ネパール評論

ネパール研究会

民主主義の日と新憲法の評価

1.民主主義の日
2月19日(ファルグン月7日)は,「民主主義の日(民主主義記念日)」。1951年のこの日(ファルグン月7日,2月18日),数日前亡命先のインドから帰国していたトリブバン国王が王制復古を宣言,104年に及ぶラナ家マハラジャ統治体制を終わらせ,制憲議会による新憲法制定を目指す「民主的」な新政府を発足させた。以後,ネパールでは,この日が「民主主義の日」として祝われている。

ことしの「民主主義の日」(2月19日)の式典はトゥンディケル広場で開催され,BD・バンダリ大統領,OG・マガール立法議会議長,オリ首相,KS・シュレスタ最高裁長官ら多数が出席した。

オリ首相は,祝辞において,昨年9月の新憲法制定を称賛し,反対派の諸要求にも第一次憲法改正により基本的には応えることができた,と民主化の前進を評価した(kathmandu Post, 19 Feb)。

「民主主義の日」については,各紙が社説で論評している。カトマンズポストはやや辛口,リパブリカは肯定的。

2.カトマンズポスト社説「これが包摂か,馬鹿な! 民主主義の日に,われわれは過去を振り返り,未来について考えねばならない」

この社説によれば,現在のネパールは,依然として世界最貧国の一つであり,しかも貧富格差は甚だしい。それなのに,カトマンズ市民の多くは,カルナリなど,地方の困窮に無関心だ。また,汚職腐敗も蔓延し,透明度・清潔度は世界168か国中の第130位。

「民主主義のために懸命に闘ってきた人々は,ネパールの現状を見て喜びはしないだろう。」「カトマンズの諸権力は,民主主義を包摂的にすることを避けようとしている。」

「これまでの研究によれば,排除的ではない包摂的諸制度こそが経済成長を実現する。・・・・それゆえ,包摂は,たんに政治的に正しい政策というにとどまらず,経済的にも効果的な政策である。」

3.リパブリカ社説「長かりし前進,民主主義の日」
リパブリカ社説は,トリブバン国王による王制復古から説き起こし,国王クーデター,1990年民主化,制憲議会選挙,王制廃止,新憲法制定を経て今年の「民主主義の日」を迎えたことの意義を肯定的に評価している。65年前の「民主化」の約束が,制憲議会による2015年憲法制定により,ようやく実現された,というわけである。

「歴史的に見るなら,主権的な制憲議会が新憲法を公布した9月20日が意義深いことはいうまでもない。いくつか不十分な点があるにせよ,その日こそが,この国の民主主義への長い苦難の道の終わりの始まりだからである。」この憲法を手にしたネパールは,今度こそ「持続的経済発展の道」へと向かわなければならない。

また,オリ首相についても,好意的な評価だ。
 ファルグン月7日
  ■インドから帰国したトリブバン国王による王制復古,「民主化」の日
  ■オリ首相の訪印の日

また,オリ首相はインドのつぎに中国を訪問する。これは「われわれのもう一つの昔からの夢を実現する絶好の機会ではないか――ネパールを印中の魅力的な架け橋とするという夢だ。」

4.カトマンズポストvsリパブリカ
ネパール2紙の社説は,オリ政権や2015年憲法について対照的な評価をしているが,正直なところ,いずれの見方がより妥当かは,私にはよくわからない。おそらく,いずれにも相当の根拠があるということであろう。

ネパール,そしてインドの政治は,どうにも不可解だ。マデシの反憲法・国境封鎖闘争が,大きな犠牲を払いながら,どう決着したのか定かでないまま,なんとなく終結しそうなこと。あるいは,オリ首相が,内政干渉,国際法違反などと激しくインドを非難攻撃してきたことをケロリと忘れ,訪印しモディ首相とにこやかに握手すること,など。

ネパールやインドの政治は,日本の一方に傾いたら破滅にまで突っ走るような,裏表のない「赤誠」政治に比べたら,はるかに成熟しているといえなくもないが。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/02/21 @ 14:37

カテゴリー: インド, 憲法, 民主主義

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