ネパール評論

ネパール研究会

憲法修正要求,インド政府

1.反憲法闘争激化
新しい「ネパール憲法(2015年憲法)」が9月20日公布されたが,内容的には「2007年暫定憲法」から大きく「後退」するものであり,被差別諸集団から厳しい批判を浴びている。特にタライのマデシやタルーは,民族の権利が認められていないとして,反政府・反憲法闘争を激化させている。

マデシ諸党派は,22-23日,サプタリのラジビラジで集会を開き,下記のように決議した。
 (1)憲法反対闘争の強化
 (2)東西道路の閉鎖
 (3)カトマンズ交通路の閉鎖
 (4)政府機関,銀行,通関,協同組合などの閉鎖
 (5)タルーやイスラム教徒とも共闘強化

これに呼応し,タルー諸党派も23日の集会で,東西道路の終日閉鎖,カトマンズ補給路の閉鎖を決めた。

もしマデシやタルーが,これらの決議を本当に実行に移せば,カトマンズはたちまち物資不足で干上がり,タライでは政府と反政府側との衝突がさらに激化し大混乱に陥ってしまうであろう。

 150925■ラジビラジ(Google)

2.インド政府の憲法修正要求
マデシやタルーは,なぜこれほど強硬なのだろうか? 新憲法制定により積年の差別や搾取が除去されると期待していたのに,それが裏切られたため,怒りが爆発したということに間違いはない。しかし,それだけではなく,いま彼らがこれほど強気を押し通せるのは,彼らの背後にインド政府の支援があるからではないかと思われる。

インド政府が,憲法案採決を延期し,タライの人々の要求を最大限取り入れ,コンセンサスを得た上で新憲法を制定するよう繰り返しネパール政府や主要3党に要請してきたことについては,すでに指摘した(参照:2015年憲法制定へのインドの介入)。

ところが,ネパール政府・主要3政党は,予定を数日遅らせただけで,マデシやタルーの要求にはほとんど応えないまま,新憲法を9月20日に公布してしまった。これに対し,マデシやタルーは激怒,タライは反政府闘争で大混乱に陥り,国境を接する隣国インドにとっても放置できない事態となった。そこでインドは,ネパールの憲法制定問題により強力,より直接的に介入することを決意したものと思われる。

インド介入に関し最も衝撃的であったのは,9月23日付インディアンタイムズ紙の「憲法を7カ所修正せよ,インドがネパールに要求」という記事。それによれば,インド政府は次の7修正要求をネパール政府に突きつけた(*1,2)。
 (1)第84条: 選挙区は人口比で区画せよ。暫定憲法の規定に戻せ。
 (2)第42条: 国家諸機関への諸集団の比例的参加を保障せよ。暫定憲法の規定に戻せ。
 (3)第289条: 国家要職(大統領,首相,国会議長,最高裁長官,州首相,州議会議長など)への就任資格を血統による市民権保有者にのみ限定することをやめよ。この制限は帰化市民が多いマデシ差別。
 (4)第86条: 上院は,各州8議員ではなく,人口比で州選出議員定数を決めよ。
 (5)ジャパ,モラン,スンサリ,カンチャンプル,カイラリは,郡ごと,あるいは郡の一部を,近くのマデシ州に入れよ。
 (6)第281条: 選挙区見直しは20年ごとではなく10年ごととせよ。暫定憲法の規定に戻せ。[注:第281条の規定はすでに10年ごととなっている。]
 (7)第11(6)条: 帰化市民権は申告により与えよ。法律による制限をやめよ。

身も蓋もないとはこのこと。他国の出来たばかりの憲法に,よくもまあ,こんな厚かましい要求が出せるものだ。まるで大人が子供を叱りつけ,誤りを直させようとしているかのようだ。

インディアンエキスプレスは,この記事の情報源については,「South Block sources(外務省筋)」とか,「政府筋」としか表示していない。また,インド外務省も,最大限のコンセンサスによる解決を要望しただけで,インディアンエキスプレスの記事は正確ではない,と釈明している(Kathmaqndu Post, 23 Sep)。あるいは,サドバーバナ党カルナ共同議長は,「7修正提案」は「統一民主マデシ戦線」が作成したものだといっているが,これについては他のマデシ政党は否定している(*3,4)。

いずれにせよ,インド側がモディ首相のコイララ首相への電話や駐ネ大使などを通して,事実上,マデシ側に立ち憲法修正要求をネパール政府に出してきたことは,明白な事実である。インド政府が記事記載のような生々しい具体的な7修正要求を出したことを公式に認めるはずはないが,そうした内容の情報が「South Block」付近から何らかの形で流れ出てきたことはまず間違いないであろう(*5,6,7)。
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  ■South Block(印外務省)/S.Jaishankar(外務事務次官)/Ranjit Rae(駐ネ大使)

3.印ネ国境封鎖の圧力
インドは,ネパールの生殺与奪権を握っている。タライの印ネ国境を封鎖すれば,カトマンズはたちまち干上がってしまう。その最強の交渉カードを,今回もインド政府はチラつかせ,ネパールを脅している。

たとえば,カトマンズポスト(9月25日)「貨物,4カ所で渋滞」によれば,インド政府は治安を名目に,ビルガンジでネパール向けトラックを止め,またバイラワ,ラクサウル,ビラトナガル,カカルビッタでもネパール向け物流を止め始めた。石油,ガス,食糧などが,国境のインド側で停滞している(*8,9)。

インド政府は,道路封鎖でカトマンズとインドを遮断しようとしているマデシやタルーの闘争を,建前はどうであれ,結果的には支援していることになる。

4.マデシ=印vs体制政党=中
このようにインドがマデシやタルーの側に傾いていくと,カトマンズ政府ないし体制側諸政党は中国に接近する。これは,ネパール政府がインド介入に抵抗するため以前から使ってきた常套手段だが,いま安易にそれに走ると,以前とは比較にならないほど危険なことになりかねない(*10,11)。

ネパールは,すでに民族州的要素の強い連邦制になったのであり,したがって,いまや州が民族的に近い隣国の支援を得て「民族自決権」を行使することへのハードルは大幅に低くなっているはずだからである。

[参照]
*1 Shubhajit Roy, “Make seven changes to your Constitution: India tells Nepal — These “amendments” have been conveyed to Nepal’s leadership by the Indian government through official channels Ranjit Rae, India’s ambassador to Nepal”, Indian Express, September 23, 2015
*2 “India wants seven amendments to Nepal’s constitution: Confidential document
Amendments list conveyed to Nepali leadership,” Kathmandu Post, Sep 23, 2015
*3 “7-point proposal put forth by Madhesi parties: Laxman Lal Karna,” Himalayan,September 24, 2015
*4 “New Delhi brushes off report on seeking changes to Nepal charter,” The Kathmandu Post, 24-09-2015
*5 “PM Koirala meets Indian Ambassador Rae,” Kathmandu Post, Sep 23, 2015
*6 “Envoy Upadhyay arriving in Kathmandu with ‘Delhi’s message’,” Kathmandu Post Sep 24,2015
*7 “NEPAL TO SEND PM’S SPECIAL ENVOY TO INDIA,” Republica,25 Sep 2015
*8 “Cargo held up at 4 points, Freight movement curtailed at Bhairahawa, Raxaul, Biratnagar and Kakarvitta borders,” Kathmandu Post,Sep 25,2015
*9 “India halting supply of goods to Nepal a rumour: leaders,” Kathmandu Post, Sep 22, 2015
*10 “China undercuts India in Nepal, plays an active role,” CNN-IBN, Sep 22, 2015
*11 “DELHI’S OPEN SUPPORT TO MADHES UNREST WILL AGGRAVATE NEPAL’S SITUATION: CHINESE EXPERT,” Republica, 24 Sep 2015

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/09/25 @ 20:57