ネパール評論 Nepal Review

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ガディマイ祭:動物供儀をめぐる論争(4)

3.動物供儀反対派の主張
動物愛護諸団体は,ガディマイ祭での動物供儀をやめさせるため大々的な運動を繰り広げてきたが,今年も阻止は出来なかった。それでも,彼らの反対運動は西洋を中心に支持を拡大しており,いずれネパール政府もガディマイ寺院も動物供儀廃止に追い込まれる公算は大とみざるをえない。

では,動物愛護諸団体が動物供儀に反対する理由は,具体的にはどのようなものであろうか? 以下,代表的な反対論をいくつか,重複もあるが,紹介する。

(1)国際人道的動物愛護協会(Humane Society International)
①ウェンディ・ヒギンズ(HSI報道担当)
「残虐な殺し方,それに疑いの余地はない。動物たちは,太刀のようなもので首を切り落とされる。悲惨なことに,動物たちは仲間の目の前で殺され,なかには自分の子供の目の前で殺される母親もいる。調査団が殺し方を直に目撃し報告しているところによれば,少なくとも水牛は多くの場合,すぐに落命することはない。苦しそうに幾度かあえぎながら,死んでいくのだ。」(*19)

■Humane Society International, HP

②HSI-印
「伝統と信仰のワナから抜け出せば,動物供儀が残虐な時代錯誤であることは自ずと明らかになる。倫理的ないし進歩的を自認する社会にとって,動物供儀は唾棄すべき呪いのようなものだ。
 道徳的根拠はとりあえず別にするとしても,動物供儀の禁止は,環境や経済の観点からも重要だ。供儀の場では,腐敗死骸や糞便が病原体を増殖させ,様々な人畜疫病を広めることになる。1995年にネパールで「小反芻獣疫(PPR,ヤギ疫病)が発生したが,これはガディマイに動物を集めたため流行したのだとみられた。動物供儀はまた,農業にとって大切な,健康な家畜の減少をもたらす。さらに,供儀参加者の多くは貧しく,その彼らにとって,動物を求め供儀するに必要な経費は途方もない額に及び,耐えがたい経済的重荷となる。
 それに加えて,このような動物供儀は動物への暴力を助長するものであり,大人も子供もそれを見ているのだ。多くの学者がはっきりと立証したように,暴力的な行為(対人間,対動物を問わず)を目にした人々は,子供も大人も,人間に対しても暴力的となる傾向がある。暴力をなくすことは,動物のためだけではない。それは,人間のためであり,この地域の中核的文化価値たる無殺生のためである。」(*7)
「何世代にもわたって迷信により正当化され伝統として受け入れられてきたこの種の儀式を止めるよう民衆を説得しなければならない。」(*7)

③アルカブラバ・バール(HSI-印)
「若い水牛たちが殺された水牛に躓きながら歩き,子牛たちは水牛が屠殺されるのを見つめ,また別の水牛たちは刃を逃れようとしたが,尻尾や後足をつかまれ,引き倒された。」(*8)

④ガウリ・マンレキ(HSI-印顧問)
「動物供儀は時代錯誤きわまる行事であり,現代世界では,そのようなことを喜ぶ国は一つもない。」(*3)

⑤アロクパルナ・セングプタ(HSI-印事務局長)
「国境でわれわれが多くの山羊,鳩,水牛を救ったので,信者らは以前のガディマイ祭のときより何千も少ない水牛しか買うことが出来なかった。今回は無血ガディマイを実現できなかったが,そのうち必ず,この身の毛もよだつ見世物を終わりにさせるつもりだ。」(*20)

■Humane Society International / India, FB 2019/12/05

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/12/31 at 10:31