ネパール評論

ネパール研究会

Archive for the ‘ネパール’ Category

ネパール憲法AI探訪(25): 国歌(1)

1.憲法の国歌規定
ネパール憲法第9条は,国歌,国章,国花,国色(国の色),国獣,国鳥について定めている。

第9条 国歌等
(1)ネパールの国歌は,付則2に定める通りとする。
(2)ネパールの国章は,付則3に定める通りとする。
(3)ネパールの国花はシャクナゲ,国色(国の色)は深紅,国獣は牛(गाई)および国鳥はニジキジ(ロフォフォルス,डाँफे)とする。

付則2(第9条(1)関係) ネパール国歌
  幾多の花からなりし花環,われらネパール人民
  メチからマハカリまで,主権はあまねし
  勇者たちの勝ち取りし自由と平安
  知恵と平和の地,タライ・丘陵・ヒマラヤ
  分かたれることなき愛しき祖国,ネパール
  多様の民族,言語,宗教,そして文化
  われら進取の国,万歳万歳,ネパール

2.ネパール国歌の概要
ネパール国歌には,いわゆる曲名はない。歌詞の冒頭部分をとり,सयौं थुँगा फूलकाあるいはसयौं थुँगा फूलका हामीなどと呼ばれている。

ネパールでは2006年,民主化運動成功により議会政党側が権力を奪取,「王国賛歌」としての旧国歌を廃止し,公募により新国歌を選定することになった。

2006年11月,応募1272作品の中から詩人ビャクル・マイラの詩が,また翌2007年8月には候補6曲の中からアルバル・グルンの曲が,それぞれ選ばれ,合わせて国歌とすることが正式決定された。(参照WIKI

このネパール国歌は,「国歌」ということもあって,英語など外国語への公式訳はない。そのためか,英訳,日本語訳など,おびただしい数の外国語訳が出ている。人力もあれば,AI訳もある。上記掲載の日本語訳は,それら多くの訳詩を参考にして,私なりに試訳したもの。歌詞として不自然すぎるところに気づけば,そのつど修正の予定。

【参照】ネパール国歌演奏
Nepal National Anthem with Subtitles
Nepal National anthem Nepali & English lyrics
「何百もの花束」日本語訳付き
Nepali Army playing National Anthem of Nepal during IndraJatra

240507

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2024/05/07 at 10:08

ネパール憲法AI探訪(21): 国旗の図像学(8)

5.ネパールの3角形国旗[続]
(4)ネパール国旗:1962年以前
ネパール国家そのものの国旗を誰が,いつ定めたかは,前述のように判然とはしない。「ネパールの旗の歴史」などによれば,二重3角旗を国旗にしたのはプリトビ・ナラヤン・シャハ国王であり,その後,ジャンガ・バハドゥル・ラナが月と太陽をそれぞれのラージプートをより具象的に象徴する顔面に変えたとされる。参照:A Flag history of Nepal; Flag of Nepal

また,当初,2つの3角図形が上下に並べてあったのが20世紀前期に現行の一部重なった二重3角旗に変更され,さらに旗に描かれている顔も,幾度か,部分的に変更されたという。これらの変更理由は不明。おそらく,1962年憲法制定までは,国旗規定も明確ではなかったのであろう。
240421dList of flags of Nepal

(5)ネパール国旗:1962年憲法~1990年憲法
ネパール国旗が憲法で明文規定されたのは,1962年憲法においてである。

1960年,マヘンドラ国王は議会を解散して全権を掌握,自ら非政党パンチャヤト制の新憲法制定に着手した。その一環として,国王は国旗をも改めることにし,図案作成を著名図案家シャンカー・N・リマールに命じた。

命を受けたリマールは,既存の二重3角形国旗から顔を削除し月と太陽のデザインを一部修正した図案を作成し,国王に答申した。国王は,この図案を採用,1962年憲法(パンチャヤト憲法)の第5条と付則1で,これを国旗として詳細に明文規定したのである。
240103-1■ネパール国旗(1962-)

ここで注目すべきは,たしかに国旗の月と太陽から目・鼻・口など顔の部分は削除されたものの,二重3角形も配色もほぼそのまま継承された上に,憲法本文で「ネパール国旗は伝統的に継承されてきた(as handed down by tradition)」と明言したこと。1962年憲法規定の国旗も,より抽象化されたとはいえ,依然としてヒンドゥー教伝統文化の図形化に他ならなかったのである。

この国旗は,民主化運動成功により成立した立憲君主制の1990年憲法にも,そのまま継承されることになる。

【参照】国旗の変更 ヒンズー教王国象徴としてのネパール国旗

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2024/04/23 at 11:20

ネパール憲法AI探訪(20): 国旗の図像学(7)

5.ネパールの3角形国旗[続]
(2)シャハ王家の旗
ネパールが「国旗」を必要とするようになったのは,当然ながら,プリトビ・ナラヤン・シャハが国家統一し「ネパール国家」が成立して以降のことである。

シャハ家は,16世紀半ば以降,王家としてゴルカを統治してきた。王家はもともと「月のラージプート(chandravanshi, 月種族)」であったが,ゴルカ王国の旗は,宝剣を挟んで三日月と太陽が描かれた単一の三角旗であった。したがって,おそらく,この王国の旗とは別に,月だけを描いた王家の旗も早くからあったのであろうが,いまのところ詳細不明(王家3角旗の作成使用は,後述のラナ家3角旗とセットかもしれない?)。

240421aゴルカ王国旗 240421bシャハ家旗

いずれにせよ,このシャハ家のプリトビ・ナラヤン・シャハが1768年,国家統一すると,当然ながら,新生ネパール国家そのものの旗,つまり「ネパール国旗」が必要になる。

が,残念ながら,「ネパール国旗を誰が創ったかを知る人は一人もいない」(Dan Nosowitz, “Decoding the Unusual Shape of the Nepali Flag,” 2018/09/03)。

(3)ラナ宰相家の旗
シャハ王家の「月」に対し,ラナ家の方は,「太陽のラージプート(suryavamshi,日種族)」として,「太陽」を自らのシンボルとしていた。

ラナ家の先祖はクンワル家で,ゴルカ王国でシャハ王家に軍人として仕えていたが,シャハ王家によるネパール統一後,首都となったカトマンズに王家とともに移った。

ところが,シャハ王家は,国家統一したものの,統治が安定せず,権力争いが激化した。その中で頭角を現したのが,クンワル家。ライバルを次々と排除していき,ついに1846年,ジャンガ・バハドゥル・クンワルが宰相(首相)に任命され,実権を掌握した。そして同年,国王より「ラナ」姓をも授けられ,名実ともに「ラナ宰相家統治」を始めた。このラナ宰相家統治は,「ラナ家専制」などとも呼ばれ,1951年まで1世紀余も続く。

このラナ宰相家の旗が,太陽を描いた3角旗だが,この旗も起源不明。宰相家統治開始前後に,王家3角旗と対で定められ使われ始めたのかもしれない。
240421cラナ宰相家旗

いずれにせよ,この種の太陽や月を描いた3角旗そのものは,インド大陸で古くから多数見られるので,シャハ王家もラナ宰相家もその古来の伝統にのっとって自家の旗を決め,早くから使用していたのかもしれないが,詳細は不明。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2024/04/22 at 08:45

ネパール憲法AI探訪(19): 国旗の図像学(6)

5.ネパールの3角形国旗
(1)ヒンドゥー教の3角旗
ネパールの3角形国旗が「3」や「3角形」の神秘的魅力をバックにしていることは明らかだが,より具体的・直接的には,いうまでもなく,それはヒンドゥー教の3角図形や3角旗の伝統を正統に継承するものに他ならない。

たとえば,古典「バガヴァッド・ギーター」(マハーバーラタ)の周知の場面を描いたこの水彩画(1830年頃制作,大英博物館所蔵)。

240404a 240404bGouache painting on paper, part of an album of seventy paintings of Indian deities

ここでは,馬車に乗ったアルジュナに御者を務めるクリシュナが教えを説いているが,その馬車の上には2棹の3角旗がはためいている。クリシュナ側の旗に描かれているのは神猿ハヌマーンだが,アルジュナ側の旗には,そのものずばり「太陽」と「月」が描かれている。

「太陽」と「月」の配置が上と下,逆ではあるが,それを除けば,このバガヴァッド・ギータ画の二重3角旗は,現在のネパール国旗と瓜二つではないか!

「バガヴァッド・ギーター」は古典中の古典だし,クリシュナとアルジュナも人気の高い神々である。むろん,この大英博物館所蔵画そのものは1830年頃の作だが,このような場面を描いた絵そのものは昔から他にもたくさんあったであろうし,また,それらに描かれた二重3角旗もネパール各地にあったにちがいない。

たとえば,いまでもネパール各地の寺院には,金属製の二重3角旗(Dhoja)が掲げられている。いつからか判然とはしないが,相当古いものが多いことは確かだ。(撮影寺院名失念。同様の旗はパシュパティナートなど他にも多数ある。)

240404d 240404f ■カトマンズ(2013/11&2015/07)

240404c ■バクタプル

240404e 240404i ■ブンガマティ(2013/11)

ネパールが「国家の旗」として国旗を定めたのは,18世紀末に国家統一されて以降のことだが,二重3角旗そのものは,ネパール各地の寺院に古くからあり,その地域の目印ないし象徴となっていたにちがいない。もしそうだとすると,ネパール古来の二重3角旗を継承するネパール国旗は,世界最古の歴史を有する国旗の一つということになるであろう。

【参照】国旗の変更 ヒンズー教王国象徴としてのネパール国旗

【本頁,AI不使用】

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2024/04/05 at 11:27

ネパール憲法AI探訪(18): 国旗の図像学(5)

4.神秘の「3」と「3角形」
ネパールは,1990年以降の2回の人民運動(民主革命)により専制君主制を連邦民主共和制に変え,国歌も変えてしまったのに,国旗だけは変えなかった。なぜか?

理由はいくつか考えられるが,最も根本的なのは,ネパール国旗それ自体の持つ特異な魅力と,それに象徴される独立国家ネパールへの誇りであろう。ネパール国民は,立場を超え,3角形国旗の神秘的シンボリズムに魅了され,それを掲げることに誇りを感じてきたのだ。

(1)数「3」の神秘
ネパール国旗の根幹をなすのは,「3」と「3角形」。古来,この数と図形は,他には無い特別な意味を持つものと考えられてきた。ここでは,まず数「3」から見ていくことにしよう。

数の「3」は,敬愛する『新明解国語辞典』によると,「2より1つだけ多い数」とのこと。あれあれ,それだけ! たしかにそうには違いないが,これでは実質的な語釈にはなっていない。親切・明解な辞典だが,「3」については,語釈に手を付け「神秘」の深みに引き込まれるのを恐れたのかもしれない。ことさほどに,「3」は神秘的な数なのだ。

この「3」という数は,いうまでもなく1,2の次に来る正の自然数。これは,ごく素朴に考えるならば,まず初めに「1」が現れ,次にそれとは別の「2」が現れ――あるいは,それに別の何かが加わって「2」となり――,そして最後に,これら「1」と「2」が総合されて「3」となる,ということである。

この「1」,「2」,「3」の組み合わせや,「3」特別視の事例は,古今東西,無数にある。たとえば――
キリスト教:三位一体(父・子・精霊)
ヒンドゥー教:三神一体(ブラフマ・ヴィシュヌ・シヴァ)
仏教:三宝(仏・法・僧),釈迦三尊
中国:三才(天・地・人)
日本:三貴神(アマテラス・スサノオ・ツクヨミ)
プラトン:魂3分説(理性・気概・欲望)
ヘーゲル・正反合(定立・反定立・総合)
時間:過去・現在・未来,朝・昼・夜
空間:縦・横・高さ
自然:物質三態(個体・液体・気体),光3原色(赤・緑・青)
統治:3権(立法・行政・司法),3審制
社会:三が日,三々九度,3本の矢,三役,日本三景

以上は,「3」特別視のほんの一部にすぎないが,これらを見ただけでも,「3」が,古来,いたるところで神秘的にして神聖な数と見られてきたことは,明らかである。

(2)3角形の神秘
この「3」を最も直截的に図形化したのが,3点を3直線で結ぶ「3角形」であり,これも,古来,いたるところで神秘的にして神聖な図形として使用されてきた。たとえば――
エジプト:ギザの三大ピラミッド
古代ギリシャ:ピタゴラスの3角形
ユダヤ教:ダビデの星(二重3角形)
キリスト教:三位一体象徴としての様々な3角形図形
ヒンドゥー教:寺院の3角旗,スリヤントラ(9個の3角形)
フランス:ナポレオンの3角形,ルーブル美術館ピラミッド
日本:神社3柱鳥居,寺院3角破風,「麻の葉」模様

たしかに,「三角形について不思議なことは山ほどある」(細谷治夫『三角形の七不思議』講談社,2013,p.3)。

 ■Hindu symbols triangle (Google)
 ■Christian symbols triangle (Google)

(3)象徴としての3角旗へ
「3」や「3角形」にこのような神秘的な魅力があるとすれば,個人や集団などを象徴する旗として3角旗が多用されるようになったのも当然といえる。たとえば――
南アジア:ヒンドゥー教寺院や仏教寺院の3角旗,植民地化以前の諸王国の3角形国旗
ヨーロッパ:騎士や船舶が3角旗(ペナン,ペナント)多用
中国:春節3角旗,墓参用3角形白紙・白布
日本:寺院の3角旗,葬儀での三角形白紙・白布
現代:野球などのペナントレースで争奪される3角旗(ペナント)
*参照:井本英一「三角表象の前史(1)」大阪外大論集,No.7;須田武郎『騎士団』新紀元社,2007

【本頁,AI不使用】

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2024/03/18 at 14:49

ネパール憲法AI探訪(17): 国旗の図像学(4)

3.ネパール国旗の数学的魅力(2)
ネパール国旗は,数学教育教材としても,あるいはまた旗愛好家たちの話のタネとしても,興味深い図形として盛んに取り上げられている。以下,いくつか紹介する。

①最もよく見られていると思われるのは,ケンブリッジ大学のジェームズ・グリム博士のユーチューブ動画。「憲法付則1」の記述を読みながら,定規とコンパスを使い,国旗が描かれていく。

時間経過を示すためか,時々,教室正面の壁時計が映される。博士の作図は極めて要領がよく全く無駄がないのに,所要時間は,何と30分以上! ユーチューブでは,もちろん早送りで時間短縮してある。ぜひご覧いただきたい。

The Most Mathematical Flag(YouTube)

②「付則1」の記述を左欄に示しながら,それに従い,詳細かつ明快に作図しているのは,次のYouTube動画。

■Nigu, How to Construct Nepal’s Flag

③初等・中等教育向けとして興味深いのは,「House of Math 5」。ネパール国旗は,「最も数学的な国旗」の中の非対称的デザインの代表とされ,「すごくカッコイイ(so cool)」と絶賛されている。

House of Math 5

④幾何,代数,解析を1つに結びつけた動的数学ソフトウェアGeoGebraを用いてネパール国旗を描いたものとしては,次の2つが興味深い。作図完成まで1時間以上もかかるらしい。お急ぎの方は,早送り版をどうぞ。

■Ismy, Nepal Flag Construction with Geogebra(早送り2分)
■APH Tutoring, Flag of Nepal | Geogebra Construction(1時間)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2024/01/12 at 13:15

カテゴリー: ネパール, 情報, 憲法, 教育, 文化, 歴史

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ネパール憲法AI探訪(16): 国旗の図像学(3)

2.ネパール国旗の数学的魅力(1)
ネパール国旗は,その特殊な図形の故に数学者たちに注目され,数学的に厳密な説明を競わせている。が,誠に遺憾ながら,彼らが数学的説明を尽くせば尽くすほど,文科系人間の私には,訳が分からなくなってしまう。たとえば――

ダートマス大学のパワン・ダカール氏/ピーター・ドイル教授によれば,ネパール国旗は,数学的には――Mathematicaを使用して――次のような手順で描くことができるそうだ。が,私には全くもってチンプンカンプン,ネパール国旗は神秘的との思いが募るばかりだ。

 ■Construction of the Flag of Nepal in the Conjugate Coordinate System using Mathematica

あるいはまた,公開プログラミングサイトCodeGolfへの投稿(2023/08/06)によれば,ネパール国旗の縦横比は無理数であり,その値は次の計算式で算出できるとのことだが,これまた私にとっては理解不能,正誤の見当さえまるでつかない。

 ■Calculate the aspect ratio of the Nepal flag

さらにネパールからは,TUで数学や工学を学ばれたBikal Baral氏が,国旗の数学的作図手順をYouTubeで懇切丁寧に解説されているが,これも,とてもじゃないが,素人には理解できない。もう,お手上げ!

 ■https://www.youtube.com/watch?v=APXaq6i_3hs

ネパール国旗の数学は,私にとっては,残念ながら,神秘の帳の奥の奥なのだ。

  ・・・・・・ ・・・・・ ・・・・・ ・・・・・  

▼無茶苦茶AI回答
この問題はあまりにも難解なのでAIに質問してみたが,全くダメ,無茶苦茶だ。ご参考までに,Bardとの質疑を掲載しておく。
質問】ネパール国旗の数学的分析?
Bard回答(2024/01/09)】
「ネパール国旗は、世界で最も複雑な国旗として知られています。その形状は、2つの三角形が重なり合ったもので、上部は赤、下部は青で塗られています。また、三角形の頂点には、黄色の太陽と白の月が描かれています。・・・・
形状の幾何学的分析:・・・・ネパール国旗の2つの三角形は、頂点が重なる部分で合成されています。この合成によって、ネパール国旗は、1つの三角形が2つの三角形に分割されたような形状になります。この形状の特徴は、以下の2つが挙げられます。
 ・頂点が重なる部分で、三角形の辺が直交する
 ・2つの三角形の頂点は、正三角形の中心と重なる
この特徴から、ネパール国旗は、幾何学的に非常に美しい形状であると評価されています。」

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2024/01/09 at 16:19

カテゴリー: ネパール, 情報, 憲法, 教育, 文化

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ネパール憲法AI探訪(15): 国旗の図像学(2)

1.「付則1」:数学的に厳密にして神秘的な国旗
ネパール国旗は,世界唯一,三角形の形をしているが,この図形は単に珍しいだけでなく,旗としては他に例を見ないほど数学的に厳密に構成され,神秘的とすら感じられるほどだ。

そもそも,国旗の作成(作図)方法を,「付則」とはいえ憲法そのもので,これほど詳細に明文規定している国は,ネパール以外には無いのではないか? ネパールは,ことさほどに国旗を特別視し,大切にしているのだ。

このことは,「付則1」を見れば,一目瞭然,誰しも驚きを禁じ得ないだろう。なぜネパールは,これほどまでに国旗デザインにこだわり,憲法にこまごまと書き込んだのか?

この疑問について考える前に,ここではまず,長く,込み入った文章ではあるが,「付則1」そのものを見ておこう。

なお,下記和訳では,意訳を多用した。「付則1」は,国旗の技術的に正確な作図そのものが目的。おそらく,そのためであろうが,公定英訳憲法も,この部分は多くが大幅な意訳となっている。その英訳に,ここでは習うことにした。


【ネパール憲法】付則1(第8条(2)関係)

ネパール国旗

ネパール国旗の作成方法
(a)縁取り内側の作成方法
(1)深紅の布の下部の点Aから,右に向け,所要の長さの直線ABを引く。
(2)Aから,上方に向けABに垂直な直線ACを引き,ACの長さが,ABにABの3分の1を加えたものと等しくする。AC上に点Dをとり,ADをABと等しくする。BとDを結ぶ。
(3)BD上に点Eをとり,BEをABと等しくする。
(4)AC上の点Fから,ABと並行に右に向け,Eを通りABと等しい長さの直線FGを引く。
(5)CとGを結ぶ。

(b)月の作成方法
(6)AB上に,点AからABの4分の1の長さとなる点Hをとり,HからACに平行な直線を上に向けて引き,CGと交わる点をIとする。
(7)CFの中間に点Jをとり,JからABと平行な直線を引き,CGと交わる点をKとする。
(8)JKとHIとの交点をLとする。
(9)JとGを結ぶ。
(10)JGとHIとの交点をMとする。
(11)Mの下方のHI線上に点Nをとり,MNを,Mから直線BDまでの最短距離と等しくする。
(12)点Mを通る直線をAC上の点Oから右方向へ,ABと平行に引く。
(13)中心をL,半径をLNとする半円を下方に描き,それが直線OMと接する点をそれぞれP,Qとする。
(14)中心をM,半径をMQとして,PとQに接する半円を下方に描く。
(15)中心をN,半径をNMとして上方に円弧を描き,それと円弧PNQとの両端の接点をR,Sとする。RとSを直線で結ぶ。RSとHIとの交点をTとする。
(16)中心をT,半径をTSとして,円弧PNQに2点で接する半円を上方に描く。
(17)中心をT,半径をTMとして,円弧PNQの上方に,それと2点で接する円弧を描く。
(18)この付則の(16)で描かれた半円の内側と(17)で描かれた円弧の外側との間にあるスペースに,相似の月光三角形を8つ描く。

(c)太陽の作成方法
(19)直線AFを2等分する点Uから,ABと平行な直線をBEと交わる点Vまで引く。
(20)HIとUVが交わる点Wを中心とし,半径をMNとする円を描く。
(21)中心をW,半径をLNとする円を描く。
(22)(20)の円と(21)の円の間の空間に,等しく相似な12個の太陽光三角形を描き,それらのうちの2つの三角形の頂点各1が,直線HIに接するようにする。

(d)縁取りの作成方法
(23)縁取りの幅は直線TNの長さと等しくする。縁取りは濃青色で,旗の全周をこれで囲む。ただし,旗の5つの角の部分については,[幅ではなく]外側の角と対応する内側の角がそれぞれ等しくなるようにする。
(24)旗に綱をつけて使用する場合は,上記の縁取り部分をそれに供する。また,竿に通して掲げる場合は,AC側の縁取り部分に設けられる筒穴を所要の大きさにすることができる。

説明:直線HI,RS,FE,ED,JG,OQ,JK,UVは補助線。同様に,太陽の外円と内円,および三日月を除く他の円弧も補助線。これらは国旗には表示されない。

注:ネパール国旗の大きさは,ネパール政府により決定されるものとする。


谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2024/01/07 at 10:28

ネパール憲法AI探訪(14): 国旗の図像学(1)

ネパール憲法は,第8条で国旗(राष्ट्रिय झण्डा)について規定している。

ネパール国旗は,世界唯一の三角形の国旗とされており,図像学的に見ても,それ自体,歴史的・文化的・政治的に大変興味深い国旗である(参照:国旗一覧)。

ネパールがこのような特徴的な旗を憲法で国旗と定め,国民として敬意を払い,保持してきたのは,なぜか? 憲法理解の観点から,ごく基本的な国旗図像解釈の要点をいくつか見ていくことにする。

ネパール憲法
第8条 ネパール国旗(राष्ट्रिय झण्डा)
(1)ネパール国旗は,濃青色で縁取られた深紅色の2つの三角形を一部重ね,上部[の三角形部分]には16の光線のうちの8光線を放つ白い三日月紋章が,また下部[の三角形部分]には12の光線を放つ白い太陽の紋章が付されているものとする。
(2)国旗の作成方法その他の関連事項は,付則1の通りとする。

■ネパール国旗(憲法付則1)

[追補]AI:大混乱からやや回復
昨秋のAIは大混乱,デタラメ回答乱発で,ほとんど使い物にならなかった。たとえば――
Bard回答(2023/12/11)
「国旗の色は、上部が赤、下部が青です。・・・・また、国旗の上部には金色の太陽、下部には金色の月が描かれています。太陽は王室、月は宰相一家を表しています。」
ChatGPT回答(2023/12/11)
「ネパールの国旗は・・・・二つの三角形が組み合わさった特異な形状をしています。・・・・これは、両側が三角形で構成され、中央が二重の三角形であることを意味します。・・・・中央の三角形は、国旗の中央に大きく配置されており、その中にさらに小さな白い三角形が描かれています。・・・・白い三角形の中には、太陽と月が描かれています。」

どうしてこんなデタラメ回答になったのか? しかとは分かりかねるが,おそらく昨夏ころからAIによる著作権やプライバシーの侵害が欧米で大問題となり,AI側が情報の収集・分析を自粛したことが,主な原因の一つではなかったかと推測している。とにかく,メチャクチャ,AI回答の相当数がそのままでは使い物にならなかった。

ところが,ありがたいことに,年末・年始を過ぎると,AIは急速に平静を回復し始め,回答も安定してきた。このまま改善されていけば,AIは,誤り多き人間の有能不可欠の助手として大いに活躍してくれるにちがいない。大いに期待している。

以下,本稿でも,誤りには十二分に用心しつつ,AIを最大限活用し,ネパール憲法の考察を進めていきたい。むろん,AI使用部分は,そのつど明記する。

【参照】国旗の変更 ヒンズー教王国象徴としてのネパール国旗

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2024/01/03 at 18:42

ネパール憲法AI探訪(13): 州の公用語

ネパール憲法は,国家の公用語に加え,州の公用語についても規定している。

第7条 公用語(सरकारी कामकाजको भाषा) (1)ネパールの公用語は,デーヴァナーガリー表記のネパール語とする。
(2)州(प्रदेश)は,ネパール語に加え,州内の多数の人々が話す1つ又はそれ以上の国民言語を州法により州の公用語とすることができる。
(3)言語に関する他の事項は,ネパール政府が言語委員会の勧告に基づき決定する。

1.州公用語と言語委員会
憲法は,国家公用語は「ネパール語」と明記しているのに対し,州公用語の方は各州の選択にゆだねている。表向きは州自治権の尊重ということであろうが,実際には,言語選択という難題の州への押し付けと見られても仕方ないかもしれない。

たとえば,憲法は,各州は州公用語を「1つ又はそれ以上」とすることができるとしているが,これは極めてあいまい。またその選択基準を決めるはずの言語委員会の権限も,憲法287条で規定しているが,実際にはこれも明確とは言えない。

そのため,州公用語の選定は当初から各州で混乱し,いまもって決着していないと見ざるをえない。

(1)言語委員会の設置と答申
「言語委員会(भाषा आयोग)」は,憲法287条に基づき2016年9月8日に設置され,翌年から「年次報告書」を提出している。

ところが,委員長(L.D. Awasthi)と政府代表委員(U. Hamal)は決まったものの,言語という日常的にして,しかも微妙な問題のため,州代表委員の選出が3年以上も遅れに遅れ,選出後も議論は混乱し,州公用語候補を決め以下のように答申したのは5年後の2021年9月6日のことであった。

言語委員会答申の州公用語案
①コシ州: マイティリー,リンブー
②マデシ州: マイティリー,ボジュプリ,バジカ
③バグマティ州: タマン,ネワリ(ネパール・バサ)
④ガンダキ州: マガル,グルン,ボジュプリー
⑤ルンビニ州: タルー,アワディー
⑥カルナリ州:マガル
⑦スドゥパシュチム州: ドテリ,タルー
 *「ネパール語」は全州の公用語(記載省略)

(2)州公用語選定の混乱
州公用語の選定は,マデシ州をはじめ,各州で多かれ少なかれ混乱している。原因はいくつか考えられる。

①州公用語選定手続きのあいまいさ
先述のように,憲法7条2項によれば,各州には「1つ又はそれ以上の国民言語を州法により州の公用語とする」権限があるが,そもそも「1つ又はそれ以上」とは,何とも,あいまいこの上ない規定の仕方である。

むろん,州公用語の具体的な選定基準や手続きは,憲法7条3項により「言語委員会の勧告」に基づき政府が決定するのであろうが,その「勧告」はあくまでも勧告であって,法的な拘束力はない。では,州公用語は,結局,どこで決められることになるのか? どうも,はっきりしない。

②選定調査の不十分さ
言語委員会が2021年9月6日の答申作成に使用したのは,2011年国勢調査のデータだが,多くの人が,これは古すぎると批判している。

また,言語委員会は,州代表委員が3年以上決まらないなど,各州の意見を十分には聴取していないという批判も少なくない。とりわけ州内の少数派エスニック諸集団は,州公用語選択手続きにおいて無視されていると不満を募らせている。

③州公用語追加の負担
州が公用語追加指定に躊躇する理由の一つとして,その負担の重さが指摘されている。公用語が追加指定されれば,立法・行政・司法・教育など,生活のあらゆる場で,その言語が実際に使用できるようにしなければならない。

しかし,追加候補言語の中には,表記方法や文法などが明確でなく,実際に公用語として使用するには相当の準備が必要な言語も少なくない。そのための社会的・経済的コストをだれが負担するのか? 本当に,負担できるのか? これが,実際には,公用語追加指定の最大の障壁かもしれない。

2.州公用語の現状
(1)WIKI記事
州公用語が,いまどうなっているか? 最も手軽で実情に近いように見えるのが,WIKIのまとめ(2023/11/22現在)。
①コシ州: マイティリ,リンブー,バンタワ
②マデシ州: マイティリ,ボジュプリ,バジカ
③バグマティ州: ネワリ,タマン
④ガンダキ州: マガル,グルン
⑤ルンビニ州: タルー(ダンガウラ),アワディー
⑥カルナリ州: カス‐ジュムリ,マガル
⑦スドゥパシュチム州: ドテリ,タルー(ラナ)
 *「ネパール語」は全州の公用語(記載省略)

(2)AI回答
これに対しAI回答は大混乱。AIは,州公用語問題のように,情報が流動的で錯綜しているときは,トンデモナイ回答を,しかも自信タップリに示すことが少なくない。下記がその実例。滅茶苦茶,要警戒!

質問】ネパールの州公用語は何ですか?
Bard回答(2023/11/22)】
2023年11月22日現在、ネパールは7つの州に分かれており、各州の公用語は以下のとおりです。
①ガンドキ:ネパール語,タルー語,ネワール語
②西部:ネパール語,マガール語,ラダク語,クマオン語
③中部:ネパール語,マガール語,タルー語,ネワール語,サンスクリット語
④東部:ネパール語,タルー語,サンスクリット語
⑤中部山岳:ネパール語,チベット語,ネワール語
⑥ヒマラヤ:ネパール語,チベット語,サンスクリット語
⑦メラ:ネパール語,マガール語,タルー語,ネワール語
ChatGPT回答(2023/11/22)】
ネパールは7つの州から成る国であり、それぞれの州で公用語が異なります。以下は各州とその公用語の一覧です:
①バグマティ州: ネパール語
②ガンダキ州:ネパール語
③カルナリ州: ネパール語
④コシ州:ネパール語
⑤ルンビニ州:ネパール語
⑥スドゥルパシュチム州:ネパール語
⑦ガンダキ州:ネパール語
Bing回答(2023/11/22)】
ネパールの7つの州の公用語は以下の通りです:
①シッキム州: ネパール語
②パンジャーブ州: パンジャブ語
③トリプラ州: ベンガル語
④西ベンガル州: ベンガル語
⑤全土: ヒンディー語

【参照】
*1 भाषा आयोग ऐन, २०७४(Language Commission Act,2017)

*2 सरकारी कामकाजको भाषासम्बन्धी सिफारिसहरू, Wednesday, 08 Sep 2021 
*3 Language Commission recommends province-wise official languages before government, Onlineradionepal, 2021/09/06/ 
*4 Besides Nepali, each province is recommended to use these as official languages,
Onlinekhabar, September 6, 2021 
*5 Languages recommended for official use, Himalayan Times, Sep 07, 2021 
*6 Language Commission recommends province-wise official languages before government, English Khabar, September 6, 2021 
*7 Adoption of official languages recommended for provinces challenging, experts say Kathmandu Post, September 18, 2021
*8 Government is likely to determine official language of province 2 without consultations, Indigenous Voice, 09 May 2021

 ■言語委員会「第5次年次報告書」提出

谷川昌幸(C)


Written by Tanigawa

2023/11/23 at 11:28