ネパール評論

ネパール研究会

震災救援の複雑な利害関係(4):インド政府「ともだち作戦」(3)

4.「ともだち作戦」とナショナリズム
「ともだち作戦」では,前述のように,インド軍が首都カトマンズとポカラに支援拠点を置き,大規模な「作戦(Operation)」を展開した。ネパールの人々が,感謝しつつも,それを自国の主権への脅威と感じたのも無理はない。

しかも,空軍ヘリや陸軍工兵隊などが活動したのは,カトマンズ近辺だけでなく,北部山村地域においてでもあった。たとえば,ゴルカ郡バルパクには陸空軍が前進基地を設け,工兵隊は道路復旧に当たり,空軍は高所村人や僧侶,あるいはチュムリンにいたトレッカーを救出した。インド軍は,ほかにドウンチェ,ルクラ,ナムチェ,タトパニなどにも出動している。

こうした北部山岳,丘陵地域は,チベット(中国)国境に近く,地政学的な敏感地帯。これまでにも,いくどとなく外国諜報員(スパイ)の活動が問題にされたし,現在も暗躍していることはまずまちがいない。そのようなところでインド軍が大規模な「作戦」を展開する。緊急時の「ともだち」による救援とはいえ,ナショナリスト,特に反政府側ナショナリストが,反発するのは,当否は別として,十分予測できることだ。

あるいはまた,もう一つの敏感地帯,南部インド国境沿いのタライ地方では,インド政府が,「国境警備隊(SSBあるいはBSF)」に印ネ国境の厳戒と被災者救援を命令した。SSBは,国境沿いに救援キャンプを設営する一方,救援物資を東部タライのイタハリなどでネパール側に引き渡した。また,救急車1,給水車3,バスなど34の計38車両をカトマンズまで運んでいる。SSB部隊は「インド国家災害対応部隊(NDRF)」にも参加しているようだが,規模は不明。このSSBの動きも,ネパール側を警戒させている[i,j]。

150514a■SSB・HP

さらにもう一つ付け加えるなら,インド政府は「ともだち作戦」にゴルカ兵を動員した。ゴルカ兵は現在約3万8千人。そのうちネパール帰休中の兵がかなりおり,また退役兵はネパールに約3万人いる。在印ゴルカ将兵の派遣に加え,これら在ネ現役・退役ゴルカ兵をも,インド政府は「ともだち作戦」の先兵として相当数緊急配備したという[k]。これもネパール側としては警戒せざるをえない。

150514b■印軍グルカ兵

このように,インド軍派遣がネパール側に警戒されることは自明のことであったので,インド政府も,「ともだち作戦」は両国の緊密な連携のもとに展開されていることを,公式に繰り返し説明してきた。たとえば――

「ランジト・ラエ大使は,今日,在ネ外交関係者に,ネパール救援活動はネパール政府との完全な連携のもとに行われていることを説明した。・・・・この説明の場には,中国,EUなど在ネ外交団の代表も何人か出席されていた。」[a]

「インド国家災害対応部隊(NDRF),インド空軍,在カトマンズ印諸省合同チーム,そしてインド大使館は,ネパール当局と手を携え(in close tandem)救援作戦を展開している。」[l]

しかし,それにもかかわらず,野党幹部らは,インドによる主権侵害を警戒せよ,とコイララ首相に強硬に申し入れている。たとえば――

プラチャンダUCPN議長
「インド国境警備隊(SSB,BSF)は,ネパール政府と協議することなく勝手に行動している。彼らのどのような支援が必要かを決めるのは,ネパール政府のはずだ。」[m]

モハン・バイダCPN-M議長
「インドは,トリブバン国際空港を占拠し,支援活動をインド北部国境付近に集中させているが,これはきわめて怪しい戦略だ。・・・・それは,ネパールと中国との長年にわたる関係を害することになるだろう。」[m]

ローヒット労農党議長
インド軍のある将校の妻が特定の数家族を救援したいと言ったが,これは認められなかった。すると彼女は,インド大使館員を動かし圧力をかけようとした。「インド軍将校の妻がネパール政府役人や郡役所長を脅す――そんな状況で,どのような救援をするというのか。」[m]

ゴルカ郡役所・所長
「コイララ首相に申し上げたいのですが,インド軍ヘリは私たちに協力してくれません。そのため,私たちが任務を果たすのがきわめて難しくなっています。」[n]

ネパール国軍幹部
インド軍ヘリは,トリブバン空港にネパール国軍が設置した外国救援隊調整委員会の指示を無視し,禁止区域を飛行し,敏感地域の空撮をしている。「インド軍は限度を逸脱している。」[o]

イタハリ抗議デモ
完全武装のインド国境警備隊(SSB)のネパール領内での活動に対し,学生たちが抗議デモを行い,モディ首相の人形を焼いた。[p]

Telegraph NepalやPeople’s Reviewの記事は情報源が必ずしも明確でなく,注意を要するが,それでも,こうしたインド軍批判はあって当然といってよいであろう。純然たる善意の救援活動のためでさえ,軍隊を送れば警戒される。軍隊とはそのようなものなのだ。

そこで,「ともだち作戦」と「トモダチ作戦」。批判し警戒しつつ受け入れる国と,ただただ感涙し抱きしめられる国。独立国として気概があるのは,はたしてどちらなのだろうか?

150514c■微妙な印ネ関係(Unreal Times,2015-04-26より)

[a]”Press Release on briefing by Ambassador Ranjit Rae to the diplomatic community and India’s ongoing relief assistance to Nepal,” http://www.indianembassy.org.np/(在ネ印大使館HP,5月4日)
[i]”SSB sends over 3 dozen vehicles from border posts to Nepal,” Zeenews,2015-04-27.
[j]”Nepal quake aid: SSB Siliguri sends relief material
The SSB Siliguri Frontier has so far treated 210 patients,” Indian Express,2015-05-02.
[k]”Indian Army will work in Nepal till normalcy returns,” Zeenews,2015-04-28.
[l] Ministry of Home Affairs, Gov. of India,”Day 9 of the Earthquake Rescue & Relief Operations,” 2015-05-03.
[m]”India ignoring national sovereignty: Nepal leaders,” Telegraph Nepal,2015-05-02.
[n]”Nepal: India in bad news…again!,” Telegraph Nepal,2015-05-07.
[o]”Nepal Army, oppsition parties unhappy with Indian rescue teams,” People’s Review, 2015-05-06.
[p]”Nepal Students burn effigy of India PM Narendra Modiww,” Telegraph Nepal, 2015-05-05.

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/05/14 @ 17:42