ネパール評論 Nepal Review

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元ゲリラ訴えるならプラチャンダを投獄せよ

UCPN-Mを中心とするマオイスト系5党が5月13日,カトマンズの「ラストリヤ・サバグリハ」で集会を開き,プラチャンダ議長らが,内外の人権団体・人権活動家による「9項目合意」批判を,激しく非難した(Republica, 13 May)。

プラチャンダUCPN議長
「マオイスト戦闘員を,包括和平協定の精神を無視して訴えるつもりなら,その前に私とSB・デウバを投獄せよ。そのころ,私はマオイスト戦闘員の司令官だったし,デウバは首相だったのだから。」

モハン・バイダCPN-R議長
「蜂起にかかわる訴訟は取り下げられるべきだ。それには,主要諸党のコンセンサスに基づく政治的合意が必要だ。」

ムクティ・プラダン(Naya Shakti:党首=バブラム・バタライ)
人権活動家は,蜂起期の争いをことさら政治化している。

みな言っていることは同じだが,ダントツでかっこよいのは,やはりプラチャンダ演説。内容の良し悪しは別として,その場の空気を読み,すばやく期待にこたえられるのが,プラチャンダ。天性のアジ演説家だ。

この日(5月13日),最高裁は,「9項目合意」を違法とする訴えを,それは政治的文書であるとの理由で,棄却した。プラヤンダの勝利。この勢いに乗り,予算成立後,プラチャンダが首相復帰となるのだろうか? 

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 ■プラチャンダ議長(議長FB)/ラストリヤ・サバグリハ(カトマンズ市HP)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/05/14 at 11:47

マイナリ副首相「タライ併合」発言に,インド激怒

1.印大使館プレスリリース
CP・マイナリ副首相兼女性・子供・社会福祉大臣(ネパール共産党マルクス・レーニン派)の発言に,インドが激怒,在ネ印大使館が非難声明を発表した。

インド大使館プレスリリース(2015年11月8日, 印大使館HP)[要旨]
当大使館は,CP・マイナリ副首相が2015年11月7日,カトマンズの記者クラブで行ったインドに関する発言につき,強く非難する。副首相発言は,根拠のない悪意に満ちたものであり,ネパールが直面している真の問題から目を逸らさせるものである。

インドの願いは,ネパールの平和,安定,繁栄のみ。インドは,ネパールの内政問題が政治的対話と和解により解決されることを願っている。そのためのあらゆる努力を,インドは支援する。

2.マイナリ副首相のインド非難発言
インドをこれほど怒らせたのは,カトマンズ記者クラブでのマイナリ副首相の11月7日の発言。「カトマンズポスト」(11月7日)が伝えた。

インドの狙いは封鎖によるタライ併合:マイナリ副首相(Kathmandu Post, 7 Nov)[要旨]
CP・マイナリ副首相は,インドによる非公式封鎖はネパールを解体しインド領に併合するための第一歩だ,と主張した。

マイナリ副首相は,タライ地方分割に関するRK・ヤダブ前研究分析局(RAW)局長の主張について,インドは釈明していない,と語った。インデラ・ガンディー首相のときRAW局長だったヤダブは,その著書において,インドはタライ地方の分離を計画していた,と述べている。インドは,封鎖によりその計画をいま実行しつつある,とマイナリ副首相は主張した。

マイナリ副首相はまた,マデッシュ州要求には,どのような犠牲を払おうが応じられない,と語った。要求されているカイラリ,カンチャンプル,スンサリ,モラン,ジャパの諸郡は,マデシュ州には含めない,と彼は語った。

このカトマンズポスト記事は,マイナリ副首相発言の直接引用ではないが,他紙も報道しており,ほぼこの趣旨の発言があったのだろう。

インド国境沿いのタライ・マデッシュ地方の分割・インド併合は,巷ではしばしば議論されているが,副首相が記者会見で述べたとなると,インドとしては見過ごすわけにはいかなかったに違いない。

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 ■マイナリ副首相とタライ分割6州案(同氏FB,2013年10月14日)

3.プラチャンダ議長の反印プロパガンダ
オリ政権は,前回も述べたように,反印ナショナリストと見られている。オリ首相は,「もしインドがネパールを支配しようとするなら,われわれは戦う覚悟をすべきだ」などと発言しているし,またオリ政権を生み出し支えているUCPNのプラチャンダ議長も,「非公式封鎖」には立ち上がる用意ができていると述べている。

このうち,特にプラチャンダ議長は,マオイスト人民戦争を勝利に導いた勇敢な英雄であり,あけっぴろげの庶民受けする雄弁家でもあり,影響力が強い。その彼が,「ニルマル・ラマ記念アカデミー」総会(11月8日)において,次のように述べている。

「ネパールの人々は,飢えに苦しめられ,交通手段を奪われ,燃料ガスもない。医薬供給がなく,死ななければならない。すべて,ネパールが自ら憲法を制定公布したからなのか? 隣国は,これに対し,どのような態度をとっているのか? この非人道的な国境封鎖の背後には,どのような理由があるのか?」

 130603■習主席とプラチャンダ議長(新華社)

4.反印プロパガンダの甘えは許されるか?
ネパールには,以前から強い反印感情があり,激しいインド非難もことあるごとに繰り返されてきた。いわば,慣れっこ。

しかし,ネパールの情況は,ネパールの民主化と中国の接近により,以前とは大きく変化してきた。これまでのように,内政に問題があれば,インドを悪者に仕立て不満を外に逸らす,あるいは保護国の悪口を言いつつ保護国に依存する,といった甘えの手法は,もはや通用しなくなりつつあるのではないだろうか? このことについては,次回,検討してみることにする。

 151027■S.H. Shrestha, Nepal in Maps, 2005, p.99

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/11/09 at 18:22

憲法骨格案も課題一覧も作成できず,CPDCC

「憲法に関する政治的対話と合意形成委員会(CPDCC)」(バブラム・バタライ議長=UCPN)は,憲法骨格案を10月16日までに,それができない場合は,投票用課題一覧を17日までに,制憲議会に提出することになっていたが,なんと驚くなかれ,バブラムCPDCC議長は,そのいずれもしなかった,いやできなかった。ネパールでは,紛糾すればするほど,合意形成機関の名前が長~くなり,合意形成期間も長~くなる。(参照:憲法基本合意,また延期

141021 ■バブラム・バラライTwitter

バブラムCPDCC議長は,議会への答申の代わりに,最後の「最後の話し合い」を求め,その結果,今日10月21日と明日22日に,それが行われることになった。コイララ首相と主要3党代表の出席が要請されている。

一方,制憲議会「憲法起草委員会」のクリシュナ・シタウラ議長(NC)は,憲法起草には最低1か月はかかるので,憲法骨格案の答申が11月1日までになければ,1月22日の憲法制定・公布には間に合わない,と警告している。

10月21~22日の最後の「最後の話し合い」がどうなるか予断を許さないが,現在のところ,CPDCC答申が11月1日までまたまた延期される可能性が高い。

それでも答申がない場合はどうするか? NCとUMLは,連邦制,政府形態,司法,選挙制度など,意見の分かれる部分については議会での投票採決を主張している。議会多数を制しているから,当然といえよう。

これに対し,マオイスト(UCPN-M)を中心とする22党連合は,「12項目合意(2005)」などを引き合いに出し猛反対,投票に持ち込めば,街頭に出て実力阻止を図る構えだ。

この点については,すでに指摘したように,合意形成も投票採決も実際には困難な状況だ。(参照:憲法基本合意,また延期

そこで再び注目され始めたのが,10月8日復活した立憲政府の上の政治的「政府」たる「高次政治委員会(HLPC)」(プラチャンダ議長=UCPN)。議会内の正規手続きでは決着をみなければ,結局,議会外の主要諸勢力の手打ちで政治的打開を図る。豪傑プラチャンダならやれそうな気もするが,たとえ成功しても,それは一時的で,民族アイデンティティ政治をいつまでも封じ込めるのは無理だろう。

結局,憲法制定・公布をまたまた延期し現状維持を策すのが,最も現実的な解決策ということになりかねない。厄介なことだ。

* Cf. Kathmandu Post & Nepalnews.com,19 Oct; Ekantipur & Republica,20 Oct.

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/10/21 at 11:34

制憲議会選挙2013(34):小選挙区制

小選挙区制(पहिलो हुऩे निर्वाचित हुने निर्वाचन प्रणली)は,定数240。立候補は2選挙区まで可能。もし2選挙区とも当選の場合は,開票結果発表後30日以内に,いずれか一方の選挙区の当選辞退届を制憲議会議長に提出する。その結果,欠員となった選挙区は,補欠選挙を実施する[第5条(2)]

今回,2選挙区立候補が何人いたかは調査していないが,2選挙区当選による補欠選挙は4選挙区ある。UML,NC各2名で,いずれも幹部らしい。

この2選挙区当選者の一人が,UMLのMK・ネパール。カトマンズ2区ではNCとマオイストに圧勝し,ラウタート1区では3百票あまりの僅差でAK・グプタ(MJF-D)に辛勝した。ネパールは,これら2選挙区のうち,地元重視を理由に,ラウタート1区を選択,その結果,カトマンズ2区は補欠選挙となった。圧倒的多数で支持したカトマンズ2区の有権者からすれば,あの選挙はいったい何だったのか,バカにするな,といったところだろう。

これと対照的なのが,マオイストのプラチャンダ議長。カトマンズ10区では,NCのRK・ケーシーとUMLのS・マナンダルにまさかの惨敗,第3位に甘んじた。もう一つの立候補選挙区シラハ5区では,UMLのLN・シュレスタに9百票あまりの僅差で辛勝,かろうじて議席を確保した。この場合,シラハ5区は滑り止めといったところ。

この2選挙区立候補制は,いったい何の目的で採用されたのだろう? 建前はいざ知らず,実際には,各党有力者がメンツとして首都カトマンズで立候補し,同時に,万が一の保険として地方選挙区にも立候補するため利用されているとしか思えない。プラチャンダがその好例。こんな不透明な制度は廃止した方がよいのではないか?

もう一つ,小選挙区制で注目すべきは,各政党は包摂原理(समावेशी सिद्धान्त)を考慮して候補者を選考せよ,と規定されていること[5(3)]。しかし,これは「考慮(ध्यान दिनु)」せよということであり,比例制の場合とは異なり,厳密には法的拘束力はないと見るべきだろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/02/03 at 21:47

カテゴリー: 選挙, 政党

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制憲議会選挙2013(5):多党共生文化

キルティプルの丘は,政党の旗や選挙シンボル,ポスターなどで満艦飾だ。カトマンズ市内や一昨日回った北部郊外では,政党のポスターや旗が,いたるところで破られたり,はがされたりしていた。ところが,不思議なことに,キルティプルの丘では,そのようなことはない。なぜだろう?

●カトマンズ第10選挙区(キルティプル他)
[有権者数]62,573人
[立候補者数]39人
「立候補者/掲載順」
  S.マナンダール CPN-M(シンボルマーク:太陽)
  PK.ダハル(プラチャンダ)UCPN-M(槌と鎌)
  D.マハルジャン RPPネパール(雌牛)
  RK.ケーシー NC(樹)
  B.ダンゴール CPN-M(鎌と星)
  ほか34名  

この選挙区からは革命英雄プラチャンダが立候補しているので,統一共産党マオイスト(UCPN-M)の旗やポスターが多いのは,当然だ。次に多いのが共産党UML。コングレス(NC)はかなり少ないが,それでも丘の南西部の一角は,NCのシンボル「樹」を描いた旗で埋め尽くされている。他党は,立候補しているものの,旗やポスターはごく少ない。大衆動員の選挙戦は,事実上,マオイスト,UML,コングレスの三大政党によると見てよいだろう。

さてそこで,三大政党を中心に各党の旗,選挙シンボル,ポスターなどの配置や掲示方法を見てみると,不思議なことに気がつく。キルティプルでは,マオイストとUMLとNCが並んで,あるいはマオイストとUMLまたはマオイストとNCという組み合わせで,旗やシンボルマークが掲げられているところが多い。他党を排除していないのだ。

たしかに今回は選管が「選挙運動規則」を大幅に強化している。しかし,それはカトマンズ市内でも同じことであり,強化された「選挙運動規則」だけが理由とは思われない。キルティプルでは,各党の小旗が行儀よく並んで立てられているところが多いし,小旗を連ねた横断幕も相互に調整して張られていると思われるからである。この各党の旗の「調和的」掲示を見ると,各党の上に立つ,あるいは各党間を調整する何らかの意思の存在を感じざるをえない。

その意思は,おそらく共同体のそれであろう。キルティプルのような緊密な共同体で,他党のポスターを破ったり,暴力沙汰を引き起こしたら,大変なことになる。だから,政党が共同体に入ってきても,共同体を守るため,共同体として政党間の調整をしている。そうとしか考えられない。(選管がさらに強化されれば,日本のように指定場所への選挙ポスター掲示が義務づけられるかもしれない。)

ティハール/ネワール新年明け後,状況がどうなるか,観察を続けたい。

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谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/11/05 at 20:02

カテゴリー: 選挙, 政党

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プラチャンダ独裁体制か?

統一共産党毛沢東派(UCPN-M)は,7月21日の拡大中央委員会で,第7回党大会(2013年2月,ヘタウダ)における副議長(バブラム・バタライ,NK.シュレスタ),書記長(PB.ボガティ)等の人事を白紙に戻し,「議長(プラチャンダ)―中央委員会」の指導体制とした。バタライも中央委員の一人となり,名誉職就任はなし。

130722 ■マオイスト・トロイカ(UCPN-M HP)

これは形式的にはプラチャンダ独裁体制だが,彼自身は「集団指導体制」とすると繰り返し説明している。あるときは,8月27日に中央委員会を開催し,前役職者ら17人からなる常任委員会のようなものをつくるといい,またあるときは制憲議会選挙(11月19日予定)後に特別党大会を開き,副議長,書記長,書記,会計などの役職者を選任すると説明している。

いずれにせよ,外から見る限り,プラチャンダが,バタライとNK.シュレスタ(Unity Centre Masalから2009年合流)の反目を利用したことは明白だ。ケンカ両成敗で,バタライに名誉職を与えず,両名とも中央委員降格,議長だけが残った。

これは,少なくとも制度的にはプラチャンダ独裁であり,それが本当に形式的・一時的なものに留まるかどうか,注目されるところである。
* Republica, Jul.21; ekantipur, Jul.21; Himalayan, Jul.21.

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/07/22 at 19:51

バブラム・バタライ,UCPN副議長辞任表明

統一共産党マオイスト(UCPN-M)のバブラム・バタライが6月29日,党副議長辞任を表明した。バタライは,党内ではプラチャンダ議長に次ぐ実力者であり,このまま辞任し,もし離党ともなれば,マオイストにとって,2012年6月のモハン・バイダ(キラン)副議長辞任(辞任後,共産党マオイストCPN-M結成)以上の大打撃となるであろう。

バタライは,29日の党中央委員会において,突然,副議長辞任を表明した。本人はその理由を次のように説明している。

「党内には利己的野心が広がっている。だから党のためを思い,副議長の職を辞することにした。」(THT, Jun29)
「党指導を若い世代に引き継ぐプロセスを始めるため」辞任する(ekantipur,Jun30)。
「私の辞任は取り引きのためではない。遅かれ早かれ,われわれは辞任せざるをえない。いまがその時だと私は考えた。」(Telegraph,nd)

バタライのこのような説明は,もちろん誰も真に受けない。マオイストは,党内派閥対立のため,この2月の党大会において主要役職人事を決められなかった。ところが,制憲議会選挙が11月実施となり,これ以上人事の先送りはできないため,中央委員会などで人事を進めようとした。ところが,具体的な人事案が出されると,危惧されたとおり,それらをめぐって激しい派閥抗争が始まった。バタライの副議長辞任がこの人事抗争に関わるものであることはいうまでもない。

辞任理由の説明は,いくつかある。一つは,プラチャンダら党幹部の身内えこひいき,特に妻のヒシラ・ヤミを党会計に就けようとしたバタライの動きが,大多数の中央委員の激しい反発を招いたため(ekantipur,Jun30)。この説であれば,プラチャンダとバブラムは同じ穴の狢ということになる。

二つ目は,プラチャンダ議長とナラヤンカジ・シュレスタ副議長が接近し,その線に沿った人事案にバタライ副議長が反発したとする説(Gorkhapatra,nd)。三つ目は,プラチャンダ議長が6月26日,バハドール・ボガティ暫定書記長を副議長に,KB.マハラを書記長にすることを提案し,これにバタライが反発したという説(Kathmandu Post,Jun26)。

バタライ辞任については,他にもいくつか説があるが,いずれにせよバタライは辞任を公言したのであり,撤回は難しいとみられている。プラチャンダはこう述べている。

「バブラム・ジに辞職撤回を求め一時間ほど話したが,彼は撤回に応じようとはしなかった。党議長のポストを提案してみたが,それでもバブラム・ジは私の提案を拒絶した。」(Telegraph,Jun30)

もともとプラチャンダとバタライはそれぞれ別の政党を率いていたのであり,両者の対立はマオイスト結成当時から続いてきた。マオイスト運動の宿痾とも言えるが,さりとて,もしプラチャンダがバタライ派を切り捨てると,マオイストは一気に弱体化する。一方,バタライ派も,分離独立するには力不足であり,リスクが大きすぎる。

結局,ekanitipur(Jul3)がいうように,副議長ではなく,党内序列第2位相当の別の役職をつくり,とりあえずそこにバタライを祭り上げるというのがプラチャンダにとって,またバタライ自身にとっても,良策ということになるであろう。

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 ■バブラム・バタライのフェイスブック

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/07/09 at 04:53

カテゴリー: マオイスト

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プラチャンダの「中国夢」絶賛と「3国協力」提唱

新華社ネット版(5月29日)が,プラチャンダUCPN-M議長の単独インタビューを掲載している。びっくり仰天! 手放しの中国礼賛。リップサービスはプラチャンダの特技とはいえ,本当に,こんなことを言ったのだろうか?

130603 ■習主席とプラチャンダ議長(新華社)

1.「中国夢」絶賛
記事によれば,プラチャンダは,「中国夢(チャイニーズドリーム)」を絶賛,ネパールはこれを支持し,分け持ち,もって国民的独立,政治的安定,経済的発展を図りたい,と語った。

「中国夢」は,習近平主席が掲げる政治スローガン。3月17日の全人代閉幕演説で,主席はこう訴えている。

「小康社会を全面的に完成させ、富強、民主、文明、調和の近代的社会主義国家を築く奮闘目標を実現し、中華民族の偉大な復興の中国の夢を実現するには、国家の富強、民族の振興、人民の幸福を実現しなければならない。とうとうたる時代の潮流に対し、人民大衆のより素晴らしい生活を送るという切なる期待に対し、われわれはわずかでも自己満足してはならず、わずかでも怠けてはならず、一層努力し、勇躍まい進し、中国の特色ある社会主義事業を引き続き前進させ、中華民族の偉大な復興という中国の夢を実現するため奮闘努力しなければならない。」(「第12期全人代第1回会議閉幕・習近平国家主席が演説」2013/03/17,中国大使館HP)

習主席の「中国夢」は,アメリカンドリームに対抗しようとするものらしいが,要するに「中華民族の偉大な復興」と「国家の富強」の情緒的訴えであり,大時代的なナショナリズム,大国主義的国家主義といわざるをえない。

この「中国夢」は,海で隔てられた「大国」日本にとってよりもむしろ地続きの小国ネパールにとって危険なはずだが,豪傑プラチャンダは,賞賛,絶賛の雨あられ,そんなことなど全く意に介さない。

「中国の指導者たちは,人民の期待を極めて科学的な方法で中国夢へと綜合し,人民に訴えかけてきた。」
「私の理解では,この中国夢は全世界人民の21世紀の夢である。」
「私の理解では,中国夢は人民の夢である。アメリカンドリームは,全世界人民の夢ではあり得ない。これに対し,中国夢は,世界の平和と安定を願う人民の夢を示すものである。」

プラチャンダは,この中国夢に習い,政治的安定と経済的発展という「ネパールの夢」の実現を図りたいという。まさに手放しの絶賛。いくら真っ先に招待され習主席とも会見させてもらうという破格の特別待遇を受けたとはいえ,これはいくらなんでも,ゴマのすりすぎではないだろうか?

2.「3国協力」提唱
しかも,新華社インタビューでは,プラチャンダは,対印関係についても,大胆なことを語っている。

プラチャンダによると,訪中後の訪印の直前,インド外相は「ネパール・インド・中国3国協力」への不同意を表明した。従来の印ネ2国協力を損なうという理由からだ。にもかかわらず,プラチャンダは,新華社インタビューで,こう語っている。

「3国協力は,戦略的な提案だ。インド側の考えでは,この提案の実行はまだ尚早だということだ。」
「3国協力になっても,2国協力は後退しない,と私はインドで説明した。」
「2国関係の前進によってのみ,3国協力の条件は整う,と私は説き続けるつもりだ。」
「中国とインドには,ネパールの繁栄と政治的安定のため,協力してネパールを支援していただきたい。」

この「ネパール・インド・中国3国協力」は,ネパールはインド勢力圏内という,これまでの地政学的大枠を根本から変える大胆な提案だ。新華社インタビューが,このプラチャンダ提案を大きく紹介するのは,当然といえよう。

3.ヒマラヤを越えるか?
プラチャンダの一連の発言は,リップサービス,放言の域を超えている。これまで中国をカードとして使いインドと対抗しようとしたネパールの指導者は,限度を超え対中接近しすぎると,ことごとく失脚し,ネパールはインド勢力圏内に引き戻された。中国に,本気でネパールに関与する意思がなかったからである。

今回はどうか? 現在,プラチャンダは,最大とはいえ,一政党の党首にすぎない。しかし,もし彼が“中国援助”による制憲議会選挙で勝利し,新体制の首相あるいは大統領になり,従来の地政学的枠組みを変えようとするなら,そのときどうなるか? 中国はヒマラヤを越えられるのか?

この観点からも,11月予定の制憲議会選挙は注目される。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/06/03 at 15:49

中国の対ネパール政策:消極的関与から積極的関与へ

1.対ネパール政策の転換
中国は,この数年で,対ネパール政策を大きく転換した。以前は,ネルー・周恩来合意により,ネパールはインド勢力圏内とされ,中国はチベットに重大な影響がないかぎりネパールに積極的には関与してこなかった。必要最低限度の消極的関与といってもよいだろう。

ところが,マオイスト人民戦争終結(2006年)の前後から,中国は対ネパール政策を転換,積極的に関与し,影響力の拡大を図り始めた。

 130530a ■中国大使館HP

2.駐ネパール中国大使の交代
中国の対ネ政策の転換は,駐ネ中国大使の交代からも見て取れる。

2008年11月着任の邱国洪大使(大阪総領事から転任)は,dnaindia(Mar18)によれば,ネパール国内のチベット解放運動への対応がまずく,任期途中で本国へ召還されてしまった。これに対し,2011年6月着任の楊厚蘭大使はチベット解放運動対策を評価され,中国にとってはより重要なミャンマーへ大使として栄転したという。

その後任として2013年2月に着任した現大使,呉春太(Wu Chuntai)氏は,その経歴からして,注目される。呉大使は,外務省に入り,トルコ,北アイルランド,香港勤務を経て外国安全局副局長(Deputy Director General of the Department of External Security)となる。主に情報対策,在外中国人保護,そしてチベット,新疆,台湾の安全保障を担当してきた。

この呉春太氏の大使任命は,ネパールにおけるチベット解放運動対策強化のためと見てよいであろう。

 130530 ■呉春太大使(中国大使館HP)

3.チベット解放運動取締り
呉大使は,着任後すぐ(3月11日),ヤダブ大統領と会見し,チベット解放運動規制の言質をとりつけた。

新華社(3月12日)によれば,ヤダブ大統領は「中国援助の継続を期待している」と述べ,「一つの中国政策を支持すると繰り返し,ネパール・中国国境の警備に万全を図る」と約束した。これに対し呉大使は,「われわれの重大国益へのネパールの支持を中国は高く評価し感謝する」と応えた。着任早々,大成果である。

3月15日には,ギミレ副首相(兼内相・外相)を訪問。ギミレ副首相は「われわれは一つの中国政策を支持しており,隣国への反対運動にわが国を利用させることはない」と呉大使に約束した。

プラチャンダUCPN-M議長とは4月18日に会見し,次のような発言を引き出した。「カトマンズのチベット難民のチベット解放運動を規制し,反中国運動をやめさせる。・・・・両国の安定と国民統合を,宗教の自由や人権の名をもって攻撃させはしない」(asianews, David Wood, contactmagazine, Apr23)。

4.親中派の育成
中国の積極的関与政策の遂行には,政官財学など,各界各層での親中国派の育成が不可欠となる。この戦略に沿って,呉大使は着任早々,精力的にネパール要人と接触している。一部紹介する。
 3月11日:ヤダブ大統領に信任状を提出し,会談 / MK・シュレスタ前副首相兼外相(UCPN副議長)と会談
 3月12日:プラチャンダUCPN議長と会談
 3月15日:ギミレ外相と会談 / カナルUML議長と会談
 3月28日:ネパール産業会議(CNI)出席
 3月29日:RC・ポウデルNC副党首と会談
 4月 3日:ネパール商工会議所(FNCCI)訪問
 4月11日:MK・ネパールUML幹部と会談
 4月12日:中国教育展出席。M・ポウデル教育大臣同席 / 中国研究センター訪問
 4月15日:カトマンズ大学孔子学院訪問
 4月22日:スシル・コイララNC議長と会談

他方,ネパール要人の中国招待も相次いでいる。
 4月14-20日:プラチャンダUCPN議長。習主席と会談(4月18日)
 6月4~9日頃:GS・ラナ軍総監(CoAS)
 6月第2週:カナルUML議長
 日程未定:スシル・コイララNC議長 / バブラム・バタライ前首相(UCPN副議長) / ヒシラ・ヤミUCPN中央委員

中国は,制憲議会選挙前にネパール要人を片っ端から招待し,親中派を育成し,選挙後の新体制への影響力拡大を狙っているのだ。

また,留学生受け入れも増大している。新華社(5月12日)によると,2012年度の中国受け入れ留学生32万人,そのうちネパール人は3千人(中国政府奨学生100人)だという。

中国政府は,ネパール人留学生をさらに増やすため,中国教育展なども開催している。この5月12日の教育展には,中国13大学が参加し,開会式には呉大使とM・ポウデル教育大臣が出席した。

中国政府は,カトマンズ大学に孔子学院を開設し,また中国語教師を多数派遣するなど,明確な戦略に基づき,教育文化外交を展開している。その結果,ネパール人学生の関心は,これまでのインド留学から中国留学へとシフトし始めたという(Rajesh Joshi, BBC Asia, May8)。

5.開発援助の2目的
中国は,すでにネパール開発援助を激増させている。
 ・西セティ(750MW)事業,2012年契約
 ・上部タマコシ事業(456MW)
 ・アルニコ道路(カトマンズ―コダリ)改良事業
 ・Shaphrubesi-Kerng改良事業(10年で完成予定)
 ・他に,ポカラ空港,カトマンズ環状道路,カトマンズ―Chakrapath道路など,進行中,計画中のものがいくつもある。

こうした対ネ開発援助の最大の目的は,いうまでもなくチベット対策である。The Times of India(May12)によれば,中国大使館員はフムラ,ムスタンなど,北部国境地域を定期的に訪れ,治安調査をし,地方当局との関係強化を図っている。北部15郡への援助を増やし,特に警察署の改善・強化を支援しているという。

対ネ開発援助のもう一つの狙いは,南アジアへの南下の通路とすること。このことは,中国がチベット―ネパール間の道路・鉄道建設に繰り返し言及していることを見ても明らかだ。たとえば,呉大使もカナルUML議長との会談の際(3月15日),鉄道のネパール延伸を打診している。

6.ネパールの4Sとプラチャンダ
こうした中国のネパール関与において重要な役割を果たしていると思われるのが,プラチャンダUCPN議長だ。

呉大使は,ネパールの4Sをあちこちで称賛している。Smile(笑顔),Sun(美しい自然),Sagarmatha(エベレスト),Siddhartha Gautam(仏陀)。(サガルマータを省き,3Sとされるときもある。)孔子学院では,「ネパール=中国観光交流計画」に触れ,「中国政府はネパールの観光インフラ整備に関心を持っている」とし,特にポカラとルンビニの観光開発の重要性を指摘した。PATA Nepalは,2015年の中国人観光客を21万5千人と見込んでいる。

中国のネパール観光開発は本気であり,もしそうだとすると,プラチャンダの「ルンビニ大開発」も単なるホラ話ではないことになる。ルンビニ国際空港が建設され,鉄道でラサ―カトマンズ―ルンビニが直結されることになるかもしれない。

プラチャンダは,アジア太平洋交流協力基金(APECF)の副議長(副代表)だ。議長(代表)のXiao Wunan氏は,習主席に近い人物といわれている。ルンビニ大開発には,仏教徒を取り込み,チベット解放運動に対抗させる狙いも見え隠れする。

Dnaindia(May18)は,こう書いている。「特にプラチャンダUCPN-M議長の政治力増大とともに,中国の影響力はネパール中に急拡大してきた。」

――以上の議論は,インド・西洋の情報源もあり,偏りがあるかもしれないが,それでも中国の対ネパール政策が積極的関与へと変化してきたことはまず間違いないと見てよいであろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/05/30 at 23:50

中印覇権競争とプラチャンダ外交(5)

7.プラチャンダの訪印
プラチャンダは,中国からの帰国1週間後,今度は訪印し,マンモハン・シン首相ら要人と会談した。中国優先や「3国協定」提案は不快なはずなのに,インドもやはりプラチャンダを招待した方が得策だと考えたのだ。

130511a ■シン首相Twitter

(1)印の民主化要求に応えたマオイスト
インドはこれまで,ことあるごとにネパールに介入してきた。P.ジャー(The Hindu, Apr30)によれば,2010年8月,シン首相は特使をカトマンズに送り,プラチャンダにこう伝えたという。

「強制力を持つ革命勢力のままでいるか,それとも多党制民主主義の規範に従う市民的政党となるか。選択せよ。」

そして,プラチャンダがヘトウダ党大会においてこの要求に従ったので,インドは彼の訪問を受け容れたのだという。

プラチャンダ訪印は,「ネパール・マオイストの党改革のニューデリーによる承認」であり,またインドが「ネパール政治の中心にいるダハールを敵視し続けるコストを重視した」ためでもあった(ekantipur, Apr25)。

KB.マハラもこう述べている。「インドの指導者や高官らは,先の党大会での決定を高く評価している。われわれへのインドの見方が好転したことを,はっきり感じることができる。」(ekantipur, Apr30)

Shyam Saran国家安全保障諮問委員会議長代行によれば,「ネパールは,移行を成功させるため,ダハールのような指導力と判断力を兼備した人物を必要としている。」(ekantipur, Apr30)

(2)3国協定の提案
プラチャンダは,シン首相との会談において,経済開発や制憲議会選挙への援助を要請した。そして,「ネパール=インド=中国3国協定(Nepal-India-China tripartite cooperation)」も提案した。インドとしては,不快なはずなのに,これも頭から拒否されることはなかった。

(3)訪印の「成功」
以上を根拠に,プラチャンダは,インドからも「高レベル政治委員会議長としてだけでなく,ネパール代表として,私は招待された」(Republica, May1)と述べ,訪印は大成功だったと自画自賛した。

むろん,これはプラチャンダの言い分であり,訪印がどこまで成功したかは,まだよくわからない。ただ,「インド膨張主義」をネパール人民の敵として闘ってきたマオイストが,ヘトウダ党大会で「議会制民主主義政党」に衣替えし,プラチャンダの下で「資本主義革命」と「3国協定」を目指すことを少なくとも表面的には認めさせたのだから,その限りでは成功といってもよいであろう。

8.中印介入の危険性
しかし,こうした中印両国を両天秤に掛けるようなプラチャンダ外交が,本当に成功するだろうか? 歴代国王は,それを試み,その都度,潰され,インド従属からの脱却はならなかった。その後,地政学的情況が大きく変化し,中国の影響力が拡大,中印バランス外交を以前よりはやりやすくなったが,その代わり,今度は,下手をすると,国内が親中派,親印派に分裂し,代理戦争を始めることになりかねない。

最大の懸念は,いうまでもなく連邦制。インドは,ネパールの連邦制化を支持し,言語州にするよう働きかけている(The Hindu, Oct5,2012)。もちろん,タライのことを考えてだ。

これに対し中国は,連邦制に反対。特に民族州とすると,北部が小民族州に分裂し,バルカン化し,チベットに波及する。しかも,中国は,民族州連邦制の背後には西洋諸国がいると考えている。中国にとっては,インド以上にやっかいな勢力だ。

そこで中国は,コングレスにも働きかけ,単一制国家への復帰,それが無理なら領域的連邦制とし、北部はごく少数の大領域州とすることを要求している(The Hindu, Oct5,2012)。People’s Review(Apr25)は,中国のプラチャンダ招待の理由は,民族連邦制反対に転向させるためだ,などといったうがった見方さえしている。

小国は,いずれかの大国の勢力圏に入ってしまうか,さもなければ大国間バランス外交の道を取らざるをえない。プラチャンダは,どうやらネパールを前者(印従属)から後者に移行させようとしているようだ。たしかに,ネパールをめぐる中印関係は,流動化し始めた。プラチャンダは,その流れに乗ろうとしているようだが,果たしてうまくいくのか? 先行きはまったく読めない。

9.国益のための援助と戦略思考
今回,プラチャンダは中印に援助協力を要請したが,これまでの先進諸国によるネパール援助は,開発援助にせよ民主化支援にせよ,うまくいってはいない。カネの無駄使いだ,いやそれどころかネパールを腐敗・堕落させるだけだ,といった非難さえしばしば聞かれる。私も,それに近いことを書いたことがある。しかし,そもそも外国援助の第一の目的は援助国側の国益確保である,という基本的事実を忘れてはならないだろう。

たとえば,もしいま西側がネパール開発援助から手を引けば,その穴は中国が埋める。インドが,はらわたが煮えかえっても,天敵プラチャンダ訪問を表面上は歓迎し,開発援助を約束せざるをえないのは,そのためだ。

いやそれどころか,もし西側が民主化支援や選挙支援をやめれば,その穴も中国が埋める。プラチャンダは,それらの支援も中国に要請しているのだ。もしネパールの制憲議会選挙が中国援助で実施され,中国支援で新憲法が制定され,中国支援で立法・行政・司法制度が整備されていったら,どうなるか?

だから,インドは,米帝の手先の膨張主義者といくら悪口を言われようが,選挙支援も民主化支援も,やめられないのだ。

援助は自国の国益のためと割り切るとして,さて日本はネパールにおいて,どのような日本国益の確保を目指すのか? 日本の戦略的思考力が試されている。

130511b ■日印関係も緊密化(シン首相Twitter)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/05/11 at 10:02

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