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「ヒマール」休刊と「オープンソサエティ」とのかかわり

「ヒマール(Himal Southasian)」が休刊に追い込まれた大きな理由の一つは,同誌刊行の「南アジア財団(South Asia Trust)」への「オープンソサエティ財団(Open Society Foundation)」からの助成金だ,とされている。たとえば,「ヒマール」寄稿者の一人でインドのジャーナリスト,A・チョーダリは,次のように説明している(*1)。(参照:「ヒマール」休刊,体制右派の圧力か?

彼によれば,南アジア財団が8月24付声明で休刊理由の一つとして挙げている海外からの送金の未承認は,具体的にはオープンソサエティ財団からの助成金2016年2月~2017年2月分である(金額不明)。彼に対し,「ヒマール」編集長A.モジュンダル(Mojumdar)はこう語った。

「この助成金を承認しない正式の理由説明はなかった。・・・・しかし,上からの圧力があった,と非公式に告げられた。」

編集長は,未承認の理由の説明を繰り返し求めたが,関係当局は,口頭での応答に終始し,文書による回答は一切拒否してきたという。

これは,外国人スタッフの扱いについても,同じこと。昨年(2015年)まで何の問題もなく労働ビザが更新できていたのに,2016年1月からは,情報省の推薦状があるスタッフのビザ更新さえされなくなった。正式な拒否通告はなく,手続きは棚上げのままだという。

以上は,「ヒマール」編集長がチョーダリに話したとされる状況説明だが,内容は具体的であり,信ぴょう性は高い。休刊の主な理由は,おそらくそのようなことであろう。

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 ■チョーダリTwitter8月29日/オープンソサエティHP

「ヒマール」を発行する「南アジア財団」については,海外諸機関との関係が,これまでにも問題にされてきた。チョーダリによれば,2014年4月には,ノルウェー大使館からの6千万ルピーの助成金につき,マオイストが問題にしたという。(これは同大使館とカナクマニ・デクシトの釈明で決着。)これに対し,今回は,オープンソサエティ財団との関係。かなり,厄介だ。

オープンソサエティ財団(Open Society Foundation, Open Society Institute)は,ジョージ・ソロスが創設した財団で,世界各地の慈善活動や人権・民主主義運動に巨額の資金援助をしている。ネパールでも,海外留学奨学金,NGO助成,人権・民主化支援など,さまざまな事業を行っている。

イデオロギー的には,オープンソサエティ財団は,その名称からすぐ想像できるように,カール・ポパー(Karl Popper)『開かれた社会とその敵たち』(1945年)にごく近い。「開かれた社会」支援事業のための財団なのだ。その一方,CIAとの関係もウワサされ,おそらくそうだろうが,こればかりはよくわからない。

いずれにせよ,オープンソサエティ財団がそのようなものなら,財団のネパールでの活動を快く思わない勢力がネパール国内にも近隣諸国にもいることは,想像に難くない。

「ヒマール」休刊に限らず,ネパールにおけるこの種の問題は,ほぼ例外なく外国がらみ。ネパールにとって,内政は外交であり,外交は内政である。そこが難しい。

【参照】
*1 Abhishek Choudhary , “Why Did Nepal Shut Down Himal?,” Aug 29, 2016 (http://www.newslaundry.com/2016/08/29/why-did-nepal-shut-down-himal/)
*2 HIMALSOUTHASIAN, “Himal Southasian to suspend publication,” 24 AUG 2016 (http://himalmag.com/himal-southasian-to-suspend-publication/)
*3 Yubaraj Ghimire, “Why Himal magazine was suspended in Nepal,” Indian Express, August 26, 2016
*4 「ヒマール」休刊,体制右派の圧力か?

【追加(8月30日)】
「開かれた社会(open society)の支柱が沈黙の餌食になるとき,本物の危機が生まれる。」(Bidushi Dhungel , “Sanctity of silence,” Nepali Times, 26 Aug – 1 Sep 2016 #823)
160830b■カナク・マニ・デクシトTwitter(8月30日)

谷川昌幸(C)

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2016/08/30 at 11:37

ネパール大地震報告会: NGOカトマンドゥ

ネパール大地震(破壊と復興)報告会~水の森は死なず~

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2月28日(日曜日)午後2時00分より  入場料: 無料
穂高交流学習センター「みらい」(安曇野市穂高,電話0263-81-3111)
主催: NGOカトマンドゥ

参照
ネパールの復興支える 安倍泰夫さん(毎日新聞2015年9月14日)
安倍泰夫著『ネパールの山よ緑になれ』春秋社
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会場風景】(3月1日追加)
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【新聞記事】(3月2日追加)
ネパール復興支援活動報告 安曇野でNGO
昨年4月に起きたネパール地震で復興支援活動を続ける安曇野市のNGO「カトマンドゥ」が28日、同市内で初の報告会を開いた。約25年間にわたって植林をしてきた山村の被害の様子や、現在進めている耐震性のモデル住宅建設について紹介した。・・・・・・(朝日新聞デジタル2016年2月29日

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/02/17 at 18:54

カテゴリー: ネパール, 国際協力

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震災救援の複雑な利害関係(9):単一窓口政策と首相基金(1)

1.単一窓口政策
ネパール政府は,巨額の震災救援金・復興支援金が,相当長期間にわたり,国際機関,外国政府,INGO,NGO,その他様々な団体や個人からネパールに入ってくることを見越し,それらを主権国家として監視し統制するため,「単一窓口政策(One-door Policy)」を宣言し,救援金を管理するための「首相災害救援基金(Prime Minister Disaster Relief Fund)」(以下「PMDRF」ないし「首相基金」と略記)を設置した。

UK・カトリ首相報道官は,内外の様々な機関や団体がネパール政府を無視し勝手に募金活動をしていることに問題があると指摘し,こう述べた。「個人にせよ団体にせよ,救援金の引き出しは許されない。基金はPMDRFに自動的に移され,収支明細は日ごと配布される。この規則を守らない個人や団体は,法により処罰されることになる。」[a}

ネパール中央銀行(Nepal Rastra Bank)も,各銀行に対し通知を出した。「大地震被災救援募金のため銀行や他の金融機関に開設されたすべての口座は,チェックされ,それらの口座の預金はPMDRFに移される。」[b]

RS・マハト財務大臣は5月1日,これが「内外の救援物資や資金を最も効果的に使うための政策」であるとし,募金関係口座の残高を毎日通知させるようにしたいと述べた。(b&c)

こうした政府の方針に基づき,首相基金のNG・マレゴ事務局長は5月2日,「単一窓口政策」ないし「PMDRF(首相災害救援基金)」の目的について,こう説明した。

「基金は,被災者への一つの窓口サービスの提供を目的とする。これにより,募金を統合し,重複を避け,被災全地域の被災者への必要な救援の公平な配分を確実にすることができる。・・・・政府は,うそ偽りでなければ,あらゆる被災者救援活動を評価するが,その一方,災害救援のための公的基金や募金を調整する義務もある。これにより,善意の募金の悪用を防止し,被災者の権利を保護することになる。」[d]

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2.単一窓口政策批判
しかしながら,この「単一窓口政策」は,発表されるとすぐ,内外で激しい反発を呼び,撤回を強く要求された。以下,いくつか紹介する。

Alex Wilks(Avaaz, 独)
「首相救援基金は良策に見えるが,腐敗はどうするつもりか? 私はネパールには行ったことがなく,目にした情報による偏見かもしれないが,募金を政府に渡すと行方不明になりかねないと懸念する人がいることも事実だ。」[c]

国連幹部職員(匿名)
「ネパール政府は,いかなる募金であれ,それと協力する以外に方法はない。PMDRFを強制したくても,援助側は決してそれを許さないだろう。ネパール政府には,そんなことをする能力はない。これが現実だ。」[f]

英国NGO幹部(匿名)
「[PMDRFを強制すれば]救援金が減るか,さもなければ違法な方法で入ってくるだけだろう。・・・・いった何人の人がPMDRFに募金を入れてもよいと思うだろうか。・・・・はっきりするまで,しばらく募金活動の中止を提案するつもりだ。」[f]

Anand Mishra (Operation Relief Nepal)
「もっともっと募金を集められるが,海外の誰もが募金をネパール政府に送ることは望まず,そのため外国の友人たちは一人として援助できないでいる。」[g]

Anuradha Koirala (Maiti Nepal)
政府は「単一窓口政策をとるのではなく,すべての人びとに許可を与える」べきだ。「政府に渡して,それが苦しんでいる人々に届けられるかどうか,信用できない。」[h]

Malvika Subba (Nepal Share; Miss Nepal 2002)
「政府が,われわれNGOなどあらゆる団体に規則や規制を課すのなら,政府自身が透明性と説明責任をもつべきだ。」[h]

Kunda Dixit (Nepali Times)
「第一に,PMDRFは実行不可能だ。第二に,それは無実の人々を犯罪者にさえしてしまう。そして,そもそもそれは必要ですらない。なぜなら,いまは危機緊急時であり,得られる援助はすべて得たいと思っているからだ。」[h] (ただし,同氏の後日の説明によれば,PMDRFへ移されるのは震災救援目的でつくられたNGOへの送金だけであり,震災以前からの登録NGOは従来通り外国からの送金を受けられる。また被災地の地域組織への在外ネパール人や外国人からの送金も規制されないという。[d])

Robin Sitoula (Samriddhi, The Prosperity Foundation)
「政府は繰り返し政府口座への寄金を要請したが,支援者側はこれを拒否し,自分たちで寄金を集め始めた。そこで政府は,新しい法律をつくり,救援金を一本化しようとしているが,これは政府の信用の欠如を覆い隠そうとするものに他ならない。」[c]

150522d ■震災死傷者数(5月21日現在,Earthquake Relief Portal)

[a] “Nepal aid donors may halt fundraising amid fears government will seize donations,” The Telegraph UK, 1 May 2015.
[b] “Govt to take all bank deposits meant for disaster relief,” Ekantipur,1 May 2015.
[c] “‘One-door’ Relief Fund Policy Delays Aid Distribution,” Republica, 1 May 2015.
[d] “Nepal quake fund move is PR fiasco,” 5 May 2015. http://www.irinnews.org/report/101452/nepal-quake-fund-move-is-pr-fiasco

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/05/22 at 19:48

カテゴリー: ネパール, 行政, 国際協力

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ネパール震災救援:支援の輪の広がり

5月12日,大きな余震があった。震源はカトマンズの北東,エベレスト近くのコダリ付近(下図参照)。山村を中心に,被害のさらなる拡大が心配される。

このネパール大震災については,公的機関や大手NGOだけでなく,中小さまざまな団体や組織にも,自発的な支援の輪が広がっている。以下,再掲も含め,そのいくつかを紹介する。(アピール文は各団体のページより転載)
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150513kネパール 震災支援 ムスムス

2015年5月6日 ネパール震災復興支援ムスムス 第一回を台東区谷中の宗善寺にて開催しました。
*展示コーナー
 「ネパールの今」と言うことでネパールの友人から送られた被災の写真を展示。
*販売コーナー
 「チャイとパウンドケーキ」を手作り。「フリーマーケット」は古着、おもちゃ、雑貨、ネパールの土産物などの他、友人の作家さんから漆芸品や七宝などの作品もご寄付頂き販売しました。また、少し原価はかかりましたがネパリバザーロから仕入れたものや、仙台のネパール料理店から仕入れた東北支援レトルトカレーも販売しました。
*ネパールを知るお楽しみコーナー
 「国旗を描いて応援」世界で唯一四角ではないネパール国旗を描いて応援ボードに貼ってもらいます。貼りきれなくなるまで継続したいと思います。
 「ゲームコーナー」ネパールで遊んだ思い出のゲーム。キャランボーと呼ばれるおはじきビリヤードを体験できます。

当日スタッフは総勢9名。急遽開催の運びとなったのですが、チャリティ用に沢山の品をご寄付頂き、ボランティアスタッフも集まりなんとか無事それらしく第一回目を開く事ができました。全ての繋がりに感謝します。

また、第二回、第三回と規模や場所を変えながらも開催して行く予定です。大震災の残した傷跡を少しでも消して行けますように。皆様のお力添えをお願い申し上げます。

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 ▼詳細は参照:ネパール 震災支援 ムスムス https://www.facebook.com/musumusu.tuad
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150513hラルパテの会 
ネパール地震のための募金のお願い

皆様もご存じのとおり 25日に大きな地震がおこり ネパールが大変なことになっています。 連日のニュースで見られていると思いますが 現地の様子はもっともっと厳しいです。

私たちの会の現地スタッフとやっと連絡がとれました。会の事務所などは倒壊していませんが 亀裂がはいりしばらくは外で寝ていたようです。昨日からわずかですが電気が通り始めたとのこと。しかし 家が壊れている人が多く 外で生活する人がたくさんいます。各国の援助も 政府の援助もやはりカトマンズの中心部が優先のようで 私たちの会の事務所のあるカトマンズの端の村には全く支援の手は入っていません。村に住んでいる人たちで食べ物を融通しあい飢えをしのいでいます。

とりあえずは 現金が必要です。

 ▼詳細は参照:ラルパテの会  募金 http://larupate.blog102.fc2.com/
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150513jネパール大地震義援金チャリティーイベント@徳林寺
 ネパール大地震義援金チャリティーイベント
 参照:https://nepalreview.wordpress.com/2015/05/02/a-918/
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150513iNGOカトマンドゥ日記
 NGOカトマンドゥ NGOカトマンドゥ日記
 ▼参照:https://nepalreview.wordpress.com/2015/05/02/a-918/
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▼余震(5月12日)震源
150513e■AFP(5月13日)より

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/05/13 at 11:24

カテゴリー: ネパール, 国際協力

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Anand Aditya ed., Civil Society-State Interface in Nepal

11月末、本書の出版披露の会に招かれたが、風邪気味のため欠席してしまった。日本語ではあるが、ここで紹介し、ご招待のお礼に代えたい。

▼Anand Aditya ed., The Civil Society-State Interface in Nepal: Renegotiating the Role between the Private and the Political,Sanepa, Nepal: Pragya Foundation and Friedrich Ebert Foundation, 2011.

FOREWORD
PREFACE
FROM SUBJECTS TO CITIZENS: Civic Transformation in a Captive State –Anand Aditya
THE ENLIGHTENMENT TRADITION OF NEPAL: Can the Civil Society Grasp It? — Dev Raj Dahal
ROLE OF CIVIL SOCIETY IN THE PEACE PROCESS IN NEPAL — Anjoo Sharan Upadhyaya and Hemraj Subedee
THE CIVIL SOCIETY-STATE INTERFACE — C. D. Bhatta
PEACE POLITICS AND CIVIL SOCIETY IN NEPAL: The Space to Mediate the Fault-Lines — Tika P. Dhaka!
MULTI-TRACK APPROACHES TO PEACEBUILDING IN NEPAL: Public Morality as an Issue in the Future Civil State — Tone Bleie
CHALLENGES OF CITIZENSHIP BUILDING IN NEPAL — Yubaraj Ghimire, journalist
CHALLENGES TO TRANSITIONAL JUSTICE IN NEPAL: The Role of Civil Society — Julius Engel
REIEECTIONS ON CIVIL SOCIETY — Shambhu Ram Simkhada
RESULTS OF OPINION POLL ON CIVIL SOCIETY IN NEPAL: 2011 — Pramod R. Mishra

121228

ネパールでは、王制→立憲君主制(1990-2007)→民主共和制(2007-)という体制移行が20年余の短期間に行われたため、民主共和制の基盤となるはずの市民社会の形成がそれについて行けなかった。

この事態を憂慮したのが西洋諸国の援助関係者である。彼らはネパール側に強く働きかけ、様々な援助やセミナーを通して市民社会(Civil Society)を育成しようとした。

その結果、たとえば市民社会の中心となるNGO(非政府組織)は、本書によれば、下図のように激増した。これは1999年までの統計だが、その後もNGOは増加しており、いまやネパールは世界有数のNGO大国といってもよいであろう。

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 ■ネパールの公認NGO数(8頁)

しかし、問題がないわけではない。市民社会は、編者アディチャによれば、「公的(public)」なものであり、「市民個々人の私的領域と政府の政治的領域の間のギャップを架橋すること」(序文)を任務としている。換言すれば、それは、私的・個人的でもなく、政治的・国家的でもないものである。

問題はここにある。1990年民主革命以前のネパールは、まだ近代以前であり、そこには明確な私的領域も明確な政治的領域もなかった。それは公私未分化の封建社会といってよいだろう。この社会は、公私未分化であるから、その限りでは、一見「市民社会」のようでもある。

したがって、もしそうであるならば、この公私未分化の伝統的社会関係を「市民社会」の中に滑り込ませることもできるのではないか? あるいは、換言するなら、西洋諸国の現代の市民社会論は近代市民革命を経て成立したものだが、それを棚上げし、ネパールに現代市民社会論をそのまま持ち込むと、それは、前近代的なネパールの人間関係や社会関係に「市民社会」という新しい衣を着せ、それらを温存することになるのではないか? 

先述のように、ネパールはNGO天国であり、おびただしい数のNGO、PPT(Public Private Partnership)、Cooperativeなどがあるが、運営の実態をみると、多くが前近代的なものといわざるをえない。ネパールの市民社会論は、西洋諸国の市民社会論者が何を言おうとも、まずはこの自らの組織の現実を直視することから始めるべきであろう。

この観点から見ると、本書の議論もやや物足りないが、それでもいくつか注目すべき議論は現れ始めている。たとえば、Tone Bleieはこう述べている。

「個人の権利と集団の権利のバランスが大切である。」(158頁)
「内面化された個人の良心こそが公的道徳を育成する。」(161頁)
「近代以前にはカーストが社会集団とアイデンティティの基礎であったが、これがいま、原初的民族アイデンティティや民族ナショナリズム・アイデンティティに置き換えられつつある。」(166頁)

つまり、前近代的カーストを既存の民族や他の社会集団によって置き換えてみても、何ら問題の解決にはならないということである。

ネパールには、公式統計によれば、カースト/ジャーティが100以上ある。それぞれが多かれ少なかれ独自のアイデンティティを持つ社会集団である。そうした状況の下で、もし個人の主体性、個人の内面化された独立の良心、個人の固有の権利といったものが棚上げされ、個人と国家の中間の「公的領域」とか「市民社会」を主張すれば、既存のカースト/ジャーティなどがNGO、PPT、Cooperativeなどといったものに衣替えし、実態はあまり変わらないまま存続するであろうことは明白である。

ネパールの市民社会論は、近代市民革命の理念を軽々と飛び越え「超克」するのではなく、そこに愚直に立ち返り十分に「内面化」した上で、それを基礎に自らを再構築していくべきであろう。迂遠かもしれないが、市民社会の成熟にはそれしか道はあるまい。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/12/28 at 21:07

カテゴリー: 政治,

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カオス後見人としての援助機関

途上国援助は,功罪両面があり,難しい。以下に紹介するのは,厳しく批判しているA.シュリバスタバ氏の記事。

▼ Arun Shrivastava,Towards a “Colored Revolution” in Nepal?: Foreign Interference Triggers Political Chaos,Global Research,October 11, 2012

[以下引用]
INGO,NGO,USAID,フォード基金,DFID(英国国際開発省),ジョージ・ソロス系人権諸組織,そして国連諸機関は,「カオス後見人」である。彼らの活動地ではどこでも,標的とされた国家は統治不能とされる。これは秘密でも何でもない。ネパールがまさにその実例だ。

ネパールの人々は,ネパールで活動する国際NGOや国際援助団体・国際人権組織はすべて次の6つのことを目標としている,ということを忘れてはならない。

(1)最有力な宗教の信用を失墜させ,最終的には破壊すること。

(2)キリスト教原理主義信仰を強化すること。ヒンドゥー寺院攻撃,NEFIN幹部たちの非礼なヒンドゥー教侮蔑発言,キリスト教原理主義者の資金援助でJoshua Projectが作成したデータベースと地図,これらはすべて次の決定的な第3の目標の達成を目指している。
 [(注) NEFIN: Nepal Federation of Indigenous Nationalities, ネパール少数民族連合,1991年設立,48民族協会が参加。Joshua Project: ヨシュア・プロジェクト,1995年発足,米国キリスト教世界ミッション部局,少数民族の調査支援組織。]

(3)民族(エスニシティ)/カーストの対立を煽動し,国民アイデンティティや国民の威信を破壊すること。

(4)策謀により危機を次々とつくり出した上で,自らを「危機管理者」として売り込むことによって,あるいは危機状況を放任することによってさえ,人民とその指導者たちによる自分自身の事柄の決定を妨害すること。10年間の内戦と,4年間に及ぶ新憲法制定過程の混乱とその結果としての失敗は,その明白な実例である。

(5)ヒマラヤは傷つきやすいものであるにもかかわらず,そこで略奪的・環境破壊的な資本主義を促進すること。これは,共同の資源管理と平等の利益分有を目的とする「伝統的な文化社会制度」を掘り崩し,弱体化させるものである。

(6)ネパールの政府と治安組織の中に深く浸透し転覆させること。
「以上引用」

シュリバスタバ氏の記事はかなりの極論であり,先に参照したもの(米軍「部隊」ムスタン派遣と「蓮の葉」作戦)と同様,裏付けが十分とはいえない。

しかしながら,ここで批判されていることは,実感としてはよくわかる。おそらくこれが,援助を受ける側のネパールの,もう一つの本音であろう。途上国,特に多民族社会との付き合いは難しい。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/10/16 at 11:49

ロイ『民主主義の後に生き残るものは』(3)

3.資本主義――ある幽霊の話

(1)墓穴を掘る資本主義
本書第3章は,マルクスの言葉で始め,マルクスの言葉で締め括っている。

▼“資本主義は,とマルクスは言っていた,「まさに巨大な生産と交換の手段をひねりだす,それはまるで自分の呪文で呼び出した闇世界の力をもはや統制できなくなった魔術師のようなものである」。”(46頁)

▼“マルクスは言っていた,「ブルジョアが生み出すのは何よりもまず自らの墓掘人である。その没落とプロレタリアの勝利は避けられない」。”(87頁)

資本主義はすべてを商品化する。自然も人間も文化も商品化し消費し尽くし,ついには自ら墓穴を掘る。ロイは,その資本主義の末期症状を,卓抜な比喩と事例を縦横に駆使し,容赦なく剔出していく。

(2)富の独占とメディア支配
人口12億人のインドでは,現在,上位100人がGDPの1/4を独占している。中産階級は3億人というから,9億人が下層・貧困層ということになる。

このごく少数の富裕層が支配するのがRIL,タタ,ジンダル,ヴェダーンタ,ミッタル,インフォシス,エッサールといった巨大企業であり,これらは商工業から報道,教育,福祉,医療まで,ありとあらゆる事業を傘下に収め活動している。

“たとえば夕夕だが、この企業は80カ国で100以上の会社を経営している。彼らはインドでもっとも古くもっとも大きなエネルギー会社として、鉱山、ガス田、鉄鋼業、電話とケーブルテレビとブロードバンドのネットワークを所有し、それにいくつかの場所では町全体を支配している。車やトラックの生産、タージ・ホテルチェーンとジャガー、ランドローバー、大宇、それにテトリー紅茶会社を所有、さらには出版社と本屋網とヨウ素塩の有名ブランド、化粧品の大会社ラクメの持ち主でもある。その広告標語が「我々なしであなたは生きていけない」となってもおかしくない。”(47頁)

これら巨大企業は,山や川や森あるいは土地といった,本来なら共有物かそこに住む人々のものを安価で払い下げさせ私有化により,住民を追い出し,巨利を得ている。そして,それに抵抗する者は,たとえば「マオイスト」とされ,「インドにおける最大の安全保障への脅威」として,あらゆる手段をもって徹底的に弾圧される。

“つい先ごろソニ・ソリという、バスタールで学校教員をしているアディヴァシの女性が警察につかまって拷問を受けた。石ころを膣に入れられ、毛沢東主義者たちの伝令であることを「自白」させられたという。世論が沸騰したので、彼女はコルカタの病院に送られて手当てを受け、そこでいくつも石ころが体の中から出てきたのだ。最近あった最高裁の聴聞会で、活動家たちがこの石ころをビニール袋に入れて提示した。その努力の結果がどうなったかというと、ソニ・ソリは投獄されたまま、他方で彼女の尋問を指揮したアンキット・ガルグという警察署長は、独立記念日に大統領から勇敢な警察官に与えられるメダルを授与されたのである。”(52-53頁)

どうしてこのような理不尽なことが許されるのか? その理由の一つが,大企業によるメディアの買収,あるいはメディア自身による多角企業経営である。メディアは,独立を放棄し,大企業の宣伝機関,世論操作機関となってしまった。

(3)企業の文化・社会事業
大企業は,ありとあらゆる文化・社会事業を行い,世論を操作している。ヴェダーンタの映画コンテスト,エッサールの「考えるフェスト」,タタ・スティールの文学フェスタなど。

“だが私たちのなかで最初の石を投げる罪人はだれなのか? 私ではない、なぜなら私も出版社からもらう印税で暮らしているからだ。私たちみながタタ・スカイを見て、タタ・フォトンでネットサーフィンをし、タタ・タクシーに乗って、タタ・ホテルに泊まり、タタのカップで夕夕紅茶を飲み、タタ・スチールでできたスプーンでかきまわす。タタ書店でタタ・ブックスの本を買う。「夕夕の塩を食べている」。我々は包囲されているのである。”(59頁)

(4)資本主義の手先としての財団
資本主義は,世論操作の巧妙な方法として,財団を使う。カーネギー財団,ロックフェラー財団,フォード財団など。たとえば国連,CIA,CFR(外交問題評議会),ニューヨーク近代美術館などは,ロックフェラー財団の援助を受けたか,現に受けている。

“膨大な資金とほぼ無制限の権限を持ちながら、税金を支払う必要のない法人が、会計説明責任もなくまったく不透明なままでいられる――経済的な富を政治的、社会的、文化的な資本に拡張し、お金を権力に変えるのにこれ以上うまい方法があるだろうか? 高利貸が自らの利益のごく一部を使って世界を支配するのに、これほど優れた方法があるか?”(63頁)

耳が痛い話しだ。日本でも,これは「企業」設立とはいえないが,例の「日本財団」が様々な文化・社会活動を活発に繰り広げている。特に最近では,平和研究・平和構築関係への浸透がめざましい。

私もかつてアスペン協会の行事に参加したことがある。いかにもお金がありそうな雰囲気で,貧乏人の私には居心地が悪く,1,2回出席しただけで,以後まったく参加していない。

(5)グラミン銀行批判
財団は,NGOにも注目し,貧困からさえも収奪し始めた。米国では,クレジット・ユニオンを支援し,労働者に過剰貸し付け,彼らを底なしの借金地獄に落とした。

そしてグラミン銀行。私も,この事業については,本当に大丈夫かと,いぶかしく感じていた。そもそも貧しくて借金もできない下層階層の人々に,連帯保証――相互監視――を条件に金を貸し付け,事業を始めさせる。周りは資本主義社会である。なかにはうまくいく人もいるであろうが,常識から考えて,大半は素人であり失敗するにちがいない。貧乏人が借金を背負い,返済できなくなったら,どうするのか?

“それから何年もたってから、この考え[クレジット・ユニオン]はバングラデシュの貧しい田舎へと流れつき、ムハマド・ユヌスとグラミン銀行が少額のクレジットを飢えた貧しい農民たちに与えることで壊滅的な結果をもたらす。インド亜大陸の貧しい人びとは、それまでも常に地元の村の高利貸バニヤの無慈悲な支配下で借金を負わされてきた。しかし少額貸付はそれさえも企業化してしまったのだ。インドにおける少額貸付会社は何百という自殺――アンドラ・プラデシュ州では2010年だけで200人が自殺した――の原因となっている。近ごろ日刊全国紙に掲載された18歳の女性の遺書には、自分の学費であった最後の150ルピーを少額貸付会社の執拗な従業員に手渡すことを強要されたとある。そこにはこう書かれている、「一生懸命働いてお金を稼ぐこと。借金をしてはいけない」。貧しさを使って儲けることもできれば、ノーベル賞をもらうこともできるのだ。”(68頁)

これは厳しい。ユヌスのグラミン銀行や他の善意の小規模金融事業に対し,これほど容赦ない批判がこれまであっただろうか? ロイの面目躍如といったところである。

(6)買収されるNGO
このように,資本主義が私有化,市場化を進め,政府支出を削減させればさせるほど,救貧や教育,福祉,医療など,本来なら政府の担うべき公的活動がNGOやNPOに委ねられることになる。

“すべてを私有化すること,それはすべてをNGOに任せることと同義である。仕事も食べ物もなくなれば,NGOが雇用の重要な提供主とならざるをえない。たとえその内実がわかってはいても。”(74頁)

“膨大な資金で守られながらこれらのNGOは世界を闊歩し、革命家の卵をサラリーマン活動家に変え、芸術家や知識人や映像作家に金を与えることで彼ら彼女らを激しい闘争の場面からやさしく遠ざけ、多文化主義やジェンダーやコミュニティの発展といった、アイデンティティ・ポリティクスと人権に包まれた言説のなかへと導き入れていくのだ。”(75頁)

“1980年代末、つまりインド市場が世界に開かれた時点までに、インドのリベラルなフェミニスト運動は過度にNGO化されてしまった。・・・・さまざまな財団が資金の提供を通じて、どんな「政治的」活動が適当かの範囲を決めることに成功してきた。いまやNGOの会計報告によって、何が女性の「課題」であり何がそうでないかが決められているのである。”(77頁)

(7)キング牧師もネルソン・マンデラも
資本主義は,キング牧師やネルソン・マンデラの偉業さえも巧妙に買収し取り込んでしまう。

ロイによれば,「マーティン・ルーサー・キング・ジュニアが行ったのは,資本主義と帝国主義と人種主義とベトナム戦争を結びつけて一緒に批判するという,いわば禁じ手だった」。そこで,フォード自動車,GM,モービル,P&G,USスチール,モンサントなどが出資し,「非暴力による社会変革のためのマーティン・ルーサー・キング・ジュニア・センター」を設立した。そのプログラムの中には,「アメリカ合州国国防総省,軍隊の牧師理事会ほかと密に協力する」プログラムもあるという(80-81頁)。

ネルソン・マンデラについても,ロックフェラー財団などが介入し,結局,ワシントン・コンセンサスを受け入れさせた。(ワシントン・コンセンサス=新古典派経済学の理論を共通の基盤として、米政府やIMF、世界銀行などの国際機関が発展途上国へ勧告する政策の総称[知恵蔵])

“ANC[アフリカ民族会議]の目的からは社会主義が消え,称賛された南アフリカの偉大なる「平和な政権交代」には,土地改革も補償要求も鉱山の国有化も含まれてはいなかったのだ。その代わりに導入されたのが私有化と構造調整である。マンデラは南アフリカで市民に与えられる最高の栄誉「喜望峰勲章」を古き友人にして支持者であったスハルト将軍,つまりインドネシアで共産主義者を殺戮した者に与えた。今日南アフリカでは,かつての急進派や労働組合の幹部たちがベンツを乗り回して国を支配している”(81-82頁)

インドでは,やはりフォード財団などの介入により,ダリット運動は「ダリット資本主義」に向かっている。

“「ダリット株式会社、カースト制度打破ビジネスに準備完了」というのが、昨年12月の『インディアン・エクスプレス』紙の見出しだ。そこにはダリット・インド商工会議所の指導者の次のような発言が引用されている。「ダリットの集会に首相に来てもらうのは我々にとってむずかしいことではない。しかしながらダリットの企業家たちにとっての大望は、タタやゴドレジと昼食やお茶を共にして一緒に写真に収まることだ。実際に彼らが来たことの証拠となるからである」。・・・・これではいまだに100万人が頭に人糞を乗せて運び、肉体を酷使して他人のおこぼれを頂戴しているダリットたちの現状を救うことにはならないだろう。」(82-83頁)

(8)グローバル資本主義の終焉
しかし,それにもかかわらず,ロイは資本主義にはもはや未来はない,と断言する。いくら弾圧されても資本主義への抵抗は執拗に続いている。マルクスが言うように,資本主義は「自分の呪文で呼び出した闇世界の力をもはや統制できなくなった」のであり,自ら墓穴を掘っているのである。

“そう,おそらく私たちが夜を取りもどす時が来ているのだ。”(89頁)

この最後の結びの言葉は,意味深だ。資本主義への勝利は,「夜」の回復なのか? ロイにとって,そして私たちにとって,その「夜」とはいったいどのようなものなのだろうか? 

資本主義システムの外に暮らす人々は,所有せざる人々であり,いわば森に住む「自然の人々」である。森では夜は夜である。資本主義の否定は,夜を昼のようにすることの否定であり,森に戻ることである。ロイの議論は,ルソーの「自然に帰れ」に一脈通ずるところがあるように思われる。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/09/18 at 20:10