ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

京都の米軍基地(115):子供に銃!

経ヶ岬の米軍通信所フェイスブック(FB)が,戦闘服を着て銃を持つ子供の無修正写真を掲載している(6月2日付&12日付)。

▼銃を持つ子供(修正=引用者)

このFB写真だけでは子供とは断定できないが,体形・容姿からは,どう見ても子供である。また,子供だとしても,米軍関係者の子供の可能性もあるが,状況からみて,日本の子供の可能性が高い。

そうした子供たちの写真が他にも何枚かある。戦闘服姿で写真を撮ってもらう少女,拳銃付きガンベルトを着けてもらう少年,迷彩服の少年など。

▼戦闘服姿で写真を撮ってもらう少女/ガンベルトを着けてもらう少年/迷彩服の少年(修正=引用者)

これらの写真が撮られたのは,自衛隊が5月26日,経ヶ岬分屯基地62周年を記念し京丹後市後援をえて網野町八丁浜で開催した「エアーフェスタ経ヶ岬2019」において。このフェスタでは,自衛隊の装備展示,広報イベントに加え,F4戦闘機やUHヘリのデモ飛行も行われた。

ここに米軍も参加,キャンプ座間の陸軍軍楽隊が音楽演奏,第14ミサイル防衛中隊は軍装備展示,経ヶ岬通信所はアメリカンフードを提供した。主催は自衛隊(空自分屯基地)だが,米軍側も全面的に協力したとみてよいであろう。

このフェスタを見に来たのは,FBによれば,約4千人。地元・網野町の人口は1万数千人。会場の八丁浜からは遠い地域も多く,しかも高齢化が進んでいるので,4千人も来たのは驚異的だ。

その会場で,これらの写真は撮られた。子供に戦闘服を着せ銃を持たせたのが自衛隊か米軍かは,FBからだけではわからない。が,子供たちの写真をFBに掲載し,世界中に拡散しているのは,紛れもなく米軍である。

米軍のこのような行為は,平和(積極的平和)の理念に反し,また子供自身の人権の侵害になるのではないだろうか。

エアフェスタ案内

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/06/28 at 18:45

京都の米軍基地(114):包囲された穴文殊

経ケ岬の自衛隊基地と米軍基地が相競うように大拡張,穴文殊をほぼ完全に包囲してしまった。

穴文殊は,正式には清凉山九品寺。数百年前に創建され,文殊菩薩をご本尊としている。智慧の仏様・文殊菩薩に,清らかな浄土へと導かれていくことを願う大切な祈りの場。

この九品寺は,日本海沿いの断崖の上に建立された。背後は,西方浄土に向かって開かれた日本海。陸地側の周囲は,長らく田畑や草地だけだったと思われる。清らかな浄土を願うにふさわしい,静かで美しい平和なお寺。

その九品寺の側に,太平洋戦争開戦後,帝国海軍が軍事施設をつくり,戦後は進駐軍や航空自衛隊がそこを継承利用したが,それでも施設はまだ小規模であり,お寺は清凉で平和な環境をなんとか維持できていた。

ところが,九品寺のこの清凉と平和は,米軍Xバンドレーダー基地建設と,それに便乗した空自基地大拡張により,根こそぎ奪い去られてしまった。いまや九品寺は,細長い参道を除き,周囲を巨大な軍事基地に囲まれてしまっている。向かって左側が日本軍基地,右側が米軍基地。警備要員がすぐそばを武器を構え四六時中巡回し,軍用機器の大きな運転音が不気味に鳴り響く。

智慧と清凉と平和の祈りの場を,軍隊が包囲する――末世の現前といわざるをえないであろう。


■空自基地[左]・穴文殊[中央]・米軍基地[右](Google 2019)


■穴文殊本堂/同正面


■2013年の穴文殊左側(Google 2013/09)


■2013年の穴文殊右側(Google 2013/09)


■穴文殊参道入口左側の空自レーダー/同右側の建設中米軍ビル


■畑防獣柵と日米軍事基地/棚田と日米軍事基地

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/05/29 at 16:13

晩春の山村:丹後半島最深部

翌4月22日も快晴の好天。せっかくなので丹後半島の,これまで訪れたことのない最深部に行ってきた。

丹後半島は,この数十年で道路網が拡充されるまでは,文字通り秘境であった。海沿いは急峻な断崖絶壁が多く,道路はあっても狭く曲がりくねった難所が至る所にあった。半島の内陸側は太鼓山(683m)など数百メートルの山々が連なり,冬には数メートルの雪が積もる日本有数の豪雪地帯。丹後半島が,日本三大秘境の一つと呼ばれてきたのも,もっともである。

その丹後半島も,道路整備で見違えるほど便利になった。特に海沿いは「丹後松島」などとも称賛されているように,たいへん美しく,いまでは多くの観光客が訪れる観光名所になっている。私も何回か行ったことがある。

これに対し,丹後半島の内陸部分は,道路こそよくなったものの,これといった名所はなく,訪れる人も少ない。私自身,これまで一度も行ったことはなかった。そこで今回,どのようなところか見に行ってきた。

天橋立・宮津湾側から山に向かって登っていくと,峠頂上付近に小さな集落「上世屋」があった。大江山中腹ほどではないが桜がまだ残り,野の花や新緑と相まって絵のように美しい。地上の楽園!

車を降り,村の中に入ってみると,空き家や廃屋が目についた。急斜面のため田畑が少なく,冬の豪雪など気候も厳しいからであろう。バスは火・水・金にそれぞれ2便のみ。

観光レジャー施設が,おそらく行政主導で,いくつか集落近辺につくられているが,いかにもとってつけた感じで,ほとんど使用されているようには見えなかった。このようなところであれば,安直なミニ・レジャー施設よりも,美しい伝統的家屋の修復保存を進めた方が観光開発には有効と思うのだが,いかがであろうか。

この小集落からさらに上にのぼり,尾根筋に出て,反対側の谷に少し降りると,そこに,さらに小さな集落「木子」があった。ここでも空き家や廃屋が目につく。周囲はほとんど自然林で,新緑が鮮やかだ。秋の紅葉は,さぞや見事であろう。

ここには,古民家のほかには,おしゃれなログハウスのペンションがあるだけ。あまりに小さな集落だからか,ミニ・レジャー施設のようなものは見当たらない。周囲はあふれるばかりの自然。秋には再訪してみたいと思っている。


■丹後半島(Yahoo地図)/上世屋バス停


■上世屋から望む宮津湾/世屋高原より望む伊根湾


■上世屋/同左


■上世屋/同左

■防獣鉄柵(上世屋)


■木子/同左

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/05/27 at 15:17

カテゴリー: 社会, 自然, 農業, 文化, 旅行

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晩春の山村:大江山中腹

丹後の村に帰る途中,絶好の好天に誘われ,大江山(832m)越えの,これまで通ったことのない別の谷沿いの山道を車で登ってみた。

すでに4月21日,下界では桜はほぼ終わり,緑が濃くなり始めていた。ところが,大江山の谷へ西から少し入ると,そこはまだ春たけなわ,桜や野辺の花々が一面に咲き乱れ,まるで別天地!

大江山は,信州の山々のように高くも峻険でもないが,以前は曲がりくねった狭い山道しかなく,峠越えは至難の業だった。それでも,人々は沢沿いに山頂近くまで開墾し,平和に暮らしていた。

その大江山の生活インフラも,この数十年で見覚ましく改善された。特に目立つのが道路。いつも利用する国道176号線は,拡幅・直線化され,長いトンネルが開通し,谷をまたぐ立派な高架橋もかけられた。冬には,融雪・凍結防止の散水装置さえ作動する。建設費,維持費はいかほどかと心配しつつも,この高速道路並みの無料国道を便利に利用させていただいている。

今回入った別の谷の地方道は,この176号線とは比較にならないが,それでも拡幅され,車の通行には何の不便もなかった。

日本の道路は,この谷沿いだけでなく,どこでも,いまやたいてい舗装されている。こんな細い田んぼ道でも,こんな人里離れた山奥の小道でさえ,とビックリするほど舗装されつくしている。

道路だけではない。山腹の田畑も耕地整理され,格段に耕作しやすくなっている。大型農機を入れ,効率的に農作業ができる。

しかし,それにもかかわらず,この地方でも空家や廃屋が目に付く。道路や農地のインフラ整備だけでは,過疎化を押しとどめることは出来ないようだ。いったい,どうすればよいのだろうか?


■標識と白い花/野の花


■古民家と桜/廃屋と新緑の山


■耕地整理された田/防獣フェンスで囲われた畑と桜


■防獣フェンスと古民家/古民家と新緑の山

■花桃と舗装道路(上方176号線)
(注)田畑や住宅の庭などには,猪,鹿,猿,熊などの侵入を防ぐため,かなり頑丈な柵が張り巡らされている。費用がかさむが,それでも侵入は防止しきれない。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/05/25 at 11:33

カテゴリー: 社会, 経済, 自然, 農業, 旅行

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老老介護(16):永遠の平和へ,自然に

100歳近くの母の介護をしていると,人間も,自然な形であれば,他の動植物と同じように生命力が徐々に衰え,器官があちこちで機能停止していき,最終的な死へと向かっていくのだなぁ,と日々実感させられる。老衰による死は,他の動植物の死と同様,自然にして平和なものであるにちがいない。

たとえば樹木は,小枝が枯れ始め,大枝も一本また一本と枯れ,やがて幹が枯れ死んでいく。あるいは猫は,最近の過保護ペット化し自然=本性=本能を失った猫でなければ,視力・聴力や運動能力が次々と衰え,エサを食べなくなり,やがて死期を本能的に悟ると,家人の前から立ち去り,不幸にして他の動物に捕食されさえしなければ,そこで立木が枯れるのと同じように自然に死んでいく。かつての農家のネズミ対策用飼い猫はたいていそうであった。自然で平和で安らかな死!

母は,認知症になったため,老化・衰弱が加速しているようだ。認知症により神経回路があちこちで故障し始めたためか,言動の総合的な抑制均衡がとれなくなり,いわゆる「常識」を失い,「異常な言動」の頻度が増し,程度も激しくなっていった。精巧な機械の無数の歯車のうちのいくつかが壊れたり外れたりし始めたため,それらと連動している他の歯車が急停止や急回転を始め,制御できなくなったようなものだ。

たとえば食欲。数年前,記憶部分に加え満腹感の部分の神経回路が故障したためか,食欲が異常に昂進,むやみやたらと食べ始めた。当然,下痢をする。が,それでも食べる。しかたないので,ごはんやおやつ(菓子,果物など)を隠すと,捜し回り,冷蔵庫を縛っている鎖でさえ強引に切断しようとする。あるいは,玄関の錠を壊し,外に出て,近くにあると思い込んでいる(記憶の部分的喪失と混乱)「うどん屋」に行き,うどんを食べようとする。摂食行動を制御する満腹感回路や記憶回路が故障したため,食欲の歯車が空転を始め,回転数を無限に上げていく。(参照:老老介護(15):過食から寡食へ

あるいはまた,椅子を廊下に出し放置。以前は,掃除のとき椅子を出し入れしていた。ところが,掃除と椅子の出し入れとを関連付ける回路がどこかで切れ,椅子を廊下に出すという歯車(行為)だけが空転するようになった。椅子を誰かが部屋に戻すと,その都度,また廊下に出す。戻しては出し,戻しては出し,数分おきといったことさえあった。

このような認知症による不可解な「異常行動」が,他にもあちこちで見られるようになり,程度も加速度的に激しくなっていった。

ところが,加速度的に空転速度を上げた歯車がいずれ擦り切れたり焼き付いたりして回転を止めるのと同様に,認知症による「異常行動」も許容範囲を超えると,終息していく。

最も劇的だったのが,食欲。無際限に食べようとする典型的な認知症過食だったのに,食欲回路が擦り切れたのか,一転して食事への関心が急低下した。ご飯を出しても,おやつを出しても,なかなか食べようとはしない。食べても,量は急減,いまでは以前の三分の一,あるいはそれ以下。これでも,あれこれ食べるよう工夫してのこと。もし以前の通りなら,ほとんど食べないに違いない。これは,食欲の存在を大前提とする疾病としての摂食障害ないし拒食症ではない。食欲本能そのものが燃え尽き,無くなり始めているのだ。(参照:老老介護(15):過食から寡食へ

他の認知症による「異常行動」も,食欲ほど劇的ではないが,頻度,程度とも減少してきた。玄関錠を壊そうとしたり廊下に椅子を出したりはまだするが,数回止めさせれば,以前のように際限なく繰り返したりはしない。何であれ,何かをする意欲そのものが失われつつある。はっきりそれとわかる老衰が始まったと覚悟せざるをえない。

母のこの老衰は,認知症のため加速されてはいるが,自然なものであり,痛みや苦しみは特にない。まだ会話もできるし,自分で歩き,食べ,トイレに行き,テレビを見る(ながめる)こともできる。が,それにもかかわらず食べなくなり,何事であれ物事への関心そのものが加速度的に失われ始めた。心身はあきらかに終末へと向かいつつある。

母の老衰は,このようにごく自然なものなので,食事についても,好物中心の食べやすい料理を作り,食べるように話しかけはするが,それでも食べなければ,無理強いはせず,そのままにしている。それが自然だから。

人も自然から生まれ自然へと返る。食べなくなった猫が,平和の裡に自然に返っていくのと同じように。永遠の平和に向かって,自然に! Zum ewigen Frieden!

▼「老衰死――穏やかな最期を迎えるには」(NHKスペシャル2015/9/20

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/05/17 at 18:11

カテゴリー: 社会, 健康, 宗教

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ゴビンダ医師のハンスト闘争(39)

10 参考資料
 (1)マンジート・ミシュラ「希望と恐怖の物語」
 (2)グファディ「狂気の権威主義的な医師」

(3)D・カイネー「無為無策の5か月」リパブリカ,2018年8月7日

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デイビッド・カイネーは極西部出身,トリブバン大学卒。Revival Ministry Nepal ( RMN )代表。人身売買防止,貧困救済等の社会活動に尽力。「リパブリカ」,「カトマンズ・ポスト」等への寄稿多数。この「無為無策の5か月」では,オリ政府の強権化・利権化を阻止し人民の利益を実現するには,市民社会自身が立ち上がるべきだと訴えている。
*David Kainee, “Five months of inaction,” Republica, August 7, 2018
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KP・シャルマ・オリ政府は,発足後5か月を経過した。その業績は,どう評価されるべきか? 昨年の地方,州,連邦の3選挙において,人民は共産党連合(現在は統合されネパール共産党)に未曽有の大勝利を与え,これによりオリは,近年のネパールにおいて最強の政府を率いることになった。首相は,「ネパール人の幸福,ネパールの繁栄」を約束したのであり,人民は,その約束の実現に向けての確かな前進を期待した。

ところが,オリ政府は次々と問題を引き起こした。政府は権威主義だという批判もあれば,議会で三分の二を握ったため傲慢になっているという声もある。[……]

先月[2018年㋆],政府は,医学教育改革の旗手ゴビンダ・KC医師に対し,この上ない傲慢さと無神経さを示した。政府は,ケダル・バクタ・マテマ委員会勧告無視の国民保健教育法案[医学教育法案]を通そうとした。[これを阻止するための]サティアグラハを行うためKC医師がジュムラに向かうと,ジュムラ郡当局は,連邦政府の要請を受け,抗議行動禁止場所を指定した。そのため,KC医師は,地域病院の暗い部屋で抗議行動を始めざるをえなかった。

オリは,KC医師の品位を汚すようなことを言った。人民の守護者として働くのではなく,自国の高貴な魂と敵対する権力者としての立場を,オリは自ら選び取った。KC医師が意識を失ったときですら,政府はそれを無視した。市民社会やメディアからの圧力が大きくなり始めてようやく,政府は交渉に転じ,結局は彼の諸要求を受け入れることに同意した。このときまでに,以前は愛国的指導者と見られていたオリの評価は,大きく損なわれてしまった。いまや彼は,コネ資本家どもの守護者と見られるようになった。

[オリ政府は公共交通や開発基金など他の諸課題についても,当初は改革を掲げたものの,実際には実行しなかった。……]

ウジャン・シュレスタ殺害事件で]有罪判決を受けたバル・クリシュナ・ドゥンゲルに対する大統領恩赦についても,政府は,多くの人々が指摘してきたように,マオイスト幹部と結託して,これを承認した。司法は政治化されてしまった。首相をはじめ大臣たちは,言葉でも行動においても,傲慢であり不寛容である。2006年人民蜂起において中心的な役割を果たしたわれわれ市民社会は,身内第一の諸政党とは距離を取り,自らを復活させる必要がある。[……]

■RMNフェイスブック

■Jeremy Snell, “David of Nepal,” (Video)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/05/15 at 18:44

ゴビンダ医師のハンスト闘争(38)

10 参考資料
(1)マンジート・ミシュラ「希望と恐怖の物語」

(2)グファディ「狂気の権威主義的な医師」カトマンズ・ポスト,2018年7月7日

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鋭い風刺に満ちた興味深い論評。グファディはペンネーム。自称「偏屈老人」。カトマンズ・ポストに時評等多数寄稿。著者ブログhttp://guffadi.blogspot.com/
Guffadi, “The crazy authoritarian doctor,” Kathmandu Post, Jul 7, 2018
http://guffadi.blogspot.com/2018/07/the-crazy-authoritarian-doctor.html
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われわれは皆,KC医師にはうんざりしていると思う。われらのこの偉大な国において,保健医療制度や医学教育の質について,KC医師だけがなぜ心配しなければならないのか? 彼を除けば,われわれはすべて,途方もない高額料金の医療で十分満足しているし,またバヤパリ[商売人]どもが医大を開設し,低水準の教育を行い無能な医者を送り出すことにより巨万の富を手にしていても,まったく気にもしない。要するに,医大投資家は,よい医者の育成よりも儲けの方を優先させているのだ!

われわれは,世界最高水準の公立病院をいくつか持っている。そこには高価な医療機器があるが,医者たちはそれを使わず,自分のクリニックを患者に紹介しそこで治療するので,病院の医療機器は無用の長物と化している。われわれはまた,世界最高水準の私立病院もいくつか持っている。そこでは,患者は,必要もない検査のため毎日何千ルピーも請求され,治療費総額は何十万ルピーにもなり,患者家族はその支払いのため土地を売るか,さもなければ完済まで患者を病院に人質として留め置かれることになる。

そう,これこそが,社会主義者[コングレス党]と共産主義者[共産党]が次々と政権を握り,あらゆる分野において一般庶民よりもバヤパリ[商売人]を優遇してきた国なのだ。いったいいつになったら,人民に小便をひっかけるのではなく,本当に人民のことを考えてくれる政府を,われわれはもつことになるのだろう? 腐敗した指導者[ネタ]たちがインドやタイやシンガポール,いやアメリカ[Amrika]にさえ治療を受けに行くのではなく,国内にとどまり公立病院で治療を受ける日は,いつになったら来るのであろうか?

わが国の前大統領[RB・ヤダブ]の前立腺ガン治療には,アメリカから医者を招かねばならない(引用者注)。わが国の政治家たちはまた,われわれ自身の国の医師よりインドの医師の方が優秀とも信じている。わが国の首領[チョラ・ネタ]たちは,この国に世界水準の公立病院を開設するためではなく,外国での治療のため何百万ルピーも費やす。にもかかわらず,われわれ人民は不平も言わず,街頭に出て抗議することもせず,腐敗した首領どもに過ちの責任を取らせもしない。われわれは,われらが小マハラジャたちが武装警官のお供を引き連れ豪華高級車でカトマンズを動き回るのを見て,せいぜい,恨みがましく不平を漏らすだけだ。
 [引用者注:ラム・バラン・ヤダブ氏は前大統領(在職2008年7月~2015年10月)。2013年,健康診断のため来日。2016年8月,前立腺ガン治療のため政府が600万ルピー支給を決定,翌9月にアメリカで手術。]

しかし,お医者様[Dr Saheb]はちがう。金も,権力も,特待特権も求めはしない。この国に良い医者が生まれることを願うのみ。貧しい人々でもよい保健医療が受けられること,それがお医者様の願いだ。彼は,この国にとって最善のものを医療の分野で求めているのだ。が,われらが政治屋たちは,彼が好きではない。というのも,彼らの多くが私立病院に投資しているか,あるいは医科大学を開設しお金をもっと儲けようと考えているからだ。

われらが偉大な共産主義者たちは,お医者様を狂気,権威主義,全身痛のようなものとみている。たしかに,体制に一人で立ち向かう改革者は狂気だ。いま,市民社会の人々は,いったいどこにいるのだろう? いわゆるフェイスブック活動家は,どこにいるのか? われわれが求めるのは,財布からいつも盗み取っている常習スリたちではなく,この国を導いてくれるお医者様,そう,まさにそのような人なのだ。

要するに,わが国では,いわゆる共産主義者のほとんどが大学や病院,いやNGOにすら投資しているということだ。お医者様は,この国の医学マフィアと闘っている。政府には,商売人たちが私立医大でしこたまゼニ儲けするのを許すのではなく,各州に医大を開設することが,なぜできないのか?

この人には,体制と闘うのではなく,何の心配もなく自分の仕事に邁進していただくべきだと思う。そうでしょう,お医者様,ハンストを幾度も繰り返すことにお疲れではないですか? 狂気のお医者様はジュムラに行き,いまはカルナリ健康科学アカデミー[KAHS]の救急室に収容されている。われらが偉大なオリ政府は,この国の医科大学の質は気にしていない。政府の面々は,身近のお気に入りの人々が医者を目指す医学生から大金をとりお金儲けできるようにしたいだけなのだ。

われらが無能政府は,KC医師の死を願っている。そう,これが真実であり,もしKC医師が天国に行けば,われらがミニ・マハラジャたちに対し抗議し,ハンストを行い,闘う者は一人もいなくなる! KC医師も死は恐れていない。カルナリで死ぬ覚悟はできている,と彼は言っているのだ!

お医者様は,要求が入れられるまでジュムラに留まると誓った。この狂気の医者は,この国のために最善の保健医療と医学教育を求めているにすぎない。われわれは,なぜ立ち上がり彼を支持できないのか? この孤独の改革者が医学マフィアとたった一人で闘っているのに,われわれはほとんどそれを気にも留めていない。恥ずかしくないのか!

われらが無能政府は,KC医師を投獄すべきだ。この人物は既成政治体制の疫病神だ。彼は,医学分野のあぶく銭をねらっている商売人や政治家たちにとって,脅威だ。この男は,青年たちの悪しきお手本だ。われらが首相は大きなことを考えている。われわれは,カトマンズで列車にちょいっと乗ればケルン[吉隆鎮]に行けるようになるだろう。コルカタへは,カトマンズから船で行く。われわれは,われらが商売人や首領たちには国内にたくさん医大をつくることを認め,これにより授業料を払える者が医者になり,ここから首領たちも利益をえられるようにしなければならないのだ。

神よ,オリに祝福を。神よ,われらが偉大な同志たちに祝福を。劣悪医大の国となるのを阻止しようとするKC医師を,打倒せよ! この世の最後の日に,お医者様は,その医学分野での業績と,医学分野改革のためハンストを行ったことをもって思い起こされるだろう。オリとその廷臣たちは,何をもって思い起こされるのか? 彼らには,思い起こされるべきものなど何もない。KC医師は明日死ぬかもしれないが,腐敗した体制と力の限り闘ったと考え,幸せに死んでいくだろう。一人でも,体制を揺るがすには十分だ。ましてや,われわれ何百万人もが街頭に出て,それぞれ自らハンストを始めたら,どうなるか。そうなのだ,もしわれわれが協力して腐敗した首領どもと闘うなら,われらの腐敗した体制を破壊することは可能なのだ。政党をつくるまでもない。勇気さえあれば!

■ヤダブ前大統領手術後ワシントンで会見(Republica, 31 Oct 2016)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/05/14 at 11:01