ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

日本ポルノとネパール性タブー

谷川昌幸(C)

性風俗には興味津々とはいうものの,全くの門外漢,その方面の専門家には常識かもしれないが,最近,疑問に感じたことについて述べてみたい。

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性は,人間関係の根幹,文化の最下層の土台であり,どの社会にも性規範はある。異文化との出会いで最大の驚きの一つは,性風俗,性規範の違いである。

ネパールに初めていったときの驚きも,まさにこれだった。カトマンズのあちこちに男女交合図がある。日本のスミ塗りポルノなど足元にも及ばぬリアルさ,まさに男女の性行為そのものの彫像や絵画が白昼堂々と町中で鑑賞できる。これはいったいなんだ!

性=罪=悪とするクリスチャンはいうに及ばず,儒教にキリスト教を接ぎ木した日本人にとっても,これはみだらな不道徳,良く言えば理解を超えた神秘だった。

だから十数年前,女子学生十数名を連れてネパールに行くことになったときも,ネパールにはとんでもない「○○○○」がある,見たくない人,ショックに耐えられない人は行かないように,と何回も警告した。そして,行ってからも,たとえばバクタプル博物館の「危険ゾーン」に近づいたときは,「ここから先には○○○○がある。足元だけ見て先に進むように」と注意したものだ。

いまなら,これだけ注意しておいても,帰国後,セクハラ委員会に訴えられ,懲戒処分にされるかもしれない。(セクハラ委員会は特高よりこわい。訴えられたら,おしまい。周防監督,つぎは「セクハラ委員会」を映画にしてください。)

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しかし,町のあちこちに,男女性器丸出しの露わな性交像,性交図があるにもかかわらず(そばで子どもたちが遊んでいる),ネパールに性規範がないわけではない。キリスト教や儒教とは規範の形が異なるだけで,性への規制は極めて厳しい。

これは近代化以前の日本でも同じことだった。明日香などの古い文化をもつところでは,いまでも性行為の仕草を見物人の前で演じる祭事が残っているし,かつては日本のあちこちにリアルな男性器,女性器が祭られていた。しかし,だからといって,近代化以前の日本人がみだらだったわけでも,性規範をもたなかったわけでもない。性は日常的な生殖行為であると同時に,神秘的な恐れるべきものであり,だからこそそれは神の領域にあるタブーであった。

現代のネパールやかつての日本で,性器や性交の像や図があちこちにあるのに,性がタブーだったというのは,現代人には理解しがたいことだが,性は生死と同じく身近なものであると同時に,理性ではコントロールできない人智を越えた神秘なもの,安易に触れてはならないもの,隠し遠ざけておくべきもの,つまりタブーであったのだろう。

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しかし,日本ではすでに生も死も神秘ではなくなり,したがって性もタブーではなくなった。タブーの消滅は,日常と非日常の区別の消滅である。テレビでは,四六時中,寝室内の性行為があからさまに語られ,商品化された性が市中で自由に売買されている。

これは,性のグローバル市場化といってもよい。グローバル化は,あらゆる隔壁,あらゆるタブーの否定を目指している。わが安倍首相が軍と民の区別を止め,軍民共同活動を唱えているのも,グローバル化のバスに乗り遅れないためだ。グローバル化により,昼と夜,日常と非日常,公と私の区別が曖昧になり,性も夜の秘められた私生活や非日常的祭事に閉じこめておくべきものから,商品化し大っぴらに開陳し,取り引きしてよいものとなった。現代人は,昼夜なく,商品化された性で発情させられている。

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その先兵がインターネットだ。ネット世界には,性タブーはおろか,なんの規制もない。目先の利く連中が金儲けのために性を商品化し,ネットに流し,おかげで世界中の大人も子供も昼夜の区別なく,他人の性行為のリアルな姿を見聞きできるようになった。節度がないというか,品がないというか,これが「美しい国」の現実だ。「美しい」は,日本国首相の大嫌いな反資本主義的タブーがあり規範(規制)があるからこそ,成立する。日本は他の先進資本主義国と同様,性的に「醜い国」に成り下がってしまっている。

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ところが,ネパールにはまだ強力な性規範,性タブーが残っている。ヒンズー教のカースト的性規制は別格として(問題はあるがそれは別の事柄),素人の私が見ても厳格な性規範,性タブーの健在はよく感じ取られる。

だから,少なくとも数年前まではネパールには,外人向けカーマスートラは氾濫していても,住民向けの近代資本主義的ポルノや性産業はなかった。(むろん伝統的性職業はあり,これはこれで問題だが,このことについては別の文脈で論じた方がよい。)

しかし,最近のグローバル資本主義化の波はネパールにも容赦なく押し寄せ,ネパールの古き良き性規範,性タブーを破壊し始めたようだ。この数年訪ネしていないが,ウワサではタメル近辺では近代的性風俗店が激増し,性ビジネスを始めているらしい。タメルが,非日常の外人租界であれば,外人向け近代的性サービス業が出現しても仕方ないと言えなくもないが,タメル地区と他の地区との融合が進み,日常と非日常の区別はもはやほとんどなくなっているそうだ。性をタブーとし,非日常の特定の時間,場所,人々に囲い込んで何とか制御しようとしてきたネパールの(そして他の多くの伝統的社会の)歴史的叡智が,「欲望の体系」の究極形態たるグローバル資本主義により,破壊され始めたのだ。

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資本主義は,欲望の無限の増大により維持される。資本主義は,常に成長を求め,インフレを維持拡大し,カネにカネを生ませ,いまではバーチャル投機経済となってしまった。資本主義は麻薬のようなものであり,インフレの快楽(冨)を拡大し続けなければ,崩壊する。

これと同じく,資本主義化された社会の性も自然なものではなく,人々は人為的に性的欲望を刺激され,つねにより多くの性的快楽を求め続けるようにさせられてしまっている。資本主義化された性は,快楽を不断に拡大させねばならず,近代以前のように性をタブー視し,非日常世界に閉じこめることを許さない。性の拡大再生産のため,性を日常生活にまで拡大し,日常生活をあまねくポルノ化し,大人だけでなく子供も性産業の中に取り込み,性的欲望を無限に増大させていこうとする。無際限に世界をポルノ化しなければ,資本主義的性は存続し得ない。そして,その極限が,ネット社会のバーチャル・セックスだ。四六時中,子供から老人まで性的欲望をバーチャル・セックスで増大させようと焦燥感に駆られ足掻いている。狂気寸前だ。

元来,金と性は人間にとって制御困難な危険物であり,西洋でも東洋でも近代以前は,タブーとされていた。あからさまに語ってはならない恥ずかしいもの,みだらに触れてはならないものだった。金も性も,神ないし悪魔の領域だった。ところが,脱魔術化した近代人は,その二大タブーを破ってしまった。そしていま,グローバルに肥大化したバーチャル経済は破綻寸前,そして同じくバーチャル・セックスも破綻が見え始めた。

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そうした性誇大妄想近代世界からの脱出を願う人々にとって,ネパールは,まだまだ希望の地だ。近代性産業が出現し始めたとはいえ,まだごく限定された地域だ。そして,何よりも性タブーの健在をよく示すのが,インターネットだ。

ネット・ポルノは,性風俗店よりもはるかに容易に開業できるし,創業者利益も莫大だ。世界中の性産業家がそう考え,ネットをポルノだらけにしている。同じ文化圏のインドもネット・ポルノの中心地の一つだ。

それなのに,普通に見る限り,ネパール(人)発のネット・ポルノは無い。金と性は不可分の関係にあり,ビデオもインターネットもポルノ先導で発達してきた。グローバル資本主義化で世界中が欲ボケ,色ボケになってしまったのに,ネパールは敢然と性タブーを守り続けている。この性タブーは,紛争下でも外国人襲撃がないことと合わせて,「現代ネパールの二大奇跡」と呼んでもよいだろう。かなり弱体化したとはいえまだ残存する金銭タブーと,そしてこの強固な性タブーが,ネパール社会の健康をかろうじて維持してきたのだ。

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しかし,ネパールが性タブーを維持し続けることは,非常に難しい。金ボケ,色ボケの欲望亡者・先進諸国が,そのみだらで不道徳な金銭欲+性欲を「近代的」「民主的」と美化し,伝統的性タブーを「封建的」「中世的」と非難攻撃してくるからだ。

一番よい金儲けの種は,従来タブーとされてきたこと,生死(=医者,僧侶)と性だ。生と死はすでに十分開発された。次は性の開発だ。誰がネパールの性タブーに挑戦し,金を儲けるか?

私としては,ネパールには,欲ボケ性亡者の先進諸国の甘言など断固拒否し,性タブーを守り通してほしい。日本や欧米を見れば分かるように,性の産業化は決して人々を幸福にはしない。

しかし,これはすでに性タブーを破ってしまった先進国の勝手な願望であり,ネパールの人々が自らタブーに挑戦するのなら,それは彼らの事柄であり,致し方ない。自分たちは性産業でさんざん儲けていながら,ネパールの人々に同じことをするな,とは言えないからだ。

しかし,性タブーがまだまだ健在のネパールに欲ボケ外人が性ビジネスを持ち込むことは許せない。ましてや,ネットでネパールがらみのポルノを流すなど,もってのほかだ。たしかに儲かるであろう。しかし,そんなネパール文化の尊厳を冒涜し,その根を無惨に断ち切るような野蛮なことは絶対にやってはならない。

Written by Tanigawa

2007/03/14 @ 18:23

カテゴリー: 文化

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