ネパール評論

ネパール研究会

無議会政治における正統性の危機

プラチャンダ議長やバブラム首相が制憲議会選挙の先送りを唱え始めた。理由は金欠と法欠。

1.暫定予算
マオイストは,通年本格予算を目論んだが,結局,三分の一の暫定予算しか通せなかった。通常の行政経費と継続事業のみ。

制憲議会選挙の30億ルピー,PLA戦闘員給付金37億ルピー,国軍改編30億ルピー,そしてダリットや女性のための教育・社会事業費など,すべて断念せざるをえない。マオイスト政府は,大統領政令により強引に通年予算を通そうとしたが,さすがにこれは無理だった。暫定予算で金欠になると,国軍からばかりか身内のPLAや支持下層民からも非難攻撃される。

制憲議会選挙は,もちろん実施できない。国際社会はしらけきっており,今度は大して支援はしないだろう。日本だって,カネは出すまい。(前回,お祭り騒ぎで贈与したプラスチック投票箱,パソコン等々がどうなっているのか,ぜひ追跡調査し,写真付きで報告していただきたい。)

選挙民主主義なんか,イラク,アフガンを見れば分かるように,せいぜいこの程度のもの。欧米も,もはや選挙原理主義を押しつけはしないだろう。押しつければ,カネを出さざるをえなくなるから。

2.法の欠如
制憲議会選挙は,法的にも,困難だ。暫定憲法第83条によれば,制憲議会は立法議会としても機能する。制憲議会はキメラのようなものだ。

その制憲議会が,5月27日,あとのことは何も決めないまま,消滅してしまった。では,立法議会の方はどうなるのか? 消えていないという解釈もあろうが,両議会は一つの議会の両側面にすぎないから,やはり消えたと考えるべきだろう。その結果,ネパールはいま無議会状態となっているのである。

さてそこで,制憲議会選挙。最高裁命令によれば,制憲議会選挙には,憲法と関連法令の改正が必要である。憲法改正は,もちろん議会において行われる(第148条)。ところが,憲法を改正すべき議会は,すでに消滅してしまって,存在しない。つまり,憲法改正が必要な制憲議会選挙は,議会不在のため憲法改正ができず,法的に実施不可能だというわけである。

暫定憲法は,はしごを外され宙に浮いている。政府は身動きがとれない。どうにもならない。雪隠詰めだ。

もちろん,暫定憲法第158条には「困難を除去する権限」の規定がある。大統領が,内閣の助言に基づき,憲法上の困難を除去するという権限だ。しかし,これはかつて国王が乱用した大権的権限であり,もちろん非民主的で,極めて危険である。よほどのことがない限り,使用はできまい。

このように,制憲議会選挙は,予算だけでなく,法的にも,実施が極めて困難な状況にあるのである。

3.正統性の危機
無議会のネパール政治は,かつての王政危機のとき以上に深刻な,正統性の危機に瀕している。

そもそも首相は,暫定憲法第38条によれば,立法議会の議員でなければならないが,議会はすでにない。首相の正統性からして疑わしい。その首相が,議会の承認なしに政令で予算を組むのは,たとえ暫定とはいえ,正統性に欠ける。同意なき課税は,専制そのものである。

いまのネパールは,制憲議会選挙すらできない。統治の正統性そのものの危機といってよいであろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/07/26 @ 15:57

カテゴリー: 選挙, 議会, 憲法, 民主主義

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