ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

Posts Tagged ‘PKO

多国間共同訓練に自衛隊参加

ネパールで多国間共同訓練(GPOI)「シャンティ・プラヤ3」(3月20日~4月3日)が始まり,日本の自衛隊も「中央即応集団」の隊員2名が教官として参加している。(中央即応集団はUNMINにも派遣された。)
 【参照】ネパールでのPKO訓練に日本も参加カーターセンターと米太平洋軍とネパール(2)

GPOIは,2005年度から始まった米国支援の国際平和活動のための訓練プログラム。アジア地域では,米国太平洋軍主導で,ネパール,バングラデッシュ,カンボジア,タイ,インドネシア,マレーシア,モンゴルで開催されてきた。

ネパールでの訓練作戦名「シャンティ・プラヤ[プラヤス]」は,「平和への努力」の意。第1回はGPOI発足以前の2000年だが,GPOI発足後はそのプログラムとして2013年に第2回が実施され,そして現在,3回目が実施されている。

今回の「シャンティ・プラヤ3」の実施場所は,以前と同様,パンチカルの「ビレンドラ平和活動訓練センター」。参加国はパキスタン,バングラディシュ,スリランカ,タイ,インドネシア,マレーシア,ベトナム,ガーナ,オーストラリア,英,米,日など28か国で,参加人員は計1024人。

この「シャンティ・プラヤ3」訓練はネパール国軍主催,米太平洋軍後援ということになっているものの,実際には米軍主導の感は否めない。開会式ではハリー・ハリス・Jr米太平洋軍司令官が,「名誉ある平和」のための「平和への努力」を訴え,「ネ米関係は強力であり,さらに強化されていく」と語った。また,A・B・テプリッツ駐ネ米大使も,米国による「シャンティ・プラヤ」支援の意義を力説した。

「シャンティ・プラヤ3」は,たしかに国際平和活動のための訓練だが,実施場所のパンチカルはチベット国境の近く。そのような場所での米軍色の濃い訓練に,日本政府は陸自最精鋭の中央即応集団から教官2名を派遣している。面白く思わない国もあるのではないか?


■シャンティ・プラヤ3(国軍HP)

■米太平洋軍ツイート


■米太平洋軍司令官・駐ネ米大使・プラチャンダ首相(米大使館HP)

*1 “Shanti Prayas-III begins today,” Kathmandu Post, Mar 20, 2017
*2 “Exercise Shanti Prayas III kicks off, 28 countries taking part,” Himalayan Times, March 20, 2017
*3 “Exercise Shanti Prayas –III,” nepalarmy.mil.np/covernews1.php?
*4 “Global Peace Operations Initiative (GPOI),” US Department of State
*5 “Shanti Prayas Exercise Commences in Nepal,” U.S. Department of Defense, March 21, 2017

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/03/28 at 10:52

南スーダン陸自交戦寸前,朝日記事の危険な含意

朝日新聞(4月21日)が,南スーダン「UNMISS」派遣陸自隊長・井川賢一1等陸佐の単独インタビューを掲載している。それによれば,井川隊長は,2014年1月5日,派遣(派兵)全隊員に武器・弾薬を携行させ,「各自あるいは部隊の判断で,正当防衛や緊急避難に該当する場合には撃て」と命令している。一応,「正当防衛」か「緊急避難」となっているが,避難民等を交えた混乱状態で戦闘が始まれば,そんなことの判断は事実上不可能だ。まさしく危機一髪,交戦寸前だったわけだ。

 140421a140421b ■UNMISS派遣陸自(防衛省HP)

この事態について,朝日は,例のごとく,ヌエ的態度に終始している。見出しは次の通り。
 [1面]陸自PKO隊長 射撃許可/南スーダン,銃撃戦迫り/1月,発砲に至らず
 [2面]PKO変化,日本板挟み/国連,武器使用を容認/安倍政権 基準見直し検討
     記者はこう見た 法改正か撤退か国民的議論を
 [7面]井川陸自隊長 一問一答「隊員死なせられない,最低限の自衛の必要,考えた」

一見,中立のようだが,朝日が,武器使用容認に傾いていることは、記事全体をみれば,そのニュアンスでわかる。たとえば,特ダネインタビューをとった三浦記者は,「記者はこう見た」において,こう書いている――

--------
 施設内で暮らす避難民は約3万人。守るのはルワンダなどの部隊だ。装備や隊員たちの熟練度は見るからに自衛隊の方が上回つている。それでも,自衛隊員たちは避難民を守るための武器使用が許されない。もし自衛隊がいながら,すぐそばで避難民の虐殺が起きた場合,国際世論は「仕方ない」と見なすだろうか。・・・・
 事実上の内戦状態にある南スーダンで,自衛隊はこれまで通りの構えで国際社会から期待された任務を遂行できるのか。現地を取材した私の考えでは選択肢は二つしかない。憲法解釈の見直しやPKO協力法などの改正によって派遣部隊に避難民を守るための武器使用を認めるか,現地が内戦状態にあることを認め,「停戦」を前提とする現行法を順守して南スーダンから撤退するかのどちらかだ。(朝日新聞4月21日)
--------

井川記者は,「国民的議論を」と逃げているが,ここでは一言も,自衛隊の海外派遣(派兵)それ自体が違憲であることには触れていない。それもそのはず,朝日新聞は,そのような原則的な立場をきれいさっぱり放棄してしまい,いまでは「地球貢献国家」を社是としているからだ。

「地球貢献」のために自衛隊(軍隊)を派遣せよとラッパを吹いておきながら,イザとなったら,「国民的議論を」とは,あまりにもおめでたい。朝日記事からは,国連が武器使用を容認したのだから,法改正し自衛隊も武器使用できるようにせよ,という願望が透けて見えてくる。

つまり,こういうことだ。安倍首相の目玉政策,「積極的平和貢献(Proactive Contribution to Peace)」を最も効果的に支援しているのは,産経でも読売でもなく,朝日だということ。朝日が,お上品に,「美しい国」の「積極的平和貢献」への道の露払いをし,準備万端整ったところで,それ行けドンドン,けばけばしいアナクロ復古調軍楽隊が行進するわけだ。

はなばなしいのはプカプカ,ドンドンだが,所詮それはそれだけのもの。常識も良識もある国民多数は,それだけでは浮かれ,ついて行ったりはしない。ところが,朝日が,もっともらしい理由をつけ,判断留保しているように見せつつ,お上品に,ジリジリと立ち位置を後退させていくと,国民の多くは,それが「いまの良識」かと思い,朝日とともに後退し,そのうち「日本を取り戻し」軍国主義に復古することもアナクロとは見えなくなってしまう。

対韓中ヘイトスピーチと同様,復古軍国主義も,同調を始めたら,これほど爽快なことはあるまい。朝日は,そのための露払いをしているように見えてしかたない。思い違いならよいが,もしそうでないなら,朝日の責任は重大といわざるをえない。

[参照]
スーダン派兵で権益確保:朝日社説の含意
スーダン銃弾供与問題と露払い朝日新聞
朝日社説の陸自スーダン派兵論(再掲)
良心的兵役拒否国家から地球貢献国家へ:朝日の変節
自称「右翼軍国主義者」の「積極的平和主義」:安倍首相の国連演説
自衛艦をソマリア沖に派遣せよ,朝日社説

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/04/21 at 19:07

スーダン銃弾供与問題と露払い朝日新聞

1.韓国軍への武器(銃弾)供与
安倍政権の軍国主義化は向かうところ敵なし,特定秘密保護法を電光石火で成立させ,今度は,12月4日発足の国家安全保障会議(NSC)において,12月23日,スーダン派遣陸自銃弾1万発の韓国軍への供与を決定,ただちに閣議決定し,同日,引き渡した。この銃弾引き渡しについて,読売新聞は,こう報道している

—(以下引用)——————
井川1佐などによると、日本時間の22日未明、ジョングレイ州のボルで活動する韓国隊の隊長から、「ボルの活動拠点内には1万5000人の避難民がいる。敵については北から増援も確認。1万発の小銃弾を貸してほしい」と電話で要請があった。日本側が小銃弾を引き渡したところ、23日夜、韓国隊から「ボルの宿営地と避難民を守るために使う。本当にありがとうございました」と連絡があったという。(読売新聞12月25日
—(以上引用)——————

この武器(銃弾)供与は,明白な違憲違法。まさか引き渡し後の追認閣議決定ではあるまいが,歴史に照らして,その疑いですら払拭しきれないほど危険な軍事的冒険である。

そもそも軍隊(自衛隊)が海外派兵(派遣)されれば,このような事態は当然予想されること。状況がさらに切迫すれば,今回と同じ「緊急の必要性・人道性」(官房長官談話12月23日)を理由に,自衛隊が直接戦闘に参加することすら十分あり得る。

2.朝日の海外派兵煽動
ここで批判されるべきは,朝日新聞。先に指摘したように(下記参照),そのような事態が十分にありうることをよく分かった上で,自衛隊スーダン派遣を煽り立てたのだ。(もし想定外と弁解するなら,ジャーナリズム完全失格)

朝日新聞は,変節後の社是「地球貢献国家」により,日本の軍国主義化の露払いをしてきた。朝日の「地球貢献国家」は,本質的に,安倍首相の「積極的平和主義」と同じものである。朝日が特定秘密保護法に反対したのも今回の弾薬供与を批判しているのも形だけ,実際には,押したり引いたりしながら,地球貢献国家=積極的平和主義国家実現のための露払いをしているににすぎない。

朝日は,自社の歴史から何も学んでいないといわざるをえない。

朝日社説の陸自スーダン派兵論(再掲)
良心的兵役拒否国家から地球貢献国家へ:朝日の変節
自衛艦をソマリア沖に派遣せよ,朝日社説
自称「右翼軍国主義者」の「積極的平和主義」:安倍首相の国連演説

谷川昌幸(C)

朝日社説の陸自スーダン派兵論(再掲)

Written by Tanigawa

2013/12/25 at 13:20

自称「右翼軍国主義者」の「積極的平和主義」:安倍首相の国連演説

安倍首相が,自称「右翼の軍国主義者」として,H・カーン賞受賞スピーチ(9月25日)と国連総会演説(9月26日)において,「積極的平和主義」を唱えた。

このうち自らを「右翼の軍国主義者(right-wing militarist)」と称したのは客観的な正しい事実認識だが,「積極的平和主義」の方は極めて欺瞞的である。外国と英語を利用した巧妙な詐術。こんな不誠実な元首演説を許してはならない。

131001a 131001b
 ■安倍首相の国連総会演説(9月26日)

1.”under control”以上に危険な「積極的平和主義」
安倍首相は自他ともに認める「右翼」だから,夷狄たる諸外国ないし国際社会の常識は端から無視している。リオデジャネイロでは,カタカナ英語で”under control”と放言した。国際社会の常識では,福島原発の現状は”un-controlled”あるいは”out of control”だが,そんなことは全く意に介さない。

このような用語法は,「右翼の軍国主義者」の伝統に則っている。周知のように,帝国陸軍は対中「戦争」を「事変」と呼び換え誤魔化した。また,戦況不利で退却を余儀なくされると,それを「転進」と呼び換え誤魔化した。しかし,国際社会の常識では,中国での戦いは「戦争」であり,部隊の後退は「退却」ないし「敗退」である。

このような言葉による誤魔化しは,国際社会では通用しなかったが,不幸なことに,いや滑稽かつ悲惨なことに,日本社会では効果絶大であった。帝国臣民は素直に「事変」と信じ,暴支膺懲に走った。そして,帝国陸海軍の「転進」は,結局,大日本帝国それ自体を破滅させることになった。「敗退」,「退却」であれば,敗因と責任が解明され,次の作戦に生かされていたはずだが,「転進」,「転進」と叫んでいるうちに,銃後の臣民ばかりか軍自身もそれを信じてしまい,同じような失敗を繰り返し,戦況を見失い,あげくは,あの破滅的敗戦の悲惨を招くことになってしまったのである。

福島原発も,”under control”と言いつのっているうちに,当事者までそれを信じ,ますます事故原因の解明や責任追求がおろそかとなり,結局は帝国陸海軍と同じような破滅への行程を辿ることになってしまう可能性が高い。

安倍首相の「積極的平和主義」もまた,このような呼び換え語法の一変種である。安倍首相は,国際社会では「消極的平和」と呼ばれているものを「積極的平和主義」と呼び換え,国連総会演説やH・カーン賞受賞スピーチで,それを日本政府の平和貢献への基本指針とすると宣言した。これは”under control”に勝るとも劣らない危険な重大発言である。

 131001c ■H・カーン賞受賞スピーチ(9月25日)

2.消極的平和の定義
安倍首相の掲げている平和は,国際社会の常識では,積極的平和ではなく,消極的平和(negative peace)である。これは,「平和」を「戦争のない状態」と定義する。「ない」というnegativeな形での定義なので,「消極的(negative)平和」と呼ばれている。

消極的平和は,近代の基本的な平和概念であり,これは「力のバランス(balance of power)」によって実現されると考えられていた。だから,平和(戦争のない状態)の実現には,「力」(中心は軍事力)が不可欠であり,常に相手をにらみながら軍事力を増強することが求められた。

この消極的平和は現在でも根強く支持されており,日本の歴代政府も基本的にはこの立場をとってきた。安倍内閣もそれを継承したが,従来の慎重に限定された自衛隊の役割には満足できず,その制限を一気に取り払う政策へと大きく方向転換した。軍隊の抑止力による平和(消極的平和)が前面に打ち出され,憲法解釈変更による集団的自衛権行使の承認や憲法9条の改正,あるいは日米安保の強化が強く唱えられるようになったのは,そのためである。国際常識から見ると,このような安倍首相の平和政策は,まちがいなく「消極的平和主義」である。

3.積極的平和の定義
これに対し,積極的平和(positive peace)は,第二次世界大戦終結前後から注目されはじめ,ガルトゥングらの努力により,冷戦終結後,急速に有力になってきた平和の考え方である。積極的平和は,単に戦争のない状態,つまり消極的平和は真の平和ではないと考える。たとえ戦争が無くても,社会に貧困,差別,人権侵害などの構造的暴力があれば,あるいは日本国憲法の文言で言うならば「専制と隷従,圧迫と偏狭」などがあれば,その社会は平和とはいえない。構造的暴力は紛争原因となり,紛争は戦争をも引き起こす。だから真の平和は,構造的暴力が存在せず,人々が基本的人権を享受しうるような積極的(positive)な状態でなければならないのである。

この積極的平和の実現には,軍隊はほとんど役に立たない。構造的暴力は,非軍事的な人間開発*によってはじめて効果的に除去できる。消極的平和が軍事的手段によって「戦争のない状態」の実現を目指すのに対し,積極的平和は平和的・非軍事的手段によって「戦争原因のない積極的平和」の実現を目指すのである。
 *「人が自己の可能性を十分に発展させ、自分の必要とする生産的・創造的な人生を築くことができるような環境を整備すること。そのためには、人々が健康で長生きをし、必要な知識を獲得し、適正な生活水準を保つための所得を確保し、地域社会において活動に参加することが必要であるとする。パキスタンの経済学者マプープル=ハクが提唱した概念(デジタル大辞泉)」。国際社会ではUNDPが中心になって人間開発に取り組んでいる

4.呼び換えとしての「積極的平和主義」
以上が,平和の二概念に関する国際社会の常識である。だから,私も,当然,安倍首相がこの国際常識に従って「積極的平和」を唱えたものと思っていた。ところが,驚いたことに,実際には,そうではなかった。安倍首相は,消極的平和への貢献を積極的平和主義と呼び換え,そのための軍事的貢献を国際社会に約束したのである。

まず注目すべきは,用語法。日本語の方は,国連演説(日本語)でもH・カーン賞受賞スピーチ日本語訳でも「積極的平和主義」となっている。ところが,英語の方は,いずれにおいても,”Proactive Contribution to Peace”ないし”Proactive Contributor to Peace”となっている。(国連演説英訳H・カーン賞受賞スピーチ英語原文

当初,安倍首相が「積極的平和主義」を唱えたと報道されたので,私は,てっきりガルトゥングらのいう”positive peace”,あるいは非軍事的手段による平和貢献を語ったのだと思い,大いに期待した。ところが,そうではなかった。”positive”はなく,その代わりに”proactive”が「貢献」の前に置かれ,日本語版では「積極的平和主義」と表記されていたのだ。巧妙な呼び換え,いや欺瞞,詐術とさえ言ってもよいかもしれない。

それでも英語の方は”proactive”と言っているので,少なくとも外国では大きな誤解は少ないだろう。”proactive”という用語は,”proactive defense”という形でよく使用されるように,事前・先手の対策,その意味での積極的防衛という意味合いが強い。安倍首相は,H・カーン賞受賞スピーチで具体例を挙げ,”proactive”をこう説明している。

現在の日本国憲法解釈では,国連PKO派遣自衛隊は,隣の派遣外国軍が攻撃されても助けられない。また,日本近海の米艦が攻撃されても,自衛隊の艦船は米艦を助けられない。これは”proactive”ではない。だから「日本は,地域の,そして世界の平和と安定に,今までにもましてより積極的に(proactively),貢献していく国になります」。つまり,平たく言えば,憲法は集団的自衛権行使を禁止しているというこれまでの政府解釈を変更し,あるいは機を見て憲法9条を改正し,自衛隊を普通に戦える軍隊に変えることによって,自衛隊を戦う軍隊として国連PKOや多国籍軍,あるいは日米共同軍事作戦に参加させるということである。

これは,いうまでもなく軍事力による平和貢献であり,目指されている平和は,結局,「消極的平和」ということになる。消極的平和への”proactive”な貢献!

ところが,日本国内向けの日本語版になると,安倍首相はもっぱら「積極的平和主義」を唱えたということになり,これだけでは従来一般的に使用されてきた「積極的平和(positive peace)」と見分けがつかない。実に紛らわしい。というよりもむしろ,意図的に紛らわしい用語を用い,積極的平和を支持してきた多くの人々を惑わせ,取り込むことをひそかに狙っているように思われる。

5.日本国憲法と積極的平和への貢献義務
平和的・非軍事的・非暴力的手段による平和貢献と,軍事的手段による平和貢献は,原理的に全く異なる。日本国憲法が規定しているのは,いうまでもなく非軍事的手段による積極的平和への貢献である。

——————————
日本国憲法 前文
われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
We desire to occupy an honored place in an international society striving for the preservation of peace, and the banishment of tyranny and slavery, oppression and intolerance for all time from the earth. We recognize that all peoples of the world have the right to live in peace, free from fear and want.

第二章 戦争の放棄
第九条  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
CHAPTER II RENUNCIATION OF WAR
Article 9. Aspiring sincerely to an international peace based on justice and order, the Japanese people forever renounce war as a sovereign right of the nation and the threat or use of force as means of settling international disputes.
In order to accomplish the aim of the preceding paragraph, land, sea, and air forces, as well as other war potential, will never be maintained. The right of belligerency of the state will not be recognized.
——————————

これは,世界に先駆けた積極的平和の宣言に他ならない。日本国民は,非軍事的・非暴力的手段により世界の構造的暴力(恐怖と欠乏)を除去し,積極的平和(平和のうちに生存する権利)を実現する努力をする,と世界に向け宣言し約束した。憲法は,日本国民が誠実にこの努力を続け,国際社会における「名誉ある地位」を得ることを要請しているのである。これは,軍事的手段による消極的平和への”proactive(積極的)”な貢献のことでは,断じてない。

積極的平和は日本の国是である。そして,それを定めた日本国憲法は「国の最高法規」であり,首相は当然「この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」(98条)。日本国元首たる首相が,違憲の政策を国連総会で国際公約するようなことは断じて許されない。

 131001 ■『あたらしい憲法のはなし』(文部省,1947)挿絵

6.言霊の国
言葉は,どの文化圏でも,霊魂の宿るところとして畏れられ大切にされてきた。キリスト教では「はじめに言葉があり,言葉は神であった」のであり,日本は「言霊の国」とされてきた。

ところが,その「言霊の国」日本で言葉を最も軽んじ弄んできたのは,日本固有の文化と伝統を守るはずの「右翼の軍国主義者」らであった。

「事変」と「転進」に誤魔化されたように,いままた”under control”や「積極的平和主義」に誤魔化され,体制翼賛に走ると,日本は再び道を大きく誤ることになるであろう。

[参照1] 安倍首相の怪著『美しい国へ』

[参照2]
●『積極的平和主義を目指して』総合研究開発機構(NIRA),2001年
 日本が積極的平和主義を目指して世界のために貢献しようとするのであれば、国連の平和維持活動(PKO)にこれまで以上に積極的に参加していく必要がある。・・・・以前として凍結されたままになっている自衛隊の部隊などによるいわゆる平和維持活動の本態業務の早急な凍結解除が望ましい。・・・・
 本体業務の凍結解除に続いて必要とされるのは、いわゆる日本のPKO五原則の見直しである。冷戦後は、紛争当事者が確定し難い内線型の紛争が頻発するようになったこともあり、停戦合意の存在や日本の参加への関係当事者の同意等の条件に関しては、国連の平和維持活動開始の決定により満たされたものとみなすとの趣旨の法改正が望ましい。また、派遣隊員などによる武器使用についても憲法解釈の問題はあるが、国連の慣行との整合性を図る努力が必要であろう。・・・・ (誤字が多いが原文のまま引用)
(NIRA出版物情報 http://www.nira.or.jp/past/pubj/output/dat/3502.html)

『新・戦争論 積極的平和主義への提言』伊藤憲一著,新潮新書,2007年
(1)書評:小田嶋隆(日経ビジネス2007年11月16日)
 筆者によれば、最も重大な点は、憲法第九条の二項(←「大きな問題があります」と言っている)にある。
 すなわち、第二項が〈過ぎ去った「戦争時代」の発想や思考で雁字搦めになっているからです。このままでは日本は不戦時代に入りつつある世界の流れから取り残されるだけでなく、不戦時代を作りだそうとする世界のコンセンサスに背くことにさえなります。現行の第二項は「終わった戦争」や「終わった時代」に固執して、不戦時代の到来という新しい時代をまったく理解していないからです〉[P153]というのだ。
 で、その「新しい時代」である「不戦時代」の要請に応えるために、日本は、「あれもしない」「これをしない」という偽物の平和主義から脱却し、「あれもする」「これもする」という「積極的平和主義」へと踏み出さねばならないということらしい。
 ちなみに、本書の末尾の一文はこうなっている「見て見ぬふりをする消極的平和主義から、市民としての義務を果たす積極的平和主義へと、日本人はその平和主義を脱皮させる必要があります。世界的な不戦共同体に参加し、その共通の目的に積極的に貢献することこそが、われわれに求められている課題であると言わねばなりません」[P177]
 つまり、目的が「戦争」でないのだから、軍事力の行使もアリだ、と、そういうことなのだろうか?
 著書の言う「積極的平和主義」が、かつて歴史の中で繰り返されてきたように、開戦の口実にならなければよいのだが。
(http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20071115/140706/)

(2)書評: 堂之脇光朗(日本紛争予防センター理事長)
 加えて、「積極的平和主義」も提言されている。「あれもしない、これもしない」といった「消極的平和主義」は戦争時代の思考法にとらわれた偽物の平和主義であり、国連の平和維持活動などのために「あれもする、これもする」との積極的平和主義こそが不戦共同体の一員としての日本の選択であるべきだとしている。7年ほど前に総合研究開発機構(NIRA)が「戦争の時代から紛争の時代へ」などとして、「積極的平和主義を目指して」と題する研究報告を発表したことがある。その後、国連に平和構築委員会が設置され、わが国の防衛庁も防衛省に改組された。このような最近の時代の流れからみても、積極的平和主義がわが国の進むべき道であることは間違いないであろう。
(http://www.jfir.or.jp/cgi/m-bbs/contribution_history.php?form%5Bno%5D=547)

谷川昌幸(C)

カーターセンターと米太平洋軍とネパール(2)

2.米太平洋軍の軍事援助
カーターセンターの人権・民主主義援助とセットになっているのが,米太平洋軍の軍事援助。タカとハトの使い分けこそ,米外交の持ち味であり,深さであり,強さだ。

(1)米丸抱えのShanti Prayas Ⅱ
先述のように,パンチカルの「ビレンドラ平和活動訓練センター(BPOTC)」での「Shanti Prayas Ⅱ(SPⅡ,平和活動Ⅱ)」は,3月25日~4月7日,871人(ネパール416人,外国23カ国455人)が参加し,実施された(ekantipur,Apr8,2013)。

130408b 130408c
■訓練中のフィリピン兵/村民統制訓練(PACON, Mar30/27)

SPⅡは,米政府の資金援助により,米太平洋軍Global Operation Initiative(GPOI)の訓練プログラムの一環として実施された。

SPⅡには,米太平洋軍トマス・L・コナント副司令官が視察に訪れた。また,終了式にはピーター・W・ボッド駐ネパール米大使が出席し,挨拶の中で,ネパール政府のPKO努力を高く評価し,BPOTCに約10億ルピーを援助することを約束した。アメリカ丸抱え軍事訓練といってもよいだろう(USPACOM, Mar27; ekantipur, Apr8, 2013)。

130408d ■コナント副司令官の訓練視察(PACON, Mar26)

(2)米戦略のアジア太平洋シフト
SPⅡが,米戦略のアジア太平洋シフトの一環であることはいうまでもない。米太平洋軍HPによれば,「この訓練は,軍隊間の関係を構築するという太平洋軍戦略の模範となるものだ。訓練参加国の能力向上を援助することにより,米国は,この地域の安定性を高めていくことになる。」

(3)米戦略の民軍協力シフト
またSPⅡは,米戦略の民軍協力(CIMIC:Civil-Military Cooperation)シフトの一環でもある。SPⅡを実施した国務省GPOIは,2004年設立であり,これまでに7万5千人を訓練してきた。民軍協力重視・アジア太平洋地域重視である。

「GPOIは,設立後6年で,アフリカを中心に7万5千人のPKO要員を訓練した。現在,重点をアジア太平洋地域に移し,人道支援・災害対応を重視している。こう,コナント副司令官は語った。」(American Forces Press Service, Mar26, 2013)

3.日本の民軍協力訓練
SPⅡには,日本も参加し,米軍から高く評価された。カトマンズ実施の上官クラス訓練には,なぜか不参加。日本側からの情報が少ないので,理由不明。入れてもらえなかったのかな?

パンチカルBPOTCでの野外訓練の方には,カネコ・ヤスヒコ陸曹長,オーカワ・ヒトシ陸自隊員(階級不明)らが参加。小隊(platoon)となっているが,全員で何人参加かは不明。日本大使館HPをみても,何も出ていない。広報という点でも,SPⅡの目的と成果を大々的に宣伝し,ご褒美まで出してしまう米国とは,雲泥の差だ。

それはともかく,日本政府が,民軍協力を突破口に,軍事大国化を図っていることは,明白である。たとえば,「日米共催PKO幹部要員訓練(GPOISML)」。外務省,米太平洋軍,民軍関係センター(CCMR)が中心となり,外務省において,2009年と2011年に開催された。ネパールなど十数カ国から,軍人,警察官,文民が参加し,日本からも自衛隊,JICA,国際機関(具体名なし)などが参加したという(外務省HP)。

SPⅡへの日本参加が,こうした民軍協力による軍事大国化の流れに棹さしていることは明白である。

130408a ■カネコ陸曹長と陸自隊員(PACON, Mar31)

4.タカに食われるハト
アメリカは,政治大国であり,建前と本音,ハトとタカの使い分けがうまい。民軍協力も,アメリカであれば,産軍複合体があるにせよ,イザとなれば,シビリアン・コントロールに復帰する。アメリカはやはりスゴイ国であり,ぎりぎりのところでは信頼に足る本物の民主主義国だ。

これに比べ日本は,政治的に未熟であり,ハトとタカの使い分けはどだい無理である。民軍協力を始めると,ズルズルと軍民協力に逆転していき,結局,ハトはタカに食われてしまうことになる。

国際平和協力は日本国民の義務であり(憲法前文),義務は果たすべきだが,その方法は非軍事的手段に限られる(第9条)。アメリカの巧妙な民軍協力作戦を利用するつもりで利用される愚は避け,非軍事的平和貢献に努力を傾注すべきだ。やるべきことは,無限にある。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/04/08 at 15:08

ネパールでのPKO訓練に日本も参加

駐ネ米大使館によれば,「ビレンドラ平和活動訓練センター(BPOTC)」で3月25日~4月7日開催の「Shanti Prayas-2(平和活動-2)」訓練に,日本も参加している。日本側情報を探したが見当たらず,参加自衛隊員のランクや人数は不明。

130330a ■Shanti Prayasシンボルマーク(BPOTC)

訓練は,米太平洋軍が主導,ネパール国軍が協力し,行われているようだ。参加総数871人(内ネパール416人)。インド軍も参加している。訓練には幹部スタッフ訓練と野外演習があり,日本は双方に参加。

BPOTCは,カトマンズの東方,パンチカルの高原(標高942m)にある。1986年設立。PKO派遣要員を年8000人以上訓練している。この付近は何回か通ったことがあるが,広大な美しい訓練基地であった。

130330b ■BPOTC(Google)

しかし,パンチカルはチベット(中国)国境のすぐ近く。敏感地帯にある。そこに米軍主導で,インド軍や日本軍(自衛隊)が,国連平和活動を名目に軍事訓練をする。中国メディアも「客観報道」をしているが,さて本心はどうだろうか?

130330c  ■野外訓練(BPOTC)

今回もそうだが,いまでは自衛隊員の海外派遣は日常茶飯事。ニュースにもならない。日本の軍事化は,着々と進んでいる。このまま行けば,憲法の「改正」,自衛隊の「国防軍」格上げも遠くはあるまい。

野口健氏も,かつて(2007/03/23)こう主張された。「今月末に自衛隊が停戦監視団としてネパール入りするが、武器を持たず大丈夫なのかと心配になる。せめて自身の安全を守る武器保有は認められるべきだと思うが。日本国内でも PKO や停戦監視団で現地に行く自衛官に対して「武装するべきではない」といった意見もあるが、「それならばあなた方が丸腰で行ってみろ」と言いたい。どれだけの恐怖か。」(http://www.noguchi-ken.com/M/2007/03/post-303.html)

【追加2013/04/01】
この訓練のスポンサーは,米国務省。大使館HPで盛んに宣伝している。イラク・アフガンで懲りて,PKOに宗旨替えしたのかな?

130401
 ■U.S. Pacific Command Deputy Commander Lt. Gen. Thomas L. Conant lays a wreath with Nepalese officers at Exercise Shanti Prayas-2 at the Birendra Peace Operations Training Center. (米大使館HP)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/03/30 at 23:20

カテゴリー: 平和, 憲法

Tagged with , , ,