ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

ラマ大佐無罪判決,英裁判所(5)

4.英政府の拷問加担責任:ムスタン作戦
英国は,普遍的裁判管轄権によりラマ大佐を逮捕・訴追したが,英政府自身が関与した人民戦争期の重大な人権侵害については頬かむりしてきた。これでは,通訳が見つからないといった不可解な理由でラマ大佐裁判の幕引きを図ったのには裏があるなどと疑われてもやむをえまい。

160915■MI6

英政府は,人民戦争においては,国王政府の側を経済的・軍事的に支援した。特に戦争後期,国王政府が劣勢に陥ると,諜報機関MI6(Military Intelligence, Section 6)を動員して「ムスタン作戦(Operation Mustang)」(2002~06年)を強力に支援した。諜報作戦用の秘密施設を4つ開設し,備品を整え,王国軍軍人や「国家調査局(NID)」要員を訓練した。

この「ムスタン作戦」については,従来あまり知られていなかったが,ジャーナリストのトマス・ベルがその著『カトマンズ』(2014年)でその内幕を暴露し,大問題になった。著者によれば,英国と「ムスタン作戦」の関係は,次のようなものであった。

160915a160915b■トマス・ベルFBより

「ムスタン作戦に参加したネパールの情報機関要員や軍将校らによると,英国援助により彼らの作戦は大幅に強化され,約100人を捕らえることが出来た。/ 正確な人数はわからないが,捕らえられたものの何人かは拷問され,失踪した。」(*1) たとえば,人民解放軍のプラシャント(サドゥラム・デブコタ)司令官。2004年,ムスタン作戦で捕らえられ,6週間後,首をくくって死んでいるのが発見された。しかし,当局は自殺と発表しただけで,調査はしていない(*1,2)。

このように,ムスタン作戦で相当数のマオイストやマオイスト容疑者が捕らえられ,拷問され,何人かは殺され,あるいは強制失踪した。秘密作戦のため,実数ははっきりしないが,相当数の犠牲者が出ていることに間違いはない(*2)。

では,英国政府は,このことを知っていたのか? 英国外務省報道官は,こう説明している。

「情報活動については,繰り返し説明してきたように,コメントはしないが,英国は拷問や残虐で非人間的で人格を否定するような処遇や処罰を要請したり,教唆したり,見て見ぬふりをしたりはしない。」「どのような状況においても,英国要員には,そのような行為をする権限は与えていない。われわれは,そのような行為をしないし,他の人々に依頼してそのようなことをさせたりもしない。」「第三者により拷問がなされるとわかっていて,あるいはそう考えられる場合,それに関わる行為を許可することは決してない。」(*1)

この英国政府の公式見解に対し,トマス・ベルは,こう反論している。

「[インタビューしたあるネパール軍将校によれば]彼らは,英国人としては人権を考慮しなければならないと思っていたかもしれないが,しかし彼らが,捕らえられた人々に何が起こっているかについては正確に知っていたはずである。」(*2)「英国は,・・・・拷問絶滅を呼び掛けながら,実際には,拷問されるに違いないとわかっている人々を捕らえさせるため,極めて大きな援助を極秘裏にしていたのである。」(*1,2)

また,人権監視(HRW)アジア局上席研究員デジシュリ・タパも,こう述べている。

「2002年までに,ネパール軍は即決処刑,拷問,保安拘禁をする残虐な軍隊として知られるようになっていた。そのような軍隊を支援するのは,虐待や免責を擁護・促進するに等しいことだ。」(*1)

それだけではない。トマス・ベルによれば,「ある人々は,移行期正義を利用して紛争の一方の当事者であるマオイストをもっぱら攻撃している」(*3)。また,父親を警察に連行されたマンジマ・ダカールも,移行期正義がNGOのための「人権産業」になっていると指摘し,「紛争中に国軍が行ったことが忘れられようとしている。移行期正義をこのように政治化することが真実と和解にとって役立つはずがない」と厳しく批判している(*3)。

英国MI6はスパイ諜報機関であり,その活動にはつねに秘密がつきまとう。しかし,西側諸国にとってネパール・マオイストが殲滅すべき左翼過激派であったことは明白であり,事実,アメリカは2012年まで「テロリスト」指定を解除しなかった。したがって,そうした状況を考え合わせるなら,MI6が「ムスタン作戦」におけるマオイスト拷問を黙認し,結果的にそれを助長したとするトマス・ベルらの批判には,相当の説得力があるといってよいであろう。

もしそうだとするなら,欧米の普遍的裁判管轄権を主張する人権諸団体は,なによりもまず自国政府による外国での重大な人権侵害を告発し,厳しくその責任を問うべきであろう。

*1 “Britain accused of conniving at torture of Maoists in Nepal’s civil war,” The Guardian, 2014/aug/31
*2 “Operation Mustang: United Kingdom’s MI6 aided torture of Maoist cadres,” Kathmandu Post = AFP, 2014-09-01
*3 Gyanu Adhikari, “UK’s ‘covert acts’ during Nepalese civil war,” Aljazeera, 2014/09/19
*4 Robin Pagnamenta, “MI6 ‘complicit in torturing and killing Maoist rebels’,” The Times, August 30 2014
*5 “Kathmandu by Thomas Bell – review,” The Guardian, 2016/apr/24
*6 “An excerpt from Thomas Bell’s fascinating Kathmandu,” Hindustan Times, Aug 31, 2014
*7 Robin Pagnamenta, “UK spy role in Nepal: Book,” Aug. 30, 2014
*8 “Book: UK spies aided torture of Nepal reds,” AFP, Sep 1, 2014

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/09/15 @ 18:37