ネパール評論

ネパール研究会

「民主的」軍隊の危険性

ネパールの軍隊は,第二次民主化運動による民主共和制の成立により,国王の軍隊(王国軍)から人民の軍隊(ネパール国軍)になった。軍隊は,主権者たる人民(国民)が動員する。これは「民主的」だが,人民による軍動員には,国王によるそれより危ない場合が少なくない。

王政時代のネパール軍は,他国に比べはるかに小さく,しかも弱かった。王国軍は,主として国王を権威づけるため使用される儀式的軍隊,いわば王様の「おもちゃの軍隊」であった。だから,兵隊も兵器も大して必要ではなく,本格的な動員には大きなハードルがあり,また,たとえ動員してみても,実勢数千人の貧弱な武器しか持たないマオイスト・ゲリラに連戦連敗,まともに戦えないほど弱かった。

これに対し,民主化とともに,ネパールは軍拡を続け,いまや,小国の割には大きな十数万の大軍隊を擁する軍事国家となった。しかも,人民(国民)自身が軍をコントロールする建前なので,軍動員へのハードルは低い。国王が軍を動員し人民を殺せば大問題だが,人民自身が人民の軍を動員し「人民の敵」を殲滅しても,それは人民のためであり正義であって,手続きさえ形式的に踏んでおれば,そこに何の政治的問題もあるはずがない。

こうした「民主的」軍動員への兆しは,いまのマデシ/タルー紛争への国軍動員にも見て取れる。タライへの軍動員は,マデシ・タルー諸勢力はむろんのこと,人権活動家やヤダブ大統領も反対していた。ところが,ネパール政府は8月24日,暫定憲法第144,145条と地方行政法(1971年)第6条によりタライ(カイラリ,ラウタハト,サルラヒ等)への軍動員を決定した。

これに対し,タライへの軍動員を違憲とする訴えが出されたが,最高裁は8月28日,安全保障は国政敏感問題であり,訴えには違憲とするだけの具体的な証拠がないとして,訴えを棄却した。これは,結局,多数派の「民主的」軍動員には,少数派は司法的にも抵抗できない,ということに他ならない。

このような「民主的」軍動員がさらに多用され,拡大していけば,ネパール紛争は,封建王政下とは質的に異なる,現代型の歯止めなき民族紛争に陥る恐れがあると危惧せざるをえない。

150830

[参照]
*1 “Home Ministry defends right to mobilise army to control riots,” Kathmandu Post, 28 Aug.
*2 “SC quashes writ against gov decision to mobilise army,” Kathmandu Post, 28 Aug.
*3 “SC annuls writ petition against army deployment,” Republica, 28 Aug.
*4 CPN-M, Madhesi, Janajati parties meet Prez over army mobilisation, statute issues,” Himalayan,28 Aug.

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/08/30 @ 15:27