ネパール評論

ネパール研究会

Under Control ― オリ首相と安倍首相

1.オリ首相の「under control」発言
ネパールのオリ首相が5月8日,CNNインタビューにおいて,コロナ対策について問われ,こう答えた―

「ネパールでも,むろん他のいくつかの国々と同様,パンデミック(感染爆発)が広がっている。が,ネパールでは,コロナ(コビド19)感染は,いまのところ『under control(コントロール下,制御下)』と見るべきだ。*1」

「昨年,われわれは感染をunder controlの状態にしていた。感染死はゼロになった。新規感染は1日当たり50人以下だった。ところが,一般民衆は,パンデミックはもう終わり心配するほどではない,と考えてしまった。それが,コロナ感染の第2波を引き起こしたのだ。・・・・われわれは,感染をunder controlの状態に置くため,全力をあげてきた。*2」

このオリ首相の「under control」発言は,首相報道補佐官ツイッターにも投稿され,一挙に拡散された*3。

    ■首相報道補佐官ツイッター,2021/05/08

2.「out of control」の現実
このように,オリ首相はCNNインタビューにおいて,コロナ感染は「under control」と強気で語ったが,実際にはこの頃,ネパールでも「感染が激増,病院ではベッドも酸素も不足し,事態はコントロール不能(out of control)の状態」になっていた*4。

    ■The Guardian, 2021/04/30

ネット版National Geographicによれば,「ネパールではコビド19がコントロール不能(out of control)の状態で拡大」をしており,「いまや救急病棟は満員」,「死亡率も隣国インドより高くなっている」。しかも,保健所によれば,感染者数は,政府発表よりも実際にははるかに多い。スター病院のコロナ担当者は,「いまは戦争のような状態だ」とさえ語っている*5。

コロナ感染は,政官界にも及んでいる。オリ首相の「under control」発言インタビューをツイッターに投稿した報道補佐官自身でさえ,投稿日の夕方,感染が判明。他に,オリ首相秘書官数名,大臣2名を含む国会議員26名,議会事務官19人など,多くが感染している。

3.首相「under control」発言への猛反発
こうした状況を見れば,ネパールのコロナ感染状況は危機的と言わざるをえない。にもかかわらず,オリ首相は,「under control」とCNNを通して世界に向け宣言してしまった。

この発言には,当然ながら,ごうごうたる非難の声が上がり,一挙に拡大した。たとえば,ボジラジ・ポカレル元選管委員長は,「オリは,国際社会に向け,現状を隠し事態はコントロール下(under control)と語るのではなく,ネパールが現に直面している現実を正確に語るべきだった」と批判している*1。

非難はもっとも至極である。では,なぜオリ首相は,どう見ても無理であるにもかかわらず,このようなことを強気で断言してしまったのか?

4.政治も「out of control」状態
オリ首相は,対印外交でも内政でも,強硬なナショナリストであった。2018年2月の政権発足後2年ほどは,その政策があつれきは多々あれ,与党共産党が下院絶対多数を握っていたこともあり,結果的には成功しているように見えていた。

ところが,政権発足2年を過ぎると,ネパール共産党内のオリ派と反オリ派の対立が激化し始める一方,対印関係もカラパニ領有権をめぐり悪化していった。

こうして政権維持に不安を感じ始めたオリ首相は,強行突破を図るべく,2020年12月,突然,下院を解散してしまった。しかし,この解散はあまりにも強引であり,最高裁で2021年2月違憲とされ,議会は再開された。そして,この再開議会において2021年5月,オリ首相は,信任案が否決され,辞任を迫られた。ところが,反オリ派の方も首相選出に必要な多数派を形成できなかったのをみて,オリ首相は,バンダリ大統領に助言しオリを首相に任命させてしまった。こうして再任されたオリ首相は,またもや強引に議会を解散,半年後の2021年11月に選挙を実施することにしたのである。

この半年余のネパール議会政治は,まさにドタバタ,憲法上の根本的な疑義も多々指摘されている。文字通り「out of control」と批判されても致し方あるまい。

そこにコロナ感染第2波が押し寄せてきた。オリ首相は,コロナ対策でも窮地に追い詰められた。もしこれを「out of control」と認めてしまえば,議会政治の事実上の「out of control」のダメ押しとなり,政権維持が一層困難になる。そこで,オリ首相はCNNインタビューで,つい,コロナ感染は「under control」と口走ってしまった,ということではないだろうか。状況からは,そう推測される。

5.日本英語の「under control」
それと,もう一つ。このCNNインタビューでの「under control」発言のとき,オリ首相は,とっさに日本英語での用法を思い浮かべ,それに習ったのではないかという推測。いまのところ証拠は何一つないが,興味深い仮説ではある。

周知のように,日本英語の「under control」は,安倍晋三議員が首相であったとき,オリンピック東京招致のため世界に向け発信した,最も基本的で重要な英語キーワードであった。

2013年9月,安倍首相はオリンピック招致のためブエノスアイレスでのIOC総会に出かけ,英語(米語)で,東京開催の安全性をアピールした(「皇室利用と日本語放棄で五輪を買った安倍首相:”under control”のウソ公言」ネパール評論2013/09/13)*6。

“Some may have concerns about Fukushima. Let me assure you, the situation is under control. It has never done and will never do any damage to Tokyo.” 「フクシマについて、お案じの向きには、私から保証をいたします。状況は、統御されています。東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも、及ぼすことはありません。」(首相官邸HP *8)

しかしながら,福島原発が2013年9月時点で「under control(統御されている)」状態とはほど遠かったことは,明らかだ。現在に至っても,燃料デブリや増加し続ける汚染水など,多くのものの処理が先送りされており,とうてい「under control」などとは言えない状況である。

ところが,それにもかかわらず,安倍首相は被災福島原発を「under control」と説明し,オリンピック招致に成功,以後,日本政府もこれを基本方針として継承してきた。すなわち,日本政府公認の日本英語では,被災福島原発のような状況をもって「under control」と言い表すことになったのである。

この日本英語の「under control」は,東京オリンピック開催問題や福島原発事故が議論されるとき,しばしば言及され,世界的に有名となり,日本英語の語義として定着していった。

6.オリ首相「under control」は日本英語?
さて,そこで問題は,オリ首相の「under control」。ネパールは日本と親密な関係にあり,ネパールの人々が日本英語をマスターしていて,何ら不思議ではない。そして,そうしたネパールの人々であれば,この半年余のネパールのコロナ感染状況や政治状況を「under control」と呼ぶことに,さほど躊躇することもあるまい。福島の被災原発がコントロールされているのと同じように,ネパールのコロナも政治も,多少問題はあれ,ちゃんとコントロールされているではないか,と。

では,オリ首相自身は,どうであったのか? 与党分裂とコロナ感染拡大とで切羽詰まって,英米英語の意味で「under control」と口走ってしまったのか? それとも,日本に学び,日本英語の意味で「under control」と説明してしまったのか? いまのところ,私には,いずれとも判断できない。機会があれば,どなたかにお教えを請いたいと思っている。

7.誤魔化しよりましな自覚的変更
それともう一つ,「under control」との関連で注目すべきは,ネパールの政治家たちの状況適応力の高さである。彼らの多くは,状況の変化に応じて融通無碍に自分にとって最も有利と思われる方に立場を変えていく。無定見,無原則と見えるかもしれないが,少なくとも現実政治の場では,いったん始めたら状況がいかに変わろうが修正困難な「武士に二言なし」型・「インパール作戦」型の日本の政治家たちよりはましである。

オリ首相も,CNNインタビュー後,「under control」発言に猛反発されると,そのわずか2日後,The Guardianに,”Nepal is being overwhelmed by Covid. We need help”とタイトルをつけたメッセージを寄せ,先の発言を事実上,全面的に撤回してしまった(タイトルが首相自身のものかは不明)。「ネパールはコロナに席巻され圧倒されている(overwhelmed)」というのだ*8。

    ■首相報道補佐官ツイッター,2021/05/10

「under control」でないとも,「out of control」だとも言っていないが,事実上,同じとみてよいだろう。文字通り,豹変。だが,オリ首相は,コントロール下でないのにコントロール下と強弁し誤魔化し続ける日本英語式の「under control」に逃げ込むことをせず,ネパールのコロナ感染状況は英米英語でいう「under control」ではないことを,はっきりと認めた。誤りを誤りと認め,方針転換する。この方が,外国語の語義まで勝手に変えて現実を隠蔽し続けるよりも,はるかに危険が少なく,よりましな政治とはいえるであろう。

このところ日本政治における言葉の軽視は,目に余る,議論はまるで成り立たず。詭弁,誤魔化し,繰り返し,無視等々に明け暮れる。少しはネパールの政治家たちの真剣な議論を見習うべきではないか。

*1 Oli’s virus ‘situation under control’ remark meets with criticism, Kathmandu Post, 2021/05/09
*2 Pandemic is Under Control: PM Oli, Newbussinessage, 2021/05/09
*3 首相報道補佐官ツイッター,2021/05/08
*4 Nepal facing deadly Covid wave similar to India, doctors warn, ‘Situation is out of control’ as cases spike and hospitals run short of beds and oxygen, The Guardian, 2021/04/30
*5 COVID-19 spirals out of control in Nepal: ‘Every emergency room is full now’, National Geographic, 2021/05/12
*6 「皇室利用と日本語放棄で五輪を買った安倍首相:”under control”のウソ公言」ネパール評論,2013/09/13
*7 「IOC総会における安倍総理プレゼンテーション」2013年9月7日
*8 KP Sharma Oli, “Nepal is being overwhelmed by Covid. We need help,” The Gurdian, 2021/05/10

(C)谷川昌幸

Written by Tanigawa

2021/06/02 @ 14:32