ネパール評論 Nepal Review

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戦時犯罪裁判要求,プラチャンダ首相の覚悟は?(3)

3.父母のハンスト闘争
(1)ハンスト闘争へ
クリシュナを虐殺されたアディカリ一家は,警察に捜査を求め,容疑者を告発していった。主な容疑者は,後日告発も含め,以下の通り(*3,*20)。
 Chhabilal Poudel, 55, Fujel, Gorkha
 Januka Poudel(マオイスト女性リーダーでバブラム・バタライの妻ヒシラ・ヤミの側近)
 Meghnath Poudel, 57, Fujel, Gorkha
 Bishnu Tiwari, 40, Fujel, Gorkha
 Subhadra Tiwari, 48, Fujel, Gorkha
 Sita Adhikary, 30, Fujel, Gorkha
 Kali Prasad Adhikary, 50, Fujel, Gorkha
 Himlal Adhikary, 34, Fujel, Gorkha (Kali’s son)
 Ram Prasad Adhikary, 27, Fujel, Gorkha (Kali’s son)
 Ram Prasad Adhikary, 30, Fujel, Gorkha
 Bhimsen Poudel, 30, Ratnanagar Municiplaity, Chitwan
 Parashuram Poudel a.k.a. Ajib, 35, Bharatpur Municipality
 Baburam Adhikari
 Shiva Prasad Adhikari
 Rudra Acharya(英国在住)

政府は,父母の訴えを受け捜査に着手したものの,進展はせず,結論はずるずる先延ばしにされた。それどころか,マオイスト議長のプラチャンダが首相になると(在職2008年8月15日‐2009年5月4日),紛争関係被害の訴えをすべて棄却させてしまった(*2,*3)。また,後日首相(在職2011年8月29日‐2013年3月14日)になるバブラム・バタライも,捜査や裁判に繰り返し介入し圧力をかけた(*5,*6)。

そこで父母は2013年1月,カトマンズに移り,首相官邸前で息子殺害犯の裁判を求め,ハンストを始めた(当時の首相はバブラム・バタライ)。これに対し,政府は警察を動員し,父母を署に連行,拘置した。しかし,何回排除されてもハンストをやめないので,警察は父母を無理やりジープに乗せ,ゴルカに連れ戻した。あるいは,2013年6月には父母を精神病院に強制入院させたが,医師は異常なしと診断,40日後,父母は退院した(*2,*5)。

この間,マオイスト中央執行委員会は,政府に対し「真実和解委員会」の設置を要求し,紛争時諸事件を蒸し返すのは「包括和平協定」に違反すると非難した。またプラチャンダは,政府がクリシュナ虐殺事件を利用しプラチャンダとバブラムを逮捕しようとしているとして,政府を攻撃したという(*2)。

▼Sam Zarifi(ICJ) 「アディカリ夫婦は,マオイストや政府部隊の暴力行為による被害の救済を求める何千人もの人々の象徴である。」(*6)

(2)父のハンスト死
このようにして父母は不屈のハンスト闘争を繰り返してきたが,2014年9月22日,父ナンダが11か月に及ぶハンストの末,骨と皮になり,ビル病院で衰弱死した。52歳。

父ナンダのこのハンスト死は,衝撃的であった。
▼Brad Adams(Human Rights Watch’s Asia Division) 「ナンダ・プラサド・アディカリの死は,ネパールの紛争期犯罪に対する和解や補償の取り組みの欠陥を明るみに出した。」(*6)
▼カナク・マニ・デグジト 「われわれは,ナンダ・プラサドの命を救うため出来る限りの努力をした。彼は,正義を求めて闘い,そして命を失ったのだ。」(*4)
▼Damakant Jayshi  「ナンダ・プラサド・アディカリは,2004年にマオイストに虐殺されたとされる息子のため裁判を求め,決死のハンストを断行し,死んだのではない。かれは,過去を葬り去ろうとする非情な国家と諸政党により虐殺されたのである。」(*5)

(3)母のハンスト闘争
母ガンガは,父(夫)ナンダがハンスト死しても,正義への訴えを決してあきらめなかった。ガンガは,息子殺害責任者が法により裁かれ正義が実現するまでは葬儀はできないとして,父ナンダの遺体の引き取りを拒否,そのため遺体はいまでもビル病院遺体安置所にそのまま保管されている。

2014年10月,母ガンガは政府と10項目合意を取り交わし,息子殺害事件の捜査促進を約束させた。その結果,2015年12月には,最高裁がチトワン郡の関係機関に容疑者の取り調べを命令した。

しかしながら,政府や関係諸機関は,またしても実際には捜査・取り調べに真剣に取り組まず,はぐらかし,先送りを始めた。

そこで母ガンガは,再び首相に就任したプラチャンダ首相(マオイスト)にたいし,息子殺害責任者の裁判の実現を求め,2016年8月11日から,6回目のハンストに入ったのである(*27)。

今回の母ガンガのハンストは,先述のように,水も食塩水も拒否する文字通りの決死のハンストである。残された時間は長くはない。

160819■ハンスト中のガンガ:8月11日(INSECOnline)

4.移行期正義の試練
プラチャンダ首相は,母ガンガの突きつける移行期正義の問題から,今度こそ目を逸らすことができないかもしれない。

移行期正義は,プラチャンダ首相自身にとっても,極めて微妙な難しい問題である。政権交代に至るこの数か月,連立相手をUMLからNCに乗り換えようとしていたマオイストに対し,UMLは,プラチャンダや他のマオイストを戦時犯罪容疑で逮捕投獄する策を練っていたとされる(*27)。真偽は定かではないが,以前にも同じような謀略はあったのであり,まったく根も葉もない話ではない。

このように,母ガンガがいま突きつけている移行期正義は,プラチャンダ首相自身の政治生命にもかかわりかねない重要問題である。プラチャンダ首相は,就任早々,大きな試練に直面しているといえよう。

[2013]
*1 Killers Roam Free in Nepal, http://www.ipsnews.net/2013/09/
*2 KRISHNA ADHIKARI, Advocacy Forum[AF], Sep. 2013
[[2014]
*3 Death of justice, Nepali Times, September 22nd, 2014
*4 NANDA PRASAD ADHIKARI: Justice Denied, After 329 days of hunger strike, Nanda Prasad Adhikari died at Bir Hospital, Spotlight, Vol: 08 No. 8 September. 26- 2014
*5 The sad saga of the Adhikari family, It was murder, not a fast-unto-death, Nepali Times 26 Sep – 2 Oct 2014 #726
*6 Nepal: Adhikari Death Highlights Injustice; Investigate, Prosecute Conflict-Era Crimes, https://www.hrw.org/news/2014/09/26/nepal-adhikari-death-highlights-injustice
*7 Govt urges Ganga Maya to end hunger strike, Ekantipur, Oct 15, 2014
*8 The Resident Coordinator of the United Nations in Nepal, Jamie McGoldrick expressed his concern for the life of Ganga Maya Adhikari, Press Statement–16 October 2014, UNITED NATIONS
*9 Gana Maya ends hunger strike, Ekantipur Report, Oct 18, 2014
[2015]
*10 Ganga Maya gets Rs 2m in relief, Kathmandu Post, Feb 16, 2015
*11 Govt to release relief fund to Ganga Maya, Kathmandu Post, Mar 9, 2015
*12 Save Ganga Maya’s life: Rights activists, The Himalayan Times, June 16, 2015
*13 Ganga Maya files RTI application at Nepal Police Headquarters, The Himalayan Times, June 17, 2015
*14 Address Ganga Maya’s demand: Rights activists, The Himalayan Times, June 22, 2015
*15 Nepal Police replies to Ganga Maya Adhikari, The Himalayan Times, June 27, 2015
*16 Adhikari murder case in apex court, Kathmandu Post, Jul 3, 2015
*17 INSEC: Supreme Court orders judicial remand for accused murderer of Krishna Adhikari, Dec 21 2015, https://nepalmonitor.org/reports/view/8622
[2016]
*18 12 human rights activists briefly detained, The Himalayan Times, February 19, 2016
*19 She believes that Chabilal Paudel is under protection of the Home Minister himself, http://www.southasia.com.au/2016/03/03/
*20 NEPAL: State silence on Ganga Maya Adhikari screams murder (Press Release: Asian Human Rights Commission), Saturday, 9 July 2016
*21 Ganga Maya’s wait for justice continues, The Himalayan Times, July 18, 2016
*22 Ganga Maya Adhikari serves 5-day ultimatum to Dahal govt, warns of hunger strike, The Himalayan Times, August 05, 2016
*23 PARLIAMENTARY PANEL VISITS GANGA MAYA, REPUBLICA, 08 Apr 2016
*24 Ganga Maya Adhikari begins fast-unto-death again, The Himalayan Times, August 11, 2016
*25 INSEC news, August 11, 2016
*26 Gangamaya resumes fast-onto-death; keeps herself away from saline, medicine, Kathmandu Post, Aug 11, 2016
*27 Do or die, Nepali Times, August 12th, 2016
*28 Activists continue Save Ganga Maya campaign, The Himalayan Times, August 15, 2016
*29 NHRC asks govt to address Ganga Maya’s demands, Kathmandu Post, Aug 15, 2016
*30 No govt support for probing conflict-era cases: TRC chair, Republica, August 15, 2016
*31 A conflict-era ‘bourgeois’ teacher victim, Republica, August 15, 2016

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/08/19 at 09:54

戦時犯罪裁判要求,プラチャンダ首相の覚悟は?(2)

2.クリシュナ・プラサド・アディカリ虐殺事件
母ガンガ・マヤ・アディカリの息子クリシュナ・プラサドは,父ナンダ・プラサドら家族とともに,ゴルカ郡プジェルに住んでいた。

ところが,2004年6月6日(4日?),チトワン郡バクラハル・チョークでクリシュナが殺されているのが発見された。SLCを終えチトワンの親戚を訪れた彼を,マオイストが警察スパイと疑い,拉致して暴行し,バイクにロープでつないで引き回し,バクラハル・チョークの木の幹に縛り付け,銃撃して殺したとされる(*2)。あるいは,マオイストがクリシュナを警察スパイと疑い,ゴルカからチトワンに連行して虐殺した,という報道もある(*3)。

しかしながら,父ナンダは,息子殺害には別の理由があったと考える。そのころ,ナンダ一家は所有地をめぐり親戚と争っていた。この親戚は,マオイスト支配下の「村政府」にナンダを訴えており,これが息子殺害の背後にある,より深い理由だというのである(*5)。

2004年6月のクリシュナ虐殺事件の大枠が,もし以上のようなものなら,これは人民戦争期の戦時犯罪の典型と見ることが出来る。
 (1)ゴルカは,マオイストのナンバーツーの実力者だったバブラム・バタライの地元であり,人民戦争の中心地のひとつ。
 (2)チトワンは,マオイスト指導者プラチャンダの地元であり,襲撃や紛争多発。
 (3)私的な財産争いとマオイスト政治闘争との連動。あるいは,私的な財産争いにマオイストを利用,またはマオイストが私的な財産争いに介入し利用。

クリシュナ・アディカリは,プラチャンダの地元チトワンで「警察スパイ」として「処刑」され,残された家族はバブラムの地元ゴルカでマオイストの敵とみなされ,糾弾され始めた。皆殺しの脅迫さえあったという(*3)。

160818 ■ゴルカとチトワン(○印)(Google)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/08/18 at 10:57

戦時犯罪裁判要求,プラチャンダ首相の覚悟は?(1)

人民戦争(1996-2006)においては,政府とマオイストが,双方の戦闘員だけでなく,関係者や一般住民に対しても,さまざまな人権侵害を繰り返した。拷問,虐殺,性的暴行,拉致,強制失踪,財産強奪など。これらの戦時犯罪をどう裁き,被害をどう償うかが,この8月4日発足のコングレス=マオイスト連立政権にとって,とりわけプラチャンダ首相(マオイスト)にとっては,もはや先送りできない重要課題として急浮上してきた。

1.法的正義のための決死のハンスト: ガンガ・マヤ・アディカリ
直接のきっかけは,人民戦争末期の2004年に息子を殺害されたガンガ・マヤ・アディカリさんの訴え。ガンガさんは,夫とともに,息子殺害容疑者の取り調べと裁判(法的正義実現)を政府関係機関に繰り返し求めてきたが,そのつど容疑者側に妨害され,いまだ十分な捜査も裁判も行われていない。

そこでガンガさんは,8月4日就任のプラチャンダ首相に対し,息子殺害事件の裁判につき,8月11日までに政府としての回答を出すことを要求したのである。

このガンガさんの要求に対して,プラチャンダ首相は満足できる対応をしなかった。そこでガンガさんは,要求実現まで一滴の水も食塩水も摂らないと宣言し,文字通りの決死のハンストに入った。

法的正義を求めるガンガさんのハンストは,大きな共感を呼び,人権活動家らが支援活動を繰り広げ,8月14日には首相官邸前の座り込みを警察が強制排除する事態となっている。

ガンガさんは,数年にわたり夫とともにハンストを繰り返してきた。夫は2014年9月,ハンストでやつれ,骨と皮になり,死亡した。今回のガンガさんのハンストも,決死の覚悟。関係者にとって,もはや言い逃れ,先送りは許されないだろう。プラチャンダ首相の覚悟が試されている。

▼NHRCのガンガ支援アピール(同FB,8月15日)
160816

*“Activists continue Save Ganga Maya campaign,” Himalayan Times, August 15, 2016
*”NHRC asks govt to address Ganga Maya’s demands,” Kathmandu Post, 15-08-2016

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/08/16 at 11:07

元ゲリラ訴えるならプラチャンダを投獄せよ

UCPN-Mを中心とするマオイスト系5党が5月13日,カトマンズの「ラストリヤ・サバグリハ」で集会を開き,プラチャンダ議長らが,内外の人権団体・人権活動家による「9項目合意」批判を,激しく非難した(Republica, 13 May)。

プラチャンダUCPN議長
「マオイスト戦闘員を,包括和平協定の精神を無視して訴えるつもりなら,その前に私とSB・デウバを投獄せよ。そのころ,私はマオイスト戦闘員の司令官だったし,デウバは首相だったのだから。」

モハン・バイダCPN-R議長
「蜂起にかかわる訴訟は取り下げられるべきだ。それには,主要諸党のコンセンサスに基づく政治的合意が必要だ。」

ムクティ・プラダン(Naya Shakti:党首=バブラム・バタライ)
人権活動家は,蜂起期の争いをことさら政治化している。

みな言っていることは同じだが,ダントツでかっこよいのは,やはりプラチャンダ演説。内容の良し悪しは別として,その場の空気を読み,すばやく期待にこたえられるのが,プラチャンダ。天性のアジ演説家だ。

この日(5月13日),最高裁は,「9項目合意」を違法とする訴えを,それは政治的文書であるとの理由で,棄却した。プラヤンダの勝利。この勢いに乗り,予算成立後,プラチャンダが首相復帰となるのだろうか? 

160514a 160514
 ■プラチャンダ議長(議長FB)/ラストリヤ・サバグリハ(カトマンズ市HP)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/05/14 at 11:47

マイナリ副首相「タライ併合」発言に,インド激怒

1.印大使館プレスリリース
CP・マイナリ副首相兼女性・子供・社会福祉大臣(ネパール共産党マルクス・レーニン派)の発言に,インドが激怒,在ネ印大使館が非難声明を発表した。

インド大使館プレスリリース(2015年11月8日, 印大使館HP)[要旨]
当大使館は,CP・マイナリ副首相が2015年11月7日,カトマンズの記者クラブで行ったインドに関する発言につき,強く非難する。副首相発言は,根拠のない悪意に満ちたものであり,ネパールが直面している真の問題から目を逸らさせるものである。

インドの願いは,ネパールの平和,安定,繁栄のみ。インドは,ネパールの内政問題が政治的対話と和解により解決されることを願っている。そのためのあらゆる努力を,インドは支援する。

2.マイナリ副首相のインド非難発言
インドをこれほど怒らせたのは,カトマンズ記者クラブでのマイナリ副首相の11月7日の発言。「カトマンズポスト」(11月7日)が伝えた。

インドの狙いは封鎖によるタライ併合:マイナリ副首相(Kathmandu Post, 7 Nov)[要旨]
CP・マイナリ副首相は,インドによる非公式封鎖はネパールを解体しインド領に併合するための第一歩だ,と主張した。

マイナリ副首相は,タライ地方分割に関するRK・ヤダブ前研究分析局(RAW)局長の主張について,インドは釈明していない,と語った。インデラ・ガンディー首相のときRAW局長だったヤダブは,その著書において,インドはタライ地方の分離を計画していた,と述べている。インドは,封鎖によりその計画をいま実行しつつある,とマイナリ副首相は主張した。

マイナリ副首相はまた,マデッシュ州要求には,どのような犠牲を払おうが応じられない,と語った。要求されているカイラリ,カンチャンプル,スンサリ,モラン,ジャパの諸郡は,マデシュ州には含めない,と彼は語った。

このカトマンズポスト記事は,マイナリ副首相発言の直接引用ではないが,他紙も報道しており,ほぼこの趣旨の発言があったのだろう。

インド国境沿いのタライ・マデッシュ地方の分割・インド併合は,巷ではしばしば議論されているが,副首相が記者会見で述べたとなると,インドとしては見過ごすわけにはいかなかったに違いない。

 151109c151109b
 ■マイナリ副首相とタライ分割6州案(同氏FB,2013年10月14日)

3.プラチャンダ議長の反印プロパガンダ
オリ政権は,前回も述べたように,反印ナショナリストと見られている。オリ首相は,「もしインドがネパールを支配しようとするなら,われわれは戦う覚悟をすべきだ」などと発言しているし,またオリ政権を生み出し支えているUCPNのプラチャンダ議長も,「非公式封鎖」には立ち上がる用意ができていると述べている。

このうち,特にプラチャンダ議長は,マオイスト人民戦争を勝利に導いた勇敢な英雄であり,あけっぴろげの庶民受けする雄弁家でもあり,影響力が強い。その彼が,「ニルマル・ラマ記念アカデミー」総会(11月8日)において,次のように述べている。

「ネパールの人々は,飢えに苦しめられ,交通手段を奪われ,燃料ガスもない。医薬供給がなく,死ななければならない。すべて,ネパールが自ら憲法を制定公布したからなのか? 隣国は,これに対し,どのような態度をとっているのか? この非人道的な国境封鎖の背後には,どのような理由があるのか?」

 130603■習主席とプラチャンダ議長(新華社)

4.反印プロパガンダの甘えは許されるか?
ネパールには,以前から強い反印感情があり,激しいインド非難もことあるごとに繰り返されてきた。いわば,慣れっこ。

しかし,ネパールの情況は,ネパールの民主化と中国の接近により,以前とは大きく変化してきた。これまでのように,内政に問題があれば,インドを悪者に仕立て不満を外に逸らす,あるいは保護国の悪口を言いつつ保護国に依存する,といった甘えの手法は,もはや通用しなくなりつつあるのではないだろうか? このことについては,次回,検討してみることにする。

 151027■S.H. Shrestha, Nepal in Maps, 2005, p.99

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/11/09 at 18:22

憲法骨格案も課題一覧も作成できず,CPDCC

「憲法に関する政治的対話と合意形成委員会(CPDCC)」(バブラム・バタライ議長=UCPN)は,憲法骨格案を10月16日までに,それができない場合は,投票用課題一覧を17日までに,制憲議会に提出することになっていたが,なんと驚くなかれ,バブラムCPDCC議長は,そのいずれもしなかった,いやできなかった。ネパールでは,紛糾すればするほど,合意形成機関の名前が長~くなり,合意形成期間も長~くなる。(参照:憲法基本合意,また延期

141021 ■バブラム・バラライTwitter

バブラムCPDCC議長は,議会への答申の代わりに,最後の「最後の話し合い」を求め,その結果,今日10月21日と明日22日に,それが行われることになった。コイララ首相と主要3党代表の出席が要請されている。

一方,制憲議会「憲法起草委員会」のクリシュナ・シタウラ議長(NC)は,憲法起草には最低1か月はかかるので,憲法骨格案の答申が11月1日までになければ,1月22日の憲法制定・公布には間に合わない,と警告している。

10月21~22日の最後の「最後の話し合い」がどうなるか予断を許さないが,現在のところ,CPDCC答申が11月1日までまたまた延期される可能性が高い。

それでも答申がない場合はどうするか? NCとUMLは,連邦制,政府形態,司法,選挙制度など,意見の分かれる部分については議会での投票採決を主張している。議会多数を制しているから,当然といえよう。

これに対し,マオイスト(UCPN-M)を中心とする22党連合は,「12項目合意(2005)」などを引き合いに出し猛反対,投票に持ち込めば,街頭に出て実力阻止を図る構えだ。

この点については,すでに指摘したように,合意形成も投票採決も実際には困難な状況だ。(参照:憲法基本合意,また延期

そこで再び注目され始めたのが,10月8日復活した立憲政府の上の政治的「政府」たる「高次政治委員会(HLPC)」(プラチャンダ議長=UCPN)。議会内の正規手続きでは決着をみなければ,結局,議会外の主要諸勢力の手打ちで政治的打開を図る。豪傑プラチャンダならやれそうな気もするが,たとえ成功しても,それは一時的で,民族アイデンティティ政治をいつまでも封じ込めるのは無理だろう。

結局,憲法制定・公布をまたまた延期し現状維持を策すのが,最も現実的な解決策ということになりかねない。厄介なことだ。

* Cf. Kathmandu Post & Nepalnews.com,19 Oct; Ekantipur & Republica,20 Oct.

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/10/21 at 11:34

制憲議会選挙2013(34):小選挙区制

小選挙区制(पहिलो हुऩे निर्वाचित हुने निर्वाचन प्रणली)は,定数240。立候補は2選挙区まで可能。もし2選挙区とも当選の場合は,開票結果発表後30日以内に,いずれか一方の選挙区の当選辞退届を制憲議会議長に提出する。その結果,欠員となった選挙区は,補欠選挙を実施する[第5条(2)]

今回,2選挙区立候補が何人いたかは調査していないが,2選挙区当選による補欠選挙は4選挙区ある。UML,NC各2名で,いずれも幹部らしい。

この2選挙区当選者の一人が,UMLのMK・ネパール。カトマンズ2区ではNCとマオイストに圧勝し,ラウタート1区では3百票あまりの僅差でAK・グプタ(MJF-D)に辛勝した。ネパールは,これら2選挙区のうち,地元重視を理由に,ラウタート1区を選択,その結果,カトマンズ2区は補欠選挙となった。圧倒的多数で支持したカトマンズ2区の有権者からすれば,あの選挙はいったい何だったのか,バカにするな,といったところだろう。

これと対照的なのが,マオイストのプラチャンダ議長。カトマンズ10区では,NCのRK・ケーシーとUMLのS・マナンダルにまさかの惨敗,第3位に甘んじた。もう一つの立候補選挙区シラハ5区では,UMLのLN・シュレスタに9百票あまりの僅差で辛勝,かろうじて議席を確保した。この場合,シラハ5区は滑り止めといったところ。

この2選挙区立候補制は,いったい何の目的で採用されたのだろう? 建前はいざ知らず,実際には,各党有力者がメンツとして首都カトマンズで立候補し,同時に,万が一の保険として地方選挙区にも立候補するため利用されているとしか思えない。プラチャンダがその好例。こんな不透明な制度は廃止した方がよいのではないか?

もう一つ,小選挙区制で注目すべきは,各政党は包摂原理(समावेशी सिद्धान्त)を考慮して候補者を選考せよ,と規定されていること[5(3)]。しかし,これは「考慮(ध्यान दिनु)」せよということであり,比例制の場合とは異なり,厳密には法的拘束力はないと見るべきだろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/02/03 at 21:47

カテゴリー: 選挙, 政党

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