Posts Tagged ‘タライ’
地方選,3回に分けて実施
ネパール地方選は,もともと全国一斉実施を予定していたが,マデシや少数民族(ジャナジャーティ),とくにマデシが現行の地方区割は彼らの人口に対し相対的に少なく不公平だとして激しく反対,結局,彼らの反対の比較的少ない第3,4,6州だけを5月14日に先行実施,残る第1,2,5,7州は6月14日投票ということになった。
この間,政府は憲法の関係個所を改正して選挙区割り変更を行い,マデシの要求に応えるつもりだったが,いかんせん時間不足,また地方選さなかの区割り変更はどうみても不合理であり,最高裁も区割り変更の停止命令を出した。そのため,後期地方選は第1,5,7州で6月28日投票,特に反対の強い第2州だけは9月18日に先送りすることになった。
選管は,後期地方選受付(6月18日締切)は全体として順調に行われたと説明しているが,カピルバスツで爆発や衝突事件が起き,1人死亡,十数人が負傷した。またタライ系政党(RJPN)の支持者457人(!)が選挙妨害で逮捕されてもいる。このように反対運動は激しいが,タライ系政党は党規が緩く,有力者の足並みがそろわない。いまのところ,これ以上激化せず退潮しそうな雲行きである。
マデシやジャナジャーティの憲法改正要求に対し,与党のNCやマオイストは肯定的だが,野党UMLは強硬に反対している。彼らの要求を呑むと,「丘陵」とタライが分断され,「国家統一」を危うくするというのだ。インド政府は,内政不干渉といいつつも,「包摂民主主義」のための憲法改正には好意的とみられている。
なお,後期地方選では,前期では禁止されていた外国公館職員による選挙監視がカトマンズ盆地以外でも認められることになった。
谷川昌幸(C)
連邦制,希望から失望へ(4)
3.連邦制はインド押し付け
連邦制はインドの押し付けだとする説は,左右を問わずナショナリストに共通する見方である。たとえば,チトラ・B・KC元副首相(人民戦線議長)は,新聞インタビューにおいて,こう語っている。
▼”Federalism in Mepal an Indian design: Ex DPM KC,” Republica, 16 Dec. 2016.
ネパール経済は連邦制の重荷に耐えきれない。「連邦制はネパールのガンだ。」にもかかわらず,「政府は,インドの要求に沿うため,[連邦制に関する]憲法改正案を議会に提出した。これは,解決にならないどころか,逆に,事態をさらに紛糾させただけだった。」
「インドは,タライ‐マデシュ地方をネパールから分離しインドに併合することを目論み,連邦制をネパールに押し付けてきたのである。」
谷川昌幸(C)
仏陀と印中の三角関係
仏陀をめぐる印中の三角関係がこのところ怪しくなってきた。信仰というよりは,カネと政治の思惑から。
インド側は,釈迦が育ったとされるカピラバストゥ城はネパール側のティラウラコートではなく印側のピプラワにあると主張し,ブッダガヤを目玉とするインド仏教遺跡巡りを宣伝し,そこに釈迦生誕地ルンビニを組み込もうとしている。
これに対し,中国側はネパール政府に急接近し,ルンビニ空港建設やチベット鉄道延伸により中国人旅行客をルンビニ付近に大量に送り込もうとしている,といわれている。ネパール=中国主導のルンビニ仏教遺跡巡りだ。
この仏教遺跡をめぐる印とネ中の争いは,直接的には観光開発の主導権争いだが,それは同時にネ印国境付近への中国進出をめぐる地政学的な争いでもある。
仏様の「現世利益」利用。バチ当たりなことだ。
■The Upper Ganges Valley(http://www.buddhanet.net/)
*1 ELLEN BARRY, “India and Nepal in Not-Very-Enlightened Spat Over Buddha’s Childhood Home,” New York Times, JUNE 1, 2016
*2 “Trans-national route from India to Nepal on the anvil: Buddhist circuit,” Kathmandu Post, Jun 1, 2016
谷川昌幸(C)
オリ首相訪印,成功?
オリ首相が6日間の公式訪印を終え,24日帰国した。首相は,当然ながら,「誤解は氷解した」,「訪印は大成功だった」と自画自賛しているが,本当にそうかどうか,評価は分かれている(*2&3)。
1.「共同声明」なし
成功が疑問視される第一の理由は,恒例の「印ネ共同声明」が出されなかったこと。ウペエンドラ・ヤダブMJAF-N議長によれば,「これは二国間に意見の対立がある証拠である」(*1)。
とくに新憲法の評価。モディ首相は20日,ネパール憲法について「重要な前進だが,・・・・その成功は今後のコンセンサスと対話への努力にかかっている」とくぎを刺した(*1)。2月25日付カトマンズポスト記事によれば,それは新憲法への不満の表明であり,それゆえ「共同声明」は,準備されていたにもかかわらず,結局,出されないことになってしまったという(*1)。
他方,オリ首相の側も,「ネパールに関する諸問題については,一握りの人々ではなく,ネパール政府と話し合うべきだ」とインド側に厳しく抗議している(*1)。やはり,印ネ対立は「氷解」とはいかなかったようだ。
2.印ネ7項目合意
オリ首相訪印のもう一つの論点が,印ネ7項目合意の評価。7項目合意の概要は以下の通り。
(1)震災復興支援,2億5千万ドル。
(2)タライ道路整備。
(3)印ネ芸術文化交流の促進
(4)印経由ネパール・バングラデシュ間輸送の合理化。
(5)ネパールへの印鉄道輸送利用の確認。
(6)印ネ送電,80MW。2017年末までに600MW送電へ。(印電力輸入?)
(7)印ネ有識者会議の立ち上げ。
これらは,たしかにネパールにとってメリットは少なくない。しかし,いずれも既存の事業や約束済みの事業の再確認にすぎない,という冷めた見方もある。
3.訪印は成功?
オリ首相訪印は,印ネ両国首相による外交交渉であり,両政府とも失敗とは言わない。では,客観的に見て,成功したといえるのか? これは,評価が難しい。
一つはっきりしているのは,オリ首相訪印をきっかけに,インドによるとされる「非公式国境封鎖」が解除され,ネパールが経済危機からとりあえず脱出できたこと。
では,この封鎖解除は,中国カードや印内反モディ勢力カードを利用したオリ首相外交の成果なのか? あるいは,マデシ諸勢力に対するオリ首相の働きかけの結果なのか? それとも,インドが,数か月に及ぶ「非公式国境封鎖」により獲得できるだけのものは獲得したので,それを解除したのか? あるいはまた,封鎖実働部隊たるマデシ諸勢力が宿痾の内部抗争により腰砕けになった結果なのか?
いまのところ,いずれともよく分からない。甚大な人的および経済的犠牲を払いながら,なんとなく納まり,なんとなくある方向へと流れていく。いつものことながら,ネパール政治は不可解だ。
【参照】
*1 Kathmandu Post, 25 Feb.
*2 Himalayan, 24 Feb.
*3 Republica, 22 Feb.
谷川昌幸(C)
「友好橋」争奪戦: 封鎖解除へ?
マデシ「国境封鎖」の主戦場たるビルガンジ・ラクサウル間「友好橋(ミテリ橋)」をめぐって,UDMF(統一民主マデシ戦線)と反UDMF派が争奪戦を始めた。
2月5日,反UDMF派商工業者らが友好橋付近のUDMF派テントや交通遮断物を取り壊し,その後,何台かのトラックが国境を通過した。しかし,その後,UDMF側は,再びテントや交通遮断物を設置しなおしたという。
たしかに,国境封鎖(2015年9月24日開始)への反対圧力は,このところ強まっている。庶民の生活苦が長期化する一方,密輸ヤミ商売が繁盛し,健全な経済活動が蝕まれ,しかも肝心の経済封鎖の効果も減殺されているからである。
UDMF自身も,すでに封鎖作戦の見直しを始めており,一部メディアは,2月6日の会議(カトマンズ開催)において正式に封鎖解除を決定するとも伝えている。しかし,UDMF内も分裂しており,封鎖解除が正式に決定されるかどうかも,また決定されても本当に実行されるかどうかも,まだわからない。
結局,しばらく様子見するより仕方ないということであろう。
谷川昌幸(C)
ネパール憲法,改正
ネパール憲法が1月23日,改正された(第一次憲法改正)。制定・公布・施行が2015年9月20日だから,4か月足らずでの改正。
▼立法議会(定員601,現議員総数596)
賛成461
反対 7
欠席128
改正されたのは,第42(1)条,第84(5)(a)条,第286(5)条。改正後の憲法正文がまだないので正確ではないかもしれないが,新聞報道によると,主な改正は次の通り。
第42条 社会的公正への権利
(1)[国家諸機関への比例的包摂参加の権利を保障。ただし,包摂単位となる帰属社会諸集団から「青年」と「先住民(アディバシ)」を削除し,15集団としたことの意味は不明。]
第84条 代議院の構成
(1)(a)[「小選挙区は,「地理と人口」によってではなく,「人口」を第一に,「地理」を第二に考慮して,区画する。]
第286条 選挙区区画委員会
(5)[選挙区は,「人口」を第一に,「地理」を第二に考慮して,区画する。また,各郡に,少なくとも1選挙区を割り当てる。]
この改正の結果,国家諸機関への社会諸集団比例包摂参加が強化され,またタライへの小選挙区議席配分が増加するとみられている。
▼タライ20郡=79~80議席
丘陵・山地55郡=85~86議席
この第一次憲法改正は,比例的包摂をさらに一歩前進させたが,マデシ諸派にとっては不十分なものであり,とくにタライ2州の要求は完全に無視された。そのため,マデシ諸派は,第一次憲法改正文書を焚書にし,反憲法・反政府闘争の継続を宣言した。
他方,マデシ闘争を暗黙裡に支援しているとされるインド政府は,外務省スワラプ報道官が第一次憲法改正を「歓迎すべき前進」と述べ,一定の評価はした。しかし,おそらくこれは,訪中と訪印を天秤にかけているオリ首相への揺さぶりとみるべきだろう。もしそうなら,インドの「暗黙の」マデシ支援は続き,マデシ闘争も終息しないことになる。
ネパール憲法は,改正前でも十分に包摂的であったし,ましてや改正後はさらに包摂的となった。しかし,それでもなお,マデシや他の非主流派諸集団を満足させられない。包摂民主主義は,理念は美しいが,運用は難しい。ネパールは,本当にそれを使いこなせるのだろうか?
いずれにせよ,ほんの4か月前,制憲議会の圧倒的多数の賛成をもって制定した憲法を,その憲法による選挙もせぬまま,同じ議会,同じ議員が改正する。あまりに安易。朝令暮改! 憲法といえば,国家の根本法。それをコロコロ変えていては,憲法の権威が損なわれ,国家統治そのものへの信頼すら失われてしまうであろう。
[参照]
*1 KESHAV P. KOIRALA,”Nepal makes first amendment of its constitution four months after promulgation,” The Himalayan Times, January 23, 2016
*2 “Four months after promulgation, Parliament endorses first amendment to the constitution,” Kathmandu Post Report,Jan 23,2016.
*3 KALLOL BHATTACHERJEE, “India welcomes amendments in Nepal Constitution,” The Hindu,January 24, 2016.
*4 “INDIA SAYS AMENDMENT A POSITIVE DEVELOPMENT,” Republica,24 Jan 2016
■Amit Ranjan,”Diversity and Inclusion in Nepal– Hot from Rubbles,” January 19, 2016 (MADHESI YOUTH,January 25,2016)
谷川昌幸(C)
中国からの石油輸入、価格は?
中国は、ネパール国内石油需要の1/3を中国から輸出することに合意しているが、問題は価格。
11月16日、GM.プン通商供給大臣がオリ首相書簡を携え訪中、価格交渉をした。中国側は市場価格での石油供給を約束したというが、ここには輸送費や精製費は含まれていないという。
中国側は、どこから、どのような手段で運ぶのだろう? トラック、それとも鉄道? あるいは、精製とは? これらのことは、専門外でよく分からないが、おそらく安くはないのだろう。
それでも、もしそうした課題が解決され、覚書通り中国から石油が供給されるなら、ネパール国内の石油燃料の1/3は中国経由となる。また、そうなれば、他の物質もいま以上に大量に入り始めるだろう。
これは大きい。経済的にはむろんのこと、政治的にも文化的にも。
■シンハダーバー(政府庁舎)前の給油待ち車両の列;給油所は前方バドラカリ寺院前。
谷川昌幸(C)
マデシ州を認めると主権喪失,チトラ・KC副首相
マンデル無任所大臣の印私服兵派遣発言(11月2日)やCP・マイナリ副首相の印タライ併合発言(11月7日)が印政府の激怒を買ったばかりだというのに,今度はチトラ・バハドゥル・KC副首相が,11月13日のテレビ・インタビューで,同趣旨の発言をした。インド紙「The Hindu」が大きく報道している。
チトラ・KC副首相は,国民人民戦線から出ている。副首相は6人もいるとはいえ,発言はヒラ大臣よりも格段に重い。マンデル大臣,マイナリ副首相に続く3人目,しかもマデシ問題の本質を突く,あけすけの本音発言だ。これは重大。以下,発言要旨。
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憲法規定の州区画を改め,タライだけの州をつくると,ネパールは主権を失うことになる。「南部のタライ平原・丘陵地・山地の三地域は,相互に依存しており,そこに手を付けるべきではない。」
「マデシ諸党が東部のジャパ,モラン,スンサリ,西部のカイラリとカンチャンプルを彼らの州に組み入れよと要求している理由が,一点の疑問もないほど明白になった。いま,ネパールは,ネ印国境封鎖のため,苦難に直面している。・・・・このことこそ,タライを他の地域から分離することが,この国にとって破滅的となることを,何よりもよく物語っている。」
「ネパール人民は,その希望に沿って憲法を公布したため,経済封鎖をもって処罰されている。」マデシ問題は,ネパールの内政問題であり,外国の助けは不要だ。
* “Nepal to lose sovereighty if Terai is separated: Deputy PM,” The Hindu, 14 Nov. 2015
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タライのマデシやタルーが,長年にわたり,カトマンズの封建王政ないしパルバテ・ヒンドゥー高位カースト寡頭政により支配・搾取されてきたことは,疑う余地のない歴史的事実。この封建支配体制は,マオイスト人民戦争により打倒され,包摂民主主義を理念とする人民主権の連邦共和国が成立した。マデシやタルーは,これにより伝統的な支配・搾取から解放されると期待した。
ところが,彼らによると,新体制は,王制を否定したものの,カトマンズ中心の諸勢力がタライを支配し抑圧する構造はそのまま温存し,それを新憲法に書き込んだ。すなわち,タライを分断し,タライの自治を否定し,タライをカトマンズ中心の支配諸勢力に隷従させ続けることにした。
タライは,タライだけで1州ないし2州を要求しているのに,カトマンズ諸勢力はタライを縦にいくつかに分断し,北側の丘陵地と組み合わせ,そうすることによってタライを丘陵地諸勢力に隷属させ続けようとしている,というのだ。
このタライ住民の主張には,相当の根拠がある。伝統的上位カーストは,タライ諸民族に自治権を与えることを恐れている。タライ諸民族中心の州ができると,州ごとインドに接近し,カトマンズ中央権力のコントロールが効かなくなる。
チトラ・KC副首相の危惧する通りだ。ネパール国家主権は危うくなる。国家主権,国民主権を重視するなら,タライ州は危険であり,認められない。これに対し,民族自治を重視するなら,タライ州は認められねばならない。
この二律背反は,ネパール憲法そのものに内在する矛盾だ。国民の統一と主権を訴えるカトマンズ政府側も,民族州の自治を求めるマデシやタルーも,同じくらいの正当性をもって憲法に訴えることができる。これは難しい。
谷川昌幸(C)
中国カードをどう使うか,オリ政権
オリ政権が,新憲法に反対するマデシやそのマデシを支援するインドとの交渉に,「中国カード」を使用していることは明白だが,有効性が増せば増すほど,パワーゲームにおけるカードの使用は難しくなり,危険だ。ネパールは,手にした「中国カード」をどう使うべきか?
この観点から興味深いのが,11月7日付「ニューヨークタイムズ」に掲載された「カトマンズポスト」A・ウパダヤ編集長の「ネパール,竜と象の間で」という記事。概要は以下の通り(補足説明適宜追加)。
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▼ネパール,竜と象の間で(NYT,7 Nov)
ネパールの新憲法は,長らく待ち望まれていたものだが,いざ制定公布されると,それに不満をもつタライの人々が印ネ国境付近で道路封鎖など激しい反対運動を始め,しかもそれを自国への波及を恐れるインドが支援し「非公式」経済封鎖を始めてしまった。
インドの経済封鎖は過酷なものであり,石油は底をつき,燃料不足で移動は困難となり,主要工場は休止,観光業は大打撃を受けている。
「このデリーの過酷な禁輸や力の行使は,大多数のネパール人にとって耐えがたいものとなった。」しかしインドにとって,「ネパールの政府は以前から操作の対象であった」。今回,「インドは,インドと密接な関係にあるマデシの人々を,カトマンズの権力に対するデリーの戦略的手段として利用できると考え」,彼らの道路封鎖を支援しているのである。
このマデシの反憲法道路封鎖闘争へのインドの経済封鎖による支援は,「ネパールの主権に対する重大な侵害」である。
「耐えがたい屈辱を受けたネパール政府は,北の隣国との交易は(少なくとも短期的には)南の隣国との交易にとって代えられるほどのものではないと知りつつも,その交易路の中国への拡大を図りつつある。・・・・この2週間ほど前,ネパールは中国との間で石油取引協定に調印した。40年間にわたる国有インド石油会社の独占に終止符を打つものであり,ネパールの戦略的勝利である。11月5日には,中国とネパールは交易路を7か所追加開通させることにも合意した。」
「交易路を中国に伸ばすことにより,ネパールはインドと取引するに必要なカードを持ったことになる。」
他方,中国からしても,ネパールの共産主義・毛沢東主義諸政党とは良好な関係にあるし,ネパール国内のチベット難民社会の監視にも関心があるので,ネパールとの関係強化は望ましい。さらに経済的な観点からも,ネパールは重要となってきた。
「北京は,ネパールの憲法制定を強力に支援してきた。ネパールが安定すれば,中国自身よりも大きな人口をもつ巨大な南アジア市場へとつながるヒマラヤ縦断鉄道を完成させることができるからだ。」
中国もネパールを必要としている。そのことにインドは十分注意すべきだ。「インドの強硬戦術は,カトマンズを北京に接近させるだけだ。今週,ネパールは中国からトラック数台分の石油を受け取った。少量だが,象徴的意味は大きい。」
こうしてネパールは「中国カード」を手に入れたが,インドも中国もネパールとは比較にならないくらい巨大な強国であり,ネパールとしては,その使用には十分注意していなければならない。
「これまでネパールには頼るべきものがほとんどなかったので,強力な隣国の要求にはたいてい屈服せざるをえなかった。しかし,今回,ネパールは,インドのライバルたる中国に接近することにより,インドの干渉に対抗しようとしてきた。これは,ネパールとしてはスマートな[賢い]動きではあるが,強力な二大隣国の間でそうした動きをすることには十分な注意が必要である。」
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以上が,ウパダヤ編集長記事の概要である。たしかに,地政学的に,ネパールが新たな地平に立つことになったのは,事実であろう。では,その新たな状況の下で,ネパールは内政・外交をどう進めていけばよいのであろうか?
著者は,インドに対する「中国カード」の使用はスマートだといいつつも,使用には用心せよ,と警告している。では,どう用心するのか?
著者は,結びにおいて,ネパール政府は「自国の人民の要求,すなわち何世代にもわたり訴えられてきたマデシの人々の要求」に応えるべきだ,と述べている。
しかしながら,「マデシ自治州」を中心とするマデシの諸要求に応えられないからこそ,カトマンズ政府は力による新憲法施行を図り,対抗してマデシは「インド・カード」を持ち出し,そして,その「インド・カード」に今度は政府が対抗して「中国カード」持ち出したのではないのか? この状況で「中国カード」をどう使うのがスマートなのか?
「中国カード」が十分に使えなかった頃は,「インド・カード」が切り札となり,ネパール内紛は決着した。が,ジョーカーが2枚となったいま,「インド・カード」は最後の切り札ではなくなった。この新しい状況で,ネパール内紛はどのようにして決着させられるのか? これは難しい。タライ内乱とならなければよいが。
谷川昌幸(C)
国連人権理事会で印批判,カマル・タパ副首相
カマル・タパ副首相兼外相が11月4日,ジュネーブ開催の国連人権理事会第23回会議(THE 23RD SESSION OF THE UPR WORKING GROUP,UNHRC)において,ネパール憲法の先進性を訴え,インドの経済封鎖を非難した。
タパ副首相は,高らかに,こう宣言した。「我が国の基本法[憲法]は,多民族,多言語,多文化,地理的多様性を踏まえたものであり,諸個人,諸集団,諸社会のあらゆる権利を守るものである。」(Kathmandu Post, 5 Nov)
したがって,マデシらの憲法非難は,まったくの的外れ。ネパール憲法は,人間の尊厳,アイデンティティ,万人の平等な機会を保障し,ジェンダーについても,積極的是正措置をとるなど,包摂的だ。ネパール憲法には,マデシらの言うような差別や不平等はない。
また,タパ外相によれば,ネパール憲法は内発的なものであり,問題が見つかっても自国内の努力で平和的に解決できる。
したがって,外国(「インド」とは明示せず)の介入は,「問題を紛糾させるだけ」。ところが,いまネパールは,外国による経済封鎖により「理不尽で深刻な人道危機」にある。「ネパールは,国際法が内陸国に認めている権利と自由の行使を著しく妨害されてきた。」「物流の遮断,通過の遮断は,いかなる口実をもってしても認められない。」(Ibid.,5-6 Nov)
さすが雄弁のカマル・タパ。愛国ナショナリストの本領発揮だ。
ところが,このタパ演説に対し,直接「インド」と名指しされてもいないのに,インド代表が異例の反対演説を行った。「大臣閣下の言及された妨害は,ネパール国内の反対派がネパール国内で行っているものだ。」しかも,ネパール治安部隊は行き過ぎた実力行使により,多くの死傷者さえ出している。
このようなインドの反論は,国際社会の多数意見をバックにしている。スウェーデン,スイス,ベルギーなど人権先進民主主義諸国や,「人権監視」,「アムネスティ」などの人権擁護諸団体は,ネパールにおけるマデシ,タルー,ジャナジャーティ,女性などの差別を糾弾し,治安当局の過剰な実力行使を非難してきた。インドはいま,その国際社会の多数派の側に立ち,「非公式経済封鎖」によるマデシ闘争「非公式支援」を正当化しようとしている。
が,本当に,これでよいのか? ナショナリズムは,どの国においても恐ろしい。いかに人権や民主主義の正義が名目とはいえ,行き過ぎた外圧はネパール国内に鬱屈した不満を蓄積させていき,いつかは爆発させることになりかねないだろう。
谷川昌幸(C)
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