ネパール評論 Nepal Review

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多国間共同訓練に自衛隊参加

ネパールで多国間共同訓練(GPOI)「シャンティ・プラヤ3」(3月20日~4月3日)が始まり,日本の自衛隊も「中央即応集団」の隊員2名が教官として参加している。(中央即応集団はUNMINにも派遣された。)
 【参照】ネパールでのPKO訓練に日本も参加カーターセンターと米太平洋軍とネパール(2)

GPOIは,2005年度から始まった米国支援の国際平和活動のための訓練プログラム。アジア地域では,米国太平洋軍主導で,ネパール,バングラデッシュ,カンボジア,タイ,インドネシア,マレーシア,モンゴルで開催されてきた。

ネパールでの訓練作戦名「シャンティ・プラヤ[プラヤス]」は,「平和への努力」の意。第1回はGPOI発足以前の2000年だが,GPOI発足後はそのプログラムとして2013年に第2回が実施され,そして現在,3回目が実施されている。

今回の「シャンティ・プラヤ3」の実施場所は,以前と同様,パンチカルの「ビレンドラ平和活動訓練センター」。参加国はパキスタン,バングラディシュ,スリランカ,タイ,インドネシア,マレーシア,ベトナム,ガーナ,オーストラリア,英,米,日など28か国で,参加人員は計1024人。

この「シャンティ・プラヤ3」訓練はネパール国軍主催,米太平洋軍後援ということになっているものの,実際には米軍主導の感は否めない。開会式ではハリー・ハリス・Jr米太平洋軍司令官が,「名誉ある平和」のための「平和への努力」を訴え,「ネ米関係は強力であり,さらに強化されていく」と語った。また,A・B・テプリッツ駐ネ米大使も,米国による「シャンティ・プラヤ」支援の意義を力説した。

「シャンティ・プラヤ3」は,たしかに国際平和活動のための訓練だが,実施場所のパンチカルはチベット国境の近く。そのような場所での米軍色の濃い訓練に,日本政府は陸自最精鋭の中央即応集団から教官2名を派遣している。面白く思わない国もあるのではないか?


■シャンティ・プラヤ3(国軍HP)

■米太平洋軍ツイート


■米太平洋軍司令官・駐ネ米大使・プラチャンダ首相(米大使館HP)

*1 “Shanti Prayas-III begins today,” Kathmandu Post, Mar 20, 2017
*2 “Exercise Shanti Prayas III kicks off, 28 countries taking part,” Himalayan Times, March 20, 2017
*3 “Exercise Shanti Prayas –III,” nepalarmy.mil.np/covernews1.php?
*4 “Global Peace Operations Initiative (GPOI),” US Department of State
*5 “Shanti Prayas Exercise Commences in Nepal,” U.S. Department of Defense, March 21, 2017

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/03/28 at 10:52

制憲議会選挙2013(25):NHKのネパール選挙「偏向」報道

グローバル化時代であり,ネパール制憲議会選挙も,日本の政治に利用されることはある。それは自明のことだが,たとえばNHKニュース「ネパール議会 連立協議行われる見通し」(12月4日)のように「大胆・露骨」かつ「巧妙」にやられると,よほど用心していないと,ヤバイことになる。

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 ネパールで先月投票が行われた制憲議会選挙は、中道路線の「ネパール会議派」が第1党になりましたが、過半数には届かず、主な政党による連立協議が行われる見通しになりました。
 ネパールの選挙管理委員会によりますと、先月19日に投票が行われた制憲議会選挙は、中道路線の「ネパール会議派」が196議席を獲得して第1党になりましたが、過半数の301議席には届きませんでした。
 第2党は、175議席を獲得した「統一共産党」で、今後この2つの党を軸に連立協議が行われる見通しになりました。
 武装闘争を放棄して前回5年前の選挙で第1党になった「ネパール共産党毛沢東主義派」は、80議席しか獲得できずに第3党に転落し、この5年間、憲法の制定ができずに政治が混乱したことに対する国民の批判が集中した形になりました。
 「毛沢東主義派」は、選挙に不正があったとして結果を認めない姿勢を示していて、連立政権の成立までには混乱も予想されます。
 日本は2007年から4年間、ネパールに自衛隊の隊員を派遣して国連の代表団の要員として停戦の監視に当たるなど内戦からの復興を支援していて、今回の選挙を受けて新たな国づくりが軌道に乗るか注目されています。
 (http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131204/k10013567321000.html 強調引用者)
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この記事が「大胆」であることは,ネパール事情を多少とも知っている少数の人々には,すぐ分かる。陸自隊員がネパールに行った最大の目的は,海外派兵の訓練兼広報宣伝のためであり,平和貢献は口実にすぎない。たった数名(事務要員をのぞく)で行き,くるくる交代し,いったい何ができるというのか? この点については,陸自ネパール派遣参照。

しかし,ネパール事情をほとんど知らない人――大多数の日本人――がこの記事を読めば,ネパール派遣陸自隊員が大活躍し,今回の制憲議会選挙の「成功」をもたらしたと誇らしく思い,今後は日本も積極的に海外派兵すべきだと考えるようになるのは,ごく自然な成り行きだ。実に巧妙。世論操作のモデルケース教材として大学で使えそうだ。

131205 ■ネパールの自衛隊

では,皆様のNHKが,なぜこのような「大胆・露骨」にして「巧妙」な世論操作をするのか? それは,いうまでもなく安倍政権に操作されているからである。松田浩氏は,「政権のNHK支配監視を――露骨な人事 情報統制の発想」において,こう警告している。

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 公共放送NHKが,安倍政権の“政治的人事”で,危機に立たされている。さきの経営委員人事で,安倍首相が新任の4委員を自らに極めて近い,“安倍一族”で固めたためだ。
 半世紀以上,NHKと政府の関係をウォッチしてきたが,このような露骨きわまる人事は見たことがない。・・・・
 伝統的に権力の意向を“忖度”することにたけたNHKの体質を考えれば,原発,教育,歴史問題,集団的自衛権などを報じる際の現場への萎縮効果は計り知れない。・・・・
 安倍首相は経営委員人事をテコに,NHKの直接支配に乗り出したのである。
 時あたかも特定秘密保護法案が衆院で強行採決された。共通して底流にあるのは,国民に与える情報をコントロールしようという安倍政権の発想である。・・・・
 ただでさえ,日頃から政権よりの報道が目につくNHKである。「みなさまの公共放送」が戦前と同じ「国家の公共放送」に変貌することがないよう,視聴者・国民による厳しい監視の目が必要だろう。(朝日新聞,2013年12月4日)
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日本は,ネパール平和構築のため,官民とも非軍事の分野で様々な多くの貢献をしてきた。これに対し,派遣自衛隊の活動など,全くといってよいほど現地ネパールの人々には知られていなかった。それなのに,他分野の大きな貢献をさしおき,NHKは派遣自衛隊の貢献を特記した。

これは,たまたまそう書いたのではない。安倍政権の「直接支配」か,それとも「権力の意向の“忖度”」か,それは分からないが,この記事に一定の政治的意図が隠されていることは否定すべくもあるまい。

追加](12月6日22時半)
特定秘密保護法案が参院強行採決目前,世論は沸き立ち,国会も国会の外も極度に緊迫している。

その最中,皆様のNHKは,看板番組ニュースウオッチ9(21:00-22:00)において,長々と自衛隊の宣伝番組を流した。「“被災地に勇気を”自衛隊歌姫の『祈り』」。違和感を通り越し,番組放送の裏を“忖度”せざるを得なかった。

自衛隊は「特定秘密」の巣窟。番組は,その自衛隊の演奏活動を,被災地支援活動という誰にも異を唱えにくい形で,情緒たっぷりに伝え,視聴者を涙させた。

特定秘密保護法体制は,強面だけで成立し維持されるわけではない。

12月6日午後11時半,自公強行採決により,特定秘密保護法成立!

谷川昌幸(C)

軍事化の兆し、日ネ関係

1.秋爛漫に水を差す陸自幹部派遣
キルティプール付近は、いま桜が満開、他に菜の花、ブーゲンビリア、ラルパテ、マリーゴールド、カンナ、朝顔(といっても一日中開花)等々、百花繚乱、まるで東北の5月のようだ。

■ラルパテ■八重ブーゲンビリア(?)


 ■稲の刈り入れと満開の桜(右端)

そんな平和で、のどかな「秋爛漫」に水を差すような、物騒なニュースを各紙が伝えている。日本政府は、カワセ・マサトシ陸将補を団長とする3人のネパール軍事訪問団を派遣した。11月8日着、10日発の3日間の訪ネだ。

2.史上最高レベルの日本軍事訪問団
報道によれば、訪ネ軍人としては、カワセ陸将補は史上最高レベルであり、新聞やネットニュースの見出しも、勇ましい。

「日本国軍事団の異例の訪ネ」(ranabhola.blogspot,9 Nov)
「日本国安全保障チームの訪ネ」(Zeenews, 10 Nov)
「軍事協力を協議」(Himalayan Times, 7 Nov)
「日本国自衛隊幹部、首都へ」(nepalnews.com)

カワセ陸将補ら日本国陸自(陸軍)幹部は、プサン・チャンド国軍CGSと会見し、相互軍事協力や自然災害時の人的協力について協議した。また、国軍幹部学校や国軍司令部を訪問し、各部隊の幹部とも会見した。

 ■日ネ軍人協議(Himalayan Times)

3.米軍訪問団の訪ネ
さらに驚くべきことに、上記ヒマラヤンタイムズによれば、日本国軍事訪ネ団の翌日、やはり3日の日程で、アメリカ「近東南アジア」担当チームが訪ネ、チャンド国軍CGSと会見し米ネ軍事協力を協議、また軍幹部学校を訪問しているのだ。

4.日米の対ネ軍事協力作戦か?
軍事関係だから、報道はごく限られており推測せざるをえないのだが、日米軍事同盟の現状からして、日本の対ネ軍事協力・準軍事協力が日本単独で計画されるわけがない。

中国の軍事大国化、チベット問題、尖閣諸島問題などをにらみながら、日米が協力して、ネパールへの何らかの軍事的働きかけを始めたのではないか、と疑わざるをえない。

5.海外派兵への呼び水
日本では、2006年、自衛隊法が改悪され、自衛隊の海外活動が「本来任務」に格上げされた。そのための軍民協力精鋭部隊として「中央即応部隊」も設立された。「平和協力」の名目さえつけば、いまや自衛隊は世界のどこへでも、もちろんネパールへも、部隊を派遣できるのである。むろん日本独自ではなく、アメリカの下働き、あるいは尻ぬぐいとして、

ネパールへの自衛隊派遣は、2007年3月のUNMIN(国連ネパール政治ミッション)への陸自隊員6名の派遣から始まる。停戦監視のための非武装隊員派遣だったので、ネパール関係者の間では、支持こそあれ、反対はなかった。

しかし私は、これは日本の自衛隊海外派遣の本格化の呼び水になると考え、当初から反対してきた。今回の「対ネ日米軍事協力作戦」ともとれる動きは、その傍証の一つといえよう。

6.危険な軍民協力
今回の史上最高レベルでの日ネ軍事協議において、自然災害時の人的協力が話し合われたことも、看過しえない事態だ。

ネパールではマオイスト紛争は終結し、紛争がらみでの自衛隊派遣の理由は今のところはない。ところが、自然災害は頻発し、規模もますます大きくなっている。地震でもあれば、大惨事だ。自然災害時の自衛隊派遣は、そうした事態を想定している。

ネパールの災害時に救援隊を最大限派遣するのは当然だが、自衛隊派遣には反対である。

先のUNMIN派遣で自衛隊はネパール国軍との関係を一気に強化した。もし災害派遣が想定されるなら、平時から自衛隊とネパール国軍は関係を緊密化させ、そこには当然、民間・文民部門も深く関与する。日ネ軍民協力である。

自衛隊が、日ネ軍民協力を手がかりとしてネパールに関与していけば、自衛隊がらみの複雑な既得権益が生じ、もはやそこからは抜け出せなくなる。ネパールには、自然災害の危険は山ほどある。紛争の種もある。チベット問題も深刻だ。暗に中国の脅威をも想定しつつ自衛隊をネパールに出せば、引っ込みがつかなくなる。

ネパール関係者は、日本ODAが大幅削減され、あせり、防衛予算に目を向け始めたのだろうが、これは禁じ手、絶対に手を出してはならない。

某大学、某々大学などは、平和貢献を名目に、自衛隊関係者やその筋の某財団などとの共同研究に前のめりだが、こんな軍民協力、軍学協力こそが、国を誤らせることになるのである。

「太って満足した豚よりも、痩せたソクラテスになりたい」 J.S. ミル

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/11/12 at 02:04

陸自,ネパール撤退

UNMIN派遣の第4次陸自隊員6名が1月18日帰国,日本のネパール派兵は終了した。

「ネパール国際平和協力隊」は,2007年3月1次隊派遣,以後,1年ごとに4次隊まで継続,通算3年10ヶ月派兵されていた。

この日本派兵は,ネパール人民には,ほとんど知られていない。北沢防衛大臣は「労いの言葉」において,「国連本部,UNMIN,ネパール政府などからも高い評価を受け」(自衛隊ニュース,2011.2.1)と自画自賛したが,ここには「ネパール人民」はない。日本政府が誰の目を気にし,誰のために派兵したかは明白である。

陸自UNMIN派遣は,本格的な自衛隊海外派兵のための予行演習である。北沢防衛大臣はこう述べている。

「UNMINにおける活動は、部隊ではなく個人の派遣による活動であり、またその業務内容も、任務地における武器及び兵士の管理の監視業務という、これまで防衛省・自衛隊が経験したことのない、新たな挑戦とも呼べるものでありました。・・・・さらには我が国の国際平和協力活動の幅を広げることができました。」(上記「労いの言葉」,強調引用者)

意味不明の(含意明白の)「個人派遣」,「武器及び兵士の管理の監視業務」――これまでやりたくて仕方なかったことが,快適で安全無比のネパールで実地訓練できた。防衛大臣自身がいうように,これは「我が国の国際平和協力活動の幅を広げること」が最大の目的であった。決してネパール人民のための派兵ではない。

派遣隊員の発言は,当然,検閲されているが,それでも本音が漏れており,興味深い

■赤瀬丈 1陸尉
「今回の派遣においての一番の成果は、様々な国の軍人たちと一緒に仕事をすることで、それぞれの国の人の考え方、文化等を知ることができ視野が広がったということである。」(自衛隊ニュース,2011.2.15,強調引用者)

「一番の成果」は、ネパール平和貢献ではなく、「様々な国の軍人」との交流だったという。自分を日本陸軍の「軍人」と自覚し、他国の「軍人」と一緒に作戦(operation)を展開した。それが「一番の成果」だったという。たいへん正直な、しかも正確な事実認識だ。

先の記事「丸山眞男の自衛隊合憲論・海外派兵論」でも述べたように,憲法前文による自衛隊合憲化・海外派兵拡大の動きは,朝日新聞社説の変説=変節もあり,ますます進行している。しかし,軍隊は自己増殖し始めたら止まらない。ピストルも持っている。あの苦い経験をもう忘れたのだろうか?

 (防衛省2011.1.18,朝雲新聞2011.1.20)
この写真を見ると,「陸自隊員→中央即応集団配属→PKO個人派遣→帰国・中央即応集団→陸自隊員」の手品がよくわかる。丸山眞男の国連警察隊(国連軍)派遣論そのものではないか!

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/02/16 at 11:13

カテゴリー: 平和, 憲法, 人民戦争

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丸山眞男の自衛隊合憲論・海外派兵論

丸山眞男(丸山真男,1914-1996)は,平和主義者のイメージが強いが,実際には冷徹な現実主義者であり,いわゆる「平和主義者」ではなく,自衛隊についても憲法前文による合憲化や積極的な海外派兵を説いていた。

1.「楽しき会の記録」
たとえば「楽しき会の記録」での丸山発言(『丸山眞男手帳56』2011.1)。これは1990年9月16日午後,丸山宅近くのホテルで開かれた「楽しき会」の録音テープを『手帳』編集部がおこしたもので,丸山自身の著作ではない。丸山は自分の文章についてはきわめて慎重で,一字一句おろそかにしなかった。その反面,少人数での座談は大好き饒舌であり,それらの多くは没後『丸山眞男座談』(9巻,岩波,1998),『丸山眞男回顧談』(上下,岩波,2006),『丸山眞男話文集』(4巻,みすず,2008-9)などにまとめられ出版されている。

これらの記録は丸山自身の著作ではないが,それだけにかえって彼の考えがストレートに出ている。特にこの「楽しき会の記録」のような丸山自身の校閲を経ていない発言記録は,彼の生の声,彼の本音をうかがい知る貴重な資料といえよう。録音テープからの文章化も丸山研究者や練達の編集者が当たっており,十分に信頼できる。

では,丸山は1990年の「楽しき会」において,自衛隊について何を語ったのか?

2.現実主義者としての丸山眞男
丸山眞男は,周知のように,主体的市民の成熟を説く近代主義者であり,「暴力」を手段として使う政治家の「政治責任」を問う冷徹な現実主義者であった。決していわゆる「平和主義者」ではない。

その丸山からすれば,たとえば仙谷官房長官の「自衛隊は暴力装置」という国会答弁(2010.11.18)を非難攻撃し辞任に追い込んでしまった自民党の行為は,笑止千万であろう。警察や軍隊が国家統治の「暴力装置」であることは常識であり,それを口汚くののしり,鬼の首を取ったかのようにはしゃぎ回るのは,およそ大人の政党たる自民党らしくない。自民党は退化し,おしゃぶり(政権)を取り上げられ,だだをこねている幼児のような政党になってしまった。丸山であれば,おそらくそう考えたにちがいない。丸山は,政治においては「暴力」を手段として使用せざるをえないという冷厳な事実を見据えていた。丸山は決していわゆる「平和主義者」ではない。

したがって,自衛隊についても,現実主義者(ウェーバー的現実主義者)としての丸山は,現実主義的な認識をしているとは思っていた。しかし,この「楽しき会の記録」を読むまでは,晩年の丸山が憲法前文による自衛隊の合憲化や積極的な海外派兵を唱えていたことは,まったく知らなかった。うかつと言えばそうだが,これには,正直,驚いた。

3.人民の自己武装権
1990年の「楽しき会」において,丸山は30年前の著作「拳銃を・・・・」(1960,『丸山集8』)を引き合いに出し,「国民の自衛権」を全面的に擁護している。

「拳銃を・・・・」によれば,アメリカ憲法修正2条(1791)は「武器を保持し武装する人民の権利」を保障しているが,それは元来「人身の自由」を最終的に担保する「個々人の武装権」であったし,現在もなお原理的にはそうである。アメリカ憲法は,自由を守るための個人の武装権,人民の自己武装権を認めているのである。

ところが日本では,秀吉の刀狩り以来,人民は武装解除されていき,今では丸裸にされている。また,権利や民主主義も日本では闘いとられたものではなく,既製品として輸入され国民に与えられたものである。したがって,日本人は権利や民主主義が危うくなっても,それらを守るために闘う気力も戦うための武器も持たない。

“私達は権力にたいしても,また街頭の暴力にたいしてもいわば年中ホールドアップを続けているようなものである。どうだろう,ここで思い切って,全国の各所帯にせめてピストルを一挺ずつ配給して,世帯主の責任において管理することにしたら・・・・。そうすれば深夜にご婦人を襲う痴漢や,店に因縁を附けるに来るグレン隊も今迄のように迂闊にはおどせなくなるだろう。なにより大事なことは,これによってどんな権力や暴力にたいしても自分の自然権を行使する用意があるという心構えが,社会科の教科書で教わるよりはずっと効果的に一人一人の国民のなかに根付くだろうし,外国軍隊が入って来て乱暴狼藉をしても,自衛権のない国民は手を束ねるほかはないという再軍備派の言葉の魔術もそれほど効かなくなるにちがいない。日本の良識を代表する人々につつしんでこの案の検討をお願いする。”(p.281)

このピストル配布武装論は,「権利のための闘争」の覚悟,あるいはより直接的には再軍備反対のための断固たる決意を説くためのレトリックのようにも見えるが,しかし私には必ずしもそうとは言い切れないように思える。丸山は,本気で,権利が国家から,あるいは外国から侵害されそうになったとき,最後のギリギリのところでは,個人や人民は武器を取って戦うべきだ,と考えていたのではないか。私にはそう思われる。

4.「国民」の自衛権行使の合憲性
丸山の「楽しき会」発言(1990)は,30年前のこの「拳銃を・・・・」(1960)とまったく同じ人民武装論の立場からなされている。

“外国が入ってきたらどうするのか,と。女房を犯されてどうするのか,と。そんなに言うのなら,各戸にピストルを配れ。そうしたら婦人も安心して夜間に外出できる,と。襲ってきたらやればよい。正当防衛ですよ。”(p.17)

“軍隊は国民の独立[のため]なんだ。個人の独立なんだ。・・・・市民が武器を取って自分を守るんです。”(p.20)

丸山は,「個人」の自衛権・武装権を認め,さらに「国民」の自衛権・武装権も認める。ただし,この「国民」の自衛権は,「国家」の自衛権とは異なる。

“国家の自衛権と国民の自衛権を区別しなければいけない。・・・・国民が自己防衛するのは憲法は許していますよ。完全に合憲です。ピストルを持とうが何をしようが。国家が国家として国家の軍隊を行使してはいけないとだけ,現在の憲法は禁止している。”(p.22)

論旨明快。丸山は,政府専制化や外国侵略に対し,個人やその集合である「人民」ないし「国民」は自衛権を持ち,武器を取って戦ってよいし,戦うべきだ,そして日本国憲法もそれを認めている,と明言している。

それはよく分かる。しかし,そこから先がよく分からない。つまり,「国民」の自衛権・軍隊と「国家」の自衛権・軍隊が,はたして区別できるかどうか? 日本攻撃に対する国民蜂起と国家防衛戦争が区別できるかどうか? 理念的・概念的には区別できるが,実際には多くの場合「国民」の軍隊と「国家」の軍隊は区別できないのではないか?

むろん丸山も,「こうした[アメリカ憲法修正2条の定めるような人民の]武装権が集合体としての『国民』の自衛権に,さらには『国家』の自衛権へといつの間にか蒸発して」しまう危険性を十分に自覚していた(「拳銃を・・・・」p.279)。

しかし,危ないと分かりつつも,近代主義者・現実主義者としての丸山は,個人・人民・国民の自衛権・自己武装権を認めざるをえなかったのである。

5.憲法前文による自衛隊合憲化
ここから,丸山眞男は,日本再軍備反対運動・戦後平和運動の代表的イデオローグでありながら,自衛隊容認,さらには自衛隊海外派遣(派兵)の提唱へと,勇敢にも,いやあまりにも大胆に,突き進んでいく。

丸山によれば,憲法9条は「国家」の自衛権・交戦権を放棄しており,したがってそれを前提とする現在の自衛隊は違憲である。ところが――

“憲法の前文を引用すれば,前文の趣旨に自衛隊を解釈すればジャスティファイできる。”(p.21)

これは重大な発言である。「前文の趣旨」が何かは直接的には説明されていないが,おそらくそれは日本および世界の諸国民の平和的生存権を保障するための軍隊であれば,ジャスティファイ(正当化)できる,ということであろう。憲法前文は,「全世界の国民が,ひとしく恐怖と欠乏から免かれ,平和のうちに生存する権利を有することを確認する」とのべ,「日本国民は,国家の名誉にかけ,全力を挙げてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」と宣言している。この平和的生存権を守るための自衛隊であれば合憲ということ。それ以外には,考えられない。

6.グローバル化と海外派兵の合憲性
この丸山眞男の自衛隊合憲論は,彼のグローバル化時代の到来という時代認識に裏打ちされている。

“今や世界のシンボル・パワーズがみんな自分の国を自分の国の軍隊では守れなくなった。主権国家の軍隊という意味が全く歴史的に変わった。それと戦争概念の変化があるでしょ。”(p.29)

つまり,いまやグローバルな「ワン・ワールド」が現れつつあり,そこでは――

“国際連合は,世界の警察の役目で制裁するの。・・・・国内警察と同じように,違法行為を犯した奴を世界の警察が捕まえて裁判するんだ。それは警察であり軍隊なんだ。[イラク制裁では]それを主権国家が代用しているのがおかしいの。・・・・これは特定の国家群ではなく,グローバルな国際連合の行為なんです。警察と同じなんです,国連が。軍事行動を取るなら,世界警察としてのみ是認される。”(p.30)

丸山は,平和的生存権保障のための自衛隊を合憲と見なし,さらにそのための国連の軍事行動への自衛隊派遣(派兵)も合憲と考えるのである。

7.丸山「海外派兵論」の危険性
丸山の議論は,結局,国連軍ないし国連警察が成立するなら,日本は自衛隊をそこに参加(派兵)させうるし,積極的に参加(派兵)させるべきだ,という結論になる。しかし,現実には国連軍はまだ成立していない。では,どうするか?

“グローバルな安全保障だけが安全保障であって,軍事同盟は対立するものなんです。軍事同盟を否定するのが国際連合の政治。つまり,世界の警察軍だけを認める。ただ現実問題として主権国家が存在しているから,主権国家の軍隊の力を借りる。”(p.33)

冒頭で丸山は現実主義者だといった。ここでは,その丸山の現実主義が,議論を徐々に危ない方向へと向けていく。

“国連をエフェクティブeffectiveにしようと思ったら,国籍を離脱した国連軍を作るほかないんです。ただ,主権国家はなくならないから,軍人が国連軍から脱退した時には,前の国籍に戻すという保証がなければ,ちょっと困ります。”(p.18)

自衛隊も,当然,国連に派遣され「国連直属の軍隊」になるのであれば,「そうすれば,憲法に違反しない」(p.19)ということになる。しかも,先の説明によれば,国連軍から脱退すると,日本の国籍に戻る。たしかに現実的だ。しかし,そんなことをして本当に大丈夫か?

国連軍がまだ成立していないからといっても,PKO(PKF)の場合,指揮権は国連(総会・安保理)にあり,各国からの派遣軍はその指揮に服する。つまり国連警察軍といってもよい。とすれば,自衛隊のPKO派遣(派兵)は合憲となり,任務終了とともに日本国自衛隊に復帰することになる。自衛隊の活動は世界大に拡大し,国連フィルターを通して自衛隊の自己増殖が始まるのではないか?

丸山にはそうした躊躇は全くない。それどころか,彼の現実主義は,ここに止まらず,さらに議論を危険な方向へと前進させる。

“国籍離脱が無理なら,ぎりぎりの現実論は,さっきの話のように,自衛隊を二つに分けて,国連協力隊と今までの自衛隊と。”(p.34)

“国連協力隊法案のなかにその一条を入れる。今の自衛隊を二つに割って,一つを国連協力隊と名付けると。国連協力隊には自衛隊員以外も参加できるというのがあれば,なおいい。そうすると国連軍に近づくから。”(p.35)

丸山は,「楽しき会」の最後で,自衛隊の国連協力(国連軍参加)について,こう述べている――

“それが日本国憲法の精神だ,と言うんですよ。国内向けには,それがナショナル・インタレストだ,本当の意味で。”(p.36)

現実主義者らしい考え方だ。しかし,本当にこんなことをやってよいのだろうか? かつて明治憲法体制下で顕教(天皇統治)と密教(立憲君主制)の二枚舌が結局は顕教支配を招いたように(久野・鶴見『現代日本の思想』1956),自衛隊海外派遣は国益だという顕教と,それがこれからの世界益だという密教の使い分け二枚舌が,結局は日本国益のための自衛隊海外派兵という分かりやすい顕教の支配になってしまわないだろうか? 「本当の意味で」と限定されていても,国益は国益であり,「国内向け」に使えば,日本国益のために自衛隊を派遣する,となってしまうのは必定ではあるまいか?

私は,この「楽しき会」記録が公刊されるまで,丸山がこのような生々しい発言をしていたことを知らなかった。超国家主義の完膚無き批判者,非武装中立の提唱者,安保闘争支持の代表的知識人,戦後民主主義の旗手――その丸山眞男が,条件付きとはいえ,自衛隊合憲論・海外派兵論を唱えていたとは! これはショックだ。

8.丸山「海外派兵論」と朝日新聞の「変説」
ここでもう一度,「楽しき会」のメンバーを見てみよう(○印は出席者)。
 ○丸山眞男(1914-1996):東大法学部,政治学,日本政治思想史
 ○安東仁兵衛(1927-1998):構造改革派,『現代の理論』発行
 ○石川真澄(1933-2004):朝日新聞,朝日ジャーナル
 ○岩見隆夫(1935-):毎日新聞,サンデー毎日
 ○筑紫哲也(1935-2008):朝日新聞,朝日ジャーナル,TBS
  堤 清二(1927-):辻井喬,西武・セゾングループ
  冨森叡児(1928-):朝日新聞
  松山幸雄(1930-):朝日新聞

そうそうたるメンバーであり,いわゆる進歩派・良識派知識人の会といってよい。ここで丸山が,憲法前文による自衛隊海外派遣合憲論を語った。ジャーナリズム,特に朝日新聞への影響は大きかったのではないかと推察される。では,この「楽しき会」開催(1990年9月)前後の世界情勢,日本情勢はどのようなものであったのか?

 1989 ベルリンの壁崩壊
 1990 イラク軍クウェート侵攻,「楽しき会」
 1991 湾岸戦争勃発,ソ連崩壊
 1992 PKO法成立
 1993 55年体制崩壊,EU成立
 2001 PKO法改正によりPKF参加凍結解除
 2006 自衛隊法改正で自衛隊海外活動が「本来任務」に
 2007 陸自中央即応集団(CRF)設立
    朝日新聞社説21(5月3日)が「地球貢献国家」提唱

この年表から分かるように,「楽しき会」開催の1990年前後を境に,世界も日本も劇的に変化したことが分かる。近代主権国家からなる世界はベルリンの壁崩壊(1989)とソ連崩壊(1991)により終わりの秋を迎え,EU成立(1993)に象徴されるような,超国家的地域共同体やグローバル社会の形成へ向けて大きく方向転換した。

日本でも,保守対革新の55年体制が1993年に崩壊し,政治情勢が流動化,新しい体制への模索が始まった。丸山が1990年に語ったように,世界の構造が大きく変わったのであり,93年の日本政治の構造変化もそれを受けたものであったのである。

そして,ここで特に注目すべきは,自衛隊をめぐる議論がやはりこの頃を境に大きく変化したことである。1992年には国際平和協力法(PKO法)が成立,自衛隊の海外派遣が認められ,2001年には同法改正により平和維持軍(PKF)参加凍結も解除された。さらに2006年の自衛隊法改正により,自衛隊の海外活動が「本来任務」とされ,2007年にはPKOに対応するための部隊「中央即応集団(CRF)」も設立された。ここでは「民軍協力」が本格的に導入され,2007年のネパール国連ミッション(UNMIN)派遣ではCRF配属の陸自隊員が「個人の資格」で派遣され,以後,UNMIN指揮下で活動してきた。

この流れを追認し,さらに強くそれを後押ししたのが,2007年5月3日の朝日新聞「社説21」である。ここで朝日は従来の「良心的兵役拒否国家」を放棄し,「地球貢献国家」を社説として採用し,自衛隊の積極的海外派遣を唱え始めた。これは自衛隊をめぐる議論に決定的な影響を与えた。以前から自衛隊合憲・海外派遣を唱えてきた産経新聞や読売新聞ではなく,それに真っ向から反対してきた朝日新聞が「変説(変節?)」したからである。

この90年以降の日本の防衛政策の変化や朝日新聞の「変説」は,少なくとも外見的には90年の丸山「楽しき会」発言に沿ったものである。では,丸山はこの防衛政策の変化や朝日新聞の「変説」にどのような影響を与えたのか?

丸山は,良識派・進歩派・革新派・護憲派の知識人や政治家に大きな影響力を持っており,多弁な彼がもし90年「楽しき会」発言と同趣旨の発言を別の機会に何回もしているとすると,それを聞いた人々から彼の考えが周辺に広まっていった可能性は十分にある。

特に注目すべきは,朝日新聞「変説」との関係である。「楽しき会」のメンバーには,朝日新聞系の重鎮が4人も含まれている。彼らが丸山に深く傾倒していたことは言うまでもない。具体的なことは,もちろん分からない。しかし,90年の丸山発言と朝日の「地球貢献国家」がよく似ていることは確かである。両者の間になんらかの関係があるのではないかと見られても不思議ではない。

9.丸山眞男と現実主義の陥穽
丸山には,通俗的現実主義を鋭く批判した「現実主義の陥穽」(1952,丸山集5)という論文がある。現実主義者の丸山であるからこそ,通俗的現実主義の危険性をよく認識していた。では,丸山自身の自衛隊合憲論・海外派兵論はどうなのか?

グローバル化時代における「新しい戦争(非正規戦争)」の拡大という「現実」への現実的対応という,「現実主義の陥穽」に陥っているのではないか? 国連を利用した自衛隊自己増殖の正当化理論となっているのではないか?

丸山がいうように,グローバルな「ワン・ワールド」が現れ「世界警察」の必要性が高まりつつあることは認めつつも,それでもなお自衛隊の海外派遣(派兵)には懐疑的とならざるをえない。それは,日本の平和にとって,本当に賢明な選択なのだろうか?

■参考資料
朝日新聞社説21(2007年5月3日)

提言 日本の新戦略―地球貢献国家を目指そう

15.自衛隊の海外派遣

国連PKOに積極参加していく・自衛隊が参加できる国連PKO任務の幅を広げる

・平和構築のための国際的部隊にも限定的に参加する

・多国籍軍については、安保理決議があっても戦闘中は不参加が原則

憲法の前文(資料6)は、日本だけでなく、世界の人々が平和に暮らす権利を重くみた歴史的な宣言でもある。紛争のあった国の再建を手伝う「平和構築」は、前文の精神に沿うものだ。

民族紛争、内戦などで疲弊、破綻(はたん)した国は、和平合意後も社会が不安定な場合が多い。暴力によらずに対立を解決していくためには、民主主義制度の整備や法の支配の確立が大きな鍵を握る。近年、国連主導で平和を持続し、国を再建していく「平和構築」が世界各地で進められてきたのはそのためだ。

「平和構築」は第一に、そこで暮らす人々のために進める。だが同時に、国際的な安全保障での意味も大きい。内戦などで法の支配が崩れると、テロや麻薬、武器密売などの犯罪組織が拠点を置く。そこから脅威が世界に散らばり、「世界の弱点」となる恐れがある。対応策として「平和構築」を進める必要がある。

「平和構築」には行政官やNGOの人たちを含む文民の活動がふさわしい仕事が多い。だが中には、武器を持った実力部隊でないと危険な時期や場所もある。そこに自衛隊の出番がある。

自衛隊の派遣は、日本にふさわしいものでなくてはならない。現地で歓迎され、実際に「平和構築」に役に立つ。あくまで憲法前文のような普遍的な理念に基づく派遣であって、「米国とのおつき合い」だけで海外に自衛隊を送るべきではない。そこで次のような諸点を前提に進めるべきだと考える。

国連PKOは、紛争終了後の平和構築の柱である。だが、他の先進諸国に比べて、自衛隊の派遣件数はまだまだ少ない。日本の参加先をもっと増やし、任務の幅も広げるべきだ。

日本は92年に国連平和維持活動(PKO)協力法を制定し、まずカンボジア復興で自衛隊を派遣した。その後もゴラン高原、東ティモールなどの国連PKOに参加してきた。これまでの参加は、紛争で壊された施設の復旧、医療活動などの人道復興、後方支援だった。

01年に同法は改正され、凍結されていた本体業務への参加が解除された。停戦や武装解除の監視、緩衝地帯での駐留、巡回などが本体業務にあたる。まだこの分野での参加例はないが、今後は協力していくのが適切だろう。

安保理決議に基づき、厳密に規定された任務を進めていくうえでのやむを得ない発砲などは、犯罪を抑える警察の武器使用に近い。武力行使にあたるような使用を認めないのは言うまでもない。

慎重に実績を重ねつつ、将来的には現在のPKO法では認めていない、国連や公的施設の警護などにも範囲を広げる道も探る。治安情勢や自衛隊の練度などを踏まえ、派遣の是非は個々のケースごとに決めるのは当然だろうし、さらにどんな条件が必要かを考えたい。

同じ平和構築でも近年は、国連PKOではなく、国連安保理決議に基づく国際部隊が配置されるケースが増えている。治安の変化に臨機応変に対応する必要性などから、国連ではなく国際部隊に参加した国の現地司令官が指揮するものだ。ただ、任務の内容としては公共施設の復旧、医療活動など国連PKOとあまり変わらない内容のものも含んでいる。

日本としても、こうした国際部隊について、国連PKOにおける後方支援に準じるものであれば、参加するケースがあってもいい。平和構築活動における日本の選択肢を広げるためだ。

その場合、国会の事前承認、武力行使の禁止などの厳しい条件を設けるべきだ。政権転覆が目的の「有志連合」による攻撃など正統性を欠く行動、たとえばイラク戦争のようなものには決して加担しない。そうした戦争の後の平和構築にも基本的に参加しない。

最後に、自衛隊は戦闘中の多国籍軍には後方支援であっても参加しない。この原則は今後も貫く。

例外中の例外が考えられるとすれば、(1)誰の目にも明らかな国際法違反(領土の侵略など)があり、(2)明確な国連安保理決議に基づいて、国際社会が一致する形で集団安全保障(軍事的制裁)が実行され、(3)事案の性格上、日本の国益のためにも最低限の責任を果たす必要がある、といった要件をすべて満たす、極めてまれな場合でしかない。

ただし、その場合でも、自衛隊が協力できるのは、憲法で許容される範囲内の後方支援に厳格に限定されるべきであり、国会の事前承認を大前提としなければならない。

こうした枠組みの中で自衛隊が技量を発揮し、日本らしさをアピールしたい。

資料6 憲法前文(抜粋)
○われら(日本国民)は、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う

○われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する

■参照
海外派兵を煽る朝日社説
良心的兵役拒否国家から地球貢献国家へ:朝日の変節

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/02/13 at 21:20

人民解放軍,政府引き渡し完了

1月22日,マオイスト人民解放軍(PLA)の指揮権がネパール政府に引き渡された。マオイストの勝利か全面降伏か? プラチャンダ党首はPLAを国軍に組み込ませたのか,それともPLAを国家に売り渡したのか?

国連=UNMINのどんでん返し大勝利か,それともマオイスト=NC=UMLの国益のための一時的共闘――国連のメンツを立て恩を売る――作戦なのか?

今のところ,何ともいえない。外交上手のネパールのこと,先進国や国連を手玉にとることくらい,朝飯前だろう。
ekantipur, 23 Jan

1.プラチャンダ演説
プラチャンダ党首とネパール首相による合意書署名により,22日からPLAは「監視・統合・復帰特別委員会」の指揮下に入った。そして,委員会は,当然,首相の指揮下にあるから,PLAの最高指揮権は首相に移ったといってもよい。これについて,プラチャンダ党首は式典において,こう述べている。

「今日から,すべてのマオイスト戦闘員は正式に特別委員会の指揮下に入った。」(AP,22 Jan)

「ネパールは,政治的移行の最終段階に入った。統合・復帰が完了するまで,この国は1国2軍隊にとどまる。われらが戦闘員の統合・復帰プロセスにより,強力な国家安全保障メカニズムをつくっていきたい。」(Himalayan Times, 22 Jan)

2.ネパール首相演説
ネパール首相もこう述べている。

「PLAはいまや国家の責任の下にある。」(ekantipur,22 Jan)

「これからは政府が監視・統合・復帰など,全責任を引き受ける。」(AP,22 Jan)

「つい先刻まで諸君はネパール共産党マオイストの活動家であったが,いまでは諸君は特別委員会の指揮下にある。」

「当然,諸君の任務も変化した。社会復帰希望者は政治活動に入ってもよいが,治安諸機関への統合希望者はどのような政党の党員であることも認められない。統合希望者は,非政治的・専門職的な独立の国家治安諸機関のメンバーとして献身することになる。宿営所にとどまる限り,諸君は特別委員会の決定と命令に従わなければならない。」(Himalayan Times,22 Jan)

3.プラチャンダ党首とネパール首相の偉業か?
この新聞報道から見る限り,つまり表向きは,ネパール首相の完全勝利であり,マオイストの全面降伏である。プラチャンダ党首は,PLA1万9千人を国家(NC=UML=国軍)に売り渡したことになる。

ネパールの歴史を見ると,急進派の指導者たちが,庶民の不満を代弁して反政府運動を展開し,その運動を通して自分たちの権勢を拡大し為政者たちにそれを認めさせると,一転して,獲得した既得権益を守るため,運動に参加してきた「人民」を見捨て,体制側に寝返るといった事例が少なくない。とくに共産主義運動は,そうした反体制エリートたちの人民裏切りの繰り返しであったといってよいだろう。

では,22日のPLA指揮権放棄は,どうか? これは難しい。プラチャンダ党首は,統合・復帰が完了するまでは,ネパールは1国2軍隊だ,といっている。また,「特別委員会」にはマオイストも最大政党として当然参加している。あるいは,マオイストが政権与党になれば,マオイスト党首が堂々とPLAと国軍の指揮権を行使し,国軍へのPLA浸透を図ることも出来るわけだ。

それゆえ,22日のPLA指揮権引き渡しの正確な評価は,現時点では,難しい。ただ,これまでの展開からみて,はじめに述べたように,PLA引き渡しは,国益のためのマオイスト=NC=UML共闘――国連・国際社会からカネを引き出すための共謀共闘――の可能性が高い,ということはいえるであろう。

もしそうなら,国連高官や,日本をのぞく諸外国大使を招いて賑々しく挙行された引き渡し式典が終了し,援助継続の約束さえとりつけてしまえば,また以前と同じような紛争状態に復帰してしまうことになる。

4.ノーベル平和賞?
もしこのPLA指揮権引き渡しが成功し,ネパールに平和が訪れるなら,プラチャンダ党首とネパール首相にノーベル平和賞が授与される可能性が出てくる。ネパールは国連平和構築のモデル国となるのだから。

しかしながら,諸般の状況を総合して考えると,コイララ翁ですらもらえなかったノーベル平和賞がネパールに来る可能性は,いまのところほとんどない,といわざるをえない。残念ではあるが。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/01/23 at 17:01

人民解放軍,政府へ引き渡し

明日1月22日,人民解放軍(PLA)の指揮権が首相に引き渡される。不覚なことに,そんな取り決めになっていたとは全く知らなかった。しかし,そんなスゴイことが,本当に出来るのだろうか?

リパブリカ(1月21日)によれば,22日チトワン・シャクティコール宿営所において引渡式典が挙行され,そこでプラチャンダ党首がPLA指揮権を首相(マオイスト戦闘員監視・統合・復帰特別委員会)に引き渡す文書に署名,マオイスト軍旗を首相に渡し,午前11時からPLAは首相指揮下にはいる。宿営所のマオイスト旗は降ろされ,ネパール国旗が掲げられる。

これはスゴイ! PLAのメンツも何もあったものではない。全面降伏ではないか。本当にこんなことが出来るのか?

式典には,来賓多数が出席する。政治家や高級官僚は国軍がお世話する。各国大使,国連官僚は,もちろんUNMINの豪華ヘリだ。きら星のごとき来賓のお歴々。PLA引き渡しの成功は間違いない。僭越ながら,私が保証してもよい。

で,ここで不思議なのが,招待されている各国大使たち――中国,デンマーク,仏,フィンランド,独,印,ノルウェー,露,スイス,英,米。あれ! 日本がいない。精鋭陸自隊員をUNMINに派遣しているのに,それはないよね! 一体全体,どうしたんでしょうね。

リパブリカ記事の間違いに違いない。よく早とちりする新聞だから。しかし,もしも,もしもですよ,リパブリカ記事が事実とすると,ネパールは日本を完全にバカにしていることになる。カネと人を出させて,敬意のひとかけらも示さない。お人好し,日本!

もちろん,日本政府が,平和主義の理念に立ち,軍事関係行事には大使を出席させることはできないとして招待を断ったのなら,わたしはその勇気ある決定を高く評価し,全面的支持をいささかも惜しむものではないが。

■追加(2011.1.22。写真はRepublicaより)
 記念式典の女性兵士

 チトワン宿営所。数年前,この中で大隊長インタビューをした。懐かしい。お元気だろうか。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/01/21 at 23:30