ネパール評論

ネパール研究会

出生前診断で女児中絶

ネパールでは,出生前診断で胎児が女児と判かった場合,親族の圧力により中絶させられることが少なくない。その数,年5万人に上るという(社説「女児胎児殺戮」Nepali Times, Sep14-20, 2012)。

1.悪魔の医術
医学の「進歩」により,出生前診断は日々高度化している。いまではNT法,MPS法,マイクロアレイ法などの出生前診断により,ダウン症,自閉症,血友病など,200以上の「異常」や疾病が判るという(朝日新聞2012-09-20)。

また,羊水検査ではなく,妊婦の血液を調べるだけで,胎児の遺伝子異常が99%の精度で判別できる簡便な検査方法も開発され,使用され始めている(朝日新聞2012-09-04)。

古来,「子は天からの授かりもの」とされ,出生は神の領域であった。キリスト教でも,子は親のものではなく,神の子供である。子の生命は,親のものではなく,神のものであった。

ところが,出生前診断は,この古来の生命観を根本から覆し,親や親族にとって好ましくない子は中絶し,その生命を奪うことができるようになった。生命は選別操作され,商品化され始めた。

出生前診断は,悪魔の医術である。知らなければ,判らなければ,天からの授かりものとして,わが子を産む。ところが,出生前診断により,早い段階で胎児の「異常」が判ってしまう。どうすべきか? 親,とくに母親の苦悩は計り知れない。本来なら神の領域の問題を,母親が引き受けなければならない事態になったのだ。生命選別の悪魔の技術としての医術!

2.男児選別出産
このように出生前診断は,日本でも深刻な問題となっているが,それよりもはるかにナマナマしく露骨なのが,ネパール。古来,男尊女卑で,食事,教育,医療など,あらゆる点で男児優先,女児後回しが慣行となっている。無事生長できても,娘への相続は忌避され,ダウリー殺人(結婚持参金回避殺害)ですら行われる。結婚は男児を得るためであり,嫁には男児出産が期待されてきたのだ。そのようなネパールで出生前診断が普及すれば,何が起こるか?

前掲ネパリタイムズ社説「女児胎児殺戮」によれば,ネパールでは,5年前,中絶が合法化された。中絶非合法のときは,密かに中絶した嫁を悪意で訴えたり,無理な出産で母親が死亡したりすることが少なくなかった。中絶合法化は,そのような女性にとっては救いであったが,他方では,中絶が容易となり激増した。

特に問題なのは,出生前診断で女児と判ると,夫や親族により中絶を強要されること。拒否すれば,虐待され,ときには殺されたりする。社説によれば,たとえば次のような事例があった――

▼女児出産の妻に,夫が石油をかけ火をつけた。

▼2人の女児出産後,3人目を妊娠し5ヶ月となる妻が,教師の夫に殴られ流産。夫は別の女性を妻とした。

▼カトマンズの裕福な家庭出身でオーストラリア留学後結婚した妻は,2女児出産後虐待され,その後妊娠のたびに出生前診断を受けさせられ,女児と判ると4回中絶させられ,離婚。

▼2女児出産後,3人目を妊娠した妻は,出生前診断後中絶させられたが,実際には、その胎児は男児であった。病院は10万ルピーを払い口止め。医師は中絶料稼ぎのため,男児なのに女児と嘘をつくこともある。

3.性の脱神秘化の非人間性
ネパールでは,このような神をも怖れぬ,恐ろしいことが日常茶飯事となりつつあるという。社説は,その原因を男尊女卑の父権主義と指摘している。

たしかにその通りだが,出生前診断の根本的問題は,子供選別出産そのものにある。前述のように,出生前診断技術の「進歩」により,早い段階で胎児の遺伝特性が判別できるようになった。男児選別出産の次は,優秀児選別出産((優生学)に向かうことは,火を見るよりも明らかだ。このバチ当たりな涜神行為をどう抑止するか?

繰り返しになるが,生死はもともと神の領域。そもそも性のタブーを破り,性を脱神秘化したところから,性と生死の資本主義化が始まった。人間性にとって,不可視の不合理の闇は不可欠ではないか? 性行為を覗き胎児を覗くことは神を冒涜することであり,生命を商品化し操作する結果とならざるをえない。それは,人間にとって本当に幸福なことであろうか?

【追加2012/09/24】出生前、血液で父子判定 精度99%、1年で150件
   (朝日デジタル2012年9月24日)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/09/23 @ 23:49