ネパール評論 Nepal Review

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ラマ大佐無罪判決,英裁判所(4)

3.実質的処罰としてのラマ大佐裁判
クマール・ラマ大佐は無罪となり,ネパールに帰国し国軍に復帰するが,英国における逮捕・拘置・裁判は,彼にとって極めて大きな重い負担となった。3年半余りの身柄拘束,弁護料43万ポンド(6千万円)ともいわれる巨額裁判費用,重罪判決への不断の恐怖,経歴と人間関係の切断による損失,等々。

一方,拷問被害者の側からすれば,加害者は厳正に裁かれ処罰されなければならない。それが国内でかなえられないなら,たとえ外国での裁判によってであれ。重大な人権侵害に対する普遍的裁判管轄権は,人権の普遍性を根拠に,被害者のそのような切実な要求に応えようとするものである。

しかし,ここで問題となるのが,外国での裁判の場合,犯罪事実の立証に大きな困難が伴うということ。グローバル化したとはいえ,国家の障壁はまだまだ高く,文化の相違や交通の困難も大きい。外国での犯罪の場合,証拠集めや証言の確保には大きな困難が伴うのが現状である。

英国でのラマ大佐裁判は,まさにその典型である。事件は,はるかかなたの南アジアの内陸国ネパールで,10年余り前に発生し,しかもネパールでは曲がりなりにも裁判は終わり昇進停止の処罰を受けている。その過去の事件を英国で再び告発し,裁判にかけることがいかに困難かは,先に引用したREDRESS声明からも明らかである。

では,そうした困難がわかっていながら,人権諸団体はなぜラマ大佐裁判を要求し告発者側に立ち裁判を支援したのか? 人権諸団体や有識者の声明等を見ると,ラマ大佐裁判は,有罪は勝ち取れなかったが,人権侵害に対する普遍的裁判管轄権の確立への大きな前進であった,と積極的に高く評価されている。

Dewan Rai(ジャーナリスト)「英国裁判所がネパール国軍クマール・ラマ大佐を無罪としたことは,紛争被害者と人権諸団体にとって一時的な後退だが,彼らによれば,紛争期の事件を普遍的裁判管轄権により裁くことが出来たという事実は,長期的に見ると一歩前進である。」(*1)
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Mandira Sharma(弁護士)「この裁判により,普遍的裁判管轄権が確立され,ネパールの他の被害者たちも訴えることが可能となり,ネパールの弁護士や人権諸団体が彼らを支援できるようになった。」(*1)
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Accountability Watch Committee「この裁判により,拷問などの人権侵害につき国内で裁判を起こせない場合は,外国で裁判に訴えることが出来るという,被害者の権利が確立された。」(*1)
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これらの声明や発言を見ると,ラマ大佐裁判は無罪判決だったが,裁判そのものは普遍的管轄権の拡充のために役立った,と肯定的に評価されている。たしかにそれはそうだろうが,しかし,これはあまりにも一面的な,手前勝手な見方ではないだろうか? いかに黒く見えようとも,ラマ大佐はあくまでも容疑者にすぎないのであり,裁判では無罪判決が下された。容疑者の人権はどうなるのか?

遠方の異文化の国の事件の裁判は難しいとわかっていながら,自分たちの掲げる目的実現のために,告訴を働きかけ,裁判闘争を支援する。たとえ無罪判決となろうが,長期間の拘束,巨額の裁判費用,有罪判決への恐怖といった事実上の処罰をすることにより,つまり見せしめとすることにより,自分たちの崇高な目標に一歩でも近づければ,それでよい。そういうことだろうか? 「レパブリカ」記事はこう批判している。

「普遍的裁判管轄権それ自体には何ら問題はない。その目的は崇高だ。しかし,その適用には,どこかご都合主義的で危険なところがある。/ ラマ大佐の場合,英国裁判所には,ネパール自身が移行期正義機関を設置する以前に,ネパール内戦期の事件を裁判にかける権利があったのか? ・・・・英国裁判所は,[ネパールにおける]裁判の遅れは裁判の否定に他ならないという信念に基づき,ラマ大佐裁判を行ったと思われる。しかし,不利な証拠が少ないのに,3年間も拘置するのは,明らかに誤りであった。ラマ大佐は,起訴事実につき無実となったのだから,英国政府が,3年間にもわたる苦闘苦悶につき,彼に賠償すべきことは,いうまでもない。」

この記事の言う通りだと思う。普遍的裁判管轄権は拡充されるべきだが,だからといって人権諸団体(たいてい欧米有力団体かその傘下団体)が,十分な証拠を集められる見込みもないのに,誰か(たいてい途上国国民)を遠方の外国(たいてい欧米諸国)において安易に告発し,長期裁判という事実上の刑罰を加え,見せしめにして苦しめ,もって自分たちの崇高な目的(普遍的裁判管轄権)を実現しようと図るのは,人道にもとることである。

*1 Dewan Rai, “Col Lama’s acquittal: Setback for moment, but ‘victory in long run’,” Kathmandu Post, Sep 8, 2016
*2 “Trial and error,” Republica, September 10, 2016

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/09/12 at 16:51

ラマ大佐無罪判決,英裁判所(3)

2.逮捕・起訴・無罪判決
[裁判の経過]
 ・2013年1月3日:クマール・ラマ大佐,休暇滞在先の英国イーストサセックスで逮捕
  容疑は,(1)ジャナク・バハドゥル・ラウトの拷問(2005年4月15日~5月1日),(2)カラム・フサインの拷問(2005年4月15日~10月3日)。(参照:ラマ大佐逮捕で主権喪失
 ・2015年2月24日:ロンドン中央刑事裁判所で裁判開始
 ・2015年3月09日:検察,証拠提出
 ・2015年3月18日:「ネパール語通訳不足」のため裁判延期
 ・2016年6月初旬:裁判再開
 ・2016年8月02日:K・フサイン拷問容疑につき,陪審団が無罪評決。JB・ラウト拷問容疑については,証拠不十分で評決せず。
 ・2016年9月06日:検察,JB・ラウト拷問に関する追加証拠提出を断念。裁判打ち切り(証拠不十分で無罪)。

こうして,ラマ大佐に対する裁判は,証拠不十分による無罪判決をもって終了した。しかし,情報不足で確かなことは言えないが,この裁判には不可解なところがある。

とりわけ不可解なのは,裁判長期化の理由。イギリスの刑事裁判は平均7か月くらいだという。ところが,ラマ対裁判には3年半もかかった。しかも,その大きな理由は,適切なネパール語通訳が見つけられなかったことだという。

REDRESS「この裁判は難しかった。告発された拷問は,何千マイルもの遠方で,10年余りまえに行われた。被害を申し立てた人々の言語は英語であり,裁判中の通訳に問題があった。」(*1)
  
まさか? 英ネ関係は,日ネ関係とは比較にならないほど,長くて深い。ネパール語に堪能な人は,英国には少なくないはずだ。また,在英ネパール人も多い。ラマ大佐自身,英国永住権を持ち,家族は英国在住。その英国において,ネパール語法廷通訳を見つけられないとは,到底信じがたい。

この裁判において,拷問被害者が有罪判決を強く願っていたことは間違いないが,英国政府や裁判支援諸団体は必ずしもそうではなかったのではないだろうか?

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*1 “COLONEL KUMAR LAMA’S ACQUITTAL: PROSECUTING TORTURE SUSPECTS SHOULD REMAIN A PRIORITY OF THE UK,” 6 September 2016 (http://www.redress.org/)
*2 “Questions and Answers – Colonel Kumar Lama Case,” ICJ(http://icj.wpengine.netdna-cdn.com/)
*3 “KUMAR LAMA,” (https://trialinternational.org/latest-post/kumar-lama/)
*4 “Kumar Lama trial – cost of interpreters,” (https://www.whatdotheyknow.com/request/kumar_lama_trial_cost_of_interpr)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/09/11 at 19:31

ラマ大佐無罪判決,英裁判所(2)

1.ラマ裁判への期待:国際法律家委員会
英国におけるクマール・ラナ裁判については,普遍的裁判管轄権の拡充を求める国際法律家委員会(IJC)が,その意義を高く評価している。サム・ザリフィIJCアジア局長は,2016年6月の裁判再開のころ,こう述べている(*)。

「この裁判は,ネパールで与党が協定[9項目合意*2]を結び,ネパール内戦において不法な殺害,強制失踪,拷問および他の重大な犯罪を計画しまた実行した人々を免罪とするのではないかと危惧されている状況の下で,始まった。」

「この裁判は,ネパールにおける紛争期人権侵害に対する組織的免罪を問題にし異議を申し立てる重要な,長く待ち望まれてきた機会である。」

「この裁判は,世界的に見てとまではいわないが,少なくとも英国においては,普遍的裁判管轄権が裁判に適用される極めてまれな事例だ。判決は,この事件の被害者だけでなく,裁判による正義実現を求めている世界中の拷問や他の重大な権力乱用の犠牲者たちすべてにとって,大きな意味をもつことになるであろう。」

160910■サム・ザリフィTwitter(2月17日)

*1 “Torture Trial in the UK: ICJ paper explains case against Nepalese Colonel Lama,” IJC, June 22, 2016
*2 戦争犯罪免責と移転土地登記:ネパール与党の「9項目合意」2016/05/13

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/09/10 at 19:42

ラマ大佐無罪判決,英裁判所(1)

人民戦争末期の2005年,マオイスト容疑者2人を軍駐屯地で拷問したとして,2013年1月英国内で逮捕され,裁判にかけられていたネパール国軍のクマール・ラマ大佐に対し,英国刑事裁判所は2016年9月6日,無罪判決を言い渡した。

このラマ大佐裁判は,(1)外国人による外国での行為にも裁判管轄権を認める拷問禁止条約の在り方,(2)英国をはじめとする諸大国の人民戦争への関与の妥当性,(3)ネパールにおける移行期正義の進め方など,さまざまな観点から見て,極めて重要な意味をもつものである。

そこで,以下,報道に基づき。ラマ裁判の要点を見ていくことにしたい。なお,ラマ大佐逮捕については,つぎの拙稿参照:
 *1 ラマ大佐逮捕で主権喪失
 *2 ラマ大佐裁判と国家主権のお値段

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谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/09/09 at 19:43