ネパール評論

ネパール研究会

国歌の包摂民主主義化: イギリスとネパール

イギリスにおいて,国歌(国歌の扱い)修正案が3月から議会で審議されることになった。ガーディアン,ニューステイツマン,ニューヨークタイムズなど英米各紙が伝えている。といっても,複雑怪奇な歴史の国イギリスのこと,議論は少々わかりにくい。
イギリス(グレートブリテン・北部アイルランド連合王国)[英国,UK]
・グレートブリテン=イングランド+スコットランド+ウェールズ
・北アイルランド

現在の英国国歌「女王賛歌(God Save the Queen)」は,正確には「グレートブリテン・北部アイルランド連合王国(UK)」としてのイギリスの国歌。ところが,著名な国際スポーツ大会などには,UKとしてではなく,イングランド,スコットランド,ウェールズがそれぞれ独立のチームとして参加し,それぞれの「国歌」を歌う。
・イングランド=「女王賛歌」
・スコットランド=「スコットランドの花」
・ウェールズ=「わが父祖の国」

あれ? ちょっと変では,とだれでもいぶかるであろう。たとえば,日本に例えるなら,こんな具合だ。
・東京チーム=「君が代」
・大阪チーム=「好きやねん、大阪」
・福岡チーム=「炭坑節」

イングランドは,UKの一部にすぎないのに,サッカーやラグビーなどの試合の際,特権的に「女王賛歌」を使う。あるいは逆に,イングランドはイングランド自身の「国歌」を歌うことができない。いずれにせよ,おかしいのではないか? イングランドも,「女王賛歌」の使用をやめ,スコットランドやウェールズと同じように,イングランド独自の「国歌」を制定し,それを使うべきだ。たとえば,ウィリアム・ブレイク「エルサレム」がよいのではないか。これが,英国国歌(国歌の扱い)修正案の提案理由だ。

この法案は,UK国歌としての「女王賛歌」の廃止を求めているわけではないが,もし通れば,「女王賛歌」の使用頻度が低下し,国歌としての重みや権威が大幅に低下することは避けられない。政府が反対しているので,当面この法案成立の可能性は低いが,いずれにせよ,こうした提案が堂々と提出され,議会審議に回されること自体,英国が,一人の女王(国王),一つの国歌による強力な近代的国民国家統合から,様々な地域や民族の自立的競争的共存の方向に向け大きく転換しつつあることの何よりの証と見てよいであろう。

160120a■英王室FBより

このような地域や民族の自立的競争的共存の理念を,世界に先駆け高らかに歌い上げているのが,ネパール国歌だ。ネパールは長年使用してきたそれまでの国歌(国王賛歌)を廃止し,2007年暫定憲法により正式に新国歌(幾百の花)を制定した。これが現行国歌。

【ネパール国歌】(一部略,訳者不詳,ウィキ日本語版)
幾百という花からなる我々は一つの花環、ネパールの民
主権をもちメチからマハカリまで広まりある
・・・・
見識の地、平和の地、タライ平原、山間地、ヒマラヤ
分かつことのできない、我らが愛しの祖国ネパール
多種多様なる民族、言語、宗教、文化の宝庫
いや進む我らが国家、ネパール万歳

【ネパール旧国歌】(冒頭部分のみ,佐伯和彦訳,『南アジアを知る事典』より)
知恵深く,雄々しく,恐れを知らぬ
尊き国王よ。
大いなる国王陛下にとこしえの栄あれ,
大君の長寿を祈り,
民びとの発展を愛もて叫ばん,
ネパールの民たる我らこぞりて。
・・・・

幾百の花(地域や民族)を一つの花環(国民国家)に統合するという理念の実現可能性や,歌詞や曲の芸術的評価はさておき,すくなくともこのネパール国歌の包摂民主主義の理念それ自体は,間違いなくグローバル化時代の世界諸国の未来を先取りしている。イギリスはかなり近づいた。日本も見習うべきだろう。

ネパール憲法には世界最先端の革命的規定が他にも無数てんこ盛り。ネパール憲法は,スゴイ!

160120b■ネパール国章(2015年憲法付則3)

[参照]
*1 Michael Wilkinson,”Replace God Save The Queen with new English national anthem, urge MPs,” Telegraph,13 Jan 2016
*2 STEPHEN CASTLEJAN,”England Weighs Its Own Anthem to Rival ‘God Save the Queen’,” New York Times,14-01-2016
*3 新国歌制定への疑問
*4 新国歌は試作品だ,A.グルン

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/01/20 @ 15:12