ネパール評論

ネパール研究会

ネパール憲法AI探訪(12): 国家の公用語

1.憲法の公用語規定
ネパール憲法第7条は,「公用語(सरकारी कामकाजको भाषा)」について規定している。第6条規定の「国民の言語(国民言語)」は,日常使用が認定された母語のことだが,第7条の「公用語」の方は,政府の統治において使用が義務づけられる言語のことである。

第7条 公用語(सरकारी कामकाजको भाषा) (1)ネパールの公用語は,デーヴァナーガリー表記のネパール語とする。
(2)州(प्रदेश)は,ネパール語に加え,州内の多数の人々が話す1つ又はそれ以上の国民言語を州法により州の公用語とすることができる。
(3)言語に関する他の事項は,ネパール政府が言語委員会の勧告に基づき決定する。

2.国家の公用語
(1)国家公用語としてのネパール語
ネパール国家の公用語は,第7条1項で「ネパール語」と明記されているので,解釈上の問題はない。

また「ネパール語」は,ゴルカ王がネパール統一(1769年)後,彼らの言語「ゴルカリ語」を新生ネパール国家の公用語とし,これが一般に「ネパール語」と呼ばれるようになり,今日へと継承発展してきたものとされている。(「ネワール語」は「ネパール語」とは別系統の言語 Cf: Language chauvinism)その結果,ネパール語を母語とする人々は現在,全国民の45%であり,母語でなくてもネパール語が理解できる人は全国民の約8割にも達している(国勢調査2021)。したがって,国家公用語を1言語とするのであれば,最もふさわしいのはネパール語ということになる。

「ネパール語」国家公用語化略史(一部AI回答参照作成)
1769 ゴルカ王,ネパール国家統一。ゴルカリ語の国家語化開始
1825 「ネパール語文法」編纂
1846 ラナ家政府,ネパール語を国家語とする
1854 ムルキ・アイン法典でグルカ語を公用語指定
1870 「ネパール語辞典」編纂
1905 公文書と教育はネパール語使用と規定
1933 国語名として「ネパール語」を正式採用。国歌の「ゴルカリ」を「ネパール」に変更(ただし,正式変更は1951年とされている)
1956 教育計画委員会(NEPC),教育用語はネパール語とする勧告
1957 マヘンドラ国王,「ネパール語政策」により「ネパール語」を国家用語とする
1959 1959年憲法で国家公用語はネパール語と規定
1962 パンチャヤト憲法体制下で「1人の国王,1つの衣装,1つの言語,1つの国民」政策推進
1990- 「1990年憲法」,「2007年暫定憲法」,「2015年憲法」のいずれでも「ネパール語」を国家公用語と規定

(2)他言語の公用語化要求
しかしながら,ネパールには,ネパール語を母語としない人々が全国民の半数以上もいるのであり,その人々からすれば,ネパール語だけを特別視し公用語に指定するのは不公平ということになる。

そうしたネパール語を母語としない人々の中で,国家公用語への追加指定を最も強く要求しているのが,ヒンディー語使用者の多いタライの人々である。

たとえば,マデシ人権フォーラムから選任されたP.ジャー初代副大統領は,2008年,就任宣誓をヒンディー語で行い,大問題になった。また,最近では,2023年7月,トリブバン大学開催のヒンディー語シンポジュウムにおいて,ヒンディー語のマデシ州公用語化の要求が強く出された。国家公用語化までも暗に含んだ主張であろう(Cf: Call to recognize Hindi as official language in Nepal’s Madhesh province)。

しかしながら,こうしたヒンディー語公用語化要求は,対印関係や,タライ地方の自治拡大,ひいては分離独立要求とも絡み,単なる言語問題を超えた複雑な政治問題ともなっていて,解決のめどは全く立っていない。

これは,他の言語についても,多かれ少なかれ言えることである。どの言語を国家公用語とするか――これは国家・国民アイデンティティにかかわる,優れて政治的な難問でもあるのである。(Cf: Madhesis demand Hindi as common language of Terai region in Nepal, The Times of India, 2011/04/15)

(3)公用語化問題AI回答例
ヒンディー語公用語化問題は極めて微妙であり,人には直接聞きにくい。こんな時はAIの出番である。

AI回答は,肯定的なものから否定的なものまで様々であったが,最もバランスが取れていたのは,Bard英語版。ただし,統計数値には要注意。以下,回答要旨(グーグル翻訳)。

質問】ヒンディー語がネパール国家公用語になる可能性はありますか?
Bard回答要旨
将来的にヒンディー語がネパールの公用語になる可能性はありますが、近い将来には実現しそうにありません。

ヒンディー語はネパールですでに広く話されており、100万人以上の母語話者と120万人以上の第二言語話者がいます。 ネパールで非常に人気のあるボリウッドの言語でもあります。 これは、ヒンディー語に精通し、快適に話すネパール人の人口が大きく増えていることを意味します。

さらに、ネパールの南隣国であるインドの公用語はヒンディー語です。 両国の間には文化的、経済的結びつきが密接であり、多くのネパール人がインドで働いたり学んだりしています。 これは、ネパールではすでにヒンディー語がビジネス、教育、娯楽などのさまざまな目的で使用されていることを意味します。

しかし、ヒンディー語をネパールの公用語とするためにはいくつかの課題もあります。 課題の 1 つは、ネパール語がネパールの国語であり、長く豊かな歴史があることです。 ネパール人の多くは自分たちの言語と文化に誇りを持っており、ヒンディー語を公用語とすることに抵抗があるかもしれません。

もう 1 つの課題は、ネパールが多民族かつ多言語の国であることです。 ネパールでは 120 以上の言語が話されており、多くのネパール人はネパール語に加えて独自の民族言語を話します。 ヒンディー語が公用語になれば、言語差別や少数言語の喪失が懸念される[ことになります]・・・・

 ■ヒンディー語話者の多いのは南部のインド国境沿い

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2023/10/19 @ 18:37