「駆除」し殺している。人は他の生命の犠牲により生きている。だからこそ,その業ないし原罪の許しを請うため,いかに苦しく辛かろうが,死を直視する努力をし,神や仏や大自然など,自らの信じるもの,信じたいと願っているものに,祈るのだ。

ガディマイ寺院やダクシンカーリ寺院などにおいて敬虔に動物供儀を行うこと――それ自体は,決して禁じられるべきことではない。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2020/01/04 at 15:41

ガディマイ祭:動物供儀をめぐる論争(6)

4.動物供儀擁護派の主張
新聞記事やネット配信では,動物供儀反対派の意見が圧倒的に多く,擁護派の意見はそれほど多くは見られない。管見の限りでは,最初に紹介する「動物と人々のフォーラム(Animal People Forum)」のインタビュー記事におけるガディマイ寺院司祭の説明がもっとも詳しく説得的であった。以下,このインタビュー記事を中心に,いくつか動物供儀擁護派の議論を紹介する。

(1)マンガル・チョーダリ(ガディマイ寺院高位司祭,ガディマイ祭始祖とされるバグワン・チョーダリの10代目子孫,2016年10月インタビューの記録)

「ヒンドゥーの伝統には,無殺生(アヒンサー)のようなものは何もない。パシュパティナート寺院に行ってみよ。そこでは毎日,9頭の水牛が供儀されている。われわれは,高裁や最高裁へも出廷し,この問題につき見解を述べた。わが方の弁護士は,法廷において,われわれの伝統を阻止しうる者は誰一人いないことを明確に論証した。
[・・・・]
最高裁は,われわれの主張を認める判決を下した。その判決文を,われわれは保有している。ネパール政府とガディマイ運営委員会および地域社会は,三者とも,最高裁判決に従うことに合意した。すなわち,動物供儀の日程を予告し,[動物検査のための]チェックポスト設置を公告し,これにより供儀の儀式をきちんと管理運営していくということだ。これにより人々は,一般の食用であれ供儀用であれ,いかなる肉を持ち込むのであっても,事前にそれをチェックポストで申告しなければならないことになった。[このように管理運営されることにはなったが]動物供儀そのものが禁止となったわけではない。・・・・
[・・・・]
寺院運営委員会には,供儀を止めさせる権利は全くない。・・・・われわれが,この伝統に従い供儀をやれと唆したり命令したりしているのではない――人々自身が願い,行っているのだ。何千もの供儀動物を連れてくる人々もいれば,お米を握りしめ持ってくる人もいる。
[・・・・]
人はみな,それぞれ異なる自分の文化を持っている。われわれは,お供えを持って来いと人々に呼びかけはしない――人々は,それぞれ自分自身の願いをもち,ここにやってくる。われわれは,ナワドゥルガとカーリーに犠牲を捧げる。すべての神々に動物を捧げるわけではない。
[・・・・]
すでに述べたように,人々は自分自身の希望で供儀動物を持ってくる。その彼らを打ち据え,追い払うようなことは,われわれにはできない。たとえわれわれが自分たちの力で動物持ち込みを止めさせることが出来るとしても,それで問題解決ということにはならない。政府高官ですら,動物を持ってくるのだ。聞くところによると,カトマンズへは,毎日,50~100台ものトラックが供儀用水牛を載せ運んでくる。ニワトリも同様。グルたちは,あちこちで,[もし供儀をしなければ]投獄してやると脅されてきた。私でさえ,かつて最高裁で,そう要求されたことがある。供儀を褒めたたえるのは,われわれではない。それは,彼らの選択なのだ。
[・・・・]
ネパール最高裁は,この祭りをもっと整然と行うため,共に力を合わせ協力すべきだと提案してくれた。
[・・・・]
悲惨なのはむしろ,カトマンズで毎日,動物が屠殺されていることだ。われわれは,[カトマンズの]5つ星ホテルに滞在したことがある。夕食や昼食には,チキン,卵,牛肉,羊肉が出された。われわれはベジタリアンなのに,ホテルはそのような料理を出したのだ。動物たちが,このように食材として扱われているのに,だれもそれを非難しない。そのくせ,彼らはわれわれを非難するのだ。
[・・・・]
ここには,人々がたくさんのお供えを持ってくる。われわれは,彼らの求めに応じなければならない。それは,カルマの命じるところである。われわれは,人々がここに持ってくる動物たちを供儀しなければならないのだ。
[・・・・]
ネパールの仏教徒は,自分では殺さなくても,肉は食べているのではないか。北部ネパールでは,彼らは動物を崖から突き落とし,動物が死ぬと,身体を切り刻み,食べてしまう。ネワール社会でも,人々は仏陀を拝んでいるが,毎日のように肉を食べている。もし殺さないとすれば,肉はいったいどこから来るのか? こういったことを,われわれは見てきたのだ。」(*27)

■Animal People Forum HP(*27)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2020/01/02 at 09:36

ガディマイ祭:動物供儀をめぐる論争(5)

3.動物供儀反対派の主張
(1)国際人道的動物愛護協会(Humane Society International)

(2)ネパール動物福祉連盟(Federation of Animal Welfare Nepal)
「ガディマイ動物供儀―ネパールの恥」(*28)
「『仏陀と平和の国』か,それとも『野蛮な大量動物供儀の国』か」(*28)
「ネパールは “Visit Nepal 2020” を掲げているのに,このままでは2019年末には世界は再び残虐な動物虐殺を目にすることになる。われわれは,このような動物に対する残虐と暴力をやめ,この国を模範的な『仏陀と平和の国』とすることが出来るはずだ。」(*28)
「わが連盟は,最高裁命令に真っ向から反するこの残虐な虐殺儀式に強く抗議する。」(*16)

■FAWN FB / HP

(3)倫理的動物処遇を求める人々(People for the Ethical Treatment of Animals)
①ミミ・ベケッチ(PETA事務局長)
「ネパールの役人たちは,何千もの動物を守ると約束したが,その約束は守られなかった。今日から始まる暴力的大量殺戮の場へと,動物たちは引きずられ運ばれていった。ネパール政府は,このような大量殺戮を二度とさせないよう強制力を行使すべきだ。さもないと,観光ボイコットを受けるだろう。・・・・信心深い人々は,口をそろえて,恐怖と残虐を要しない良き宗教の方を非難するが,寡婦焚死や幼児供儀が無くなったように,恐ろしい動物屠殺の祭りも終わらせなければならない。
 ・・・・切り裂かれるときの動物たちの悲しそうな表情や苦しみを見るのは,恐ろしく,ぞっとする。それはネパールの評判を傷つける。慈悲深いネパール市民の皆さんすべてに,このような野蛮な祭りをやめさせるための国際抗議運動への参加をお願いしたい。」(*21)

■PETA HP, Dec 2019

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2020/01/01 at 14:40

ガディマイ祭:動物供儀をめぐる論争(4)

3.動物供儀反対派の主張
動物愛護諸団体は,ガディマイ祭での動物供儀をやめさせるため大々的な運動を繰り広げてきたが,今年も阻止は出来なかった。それでも,彼らの反対運動は西洋を中心に支持を拡大しており,いずれネパール政府もガディマイ寺院も動物供儀廃止に追い込まれる公算は大とみざるをえない。

では,動物愛護諸団体が動物供儀に反対する理由は,具体的にはどのようなものであろうか? 以下,代表的な反対論をいくつか,重複もあるが,紹介する。

(1)国際人道的動物愛護協会(Humane Society International)
①ウェンディ・ヒギンズ(HSI報道担当)
「残虐な殺し方,それに疑いの余地はない。動物たちは,太刀のようなもので首を切り落とされる。悲惨なことに,動物たちは仲間の目の前で殺され,なかには自分の子供の目の前で殺される母親もいる。調査団が殺し方を直に目撃し報告しているところによれば,少なくとも水牛は多くの場合,すぐに落命することはない。苦しそうに幾度かあえぎながら,死んでいくのだ。」(*19)

■Humane Society International, HP

②HSI-印
「伝統と信仰のワナから抜け出せば,動物供儀が残虐な時代錯誤であることは自ずと明らかになる。倫理的ないし進歩的を自認する社会にとって,動物供儀は唾棄すべき呪いのようなものだ。
 道徳的根拠はとりあえず別にするとしても,動物供儀の禁止は,環境や経済の観点からも重要だ。供儀の場では,腐敗死骸や糞便が病原体を増殖させ,様々な人畜疫病を広めることになる。1995年にネパールで「小反芻獣疫(PPR,ヤギ疫病)が発生したが,これはガディマイに動物を集めたため流行したのだとみられた。動物供儀はまた,農業にとって大切な,健康な家畜の減少をもたらす。さらに,供儀参加者の多くは貧しく,その彼らにとって,動物を求め供儀するに必要な経費は途方もない額に及び,耐えがたい経済的重荷となる。
 それに加えて,このような動物供儀は動物への暴力を助長するものであり,大人も子供もそれを見ているのだ。多くの学者がはっきりと立証したように,暴力的な行為(対人間,対動物を問わず)を目にした人々は,子供も大人も,人間に対しても暴力的となる傾向がある。暴力をなくすことは,動物のためだけではない。それは,人間のためであり,この地域の中核的文化価値たる無殺生のためである。」(*7)
「何世代にもわたって迷信により正当化され伝統として受け入れられてきたこの種の儀式を止めるよう民衆を説得しなければならない。」(*7)

③アルカブラバ・バール(HSI-印)
「若い水牛たちが殺された水牛に躓きながら歩き,子牛たちは水牛が屠殺されるのを見つめ,また別の水牛たちは刃を逃れようとしたが,尻尾や後足をつかまれ,引き倒された。」(*8)

④ガウリ・マンレキ(HSI-印顧問)
「動物供儀は時代錯誤きわまる行事であり,現代世界では,そのようなことを喜ぶ国は一つもない。」(*3)

⑤アロクパルナ・セングプタ(HSI-印事務局長)
「国境でわれわれが多くの山羊,鳩,水牛を救ったので,信者らは以前のガディマイ祭のときより何千も少ない水牛しか買うことが出来なかった。今回は無血ガディマイを実現できなかったが,そのうち必ず,この身の毛もよだつ見世物を終わりにさせるつもりだ。」(*20)

■Humane Society International / India, FB 2019/12/05

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/12/31 at 10:31

ガディマイ祭:動物供儀をめぐる論争(3)

2.動物供儀禁止への動き
ガディマイ祭での動物供儀は,情報化の進展もあって,2009年度の大量供儀が生々しい写真や動画付きで大々的に報道されると,西洋の動物愛護諸団体や印ネの非暴力・非殺生(アヒンサー)主義者たちの激しい反発を招き,その結果,ネパール政府とガディマイ寺院は動物供儀に何らかの規制をかけざるをえなくなった。(以下,末尾参考文献参照)

ネパール最高裁は2014年と2016年,ガディマイ祭での動物供儀をやめさせるための措置をとるよう政府に対し命令を下した。さらに2019年9月にも最高裁が同様の措置命令を出し,これに基づき11月には文化・旅行・航空省,内務省,通信・情報技術省が動物供儀中止を訴えるアピールを出した。また,ガディマイ祭実行委員会自身も2015年,動物供儀をやめると決めた,と報道された。その結果,供儀動物は,2009年に比べると,2014年と2019年には大幅に減少した。

しかしながら,最高裁の動物供儀禁止措置命令や関係各省の中止アピールは単なる努力義務と解され,事実上ほとんど無視されたし,またガディマイ祭実行委員会の動物供儀中止発表も,実際には,寺院境内での水牛供儀を禁止しただけだとか,「平和の象徴としての鳩」は供儀しないということだなどとされてしまった。

さらに,インド最高裁は2014年から,ガディマイ祭への動物のインドからの持ち出しを禁止しているのだが,この禁止命令も十分な実効性は持ってはいない。参拝者も供儀動物も,依然として,その多くがインド側からなのだ。

ガディマイ祭は,激しい反対運動により供儀動物の数は減ったものの,今もって世界最大の動物供儀祭であることに何ら変わりはないのである。

動物供儀動画(「残虐」とされる画面あり,閲覧注意)
■Bloodless Gadhimai FB, 3 Dec.

(注)12月31日,一部追加修正。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/12/30 at 16:20

ガディマイ祭:動物供儀をめぐる論争(2)

1.2019年ガディマイ祭の概要
今年のガディマイ祭は,12月3日に水牛,翌4日に他の動物が供儀された。その供儀動物数は,報道によりかなり異なるが,おおよそ次の通り(*1,5,7,8,13,16,23,24)。
【参拝者]150万人以上
【警備要員]警官1千人,武装警官3百人
【供儀執行係]200人
【供儀動物]水牛 3千~6千5百(山羊,鶏等を含め総数?)
 [2014年 水牛 3千5百(山羊,鶏等を含め総数20万)]
 [2009年 水牛 1万(山羊,鶏等を含め総数25~50万)]

この150万人もの参拝者の約7割はインドから来た人々であり,供儀動物の多くも国境を越えインドから持ち込まれたものである。その意味では,ガディマイ祭は,ネパール人というよりもむしろインド人のための祭りという色彩が濃いとみてよいであろう(*25,26)。

ガディマイ祭において最も重要なのは,いうまでもなく水牛供儀である。今年も,数千頭の水牛が,寺院近くの柵で囲まれたクリケット場(ないしサッカー場)ほどの広場に集められ,12月3日,供儀係約200人によりククリ刀で次々と首を切り落とされていった。

供儀後の水牛については,頭は供儀数確認のため残し(確認後の扱い不明),胃腸など不要部分は穴を掘り埋めてしまう。肉や皮や骨は利用されるが,報道では具体的な利用方法がいま一つはっきりしない。
 ・肉は,供儀した人々がプラサド(供物)として食べたり持ち帰ったりする。皮は,寺院に納められて売却され,祭り経費に充てられる。(寺院高僧,Animal People Forum, 3 Dec)(*28)
 ・人々が持ち帰るか,商人に売却(Reuters, 4 Dec)(*14)
 ・カトマンズに運び,売却(New York Times, 6 Dec)(*23)
 ・インドとネパールの会社に売却(WIKI)
 ・持ち込み供儀した人々や他の参拝者らが食べたり持ち帰ったりする。(Animal People Forum, 3 Dec)(*27)
 ・チャマール(ダリット)の人々が持ち帰り,売ったり加工したりする。ただ,最近は,引き取り拒否が増加(Kathmandu Post, 2 Dec)(*10,28)

ネパールでも現在は,認可された処理施設で衛生的に処理された肉以外の取引は法律(Animal Slaughterhouse and Meat Inspection Act, 1999)で禁止されている。ガディマイ祭では,水牛以外に山羊や鶏が供儀され,大量の肉や皮が残される。冬で寒いから大丈夫とされ,供儀者や地域の人々が周辺で食べたり持ち帰ったり,あるいは商品として売買しているようだが,これには法的にも衛生的にも問題があるとされている。

■2019年ガディマイ祭FB(12月4日)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/12/29 at 17:43

ガディマイ祭:動物供儀をめぐる論争(1)

ガディマイ祭(गढ़िमई पर्व , गढ़िमई मेला)が,この12月3,4日を中心に,約1か月にわたり開催された。

この祭りは,5年ごとにバラ郡バリヤプルで開催される世界最大の動物供儀祭。総数数十万にも及ぶ,おびただしい数の水牛,山羊,雄鶏などが寺院近くの広い供儀場に連れてこられ,ガディマイ女神に犠牲として捧げられる。

この祭りについては,このブログですでに何回か紹介した。以下では,今年のガディマイ祭について,賛否を中心に紹介する。重複や,情報錯綜による矛盾もあるかもしれないが,ご容赦願いたい。

ガディマイ祭関連ブログ記事
動物の「人道的」供犠:動物愛護の偽善と倒錯
動物供犠祭への政治介入:動物権利擁護派の偽善性
血みどろのゴルカ王宮
インドラ祭と動物供犠と政教分離
ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(1)
ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(2)
ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(3)
ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(4)
ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(5)
ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(6)
ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(7)
ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(8)
ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(9)
ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(10)
ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(11)
動物供犠停止か? ガディマイ祭
ガディマイ祭動物供犠,最高裁禁止命令

2019年ガディマイ祭FB

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/12/28 at 19:31

ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(11)

9.人道的動物愛護運動の人間至上主義
今年のガディマイ祭の動物供犠は,11月28日(主に水牛),29日(ヤギほか)に催行された。

この動物供犠については,内外の動物愛護団体が激しい反対運動を繰り広げ,インドでは最高裁に訴え,動物の不法持ち出し禁止命令を出させることに成功した。ネパール政府にも圧力をかけ,関係諸法による規制強化を約束させた。要所には治安部隊1万4千が派遣され,動物検疫所も5か所開設された。

その結果,動物供犠そのものは阻止できなかったものの,供犠水牛は前回2009年の半分以下,4~5千頭にとどまったとみられており,この点では反対運動は大きな成果を上げたと動物愛護諸団体は評価している。

一方,ネパール政府と祭り関係者は,反対運動のさらなる激化を恐れ,今年は,ジャーナリストの入域を禁止した。リパブリカ記者はカメラを警官に没収された(のち返却)。

しかし,この情報化時代,参拝者のスマホやデジカメまで禁止することは無理であり,おそらく多数撮影され,これから続々ネットに掲載されていくであろう。しかも,それらがいずれも動物供犠の「リアルさ」を競うものとなることは避けられない。

動物が殺される様は,「リアル」であればあるほど,菜食主義者は無論のこと非菜食主義者であっても,日常生活においては直視に耐えられない。この点では両者の態度は共通している。

これは動物供犠支持派には圧倒的に不利な状況。反対運動が勢いを増すのは自然な成り行きであり,このままでは,2019年の次回動物供犠は実施できない可能性大と見ざるをえない。動物愛護派の完全勝利だ。

しかし,本当にそれでよいのだろうか? 動物の不法持ち込み,供犠前後の不衛生,見世物利権化,ダリット差別など,もっともな問題点をクリアし本来の動物供犠に立ち戻ったとしても,それでも動物供犠は,それ自体が悪であり禁止されなければならないのか? 

動物供犠禁止は,他の生命の犠牲によって生きざるをえない人間が,自らの業から目を背けて生きることを糊塗するためではないのか? 「人道的(humane)」こそが「人間至上主義(humanism)」なのではないか?

[参考資料]Humane Society International FB
 ▼シンボルマーク
 141203a

 ▼12月3日記事
Thank you for taking action and donating to support our campaign against the world’s largest animal sacrifice at the Gadhimai festival in Nepal.

Because of your support, our comprehensive campaign included meeting with the president and prime minister of Nepal to directly request their intervention and lobbying the chief priest of the Gadhimai Temple through the night until just hours before the butchering started, in a last-minute attempt to stop the bloodshed.

Despite the festival proceeding, there were some positives. We were able to successfully petition the Supreme Court of India to order a halt to illegal border crossings, resulting in 114 arrests and more than 2,500 animals seized (pictured). The number of animals who reportedly died was significantly lower than in the past and, just as importantly, we built a foundation for continuing the fight.

Our commitment to prevent this bloodbath from happening again is greater than ever. We will do all we can over the next five years to put a permanent end to the massacre of animals at Gadhimai.
 141203b

[参照記事]
*Vijay Singh,”Animal sacrifice in Nepal goes on despite protests,” Times of India, 2014-11-30.
*”Mass animal sacrifice at Nepal’s Gadhimai festival sparks global condemnation,” Business Standard 2014-11-30.
*Manesh Shrestha,”Death and the goddess: The world’s biggest ritual slaughter,” CNN, 2014-12-01
*Shirish B Pradhan,”India’s ban on animal exports hits Nepal’s Gadhimai festival,” Deccan Herald, 2014-12-01,
*”Dispute flares up in Gadhimai over sacrificial remains,” Himalayan, 2014-12-01

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/12/02 at 23:01

ガディマイ祭:動物供犠と人間の業(10)

8.ブリジット・バルドーの大統領宛公開書簡
仏女優ブリジット・バルドーが,ガディマイ祭禁止を求める公開書簡をネパール大統領に送った。祭り利用の金儲け批判はもっともだが,だからといって神々への敬虔な動物供犠までも十把一絡げに否定するのは,行き過ぎだ。

一国の元首に向かって,その国の伝統文化を「血に飢えた」「残虐な暴力行為」と罵倒し,止めさせよ,と高飛車に要求するのは,あまりにも非礼。ネパール大統領は,完全無視でよい。

菜食主義者の肉食反対や非暴力主義者の動物供犠反対は,むろん自由である。大いに議論し,新しい文化を創っていったらよい。が,だからといって,宗教や文化の根幹に関わる価値(価値観)の問題を,安易に政治の世界に持ち出すことは許されない。神々の争いを政治化すれば,世界は動物以前に人間が殺し合うことになる。

しかし,残念なことに,近代以降,欧米の政治技術が発達し,いまや世界世論は彼らにより操縦されている。欧米の常套手段は分割統治。ネパールの動物供犠についても,欧米が介入し,世論を分断し,問題を政治化し,結局はそれを政治的に廃止させてしまうだろう。

予定では,明日,明後日が動物供犠。SAARC会議よりもはるかに重要。注視していたい。

[書簡要旨]
2009年の書簡は無視されたが,私は諦めてはいない。

今年は,総数25万のヤギ,水牛,ブタ,ニワトリ,ハト,アヒル,ネズミが生贄にされる。しかし,ガディマイ女神が,そのような無実の生き物の生贄を喜び,その残虐な暴力と引き替えに繁栄をもたらしてくれるとは,到底信じられない。

古くさい血まみれの残虐な伝統は,ネパールの評判を大きく損なう。廃止すれば,評価は上がる。

ガディマイ祭は金儲けが目的となっており,ネパール政府はそのような祭りを認めるべきではない。この祭りが認められるのなら,「麻薬祭」や「酒祭」でさえ認められることになる。

インド内務省は,ネパールへの不法な動物輸送を禁止した。ヒマーチャルプラデーシュ州でも,動物供犠禁止の判決が出た。インドは,動物保護に向け大きく前進している。

大統領の国ネパールも,残虐な伝統を一掃すべきだ。そうすれば,平和と共生のために立ち上がった大統領として,あなたの名前は後々まで語り継がれるだろう。そして,あなたの国も長く繁栄するだろう

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谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/11/27 at 17:24