ネパール評論 Nepal Review

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Under Control ― オリ首相と安倍首相

1.オリ首相の「under control」発言
ネパールのオリ首相が5月8日,CNNインタビューにおいて,コロナ対策について問われ,こう答えた―

「ネパールでも,むろん他のいくつかの国々と同様,パンデミック(感染爆発)が広がっている。が,ネパールでは,コロナ(コビド19)感染は,いまのところ『under control(コントロール下,制御下)』と見るべきだ。*1」

「昨年,われわれは感染をunder controlの状態にしていた。感染死はゼロになった。新規感染は1日当たり50人以下だった。ところが,一般民衆は,パンデミックはもう終わり心配するほどではない,と考えてしまった。それが,コロナ感染の第2波を引き起こしたのだ。・・・・われわれは,感染をunder controlの状態に置くため,全力をあげてきた。*2」

このオリ首相の「under control」発言は,首相報道補佐官ツイッターにも投稿され,一挙に拡散された*3。

    ■首相報道補佐官ツイッター,2021/05/08

2.「out of control」の現実
このように,オリ首相はCNNインタビューにおいて,コロナ感染は「under control」と強気で語ったが,実際にはこの頃,ネパールでも「感染が激増,病院ではベッドも酸素も不足し,事態はコントロール不能(out of control)の状態」になっていた*4。

    ■The Guardian, 2021/04/30

ネット版National Geographicによれば,「ネパールではコビド19がコントロール不能(out of control)の状態で拡大」をしており,「いまや救急病棟は満員」,「死亡率も隣国インドより高くなっている」。しかも,保健所によれば,感染者数は,政府発表よりも実際にははるかに多い。スター病院のコロナ担当者は,「いまは戦争のような状態だ」とさえ語っている*5。

コロナ感染は,政官界にも及んでいる。オリ首相の「under control」発言インタビューをツイッターに投稿した報道補佐官自身でさえ,投稿日の夕方,感染が判明。他に,オリ首相秘書官数名,大臣2名を含む国会議員26名,議会事務官19人など,多くが感染している。

3.首相「under control」発言への猛反発
こうした状況を見れば,ネパールのコロナ感染状況は危機的と言わざるをえない。にもかかわらず,オリ首相は,「under control」とCNNを通して世界に向け宣言してしまった。

この発言には,当然ながら,ごうごうたる非難の声が上がり,一挙に拡大した。たとえば,ボジラジ・ポカレル元選管委員長は,「オリは,国際社会に向け,現状を隠し事態はコントロール下(under control)と語るのではなく,ネパールが現に直面している現実を正確に語るべきだった」と批判している*1。

非難はもっとも至極である。では,なぜオリ首相は,どう見ても無理であるにもかかわらず,このようなことを強気で断言してしまったのか?

4.政治も「out of control」状態
オリ首相は,対印外交でも内政でも,強硬なナショナリストであった。2018年2月の政権発足後2年ほどは,その政策があつれきは多々あれ,与党共産党が下院絶対多数を握っていたこともあり,結果的には成功しているように見えていた。

ところが,政権発足2年を過ぎると,ネパール共産党内のオリ派と反オリ派の対立が激化し始める一方,対印関係もカラパニ領有権をめぐり悪化していった。

こうして政権維持に不安を感じ始めたオリ首相は,強行突破を図るべく,2020年12月,突然,下院を解散してしまった。しかし,この解散はあまりにも強引であり,最高裁で2021年2月違憲とされ,議会は再開された。そして,この再開議会において2021年5月,オリ首相は,信任案が否決され,辞任を迫られた。ところが,反オリ派の方も首相選出に必要な多数派を形成できなかったのをみて,オリ首相は,バンダリ大統領に助言しオリを首相に任命させてしまった。こうして再任されたオリ首相は,またもや強引に議会を解散,半年後の2021年11月に選挙を実施することにしたのである。

この半年余のネパール議会政治は,まさにドタバタ,憲法上の根本的な疑義も多々指摘されている。文字通り「out of control」と批判されても致し方あるまい。

そこにコロナ感染第2波が押し寄せてきた。オリ首相は,コロナ対策でも窮地に追い詰められた。もしこれを「out of control」と認めてしまえば,議会政治の事実上の「out of control」のダメ押しとなり,政権維持が一層困難になる。そこで,オリ首相はCNNインタビューで,つい,コロナ感染は「under control」と口走ってしまった,ということではないだろうか。状況からは,そう推測される。

5.日本英語の「under control」
それと,もう一つ。このCNNインタビューでの「under control」発言のとき,オリ首相は,とっさに日本英語での用法を思い浮かべ,それに習ったのではないかという推測。いまのところ証拠は何一つないが,興味深い仮説ではある。

周知のように,日本英語の「under control」は,安倍晋三議員が首相であったとき,オリンピック東京招致のため世界に向け発信した,最も基本的で重要な英語キーワードであった。

2013年9月,安倍首相はオリンピック招致のためブエノスアイレスでのIOC総会に出かけ,英語(米語)で,東京開催の安全性をアピールした(「皇室利用と日本語放棄で五輪を買った安倍首相:”under control”のウソ公言」ネパール評論2013/09/13)*6。

“Some may have concerns about Fukushima. Let me assure you, the situation is under control. It has never done and will never do any damage to Tokyo.” 「フクシマについて、お案じの向きには、私から保証をいたします。状況は、統御されています。東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも、及ぼすことはありません。」(首相官邸HP *8)

しかしながら,福島原発が2013年9月時点で「under control(統御されている)」状態とはほど遠かったことは,明らかだ。現在に至っても,燃料デブリや増加し続ける汚染水など,多くのものの処理が先送りされており,とうてい「under control」などとは言えない状況である。

ところが,それにもかかわらず,安倍首相は被災福島原発を「under control」と説明し,オリンピック招致に成功,以後,日本政府もこれを基本方針として継承してきた。すなわち,日本政府公認の日本英語では,被災福島原発のような状況をもって「under control」と言い表すことになったのである。

この日本英語の「under control」は,東京オリンピック開催問題や福島原発事故が議論されるとき,しばしば言及され,世界的に有名となり,日本英語の語義として定着していった。

6.オリ首相「under control」は日本英語?
さて,そこで問題は,オリ首相の「under control」。ネパールは日本と親密な関係にあり,ネパールの人々が日本英語をマスターしていて,何ら不思議ではない。そして,そうしたネパールの人々であれば,この半年余のネパールのコロナ感染状況や政治状況を「under control」と呼ぶことに,さほど躊躇することもあるまい。福島の被災原発がコントロールされているのと同じように,ネパールのコロナも政治も,多少問題はあれ,ちゃんとコントロールされているではないか,と。

では,オリ首相自身は,どうであったのか? 与党分裂とコロナ感染拡大とで切羽詰まって,英米英語の意味で「under control」と口走ってしまったのか? それとも,日本に学び,日本英語の意味で「under control」と説明してしまったのか? いまのところ,私には,いずれとも判断できない。機会があれば,どなたかにお教えを請いたいと思っている。

7.誤魔化しよりましな自覚的変更
それともう一つ,「under control」との関連で注目すべきは,ネパールの政治家たちの状況適応力の高さである。彼らの多くは,状況の変化に応じて融通無碍に自分にとって最も有利と思われる方に立場を変えていく。無定見,無原則と見えるかもしれないが,少なくとも現実政治の場では,いったん始めたら状況がいかに変わろうが修正困難な「武士に二言なし」型・「インパール作戦」型の日本の政治家たちよりはましである。

オリ首相も,CNNインタビュー後,「under control」発言に猛反発されると,そのわずか2日後,The Guardianに,”Nepal is being overwhelmed by Covid. We need help”とタイトルをつけたメッセージを寄せ,先の発言を事実上,全面的に撤回してしまった(タイトルが首相自身のものかは不明)。「ネパールはコロナに席巻され圧倒されている(overwhelmed)」というのだ*8。

    ■首相報道補佐官ツイッター,2021/05/10

「under control」でないとも,「out of control」だとも言っていないが,事実上,同じとみてよいだろう。文字通り,豹変。だが,オリ首相は,コントロール下でないのにコントロール下と強弁し誤魔化し続ける日本英語式の「under control」に逃げ込むことをせず,ネパールのコロナ感染状況は英米英語でいう「under control」ではないことを,はっきりと認めた。誤りを誤りと認め,方針転換する。この方が,外国語の語義まで勝手に変えて現実を隠蔽し続けるよりも,はるかに危険が少なく,よりましな政治とはいえるであろう。

このところ日本政治における言葉の軽視は,目に余る,議論はまるで成り立たず。詭弁,誤魔化し,繰り返し,無視等々に明け暮れる。少しはネパールの政治家たちの真剣な議論を見習うべきではないか。

*1 Oli’s virus ‘situation under control’ remark meets with criticism, Kathmandu Post, 2021/05/09
*2 Pandemic is Under Control: PM Oli, Newbussinessage, 2021/05/09
*3 首相報道補佐官ツイッター,2021/05/08
*4 Nepal facing deadly Covid wave similar to India, doctors warn, ‘Situation is out of control’ as cases spike and hospitals run short of beds and oxygen, The Guardian, 2021/04/30
*5 COVID-19 spirals out of control in Nepal: ‘Every emergency room is full now’, National Geographic, 2021/05/12
*6 「皇室利用と日本語放棄で五輪を買った安倍首相:”under control”のウソ公言」ネパール評論,2013/09/13
*7 「IOC総会における安倍総理プレゼンテーション」2013年9月7日
*8 KP Sharma Oli, “Nepal is being overwhelmed by Covid. We need help,” The Gurdian, 2021/05/10

(C)谷川昌幸

Written by Tanigawa

2021/06/02 at 14:32

ゴビンダ・KC医師のハンスト闘争(6)

5.ハンスト勝利と政権交代以後
(1)「4項目合意」の締結
ゴビンダ・KC医師は7月24日,オリ政権(UML)と「4項目合意」を締結し,ハンストを終えた(*1,2)。

[4項目合意の内容]
 ・政府はこれまでの約束を守る。
 ・各州に国立医大を1校以上設置。ただし,カトマンズ盆地には,10年間,医科大,歯科大,看護大は新設しない。
 ・医科大の授業料の上限設定。国立医科大に無料ベッド枠設定。
 ・すべての医学部・保健学部を対象とする統一試験の実施。
 ・マンモハン・アディカリ病院は国家医学アカデミー(ビル病院)の管轄とする。
 ・カルキCIAA委員長の弾劾は,すでに議会で問題とされているので,それを見守る。

以上が「4項目合意」の内容として報道されているものだが,もしこのとおりとすると,これはゴビンダ医師の要求にほぼ沿うものと見てよいであろう。

むろんこれは「約束」であり,これまでと同様,空手形になる恐れはあるが,それはそれとして,少なくとも形の上ではゴビンダ医師がハンスト闘争に勝利したのである。

(2)「4項目合意」とプラチャンダ首相
ところが,「4項目合意」締結のその日(7月24日),オリ首相(UML)は辞意を表明し,政権を投げ出してしまった。そして8月3日,次の首相にマオイストのプラチャンダ議長が選出された。突然の政権交代。見方によれば,「4項目合意」はどさくさまぎれ,ともいえる。では,「4項目合意」はどうなるのか? 

いまのところ,NC=マオイスト連立プラチャンダ政権は,「4項目合意」を継承する姿勢を見せている。プラチャンダ首相は8月26日,首相官邸でゴビンダ医師らと会い,次のように約束した。

「あなた方の要望はよくわかっている。要望には最大限応えていきたい。」「教育,健康など基本的必要に国家は責任をもつべきだと,私は信じている。しかし,いまの政治文化,行政機構,政策を前提にする限り,これらすべての要望に応えることは難しい。」(*3)

ゴビンダ医師も,プラチャンダ首相の政治的思惑には気づいているので,面会後,こう述べ,予防線を張っている。

「プラチャンダ首相に対し,約束を守り,率先して私の要求に応える努力をしてほしい,と要望した。そして,要求に応えられないならば,次のハンストを始めるに何ら躊躇しない,と釘を刺しておいた。」(*4)

(3)ゴビンダ医師とガガン・タパ保健大臣
プラチャンダ内閣のガガン・タパ保健大臣(NC)は,プラチャンダ首相以上に明確に,ゴビンダ医師を支持している。

ガガン・タパ(40歳)は,王政反対学生運動のリーダーとして頭角を現し,2006年民主化に貢献。以後,NCの次世代政治家として特に若い世代から大きな支持を得ている。制憲議会議員(第一次2008-12,第二次2013-)。2016年8月26日,プラチャンダ内閣の保健大臣に就任。

ガガン・タパは,オリ前政権に対しゴビンダ医師がハンストを開始すると,すぐ駆け付け,連帯を表明した。そして,7月21日,他の2議員(NCのDR・グルンとマオイストのSS・シュレスタ)の支持を得て,ゴビンダ医師の諸要求に関する審議を議会に提案した。彼は,こう述べている(*5)。

「政府はこれまで,医学教育改革に関する様々な合意をKC医師との間で取り交わしてきた。それらの約束が実行されていないのであれば,実行せよと政府に指示するのが,議会の義務である。」

「腐敗を規制すべき憲法設置機関たる職権乱用調査委員会(CIAA)それ自体が職権を乱用し医学教育分野の腐敗を広めていると糾弾される事態になったら,人民代表の最高機関(議会)は,沈黙しているべきではないし,また沈黙していることもできないはずだ。」

「KC医師が提起しているのは,公益にかかわる諸問題だ。それらについて審議し彼の生命を救うため,直ちに行動すべきだ。権威ある議会で審議し必要な解決策を見つけ出さなければならない。私が,この公的重要性をもつ議案を提出したのは,そのためである。」

そして,保健大臣に就任すると,ガガン・タパは8月26日,こう明言した(*6)。

「在野中も,私はゴビンダ医師の訴えを支持してきた。これからは[保健大臣として],彼の諸要求に応えていきたい。・・・・全力を尽くしたい。マテマ委員会報告の実行が決定的に重要だと思う。」

(4)ゴビンダ医師ハンストと党派抗争
ネパールでは,何か事があれば,すぐそれは政争に利用される。ゴビンダ医師ハンスト闘争にも,そうした側面が多分にあるように思われる。

ゴビンダ医師がオリ政権に対しハンスト闘争を始めると,反UMLのNCとマオイストが彼の支持に回った。ゴビンダ医師勝利には,そうした党派抗争力学も,かなり大きく作用していたと見るべきであろう。

もしそうであるなら,新政権のプラチャンダ首相やガガン・タパ保健大臣が,ゴビンダ医師との約束をどこまで守るか,はなはだ心もとない。医療・保健分野には様々な利権が渦巻き,そこには新政権側の人々も多数関与しているからである。

160907■保健省FB(9月3日)

*1 “Four-point agreement forged, Dr KC to end hunger strike,” Himalayan Times, July 24, 2016
*2 “Dr Govinda KC breaks hunger strike,” Republica, July 25, 2016
*3 “PM assures Dr Govinda KC,” Himalayan Times, August 26, 2016
*4 “PM to ‘take initiatives’ to address Dr KC’s demands,” Kathmandu Post, Aug 27, 2016
*5 “Gagan Thapa files proposal of public importance seeking discussion on Govinda KC’s demands at House,” The Himalayan Times, July 21, 2016
*6 “Thapa vows to address Dr KC’s demands,” Kathmandu Post, Aug 27, 2016

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/09/07 at 16:30

ナショナリスト親中派オリ首相の辞任

オリ首相(UML)が7月24日,辞任した。オリ政権は,第2党のUMLと第3党のマオイストを主軸とする連立政権だったが,マオイストが政権離脱し,議会少数派に転落したため,不信任案採決の直前に自ら辞表を大統領に提出し,辞任したのである。2015年10月発足から9か月余の短期政権であった。

それでは,マオイストはなぜ連立を離脱し,オリ首相不信任に回ったのか? いくつか理由は考えられるが,最大の直接的理由は,おそらくUML・マオイスト「9項目合意」(5月5日)のオリ首相による実行が期待できなくなったことだろう。

「9項目合意」では,マオイストに当事者の多い人民戦争関係訴訟を終わらせることがうたわれ,またそれと同時に予算成立後のプラチャンダへの政権禅譲の密約もあったとされている。ところが,人民戦争期の加害者への免罪や不動産移転の追認には被害者の反対が強く,また政権禅譲密約も反故にされそうな雲行きであった。そこでプラチャンダは,オリ首相を見限り政権離脱,第1党のNCと組み,自ら内閣不信任案を議会に提出したのである。

むろん,それだけではない。オリ首相の政権運営については,強権的ナショナリズムとの批判が高まっていた。マデシの憲法改正要求闘争を力で抑え込み,政府批判のブログ投稿者やデモ「参加者(見学者?)」(いずれも外国人)を逮捕した。さらに著名な知識人カナク・デクジト氏も別件逮捕され,一時,生命の危機に陥りさえした。

このような強権的ナショナリズムは,人民戦争を経て獲得された諸民族・諸共同体参加の包摂民主主義を危うくするもの,かつての一元的中央集権国家へ後戻りするものとみられるようになった。

そして,ネパールでナショナリズムに傾けば,歴史が物語るように,地政学的力学により反インド・親中国となる。オリ首相も,ナショナリズムに傾けば傾くほど,反印となった。マデシの反政府闘争,特に国境封鎖闘争をインドが支援しているとみなし,インドの内政干渉を非難し,駐印大使の召還や,大統領訪印の直前中止さえ断行した。

これとは対照的に,中国との関係は一気に前進した。オリ首相の3月訪中の際の「共同声明」では,中国側は「2015年憲法」制定を歓迎し,
 ・石油類供給
 ・中ネ間道路・鉄道建設
 ・国境経済ゾーン開設
 ・治安機関強化支援
などを約束した。オリ首相は,インドに代わり得る交通交易路を確保したと,その対中外交の成果を誇示したのである。

中国側も,オリ首相を大っぴらに支援してきた。在ネ中国政府筋がネパールの有力者たちにオリ首相支持を働きかけたし,中国系メディアもオリ首相を称える記事をつぎつぎと掲載した。たとえば,辞任後の記事ではあるが,インドのBusiness Standard(29 Jul)は中国のGlobal Timesが次のように伝えた,と報道している。

オリ首相は,「1990年代以降,最大のネパール首相」であった。「ネパールは,近代国家になった1956年以降,インドに全面的に依存してきたが,オリ首相はこの依存をほぼ完全に打破した。」「国境封鎖すれば,ネパールは窒息しすぐ降参するとインドは信じてきたが,オリ首相はこの状況を覆したのである。」

インドが,こうした親中派オリ政権を快く思わず,さまざまな形でNCやマオイストに働きかけ,親印派政権に置き換えようとしてきたことは,まず間違いないであろう。

次のNC=マオイスト連立政権の首相と目されているプラチャンダも,最大の懸案であるマデシ問題について,憲法を改正し,マデシ(とインド)の要求に応えたいと語っている。プラチャンダは,中国とのこれまでの約束を守り友好関係を促進するとも語っているが,次のプラチャンダ政権が対中印関係をこれまでよりインド寄りに修正する,と見るのが一般的である。

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 ■オリ前首相(UML:HP)/プラチャンダCPN-MC議長(同党HP)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/07/31 at 19:53

「共和国記念日」祝賀メッセージ,中国と北朝鮮だけ

ネパールで5月28日,第9回「共和国記念日」が祝われたが,ネパリ・タイムズ=mysansar.com(5月30日)記事によれば,祝賀メッセージを寄せたのは中国と北朝鮮の2か国のみであった。しかも,ネパール政府が披露したのは中国のメッセージのみだったという。ちょっと変だし,メッセージを寄せた国が他にもあったという記事もあるが,ここではネパリ・タイムズの記事を紹介する。

同記事によれば,北朝鮮祝賀メッセージが披露されなかったのは,(1)「共和国」の建国記念祝賀と明記されていなかった,(2)北朝鮮側の署名が金正恩労働党委員長ではなく金永南最高人民会議委員長だった,(3)国際的非難を浴びている北朝鮮との関係を際立たせたくなかった,といったことが理由として考えられるという。

いずれにせよ,オリ政府が共和国記念日に披露したのが中国からの祝賀メッセージだけだった――と報道された――のは,たいへん興味深い事実である。

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Pyongyang, May 28 (KCNA) — Kim Yong Nam, president of the Presidium of the Supreme People’s Assembly of the DPRK, Saturday sent a message of greeting to Bidhya Devi Bhandari, president of the Federal Democratic Republic of Nepal, on the occasion of its national day.

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/06/01 at 23:19

カテゴリー: 外交, 政党, 中国

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蘭州発加徳満都行,一番列車発車

中国甘粛省蘭州から5月11日午後,加徳満都(カトマンズ)に向け,一番列車「蘭州号」が発車した。43車両にコンテナ84個積載。ラサ経由でシガツェまで行き,そこでトラックに積み替え,キロン経由でカトマンズまで運ばれる。定期運行。

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  ■蘭州号(*1)

新華社掲載の写真を見ると,西蔵鉄道の線路は堅固な造りだし,カトマンズ行車両の編成もなかなか立派。さすが,中国はすごい。いまや鉄道大国だ。鉄道建設国際入札で日本が負けるのもむべなるかなだ。

といっても,まだシガツェから先が未完成のため,蘭州からカトマンズまで10日間もかかる。いまのところ,経済的にはあまりメリットはないだろう。しかし,チベット鉄道延伸計画は進んでおり,カトマンズまで結ばれるのも,そう遠い先のことではあるまい。そうなれば,中ネ間の交通は格段に便利となり,コストも下がり,人と物の往来が劇的に拡大するだろう。5月11日発車の一番列車は,その露払い,前祝といったところであろう。
  (注)中国各地からの鉄道ツアーはすでに多数売り出されている。
   160515■西安中信国際旅行社HP

さらにもう一つ,当面,これよりもはるかに重要といってよいのが,加徳満都行一番列車発車のもつ政治的な意味(*2)。先の連立組み換え首相交代騒動は,裏でインドが画策していたといわれている。インドは,現行憲法堅持で親中・反マデシのオリ政権を嫌い,コングレスに働きかけマオイストをUMLから引き離し,憲法改正・親印・親マデシのNC=マオイスト政権をつくらせようとした。この政権転覆のたくらみは,一時成功するかに見えたが,マオイストがオリ首相に「9項目合意」を呑ませることによりUMLとの連立継続をとったため,頓挫してしまった。

この間,オリ首相は,バンダリ大統領の訪印をドタキャンし,さらに駐印大使の召還さえも断行してしまった。これは重大な決断であり,対印関係はいま危機的な状況にあるといっても言い過ぎではあるまい。

そのような中,カトマンズに向け,中国から一番列車が発車! それは中ネの時間距離的接近をビジュアルに誇示するものであると同時に,当然,それは両国の政治的接近をも世界に向け強烈にアピールしている。新華社掲載の「加徳満都行蘭州号」写真の,それは,それは巨大なこと! 

といっても,むろんインドが,ネパールにとって,依然として地理的にも文化的にも最も近い国であることに変わりはない。地政学的に,ネパールはインド勢力圏内にある。そのネパールへの中国の急接近――ネパール政治に何かこれまでとは異なることが起こる可能性はある。それが何かは,まだわからないが。

*1 Liang Jun, “China opens its first combined transport service to Nepal,” People’s Daily Online, May 12, 2016.
*2 SANJEEV GIRI, “Beijing ‘sends’ freight train for Nepal,” Kathmandu Post, 2016-05-13.
*3 Ananth Krishnan, “China opens new trade route to Nepal amid India tensions,” India Today, May 12, 2016.

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/05/15 at 11:20

カテゴリー: インド, 経済, 外交, 旅行, 中国

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大統領訪印中止と駐印大使召還

オリ政府が5月6日、バンダリ大統領の訪印中止とDK・ウパダヤ駐印大使の召還を決めた。再び印ネ関係が緊迫化しそうな雲行きだ。

ウパダヤ駐印大使は、コングレス幹部出身であり、スシル・コイララ内閣が2015年4月指名した。各紙報道によれば、ウ大使召還の理由は、政府は否定しているが、次のようなものである。
・オリ内閣打倒に加担
・R・ライ駐ネ大使とマデシュ諸郡訪問を密議
・オリ首相訪印時に非協力的
・大統領訪印中止に反対

ヒンドゥースタン・タイムズ(※1-3)は、より明確に、次のように説明している。最近、コングレスがマオイスト(UCPN-M)に働きかけ、オリ内閣にかえ、プラチャンダを首相とするNC-UCPN連立内閣を樹立することを図ったが、マオイストは5月5日、結局、UMLとの連立継続を選択、倒閣は失敗した。

ヒンドゥースタン・タイムズによれば、この倒閣の動きの背後にインドがいたといわれている。むろん印政府筋はこれを否定し、「国内の混乱の原因を外部に転嫁し非難する」試みだ、と反論している。

また、連立継続のためUMLがマオイストと5月5日に取り交わした合意文書には、人民戦争中の事件につきマオイストを訴追しないという項目があるという。これが事実だとするなら、唐突な倒閣の動きをマオイストがうまく利用し、人民戦争中の行為に対する免責の約束を取り付けたことになる。マオイストにとっては、大きな成果だ。

ヒンドゥースタン・タイムズによれば、インド政府筋は、今回のオリ政権の動きを、タライの反憲法闘争を無視して「ウルトラ・ナショナリズム」を扇動するものとみており、そうしたネパールの国内紛争に引き込まれることを警戒しているという。

今回の唐突な倒閣劇の黒幕がインド政府か否かは、判然としない。が、大統領訪印が中止され、駐印大使が召還されたことは、まぎれもない事実である。ネパール・ナショナリズムが刺激され、対印感情が硬化することは避けられないだろう。

[参照]
※1 “Attempt to topple govt reason for Nepal recalling its envoy to India”, Hindustan Times, May 7.
※2 “Nepal’s sudden change in plans suggests bad blood with India,” Ibid, May 7.
※3 “Nepal cancels president’s visit to India, recalls ambassador,” Ibid, May 6.

©谷川昌幸

Written by Tanigawa

2016/05/08 at 11:46

オリ政権と国際機関

1. 最高裁命令
最高裁は5月2日、十分な理由のない勾留は違法であるとして、CIAAに対しカナク・デクシト氏の釈放命令を出した。

一方、カナダ人ペンナー氏は5月4日、入管=内務省によるビザ取り消し処分を不当だとして、処分撤回を求める訴えを最高裁に提出した。ところが、最高裁は、時間がないことを理由として審理は6日になると通告した。やむなく、ペンナー氏は5月5日、出国した。

2.「人権監視」のオリ首相宛書簡
「オリ首相閣下
多くの死傷者を出したタライ暴力事件へのネパール政府の対応は、どのようになっているでしょうか? タライの人々は、新憲法の差別的諸規定に抗議してきました。暴力攻撃した人々や過剰な実力行使をした人々の責任を明らかにすべきです。それは、犠牲者にとっても、法の支配にとっても、重要なことです。……
2016年5月5日
人権監視アジア局長 ブラッド・アダムズ 」(HRW.org)

3.「ジャーナリスト保護委員会」の談話
「批判的なツイートを理由に居住者のビザが取り消されるような国に、報道の自由は、ないであろう。…… ネパール政府は批判や公論に寛容となることを学ぶべきだ。
ジャーナリスト保護委員会アジア ボブ・ディーツ」(The Committee to Protect Journalists, “CJP concerned by climate for free expression in Nepal”)

※スマホからの書き込み。難しい。

©谷川昌幸

 

Written by Tanigawa

2016/05/06 at 19:02

カテゴリー: 情報 IT, 憲法, 人権

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駐日大使にカドガ・KC氏推薦

オリ内閣は4月19日の閣議において,次期駐日大使にカドガ・KC氏を推薦することを決定した。カドガ氏は現在,トリブバン大学人文社会科学部国際関係論大学院プログラム(MIRD)主任(コーディネーター)。専門は国際関係論,日本政治。以下参照。

カドガ・KC著「丸山真男と近代日本の政治思想」
ポカレル前副首相講演: 憲法政治学研究会
長崎原爆展,カトマンズ開催
カドガ・KC氏フェイスブック
MIRD, TU
Rise and Shine interview with Khadga K.C 21 Feb(カンチプルTV)
160419

次期大使推薦閣議決定】(Republica, 19 Apr)
Dubasu Chhetri(Britain), Khadga KC(Japan), Khagendra Basnet(Bangladesh), (Narad Bharadwaj(Sri Lanka), Tara Prasad Pokharel(Brazil), Ramesh Khanal(Germany), Jhabindra Aryal(Egypt), Padam Sundas(Bahrain), Ali Akhtar Mikrani( Saudi Arabia), Mahendra Singh(Qatar), Bharat Bahadur Rayamajhi(UAE), Lucky Sherpa(Australia), Sewa Adhikari(Pakistan), Yubraj Karki(South Korea), Niranjan Thapa(Russia), Yubanath Lamshal(Denmark), Prakash Subedi(Austria), Lok Bahadur Thapa( Belgium), Rishi Adhikari(Myanmar), Dr Mahendra Pandey(China), Shiva Maya Thumbahamphe(Israel)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/04/20 at 08:50

カテゴリー: 外交

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象と竜の喧嘩も恋もネパールの災禍:HB・ジャー

オリ首相訪中の評価は大きく分かれている。SD・ムニは,前述のように,過大評価を戒め,中国も参加した南アジアの経済統合の促進はむしろこの地域の利益になるとして,インド国益の重要部分を確保しマデシの正当な要求を支持しつつ,ネ中接近への冷静な対応を勧めている。(ネパールの「中国カード」とインド国益:SD・ムニ

これに対し,マデシ勢力に近いと思われるSB・ジャー(ICCR 研究員)は,オリ首相訪中・「中ネ共同声明」の歴史的重要性を認め,インドとネパールに警告を発している。以下,その要旨。
 ■Hari Bansh Jha , “Chinese Strategic Deal with Nepal,” The Vivekananda International Foundation, 5 Apr 2016 ( http://www.vifindia.org/article/).

1.オリ首相訪中の成果
SB・ジャーによれば,オリ首相訪中によりネパールは,(1)広州の港の利用,(2)中国からの石油供給,(3)鉄道建設計画(チベット―カトマンズ―ポカラ―ルンビニ)など,大きな成果をえた。

一方,中国は,とくに戦略面で大きな成果をえた。オリ首相訪中後,さっそくネパール国軍参謀総長に対し,許基亮中央軍事委員会副主任が中ネ防衛戦略協力の強化を申し入れ,房峰輝人民解放軍総参謀長はネパールにおける自由チベット運動の阻止を求めている。

「中ネ協定は,中国と南アジアを結び付ける歴史的な動き。それは,この地域の地政学的関係を変えることを目的としている。」(Hu Shisheng, Director, the Institute of South and Southeast Asian and Oceanian Studies at the China Institutes of Contemporary International Relations)

2.戦略的合意のネパールにとっての重さ
「中ネ合意は,ネパールと中国の間の経済的取り決めというよりは戦略的取り決めの意味の方がはるかに大きい。それは,ネパールのインド依存を少なくすることにより,ネパールを中国の傘に近づけることを目的としている。この合意により,中国のネパールに対する影響力は増大するだろう。それは,ネパールの社会経済や安全保障に対してばかりか,インドに対しても,大きな影響を与えるだろう。

この新しい状況の下で,インドはネパールにおけるインドの利益を守ろうとするだろう。そうなったとき,ネパールは自国における近隣二大国の利害をうまく調整できるであろうか。もしバランスを欠けば,ネパールは破滅ということになりかねない。巨象二頭が争っても愛し合っても,ネパールは踏みつけられ苦しめられることになる。」(SB・ジャー)

160409■在ネ中国大使館HPより

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/04/09 at 21:05

カテゴリー: インド, ネパール, 軍事, 中国

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ネパールの「中国カード」とインド国益:SD・ムニ

オリ政権の中国接近について,印ネパール学の権威,SD・ムニ(ネルー大学名誉教授/防衛研究所特別研究員)が,いかにも大国インドらしい,懐の深い分析をしている。インドは,「中国カード」を切ったネパールに対し,あわててこれ見よがしの対抗措置をとるべきではないし,またマデシや他の周縁的諸集団の正当な権利要求に目をふさぎオリ政権と安易な妥協をすべきでもない,というのである。以下,ムニの分析を参考にしつつ,この問題について考えてみる。
S.D. Muni, “No zero sums in this great game,” The Hindu, March 28, 2016.

1.いつもの「中国カード」
ムニによれば,ネパールはオリ首相訪中の成果を「ネパール外交の画期的前進」と自画自賛しているが,この種の「中国カード」は「おなじみのシナリオ」,苦しいときの中国頼みにすぎない。ネパール政府は,国内問題や対印関係で行き詰ると,いつも「中国カード」を使ってきた。
・マヘンドラ国王:1960年代初(国王クーデター)
・ビレンドラ国王:1988-89(第一次民主化運動)
・ギャネンドラ国王:2005-06(人民戦争末期)

2.ナショナリズムの利用
ネパールの為政者にとって,「中国カード」は,政権維持強化のため,つい手を出したくなるもの。困ったときの中国頼み。今回は,マデシの反憲法闘争とそれをインドが陰に陽に支援したことが引き金となった。

オリ政権は,「中国カード」を使うことにより,ネパール・ナショナリズムの高揚をはかり,政権への求心力を向上させ,マデシの反憲法闘争を抑え込もうとした。また,インドに対しては,中国経由という有力な代替物流ルートを手にしたことを示し,対抗しようとした。

しかし,問題はこの「中国カード」が,実際にどこまで有効か,ということである。

3.「中ネ共同声明」の誇大宣伝
オリ首相は,訪中の成果を喧伝しているが,「共同声明」をよく見ると,見てくれは立派でも,実際には内実が伴っていないことが分かる。

たとえば,天津港の利用。たしかに代替港とはなり得るが,ネパールから3千キロも離れており,輸送路などインフラも貧弱で,時間的にもコスト的にもインドのハルディア港には到底対抗できない。

あるいは,鉄道。建設には時間と巨額の費用がかかる。2008年提案では,2013年までにネパール延伸のはずが,まだ手付かず。中国側は,実際には調査と技術支援を約束しているだけにすぎない。また,鉄道建設には,チベット問題も絡む。中国には,鉄道を延伸し,チベットを対外的に開放する気はあるのだろうか?

中国は「一帯一路」経済圏構想を掲げ,関係地域への支援を拡大している。しかし,多くは借款であり,もしネパールがそれに安易に乗ってしまうと,スリランカやミャンマーのように,深刻な中国依存に陥ってしまうおそれがある。

4.インドに求められる現実的な対応
ムニによれば,オリ訪中の「成果」は実際には上記のようなものだから,インドは,ことさら騒ぎ立て強硬な対抗策をとることも,逆にマデシらの正当な要求に目をつむりオリ政権と安易に妥協することも,すべきではない。インドにはネパールのヒンドゥー教王国復帰運動を支援せよという声もあるが,これも逆効果。そのようなことをすれば,中国を利するだけ。

ムニは,インドは国益の核心部分を堅持したうえで,近隣諸国との友好的共存共栄関係を発展させていくべきだ,と考える。中国にとって,ネパールの先の,インドや南アジア地域は市場としてはるかに魅力的だ。そのインドを,中国が本気で怒らせるようなことをするとは,まず考えられないからである。

5.巨岩に挟まれたネパール
インドと中国は,二つの巨岩。あちこちでぶつかり摩擦を引き起こしている。ネパール問題もその一つ。

ムニは,印中の間にネパールをめぐる対立があっても,それをゼロサムゲームにしてはならないと警告している。たしかに,ごもっとも。

しかし,印中のゼロサムゲームとまではならなくても,ネパールにとっては,印中摩擦に下手に巻き込まれたら,命取り,破砕され,南や北の破片を併合されてしまうことになりかねない。

対中関係は,小国ネパールにとっては,大国インドにとってよりも,はるかに難しく危険だと覚悟すべきであろう。

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谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/04/08 at 15:04

カテゴリー: インド, 経済, 外交, 中国

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