ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

バブラム・バタライ,UCPN副議長辞任表明

統一共産党マオイスト(UCPN-M)のバブラム・バタライが6月29日,党副議長辞任を表明した。バタライは,党内ではプラチャンダ議長に次ぐ実力者であり,このまま辞任し,もし離党ともなれば,マオイストにとって,2012年6月のモハン・バイダ(キラン)副議長辞任(辞任後,共産党マオイストCPN-M結成)以上の大打撃となるであろう。

バタライは,29日の党中央委員会において,突然,副議長辞任を表明した。本人はその理由を次のように説明している。

「党内には利己的野心が広がっている。だから党のためを思い,副議長の職を辞することにした。」(THT, Jun29)
「党指導を若い世代に引き継ぐプロセスを始めるため」辞任する(ekantipur,Jun30)。
「私の辞任は取り引きのためではない。遅かれ早かれ,われわれは辞任せざるをえない。いまがその時だと私は考えた。」(Telegraph,nd)

バタライのこのような説明は,もちろん誰も真に受けない。マオイストは,党内派閥対立のため,この2月の党大会において主要役職人事を決められなかった。ところが,制憲議会選挙が11月実施となり,これ以上人事の先送りはできないため,中央委員会などで人事を進めようとした。ところが,具体的な人事案が出されると,危惧されたとおり,それらをめぐって激しい派閥抗争が始まった。バタライの副議長辞任がこの人事抗争に関わるものであることはいうまでもない。

辞任理由の説明は,いくつかある。一つは,プラチャンダら党幹部の身内えこひいき,特に妻のヒシラ・ヤミを党会計に就けようとしたバタライの動きが,大多数の中央委員の激しい反発を招いたため(ekantipur,Jun30)。この説であれば,プラチャンダとバブラムは同じ穴の狢ということになる。

二つ目は,プラチャンダ議長とナラヤンカジ・シュレスタ副議長が接近し,その線に沿った人事案にバタライ副議長が反発したとする説(Gorkhapatra,nd)。三つ目は,プラチャンダ議長が6月26日,バハドール・ボガティ暫定書記長を副議長に,KB.マハラを書記長にすることを提案し,これにバタライが反発したという説(Kathmandu Post,Jun26)。

バタライ辞任については,他にもいくつか説があるが,いずれにせよバタライは辞任を公言したのであり,撤回は難しいとみられている。プラチャンダはこう述べている。

「バブラム・ジに辞職撤回を求め一時間ほど話したが,彼は撤回に応じようとはしなかった。党議長のポストを提案してみたが,それでもバブラム・ジは私の提案を拒絶した。」(Telegraph,Jun30)

もともとプラチャンダとバタライはそれぞれ別の政党を率いていたのであり,両者の対立はマオイスト結成当時から続いてきた。マオイスト運動の宿痾とも言えるが,さりとて,もしプラチャンダがバタライ派を切り捨てると,マオイストは一気に弱体化する。一方,バタライ派も,分離独立するには力不足であり,リスクが大きすぎる。

結局,ekanitipur(Jul3)がいうように,副議長ではなく,党内序列第2位相当の別の役職をつくり,とりあえずそこにバタライを祭り上げるというのがプラチャンダにとって,またバタライ自身にとっても,良策ということになるであろう。

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 ■バブラム・バタライのフェイスブック

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/07/09 @ 04:53

カテゴリー: マオイスト

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