ネパール評論

ネパール研究会

マオイストの憲法案(30)

第5編 国家の階層構造と国家権力の配分(3)

第68条 連邦機関間の紛争解決
(1)州評議会の設置。連邦と州または州と州の間の紛争の予防または解決,ならびに未解決問題の連邦議会への通知。
[委員]行政府の長(議長),連邦内務大臣,連邦財務大臣,各州の首長

(2)評議会は,必要に応じ,連邦大臣および副大臣を会議に招聘。

(3)評議会規則は法律により定める。

(4)評議会が適当と認める事項は連邦議会で解決。

(5)(4)による紛争解決手続きは連邦法により定める。

(6)(4)により解決できない場合,または連邦議会が適当と認める場合は,連邦政府が人民投票を実施。

(7)人民投票は,州内または州間紛争については州レベル,全国的紛争については国家レベルで実施。

(8)人民投票に関する他の規則は連邦法により定める。

(9)州と地域レベル自治体,州と特別機構,または地域レベル自治体と特別機構もしくは特別区等,の間の紛争は,連邦議会が解決。

(10)(9)による紛争解決手続きは,州議会制定法による。

(11)憲法規定リストまたは憲法解釈に関する連邦諸機関の間の紛争は,連邦議会が解決。

(12)地域自治体と地区または特別機構の間の紛争は,州議会が解決。

第69条 自決の権利
(1)アディバシ,マデシを含む被抑圧集団は,抑圧抵抗手段としての自決の政治的権利を有する。また,文化,宗教,言語,教育,情報,コミュニケーション,健康,居住,雇用,社会保障,財政サービス,商業,土地および環境資源利用に関する自決権をも有する。

(2)(1)による自決権の行使は,主権,自由,統一および地域統合を損なってはならない。

第70条 政治的優先権
(1)被抑圧民族/共同体を基礎とする州では,政党は,選挙および州設立の際,州内多数派たる被抑圧民族/共同体の成員に主要機関への優先権を与えなければならない。ただし,この優先権は2期または10年で失効。

(2)自治区内多数派の被抑圧民族/共同体は,自治区主要機関への政治的優先権を持つ。ただし,この優先権は2期または10年で失効。

■コメント
第68条は,連邦内の各レベル政府間の紛争解決方法の規定。統治機構が多層化しているので,紛争続出となりかねない。しかも,ここでは言及されていないが,行政部・立法部で解決できない場合は,当然,裁判所に持ち込まれ,司法的解決となるのであろうが,司法部も複雑化するはずなので,効果的な紛争解決が期待できるかどうか,はなはだ疑問である。

第69条は,少数派の民族や共同体への広範な自決権の付与。これまでの理不尽な抑圧を考えると,大幅な自治権の付与は当然ともいえるが,その一方,これは「集団の権利」の承認であり,集団内の「個人の権利」との調整が難しくなる。一種の「新しいカースト制」となりかねない。

また,(2)項では,主権や地域統合を損なわない限り,との条件が付されており,解釈次第で自決権はいかようにでも制限できる可能性もある。

第70条(1)は,被抑圧民族ないし共同体を中心に設立された州における,彼らの政治的優先権の規定。州設立時の選挙や主要機関選任において,被抑圧民族や共同体に政治的優先権を与えることを,政党に義務づけている。だたし,州設立後2期または10年以内。

(2)も,同様のことを,自治区について規定しているが,これは政党への義務づけではなく,主要機関への被抑圧民族ないし共同体の優先権だけを定めている。この優先権も2期または10年以内。

以上のような政治的優先権は,包摂参加民主主義ないし権力分有民主主義から導かれるものだが,ここでも今度は当該の州や自治区内の少数派の権利が問題となる。

これは難しい問題であり,実際には,個々の具体的事例での試行錯誤を通して政治的に妥当な線を探っていくしか方法はあるまい。具体的な政治的実践(practice)による実践知の歴史的形成である。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/08/11 @ 11:34