ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

ネパールの「中国カード」とインド国益:SD・ムニ

オリ政権の中国接近について,印ネパール学の権威,SD・ムニ(ネルー大学名誉教授/防衛研究所特別研究員)が,いかにも大国インドらしい,懐の深い分析をしている。インドは,「中国カード」を切ったネパールに対し,あわててこれ見よがしの対抗措置をとるべきではないし,またマデシや他の周縁的諸集団の正当な権利要求に目をふさぎオリ政権と安易な妥協をすべきでもない,というのである。以下,ムニの分析を参考にしつつ,この問題について考えてみる。
S.D. Muni, “No zero sums in this great game,” The Hindu, March 28, 2016.

1.いつもの「中国カード」
ムニによれば,ネパールはオリ首相訪中の成果を「ネパール外交の画期的前進」と自画自賛しているが,この種の「中国カード」は「おなじみのシナリオ」,苦しいときの中国頼みにすぎない。ネパール政府は,国内問題や対印関係で行き詰ると,いつも「中国カード」を使ってきた。
・マヘンドラ国王:1960年代初(国王クーデター)
・ビレンドラ国王:1988-89(第一次民主化運動)
・ギャネンドラ国王:2005-06(人民戦争末期)

2.ナショナリズムの利用
ネパールの為政者にとって,「中国カード」は,政権維持強化のため,つい手を出したくなるもの。困ったときの中国頼み。今回は,マデシの反憲法闘争とそれをインドが陰に陽に支援したことが引き金となった。

オリ政権は,「中国カード」を使うことにより,ネパール・ナショナリズムの高揚をはかり,政権への求心力を向上させ,マデシの反憲法闘争を抑え込もうとした。また,インドに対しては,中国経由という有力な代替物流ルートを手にしたことを示し,対抗しようとした。

しかし,問題はこの「中国カード」が,実際にどこまで有効か,ということである。

3.「中ネ共同声明」の誇大宣伝
オリ首相は,訪中の成果を喧伝しているが,「共同声明」をよく見ると,見てくれは立派でも,実際には内実が伴っていないことが分かる。

たとえば,天津港の利用。たしかに代替港とはなり得るが,ネパールから3千キロも離れており,輸送路などインフラも貧弱で,時間的にもコスト的にもインドのハルディア港には到底対抗できない。

あるいは,鉄道。建設には時間と巨額の費用がかかる。2008年提案では,2013年までにネパール延伸のはずが,まだ手付かず。中国側は,実際には調査と技術支援を約束しているだけにすぎない。また,鉄道建設には,チベット問題も絡む。中国には,鉄道を延伸し,チベットを対外的に開放する気はあるのだろうか?

中国は「一帯一路」経済圏構想を掲げ,関係地域への支援を拡大している。しかし,多くは借款であり,もしネパールがそれに安易に乗ってしまうと,スリランカやミャンマーのように,深刻な中国依存に陥ってしまうおそれがある。

4.インドに求められる現実的な対応
ムニによれば,オリ訪中の「成果」は実際には上記のようなものだから,インドは,ことさら騒ぎ立て強硬な対抗策をとることも,逆にマデシらの正当な要求に目をつむりオリ政権と安易に妥協することも,すべきではない。インドにはネパールのヒンドゥー教王国復帰運動を支援せよという声もあるが,これも逆効果。そのようなことをすれば,中国を利するだけ。

ムニは,インドは国益の核心部分を堅持したうえで,近隣諸国との友好的共存共栄関係を発展させていくべきだ,と考える。中国にとって,ネパールの先の,インドや南アジア地域は市場としてはるかに魅力的だ。そのインドを,中国が本気で怒らせるようなことをするとは,まず考えられないからである。

5.巨岩に挟まれたネパール
インドと中国は,二つの巨岩。あちこちでぶつかり摩擦を引き起こしている。ネパール問題もその一つ。

ムニは,印中の間にネパールをめぐる対立があっても,それをゼロサムゲームにしてはならないと警告している。たしかに,ごもっとも。

しかし,印中のゼロサムゲームとまではならなくても,ネパールにとっては,印中摩擦に下手に巻き込まれたら,命取り,破砕され,南や北の破片を併合されてしまうことになりかねない。

対中関係は,小国ネパールにとっては,大国インドにとってよりも,はるかに難しく危険だと覚悟すべきであろう。

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谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/04/08 @ 15:04

カテゴリー: インド, 経済, 外交, 中国

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