ネパール評論

ネパール研究会

インドラ祭よりミスコン祭

9月11日午後、仕事帰りにインドラ祭をのぞいてみた。人出はそこそこだったが、盛り上がりに欠け、途中で退散した。

理由は通俗化。社会の資本主義化・世俗化で、祭りの「聖性」が失われ、「非日常性」が減退した。

いまでは、クマリにせよ神々にせよ、要するに見世物。非日常的聖性への怖れなど、どこにもない。報道カメラが傍若無人に神々を追いかける。儀仗兵はだらけ、まるでやる気がない。観衆も、来てはみたものの、これならテレビの方が面白いなといった感じで、しらけきっている。

もはや、インドラ祭は二流の退屈な見世物に過ぎない。非日常的聖性を失ったクマリは、到底、世俗の生き神様ミス・ネパールの敵ではない。


魂を抜かれたクマリ広告

クマリ・神々を見世物にする記者たち

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/09/12 @ 10:42