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絞首刑を煽るインド民主主義:A.ロイ(3)

3.国会議事堂襲撃事件の構図
インド国会議事堂襲撃事件は,「米国同時多発テロ(2001.9.11)」後の対テロ戦争の異様な高揚の只中で発生した。この事件は日本でも報道され,朝日新聞(12月14~30日)によれば,2001年12月13日午前11時45分頃,武装集団5人(又は6人)が議事堂に車で乗りつけ,警備員らに小銃を乱射,手榴弾を投げ,一人が自爆した。銃撃は約40分間続き,その数時間後,持ち込まれた爆弾が爆発したという。襲撃犯5人は射殺された。(1人が自爆なら射殺は4人,また6人侵入なら1人は逃亡ということになるが。)

翌日の14日,シン外相は,襲撃はラシュカレ・トイバ(カシミール反政府組織)によるものだと語り,16日にはニューデリー警察が記者会見し,射殺された5人はパキスタン人であり,逮捕したデリー大学講師ら4人の取り調べの結果,ISI(パキスタン国防省統合情報局)の関与が疑われると発表した。19日には,バジパイ首相が国会において,「襲撃犯5人はいずれもパキスタン人であり,同国の過激派組織の関与は明白」とのべ,外交的手段以外の「他の選択肢もあり得る」と宣言した。

20日付朝日記事は,「インド国会議事堂を13日白昼襲撃した犯人5人は,パキスタン領カシミールを活動拠点とするイスラム過激組織『ラシュカレ・トイバ』と『ジャイシェ・モハメド』のメンバー」と断定しているが,これもインドの当局やマスコミ報道によるものだろう。

こうして印パ関係は一気に険悪化し,インドは駐パキスタン大使を召還する一方,カシミールや他の印パ国境付近に軍隊を移動させた。カシミールでは両軍が衝突し,19日以降,双方に数名の死者と多数の負傷者が出た。インドはミサイルも配備,一触即発,核戦争さえ勃発しかねない緊迫した状況になった。この危機に対し,アフガンでの対テロ作戦の障害になることを怖れたアメリカが調停に入り,またパキスタンも比較的抑制的な態度をとったこともあり,本格的な軍事衝突となることは免れた。しかし,危機一髪であったことはまちがいない。

この事件の構図は,警察・政府・マスコミによれば,単純明快である。しかし,これほどの重大事件であるにもかかわらず,いやまさに重大事件であるからこそ,その明白とみられている構図そのものの信憑性を,もう一度,最初から検証してみる必要がある。たしかに,警察・政府・マスコミ発表の構図を信じるなら,すべてがきれいに説明できる。いや,できすぎるくらいだ。ところが,具体的な事実を細かく検証していくと,合理的に説明できないことがいくつも見つかり,全体の構図そのものが怪しくなる。

こうしたことは,重大な政治的事件の場合には,決して少なくない。有名なのは,「ケネディ暗殺事件(1963年)」。公式発表ではオズワルドの犯行とされているが,これを疑う人は少なくない。マフィア説,産軍複合体説,CIA説など,いくつか有力な説があり,たとえば「JFK(2001年制作)」も,映画にはちがいないが,相当の説得力がある。あるいは,ネパールの「王族殺害事件(2001年)」も,政府発表では事件3日後に死亡したディペンドラ皇太子の犯行とされているが,あまりにも不自然であり,不可解な点が多く,この発表をそのまま信じる人は多くはない。秘密機関陰謀説,王室内あるいは軍のクーデター説など,いまも繰り返し蒸し返されている。

インド国会議事堂襲撃事件も,きわめて政治的な事件であり,警察や政府発表をそのまま信じることは,危険である。イスラム過激派集団のテロという,世論を動員しやすい構図に合わせ,アフザルら4人が逮捕され,「自白」が引き出されたのかもしれないからである。ロイが問題にするのは,まさにこの点である。それは,もしこの事件が何らかの政治的意図によるフレームアップであったとすれば,背後にいるであろう闇の権力にとっては,到底,放置できない危険な議論ということになりかねない。

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  ■インド国会議事堂(2010.3.9)

谷川昌幸(C)

絞首刑を煽るインド民主主義:A.ロイ(2)

2.インド憲法と絞首刑
インド憲法では,死刑は禁止されていない。

第21条 何人も,法の定める手続きによらなければ,その生命または人身の自由を奪われない。

この第21条の規定は,法に定めさえすれば,あるいは「適正手続き」によりさえすれば,死刑は認められるという意味である。さらに,通説によれば,死刑は第14条(法の前の平等)や第19条(自由)の権利規定にも反しない。いや,それどころか,最高裁は,その判決において,しばしば,死刑確定後の執行の先送りは,第21条の規定に反する,とさえ判示してきた*。
 * B.K. Sharma, Introduction to the Constitution of India, Prentice-Hall of India, 2002, pp.88-89.

また,絞首刑も,最高裁判示(1983年など)により,残虐な死刑執行方法ではなく,合憲とされている。

むろん,死刑は極刑であり,最高裁も「もっとも限定的な場合(the rarest of rare cases)」にのみ適用されると判示している。たとえば,残虐非道な強盗殺人,国民(国家)にたいする戦争(テロ)行為,軍人等の反逆扇動,大規模な麻薬取引など。したがって,インドでも死刑判決は少なくないが,内閣の助言に基づく大統領恩赦により減刑され,実際の執行は日本よりもはるかに少ない。1995年以降,今回を含め4件のみである。

【参考】ティハール刑務所
デリー刑務所のHPを開くと,「Welcome」と歓迎してもらえる。それによると,ティハール刑務所は「世界最大の刑務所」の一つであり,定員6250人なのに12000人も収容,大繁盛という。いかにもスパイス濃厚味・原色ギラギラの世界最大民主国インドらしい。

130223b ■デリー刑務所HP

130223c ■レイプ犯絞首刑要求デモ(India Today, Jan.5, 2013)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/02/23 at 20:51

カテゴリー: インド, 人権

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絞首刑を煽るインド民主主義:A.ロイ(1)

1.絞首刑と民主主義とロイ
アフザル・グル氏が,2月9日,デリーのティハール刑務所で絞首刑に処され,刑務所内に埋められた。2001年の国会議事堂襲撃事件の共謀者として逮捕・起訴され,2005年8月,最高裁判決で絞首刑が確定していた。

アフザル氏は,世界最大の民主主義国であるインドの熱狂的な「人民の意思」により,「縛り首」にされた。「インド:絞首刑執行人が語る」によれば,インドの「縛り首」は非常に洗練されており,体重と同じ重さの砂袋を使って専門家が事前に十分練習するらしい。縄には,石鹸とギー,そして直前には潰したバナナを塗る。首にかける輪には,結び目を5つ作る。そして,首が切断されたり,目や鼻から出血したりせず,苦痛なく死なせる程度の強さでレバーを引く。アフザル氏も,おそらくこのような方法で絞首刑に処されたのだろう。(絞首刑は,日本の方がはるかに多い。21日にも3人が一度に執行された。インドのように,洗練された「人道的」な方法で執行されているのだろうか?)

この処刑の日は,アルンダティ・ロイによれば,「[インド]民主主義にとって完璧な日」であった。

これは,どのような意味であろうか? インド「人民」が熱狂的に要求した「縛り首」が執行され,「人民の意思」が実現されたからなのだろうか? この問題につき,ロイは事件当初から関心を持ち,長文の批評をいくつか書いている。

By Arundhati Roy:
[ⅰ] “A Perfect Day for Democracy,” The Hindu, Feb.10, 2013
[ⅱ] “Does Your Bomb-Proof Basement Have an Attached Toilet?,” Outlook, Feb.25, 2013
[ⅲ] “Introduction,” 13 December: A Reader, The Strange Case of the Attack on the Indian Parliament, Penguin Books, 2006 (Outlook, Dec.18, 2006).
[ⅳ] “Afzal Hanging: The Very Strange Story of the Attack on the Indian Parliament,” Outlook, Oct.30, 2006
[ⅴ] “Who Pulled the Trigger…Didn’t We All?,” Outlook, Feb.28, 2005

Afzal Guru, “Letter to All India Defence Committee for SAR Geelani,”(The Police Made Me a Scapegoat), Outlook, Oct.5, 2006
Afzal Guru, ”Letter to His Lawyer Sushil Kumar, Sr. Advocate, Supreme Court,” Outlook, Oct.21, 2004

Anjali Mody, “Unansewered Questions Are the Remains of the Day,” The Hindu, Feb.10, 2013
Sandeep Joshi, “Afzal Guru Hanged in Secrecy, Buried in Tihal Jail,” The Hindu, Feb.9, 2013
Nirmalangshu Mukherji, “The Media and December 13,” Outlook, Sep.30, 2004
David Kumar, “The Ham Burger,” Outlook, Jan.14, 2002
Davinder Kumar, “Tracing a Puppet Chain,” Outlook, Dec.31, 2001.

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/02/22 at 22:20

カテゴリー: インド, 民主主義

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ロイ『民主主義の後に生き残るものは』(3)

3.資本主義――ある幽霊の話

(1)墓穴を掘る資本主義
本書第3章は,マルクスの言葉で始め,マルクスの言葉で締め括っている。

▼“資本主義は,とマルクスは言っていた,「まさに巨大な生産と交換の手段をひねりだす,それはまるで自分の呪文で呼び出した闇世界の力をもはや統制できなくなった魔術師のようなものである」。”(46頁)

▼“マルクスは言っていた,「ブルジョアが生み出すのは何よりもまず自らの墓掘人である。その没落とプロレタリアの勝利は避けられない」。”(87頁)

資本主義はすべてを商品化する。自然も人間も文化も商品化し消費し尽くし,ついには自ら墓穴を掘る。ロイは,その資本主義の末期症状を,卓抜な比喩と事例を縦横に駆使し,容赦なく剔出していく。

(2)富の独占とメディア支配
人口12億人のインドでは,現在,上位100人がGDPの1/4を独占している。中産階級は3億人というから,9億人が下層・貧困層ということになる。

このごく少数の富裕層が支配するのがRIL,タタ,ジンダル,ヴェダーンタ,ミッタル,インフォシス,エッサールといった巨大企業であり,これらは商工業から報道,教育,福祉,医療まで,ありとあらゆる事業を傘下に収め活動している。

“たとえば夕夕だが、この企業は80カ国で100以上の会社を経営している。彼らはインドでもっとも古くもっとも大きなエネルギー会社として、鉱山、ガス田、鉄鋼業、電話とケーブルテレビとブロードバンドのネットワークを所有し、それにいくつかの場所では町全体を支配している。車やトラックの生産、タージ・ホテルチェーンとジャガー、ランドローバー、大宇、それにテトリー紅茶会社を所有、さらには出版社と本屋網とヨウ素塩の有名ブランド、化粧品の大会社ラクメの持ち主でもある。その広告標語が「我々なしであなたは生きていけない」となってもおかしくない。”(47頁)

これら巨大企業は,山や川や森あるいは土地といった,本来なら共有物かそこに住む人々のものを安価で払い下げさせ私有化により,住民を追い出し,巨利を得ている。そして,それに抵抗する者は,たとえば「マオイスト」とされ,「インドにおける最大の安全保障への脅威」として,あらゆる手段をもって徹底的に弾圧される。

“つい先ごろソニ・ソリという、バスタールで学校教員をしているアディヴァシの女性が警察につかまって拷問を受けた。石ころを膣に入れられ、毛沢東主義者たちの伝令であることを「自白」させられたという。世論が沸騰したので、彼女はコルカタの病院に送られて手当てを受け、そこでいくつも石ころが体の中から出てきたのだ。最近あった最高裁の聴聞会で、活動家たちがこの石ころをビニール袋に入れて提示した。その努力の結果がどうなったかというと、ソニ・ソリは投獄されたまま、他方で彼女の尋問を指揮したアンキット・ガルグという警察署長は、独立記念日に大統領から勇敢な警察官に与えられるメダルを授与されたのである。”(52-53頁)

どうしてこのような理不尽なことが許されるのか? その理由の一つが,大企業によるメディアの買収,あるいはメディア自身による多角企業経営である。メディアは,独立を放棄し,大企業の宣伝機関,世論操作機関となってしまった。

(3)企業の文化・社会事業
大企業は,ありとあらゆる文化・社会事業を行い,世論を操作している。ヴェダーンタの映画コンテスト,エッサールの「考えるフェスト」,タタ・スティールの文学フェスタなど。

“だが私たちのなかで最初の石を投げる罪人はだれなのか? 私ではない、なぜなら私も出版社からもらう印税で暮らしているからだ。私たちみながタタ・スカイを見て、タタ・フォトンでネットサーフィンをし、タタ・タクシーに乗って、タタ・ホテルに泊まり、タタのカップで夕夕紅茶を飲み、タタ・スチールでできたスプーンでかきまわす。タタ書店でタタ・ブックスの本を買う。「夕夕の塩を食べている」。我々は包囲されているのである。”(59頁)

(4)資本主義の手先としての財団
資本主義は,世論操作の巧妙な方法として,財団を使う。カーネギー財団,ロックフェラー財団,フォード財団など。たとえば国連,CIA,CFR(外交問題評議会),ニューヨーク近代美術館などは,ロックフェラー財団の援助を受けたか,現に受けている。

“膨大な資金とほぼ無制限の権限を持ちながら、税金を支払う必要のない法人が、会計説明責任もなくまったく不透明なままでいられる――経済的な富を政治的、社会的、文化的な資本に拡張し、お金を権力に変えるのにこれ以上うまい方法があるだろうか? 高利貸が自らの利益のごく一部を使って世界を支配するのに、これほど優れた方法があるか?”(63頁)

耳が痛い話しだ。日本でも,これは「企業」設立とはいえないが,例の「日本財団」が様々な文化・社会活動を活発に繰り広げている。特に最近では,平和研究・平和構築関係への浸透がめざましい。

私もかつてアスペン協会の行事に参加したことがある。いかにもお金がありそうな雰囲気で,貧乏人の私には居心地が悪く,1,2回出席しただけで,以後まったく参加していない。

(5)グラミン銀行批判
財団は,NGOにも注目し,貧困からさえも収奪し始めた。米国では,クレジット・ユニオンを支援し,労働者に過剰貸し付け,彼らを底なしの借金地獄に落とした。

そしてグラミン銀行。私も,この事業については,本当に大丈夫かと,いぶかしく感じていた。そもそも貧しくて借金もできない下層階層の人々に,連帯保証――相互監視――を条件に金を貸し付け,事業を始めさせる。周りは資本主義社会である。なかにはうまくいく人もいるであろうが,常識から考えて,大半は素人であり失敗するにちがいない。貧乏人が借金を背負い,返済できなくなったら,どうするのか?

“それから何年もたってから、この考え[クレジット・ユニオン]はバングラデシュの貧しい田舎へと流れつき、ムハマド・ユヌスとグラミン銀行が少額のクレジットを飢えた貧しい農民たちに与えることで壊滅的な結果をもたらす。インド亜大陸の貧しい人びとは、それまでも常に地元の村の高利貸バニヤの無慈悲な支配下で借金を負わされてきた。しかし少額貸付はそれさえも企業化してしまったのだ。インドにおける少額貸付会社は何百という自殺――アンドラ・プラデシュ州では2010年だけで200人が自殺した――の原因となっている。近ごろ日刊全国紙に掲載された18歳の女性の遺書には、自分の学費であった最後の150ルピーを少額貸付会社の執拗な従業員に手渡すことを強要されたとある。そこにはこう書かれている、「一生懸命働いてお金を稼ぐこと。借金をしてはいけない」。貧しさを使って儲けることもできれば、ノーベル賞をもらうこともできるのだ。”(68頁)

これは厳しい。ユヌスのグラミン銀行や他の善意の小規模金融事業に対し,これほど容赦ない批判がこれまであっただろうか? ロイの面目躍如といったところである。

(6)買収されるNGO
このように,資本主義が私有化,市場化を進め,政府支出を削減させればさせるほど,救貧や教育,福祉,医療など,本来なら政府の担うべき公的活動がNGOやNPOに委ねられることになる。

“すべてを私有化すること,それはすべてをNGOに任せることと同義である。仕事も食べ物もなくなれば,NGOが雇用の重要な提供主とならざるをえない。たとえその内実がわかってはいても。”(74頁)

“膨大な資金で守られながらこれらのNGOは世界を闊歩し、革命家の卵をサラリーマン活動家に変え、芸術家や知識人や映像作家に金を与えることで彼ら彼女らを激しい闘争の場面からやさしく遠ざけ、多文化主義やジェンダーやコミュニティの発展といった、アイデンティティ・ポリティクスと人権に包まれた言説のなかへと導き入れていくのだ。”(75頁)

“1980年代末、つまりインド市場が世界に開かれた時点までに、インドのリベラルなフェミニスト運動は過度にNGO化されてしまった。・・・・さまざまな財団が資金の提供を通じて、どんな「政治的」活動が適当かの範囲を決めることに成功してきた。いまやNGOの会計報告によって、何が女性の「課題」であり何がそうでないかが決められているのである。”(77頁)

(7)キング牧師もネルソン・マンデラも
資本主義は,キング牧師やネルソン・マンデラの偉業さえも巧妙に買収し取り込んでしまう。

ロイによれば,「マーティン・ルーサー・キング・ジュニアが行ったのは,資本主義と帝国主義と人種主義とベトナム戦争を結びつけて一緒に批判するという,いわば禁じ手だった」。そこで,フォード自動車,GM,モービル,P&G,USスチール,モンサントなどが出資し,「非暴力による社会変革のためのマーティン・ルーサー・キング・ジュニア・センター」を設立した。そのプログラムの中には,「アメリカ合州国国防総省,軍隊の牧師理事会ほかと密に協力する」プログラムもあるという(80-81頁)。

ネルソン・マンデラについても,ロックフェラー財団などが介入し,結局,ワシントン・コンセンサスを受け入れさせた。(ワシントン・コンセンサス=新古典派経済学の理論を共通の基盤として、米政府やIMF、世界銀行などの国際機関が発展途上国へ勧告する政策の総称[知恵蔵])

“ANC[アフリカ民族会議]の目的からは社会主義が消え,称賛された南アフリカの偉大なる「平和な政権交代」には,土地改革も補償要求も鉱山の国有化も含まれてはいなかったのだ。その代わりに導入されたのが私有化と構造調整である。マンデラは南アフリカで市民に与えられる最高の栄誉「喜望峰勲章」を古き友人にして支持者であったスハルト将軍,つまりインドネシアで共産主義者を殺戮した者に与えた。今日南アフリカでは,かつての急進派や労働組合の幹部たちがベンツを乗り回して国を支配している”(81-82頁)

インドでは,やはりフォード財団などの介入により,ダリット運動は「ダリット資本主義」に向かっている。

“「ダリット株式会社、カースト制度打破ビジネスに準備完了」というのが、昨年12月の『インディアン・エクスプレス』紙の見出しだ。そこにはダリット・インド商工会議所の指導者の次のような発言が引用されている。「ダリットの集会に首相に来てもらうのは我々にとってむずかしいことではない。しかしながらダリットの企業家たちにとっての大望は、タタやゴドレジと昼食やお茶を共にして一緒に写真に収まることだ。実際に彼らが来たことの証拠となるからである」。・・・・これではいまだに100万人が頭に人糞を乗せて運び、肉体を酷使して他人のおこぼれを頂戴しているダリットたちの現状を救うことにはならないだろう。」(82-83頁)

(8)グローバル資本主義の終焉
しかし,それにもかかわらず,ロイは資本主義にはもはや未来はない,と断言する。いくら弾圧されても資本主義への抵抗は執拗に続いている。マルクスが言うように,資本主義は「自分の呪文で呼び出した闇世界の力をもはや統制できなくなった」のであり,自ら墓穴を掘っているのである。

“そう,おそらく私たちが夜を取りもどす時が来ているのだ。”(89頁)

この最後の結びの言葉は,意味深だ。資本主義への勝利は,「夜」の回復なのか? ロイにとって,そして私たちにとって,その「夜」とはいったいどのようなものなのだろうか? 

資本主義システムの外に暮らす人々は,所有せざる人々であり,いわば森に住む「自然の人々」である。森では夜は夜である。資本主義の否定は,夜を昼のようにすることの否定であり,森に戻ることである。ロイの議論は,ルソーの「自然に帰れ」に一脈通ずるところがあるように思われる。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/09/18 at 20:10

ロイ『民主主義のあとに生き残るものは』(2)

2.「民主主義のあとに生き残るものは――2011年3月13日に予定されていた東京講演」

(1)

この予定講演において,ロイは,「民主主義と自由市場はいまや一つの搾取する有機体に統合され」(10頁)てしまったと述べ,資本主義の走狗となった民主主義を徹底的に批判している。

ロイによれば,人間は,現在だけを生きる動物でもなければ,未来を見通す預言者[神]でもない。「そのことが人間を,獣でも預言者でもないという,不可思議な中間の生き物にしている。」(11頁) 人間は,預言者たり得なくても,ある程度の「長期的な視野」は必要としているのである。

ところが,近代の民主主義は,「私たちの最大の愚かさ,つまり近視眼を反映している」(10-11頁)。「民主主義は,・・・・私たちの希望や祈りにすぐに応えてくれる聖なる解答,個人の自由を守り,私たちのきりのない夢を養ってくれるもの」であり,したがって今日の民主主義政府には人間にとって不可欠の「長期的な視野」は期待できないのである(10頁)。

かくて,近視眼の民主主義は,人びとの刹那的な物質的富への欲望のため地球を荒らし,「文明」を発展させてきた。「現在,『文明』が自らの経済を動かそうとする方法は資本主義であり,近代の強力で『文明化された』社会が自らの社会および政治を運営する方法が民主主義である。この二つこそは,近代の人間社会が究極の願望としてきたものと言えるだろう。」(11頁)

(2)

これをインドについて見るならば,近代の民主主義は,たしかに「封建主義とカースト制度の重荷で腐りつつある旧弊な社会」をかき混ぜ,古来の不平等のいくつかを破壊した。しかし,その結果生みだされたのは,「濃縮クリームの薄い層」と「たくさんの水」であった(26頁)。「クリーム層」は有産階級であり,彼らが形成するのが富裕な「インド市場」。「おおくの水」は,搾取され,見捨てられる周縁の人びと。

これが、インドの民主化であった。インド政府は,IMF,世界銀行,アジア開発銀行などの支援を受け,民主主義のための改革,つまり「構造調整」を進めた。水資源,電気,通信,医療,住宅,教育,交通といった基本インフラの市場開放,私有化が推進され,その結果,おおくの人びとが土地や資源を奪われ,絶望的な貧困へと追いやられていった。

たとえば,鉄1トンあたり,企業は政府に60セントを払って採掘権を取得し,110ドルの利益を得る。この利益の一部により,企業は票,政府高官,判事,新聞,テレビ,NGO、支援機関などを買収し,開発へのさらなる「民主主義的」支援を得るのである。

(3)

インドの民主主義にとって,進歩=改革=開発に抵抗する住民は,いまや民主主義の敵である。とくに武力闘争を続けるマオイストは「国内治安への脅威」であり,政府は治安部隊,警察,特殊部隊などを動員し,容赦ない掃討作戦を繰り広げている。アメリカは民主主義のためにイラク,アフガンなどで戦争し,インド政府は民主主義のために自国住民と戦争をしている。

かくして民主主義はいまや「空虚となり」,「意味を失ってしまった」。民主主義を支える諸機関は,住民にとって「危険なものに変化してしまった」(10頁)。もしそうだとするなら,その「民主主義のあとに生き残るもの」はいったい何なのか?

(4)

ロイによれば,「それは資本主義と帝国主義の覇権に協力した場所や人びとからではなく,それに抵抗したところから生まれてくる」(40-41頁)。

インドには,「消費の夢によってまだ完全には植民地化されていない人たちがいる。・・・・インドには,1億人ものアディヴァシ[森の先住民]の人たちがいまだに生存している」(41頁)。

「資本主義がそのただなかに非資本主義社会を認めざるをえなくなる日、資本主義が自らの支配には限度があると認める日、資本主義が自分の原料の供給には限りがあると認識する日、その日こそ変化の起きる日だ。もし世界になんらかの希望があるとすれば、それは気候変動を議論する会議の部屋でも高層ビルの建ち並ぶ都会にもない。希望が息づいているのは、地表の近く、自分たちを守るのが森や山や川であることを知っているからこそ、その森や山や川を守るために日ごとに戦いに出かける人びとと連帯して組む腕のなかである。」(41-42頁)

かつてジョン・ボールは,「アダムが耕しイブが紡ぐとき,いったい誰が領主であり紳士だったのか?」と問いかけた。ロイの市場民主主義批判は,ジョン・ボールの夢に連なるものである。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/09/04 at 20:59

ロイ『民主主義のあとに生き残るものは』(1)

密かに追っかけをしているアルンダティ・ロイの訳本が出版された。

『民主主義のあとに生き残るものは』本橋哲也(訳),岩波書店
  1.帝国の心臓に新しい想像力を――ウォール街占拠運動支援演説
  2.民主主義のあとに生き残るものは――2011年3月13日に予定されていた東京講演
  3.資本主義――ある幽霊の話
  4.自由――カシミールの人びとが欲する唯一のもの
  5.インタビュー 運動,世界,言語――2011年3月11日の翌日,東京にて

1.ロイの批判とユーモア

(1)

ロイは,つねに,最も周縁化されている人びとの側に立ち,権力や多数派による理不尽な抑圧や搾取を告発し,正義を回復するため勇敢に闘っている。舌鋒はカミソリのごとく鋭く,ひとたび告発されようものなら,だれしも怖れ恥じ入らずにはいられない。

ロイの魅力は,なんといっても,その批判・告発が,明晰かつ華麗な文体によりテンポよく展開されていること。しかも,絶妙のユーモアと比喩がここかしこに織り込まれている。天性のセンスといってよい。

ロイが,あれだけ手厳しく体制や権力や多数派を非難攻撃しても,いまのところ幸いにも――インドの宿痾たる――直接暴力による仕返しを受けていないのは,批判がユーモアに包まれ,陰湿とならないからであろう。ガンディーと同じく,ロイは本質的にネアカであり,ユーモアにあふれている。

(2)

ロイは,その比類なきユーモアにより,神の特別の選びさえも受けているように思われる。2011年3月,ロイは国際文化会館から講演に招かれ,初めて日本を訪れた。来日の翌日,3月11日の午後,ロイが宿泊先の東京文化会館にいたとき,東日本大地震が発生,ロイは本震と余震,そしてそれに伴う大混乱を身をもって体験した。予定されていた講演はキャンセルされ,数日後(日時不明),ロイは帰国した。

本書の「2.民主主義のあとに生き残るものは――2011年3月13日に予定されていた東京講演」は,タイトルにあるように,東京講演の予定原稿。「5.インタビュー 運動,世界,言語――2011年3月11日の翌日,東京にて」は,大地震の翌日,岩波書店で行われたインタビューの記録である。

このロイの初来日と東日本大震災・福島原発事故発生は,もちろん偶然の一致であろう。しかしながら,ロイのような鋭敏な感性を持つ著述家の来日と未曾有の大震災の発生を単なる偶然といって済ますことは,感情的,心情的にはどうしてもできないところがある。やはり,ロイは,歴史の転機となるかもしれないこの大事件の証人になるため,神により選ばれ,日本に送られたのではないか。そう思われてならない。

残念ながら,日程の都合か何かで,震災後すぐにロイは帰国してしまったようだが,「このインタビューが行われた状況を私は一生忘れることはないだろう」と自ら述べているように,この震災体験がロイにとって衝撃的なものであったことは確かである。

ロイが,神の選びにより自ら体験することになった,東日本大震災(および福島原発事故)の歴史的意味を吟味し,われわれの前にそれを示してくれることを期待している。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/09/03 at 17:05

カテゴリー: インド, 文化, , 民主主義

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ガンディー劇場型抵抗の限界:A.ロイ

1.ガンディー主義批判インタビュー
アルンダティ・ロイが「自由言論討論集会」(2012年1月)のためのインタビューを受け,インタビュアーのManav Bushanの問いにかなり突っ込んだ答えをしている。言論については,いかなる理由にせよ,権力的言論規制には反対である。そして,自由な言論空間を奪われ,観衆を期待できないような状況,つまり劇場なき孤立状況では,攻撃から自分を守るためには暴力の使用も避けられない場合がある,というのである。

ここでロイが批判するのは,ガンディー主義者の非暴力的抵抗である。ロイによれば,ガンディー主義の非暴力的抵抗は,劇場型抵抗であり,もし孤立させられ観衆を完全に奪われてしまうなら,それは全く無力だという。

これは,ロイが繰り返し述べてきた持論だが,ここでの具体的な事例に基づくガンディー主義批判は極めて論理的であり,誰しも見て見ぬふり,聞いて聞かないふりをすることは出来ないだろう。

インタビュー記事は要約とのことだが,要点は正確に記録されているように思われる。

2.劇場なきところでの実力抵抗の正当性:ロイ・インタビューより
「英国植民地時代,先住民は植民地権力により[チャッティスガルの森の中に]囲い込まれていた。独立後は,インド憲法により植民地時代の法律の継承が認められ,先住民の土地は森林省の管轄となった。だから,憲法の認めたこの法が,先住民の生活を犯罪としているのだ。

しかも今日では,先住民は普通の犯罪人からテロリストの地位にまで引き上げられた。もし森から出てこなければ,もしそこにタネでも播けば,もしその村に住み続けるなら,お前らはマオイストのテロリストであり,見つけ次第,射殺されてもよいのだ。

こうして,村は千人の治安部隊に包囲され,火を放たれ,女は強姦され,人々は虐殺されていく。そして,もしこれに抵抗でもしようものなら,テロと呼ばれ,暴力と呼ばれるのだ。

チャッティスガルの森には,すでに20万人の治安部隊がいる。インドは,いまや超大国だと誇っている。そのインドの政府が,今度は,世界でもっとも貧しい人々に対し,陸軍と空軍を差し向けようと計画している。これは,まさしく戦争なのだ。

ガンディー主義的抵抗は,都市では有効だろう。私は決してそれに反対はしない。しかし,ガンディー翁自身が示したように,それは観衆を必要とする。それは中流階級,共感してくれる中流階級を必要とするのだ。もし観衆がいなければ,バティ鉱山かどこかで人々がいくらハンガーストライキをやろうが,誰も気づかない。誰も気にしない。メディアが必要だ。中流階級が必要だ。そう,観衆が必要なのだ。」

3.逃げられない問い
ガンディーには,たしかにいつでも観衆がいた。アフリカでもインドでも。それは,ガンディーがそのたぐいまれな才能と魅力と努力で引きつけたものではあるが,しかし時代がガンディーに味方していたことも事実だ。

これに対し,ロイは,現代インドではメディアも権力に巧妙に統制され,先住民は外界から遮断され,虐殺されていると訴える。非暴力的抵抗を有効化する観衆がおよそ期待できないのだ。

ロイはリアリストとして,そのようなときどうするか,とガンディー主義者に問いかける。これは重い問いだ。逃げてはいけないし,逃げられもしない。難しい問題だ。

* Interview with Arundhati Roy, Revolutionary Journalists Needed, Revolution in South Asia, February 12, 2012
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谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/02/14 at 21:50

カテゴリー: インド, マオイスト, 平和

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