ネパール評論

ネパール研究会

オリ首相選出とその包摂的政治算術

1.首相選挙
ネパール立法議会において10月11日,新憲法に基づく初の首相選挙が行われ,ネパール共産党統一マルクス・レーニン主義派(CPN-UML/UML)のオリ議長が第38代首相に選出された。

[投票結果](投票総数587)
 KP・オリ(UML) 338
   UML,UCPN-M,RPP-N,MJF-D,RPP,サドバーバナ党,CPN-MLなど計15党ほか
 スシル・コイララ(NC) 249
   NC,統一民主マデシ戦線(UDMF)など計10党ほか
   *議長,欠席議員を除く。
   *主要政党議席数:NC196,UML175,UCPN-M80,RPP-N24,MJF-D14,RPP13,MJF10,TMLP11

 151023a■KP・オリ(UML第9回党大会)

2.NC: 禅譲から対立候補擁立・落選へ
このように,今回,新首相は選挙で選出されたが,新憲法制定のころまでは,NCはコイララ首相の下で新憲法を制定すれば,次はUMLへと政権を禅譲するとみられていた。

ところが,9月16日制定,20日公布の新憲法について,タライ地方のマデシ,タルー,ジャナジャーティ諸勢力が激しく反発し,インドもその支援に回ったため,NCは主要3党体制の継続を放棄し,急遽,スシル・コイララ党首(前首相)を対立候補として立て,UMLのオリ議長と首相選挙を戦うことになったのである。

NCには,タライの反憲法諸勢力やそれを暗黙裡に支援するインドへの期待があったのであろう。事実,首相選挙では,マデシ系諸党の多くは,コイララ候補に投票した。が,MJF-D(マデシ人民権利フォーラム‐民主,ガッチャダル議長)の,土壇場での寝返りもあって,支持は広がらず,大差で落選となってしまった。

151023b■スシル・コイララ(NC HP)

3.UML: 左派・右派・民族派の大包摂
禅譲が期待できなくなった議会第2党のUMLは,左派のマオイストと右派の国民民主党(RPP-N)と民族派のMJF-Dを囲い込む大包摂作戦にでた。反包摂主義と非難攻撃されてきたUMLの,アッと驚くような素早い転進・変身。

UCPN-M(統一ネパール共産党マオイスト)は,議会政党化し柔らかくなったとはいえ,極左過激分子をまだたくさん抱えている。一方,カマル・タパ議長の率いるRPP-Nは,いわずとしれた王制復古,ヒンドゥー教国家復帰を唱える筋金入りの右派政党。そして,ガッチャダル議長のMJF-Dは,タライのマデシ民族主義政党だ。そんな三勢力を,マルクス・レーニン主義の共産党たるCPN-UMLが,寛容に包摂したのだ。お見事!

 151023c 151023d■カマル・タパ(同氏FB)/ガッチャダル(同氏FB)

4.包摂の政治算術
包摂は,現実政治においては,理念ではなく,力学ないし算術である。首相選挙にあたって,議会第2党のUMLは投票前日の10月10日,第3党のUCPNと「14項目協定」を締結した。
[主な合意事項]
 ・新憲法の施行。
 ・ただし,タライ紛争には,必要な場合には憲法を改正し,対処する。
 ・国家主権と領土の保全,外国介入阻止。
 ・包摂民主主義の推進。
 ・包括和平協定の遵守。
 ・震災復興の推進。

この協定を結んだUMLは,UCPNとともに,MJF-Dと連立交渉をし,投票直前,わずか30分前に,「8項目合意」を締結することに成功した。
[主な合意事項]
 ・社会諸集団のあらゆる分野での比例的包摂。
 ・州区画の見直し
 ・人口に基づく選挙区見直し

こうしてUMLは,UCPN,RPP-N,MJF-Dの支持を取り付け,オリ議長を首相に当選させることができた。そして,その当然の見返りとして,協力3党には,内閣の要職を配分することになった。

まず,80議席を擁する第3党のUCPNには,副首相兼エネルギー大臣(TB・ラヤマジ)と,内務大臣など7大臣を割り当てた。UMLがオリ首相と3大臣だけなので,大臣配分ではUCPNに大きく譲歩している。

24議席のRPP-Nには,副首相兼外務大臣(カマル・タパ)の要職と,大臣(所管未定)1を配分した。これも,功大なりと認めたからだろう。

さらに,MJF-Dには,副首相兼インフラ・交通大臣(ガッチャダル)の要職を割り当てた。また,他のタライ・マデシ系3小政党にも,大臣2と国務大臣(State Minister)1を配分した。(10月25日には,MJF-Dに国務大臣職1を追加配分。)

5.包摂か野合か?
包摂は,ネパールの現実政治においては,理念を棚上げにした政治算術となりがちである。むろん,算術であり打算であっても,それで「平和」が贖えるのなら,頭から否定されるべきではあるまい。政治は「妥協の術」に他ならないから。

しかし,そうはいっても,オリ内閣を構成する諸党の政治理念は,あまりにも隔絶している。さながら氷炭の如し。UML=UCPN主流派に対し,RPP-N(カマル・タパ議長)は,世俗主義を骨抜きにした新憲法第4条を死守しようとするであろうし,タライ・マデシ系諸党は,州区画の見直しや州自治権の大幅拡大を要求するだろう。

これらは政治理念の対立であり,数字合わせの政治算術では,到底,抑えきれるものではない。この情況のままでは,オリ連立政権は,理念なき野合とみられ,正統性を失い,遅かれ早かれ崩壊に向かうことは避けられないのではあるまいか。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/10/23 @ 23:55