ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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赤と桃色のネパール

マオイスト政権の赤色ネパールは,また「女」大好きの桃色ネパールでもある。「ネパール共産党-毛沢東派」や「ネパール共産党-統一マルクス・レーニン主義派」が街頭やキャンパスを赤旗で埋め尽くせば,資本主義は,負けてはならじと,半裸女性を繰り出し,メディアや催事場をピンクに染め上げる。赤か桃色か,面白い国だ。
マオイスト・メーデー(eKantipur)

先日,ネパールは,マオイストのバタライ副議長を首相に選出し,国政を赤化した。これに対し,資本主義は「ミスネパール」を押し立て,ピンクの泡で共産主義を包み込み,取り込もうとする。

ミスコンテスト(ミスコン)が,女性の商品化であり,ケシカランものであることは,先進資本主義国ではもはや常識となっている。資本主義は,この先進諸国では使い古し役立たずとなったピンク兵器を,後発途上国ネパールに輸出し,赤色革命と戦わせようとしている。途上国に旧式戦車やミサイルを売りつけ,代理戦争をさせるのと同じ戦略。資本主義はなかなかしたたかだ。
中央がジョシさん(Republica, Aug31)

「ミスネパール2011」は,8月30日,カトマンズの「将校クラブ」で賑々しく開催され,ジョシ女史がめでたくネパールNo1美女の栄冠を獲得,いまは没落した資本主義本家,大英帝国の帝都ロンドンで開催される「ミスワールド」大会に出席することになった。

「ミスネパール」の正式名称は「ラックス・ミスネパール」であり,スポンサーは「女」をメシのタネとする世界企業ユニリーバ。しかも「ネパール・ユニリーバ」はインド企業の子会社だ。つまり――

ユニリーバ本社(英蘭帝国主義)→インド系列企業(印大国主義)→ネパール・ユニリーバ(半植民地的買弁資本主義)→ネパール女性

という,国際資本による途上国女性搾取構造になっているわけだ。
昨年度ミスネパール(ミスネパールHP)

ネパール・マオイストは,なぜ怒らないのだ! 政権を奪取し,世界最高峰エベレストに赤旗を立て,世界革命を先導すると,バブラム・バタライ同志は繰り返し高らかに宣言してきたではないか。

マオイスト人民解放軍は,女性解放の世界モデル。女性兵士が40%を占め,男性兵士と同等以上に勇敢に戦い,半封建的・半植民地的旧体制をみごと打倒した。女性なくしてマオイストはなく,人民戦争勝利はなかった。そのマオイスト女性兵士たちは,「女」を売り物とする「ミスコン」のために解放戦争を戦ってきたのか!

ネパール・マオイストは,「ミスコン」などといった中古武器で懐柔されるほど柔ではないはずだ。

マオイスト女性のトップ・リーダーは,いうまでもなくヒシラ・ヤミ同志。そう,バラタイ首相の妻だ。

ヤミ同志は,かつて「ミスコン」粉砕の急先鋒だったはずだ。それなのに,革命に勝利し首相閣下夫人に収まり,ラックスを使い始めたら,ピンクのバブルに包まれ、うっとり夢見心地となり,「やっぱり,女はラックスね」ということになってしまったのだろうか?

ヒシラ・ヤミ同志よ,夫バブラム・バタライ同志とともに,いまこそ「ミスネパール」粉砕に立ち上がるべき秋ではないのか!

■2010/08/09 ミスコンに籠絡されたマオイスト
■2008/02/19 エベレスト山頂の赤旗
■2011/05/03 エベレストに赤旗,プラチャンダ議長ご令息

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/08/31 at 11:48

カテゴリー: マオイスト, 文化, 人権

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バタライ首相とタライとインド

印中両国が,バブラム・バタライ首相に当選の祝意を表明した。他国であれば外交辞令にすぎないが,両国の場合,それに留まらない生臭さがつきまとう。

新聞の扱いは,当然ながら,マンモハン・シン印首相の方が圧倒的に大きい。それによると,シン首相は,当選直後に直接電話し,バタライ氏の首相当選を祝う一方,直ちに公式書簡を送り,訪印を要請した。

中国駐ネ大使も、もちろん日曜夕方,バタライ氏を訪問し,祝意を表明したが,新聞の扱いは小さい。訪中要請もなかったようだ。

バブラム・バタライ氏は,マオイストの知恵袋,マオイスト主要文書の作成の多くに関わっている。「マオイスト・イデオローグ,バブラム・バタライ」。

その一方,バタライ首相の知的バックグラウンドはインドにあり,マオイスト内では穏健派のリーダーである。というよりも,プラチャンダ議長派とバタライ派は,もともと別のグループであったのが,反国王闘争のため合流していまの「ネパール共産党毛沢東派」となったのだ。

合流後,バタライ派は地上の合法闘争(選挙など),急進派は地下の非合法闘争を分担したが,これは単なる戦術というよりは,両派の本質的な立場の違いとみてよいだろう。1996年2月人民戦争が始まると,バタライ氏は急進派に攻撃され,一時は「粛正」寸前まで追い詰められた。それくらい,バタライ首相は筋金入りの「穏健派」「修正主義者」なのだ。

政治家としての魅力は,プラチャンダ議長がずば抜けている。天性の明るさ,愛嬌と,ドスの利いた胆力。人民に恐れられ愛されている。巨木をも倒す(事実,倒した)オノのような政治力を持つ人物だ。

これと対照的に,バタライ首相(マオイスト副議長)は,カミソリのような鋭さをもつインテリ政治家である。蛮勇を求められる革命期よりも,むしろ平和再建期に向いている。その反面,オノの剛胆はないので,政治的にぶれ,折衷的となり,挫折する恐れもある。

バタライ首相は,マナスル山麓ゴルカ出身のブラーマン,妻のヒシラ・ヤミ中央執行委員会委員はカトマンズのネワ―ルであり,ともに旧体制の支配身分。丘陵地による南部タライ支配の,支配者側に属する。ところが,そのバタライ氏が,今回はインド国境沿いのタライを地盤とするマデシ連合の支持を得て,首相に当選した。

タライは,広大な平地であり,近年,人口と産業が急成長している。インド文化・経済圏内である。

このタライは,長期にわたり,カトマンズを中心とする丘陵地権力に支配搾取されてきた。しかし,近い将来,これが逆転し,タライがネパール経済の中心となり,そしてそれとともに政治の中心もタライに移ることは,まず間違いない。ネパールのインド化である。

タライ(マデシ)諸政党は,すでに議会議席や公務員の人口比割り当てを要求し,国軍についてもマデシ部隊採用を要求している。

マオイストも,こうした共同体的(コミュナル)要求を全面的に受け入れ,「包摂参加民主主義」を原則とする新憲法案を発表している。

この状況下で,バタライ副議長がマデシ連合の要求を呑み,首相に当選したことの意味は深甚だ。インドがバタライ支持に回り,あれこれ働きかけたのではないだろうか?

■バタライ首相の学んだネルー大学は,いまも共産主義運動の拠点の一つ。
  2010/03/11 社会主義健在:ネルー大学
■バタライ首相出身地ゴルカ。
  2009/03/21 ゴルカの落差と格差:美少女の不幸
  2009/03/21 ゴルカのキリスト教とイスラム教
  2009/03/21 ゴルカのマオイスト
■ヒシラ・ヤミ中央執行委員(バタライ首相夫人)
  2007/07/02 パルバティ同志,ヒシラ・ヤミ(1)
■広大肥沃なタライ。
  2008/09/20 タライの魚釣り少年たち
  2008/09/15 タライの豊かさと貧しさ

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/08/29 at 11:33

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