ネパール評論

ネパール研究会

ロイ『民主主義のあとに生き残るものは』(1)

密かに追っかけをしているアルンダティ・ロイの訳本が出版された。

『民主主義のあとに生き残るものは』本橋哲也(訳),岩波書店
  1.帝国の心臓に新しい想像力を――ウォール街占拠運動支援演説
  2.民主主義のあとに生き残るものは――2011年3月13日に予定されていた東京講演
  3.資本主義――ある幽霊の話
  4.自由――カシミールの人びとが欲する唯一のもの
  5.インタビュー 運動,世界,言語――2011年3月11日の翌日,東京にて

1.ロイの批判とユーモア

(1)

ロイは,つねに,最も周縁化されている人びとの側に立ち,権力や多数派による理不尽な抑圧や搾取を告発し,正義を回復するため勇敢に闘っている。舌鋒はカミソリのごとく鋭く,ひとたび告発されようものなら,だれしも怖れ恥じ入らずにはいられない。

ロイの魅力は,なんといっても,その批判・告発が,明晰かつ華麗な文体によりテンポよく展開されていること。しかも,絶妙のユーモアと比喩がここかしこに織り込まれている。天性のセンスといってよい。

ロイが,あれだけ手厳しく体制や権力や多数派を非難攻撃しても,いまのところ幸いにも――インドの宿痾たる――直接暴力による仕返しを受けていないのは,批判がユーモアに包まれ,陰湿とならないからであろう。ガンディーと同じく,ロイは本質的にネアカであり,ユーモアにあふれている。

(2)

ロイは,その比類なきユーモアにより,神の特別の選びさえも受けているように思われる。2011年3月,ロイは国際文化会館から講演に招かれ,初めて日本を訪れた。来日の翌日,3月11日の午後,ロイが宿泊先の東京文化会館にいたとき,東日本大地震が発生,ロイは本震と余震,そしてそれに伴う大混乱を身をもって体験した。予定されていた講演はキャンセルされ,数日後(日時不明),ロイは帰国した。

本書の「2.民主主義のあとに生き残るものは――2011年3月13日に予定されていた東京講演」は,タイトルにあるように,東京講演の予定原稿。「5.インタビュー 運動,世界,言語――2011年3月11日の翌日,東京にて」は,大地震の翌日,岩波書店で行われたインタビューの記録である。

このロイの初来日と東日本大震災・福島原発事故発生は,もちろん偶然の一致であろう。しかしながら,ロイのような鋭敏な感性を持つ著述家の来日と未曾有の大震災の発生を単なる偶然といって済ますことは,感情的,心情的にはどうしてもできないところがある。やはり,ロイは,歴史の転機となるかもしれないこの大事件の証人になるため,神により選ばれ,日本に送られたのではないか。そう思われてならない。

残念ながら,日程の都合か何かで,震災後すぐにロイは帰国してしまったようだが,「このインタビューが行われた状況を私は一生忘れることはないだろう」と自ら述べているように,この震災体験がロイにとって衝撃的なものであったことは確かである。

ロイが,神の選びにより自ら体験することになった,東日本大震災(および福島原発事故)の歴史的意味を吟味し,われわれの前にそれを示してくれることを期待している。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/09/03 @ 17:05

カテゴリー: インド, 文化, , 民主主義

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