ネパール評論

ネパール研究会

M・F・X:ネパール「第三の性」旅券発行へ

ネパール政府は1月7日,パスポート記載の性別欄に「第三の性」を追加すると発表した。「パスポート規則を改正し,男でも女でもない人々のために,第三の性を追加することにした。」(ロック・B・タパ旅券局長) (b,c,)

1.先例としてのオーストラリアとニュージーランド
この問題では,オーストラリアとニュージーランドが先行している(e,f,g)。海外旅行の際,外見とパスポート記載の性別とが一致せず,トラブルとなることが少なくいなかった。そこでオーストラリアでは2011年9月,医師の証明書を付け申請すれば,「男(M)」,「女(F)」,「第三の性(X)」のいずれかを選択できるようにした。性転換手術は不要。

1年後の2012年,ニュージーランドでも,同様のパスポート規則改正が行われた。

2.南アジアのヒジュラ―
南アジアは,「第三の性」については,かなり先進的ないし現実的である(h)。

ヒンドゥー教では両性具有は神的なものとみられきたし,また他方では,古くから「ヒジュラ―(हिजड़ा)」と呼ばれる人々もいた。ヒジュラ―は,伝統的な女装した「第三の性」の人々であり,インドには数十~数百万人いると言われているが,人口調査区分が「男」「女」ということもあり,実数はよくわからない。いずれにせよ,両性具有信仰やヒジュラ―の伝統があったことが,南アジアで「第三の性」問題への取組が他の地域以上に切実であり早かった理由の一つであろう。

インドでは2005年,パスポートの性選択欄に「E(Eunuch)」が追加された。(Eunuch=去勢男性。ただし,ヒジュラ―は必ずしも去勢しているわけではない。) この「E」表記は,いつからかは不明だが,現在では「Transgender」に変更されている(下図参照)。また,2009年には,選挙管理委員会が有権者登録に「Other」を追加し,「男」「女」以外の人々は「第三の性」として投票できるようにした。

こうした流れを受けて,インド最高裁判所は2014年4月15日,次のような画期的な判決を下した。「男女いずれかのジェンダーとは別のヒジュラ―ないし去勢男性(Eunuch)は,『第三の性』として扱われ,[憲法,国法,州法により]その権利を保障される。」(a)

バングラデッシュでも,2011年から,ヒジュラ―は「Other」としてパスポートを取得できるようになっている。

150111e150111d ■インド旅券申請書の性選択欄

130613c ■日本旅券発給申請書(部分)

3.新憲法と「第三の性」権利保障
ネパールは,インドやバングラデッシュより少し遅れたが,それでも2013年6月,最高裁が「第三の性」パスポートの発行命令を出した(i)。そして今回,それに基づき「パスポート規則(2010年)」が改正され,「第三の性」の選択が可能となった。

パスポートの性選択欄を「X」(オーストラリア,ニュージーランド)とするか「Transgender」(インド)ないし「O(Other)」(バングラデッシュ)とするかは,まだ未定。また,実際に「第三の性」パスポートが発行されるのは,必要機器の準備が出来てからとなる。

ここで注目すべきは,このような「第三の性」の権利保障が,憲法の中にも書き込まれるか否かいうこと。もし書き込まれるなら,ネパール新憲法は,この点でも世界最先端となり,注目を集めることになるであろう。

[参照]
(a)http://supremecourtofindia.nic.in/outtoday/wc40012.pdf
(b)”Nepal to issue passports with third gender,” REUTERS,2015-01-07
(c)”Road clear for 3rd sex passports,” Ekantipur, 2015-01-07
(d)”Germany allows ‘indeterminate’ gender at birth,” BBC News,2013-11-01
(e)”New Australian passports allow third gender option,” BBC News,2011-09-15
(f)”Male,female,or neither? Australian passports offer third gender option,”
AFP,2011-09-15
(g)”Australian passports to have third gender option,” The Guardian, 2011-09-15
(h)” ‘Third sex’ finds a place on Indian passport forms,” The Telegraph, 2005-03-10
(i)谷川「夫婦別姓: 公文書でも旧姓表記! ・財界・自民も賛成へ ・別姓パスポート取得/別姓クレジットカード <特報>長崎大別姓へ ・オーストラリアの別姓 ・住基ネットを別姓で笑殺

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/01/11 @ 20:43