ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

選挙と移行期正義(1):ウジャン・シュレスタ殺害事件

国会・州会ダブル選挙まで,あと1週間。この選挙は,人民戦争後平和構築の制度的総仕上げとなる重要な選挙だが,もう一つ,見落としてならないのが,戦後処理としての移行期正義との関係。

1.ネパールにおける移行期正義の難しさ
人民戦争(マオイスト紛争)においては,政府・議会政党側もマオイスト側も,強制失踪,拷問,虐殺,財産強奪など様々な人権侵害に関与した。戦後平和構築においては,これらの重大な人権侵害につき,事実を解明し,それに基づき加害者の謝罪と必要な場合には処罰,および被害者の救済が行われなければならない。公正な移行期正義の実現である。

この移行期正義の実現には,誰しも建前としては反対しない。しかし,現実には,そうはいかない。ネパール人民戦争は,交戦当事者のいずれか一方の勝利ではなく,両者の停戦・和平という形で終結した。そのため戦後体制には人民戦争を戦った政府側諸勢力とマオイストの双方が参加し,軍や警察による人権侵害を裁こうとすればNC,UML,RPPなどが,逆に人民解放軍による人権侵害を裁こうとすればマオイストが,反対する。

ネパールにおいて,移行期正義は,政党とりわけその有力幹部たちにとっては,人権問題である以上に,自分たちの命運を左右しかねない重要問題なのである。

2.ウジャン・シュレスタ殺害事件
この移行期正義は,今回の選挙においても当然取り上げられ,政治問題化している。最も注目されているのが,マオイスト幹部によるウジャン殺害事件。その概要は,報道によれば以下の通り(*3,*4)。

ウジャン・クマール・シュレスタ(Ujjan Kumar Shrestha)はオカルドゥンガの住民。そのウジャンの身内が異カースト間結婚をしたことに怒り,あるいは別説ではウジャンがスパイ行為をしたと疑い,地元出身のマオイスト幹部バルクリシュナ・ドゥンゲル(Balkrishna Dhungel)が1998年6月24日,プシュカル・ガウタムら仲間7人を引き連れウジャンを待ち伏せて襲撃,銃で撃ち殺し,遺体をリクー川に投棄した。

事件後,弟のガネシュ・クマールが兄殺害を訴え出ようとしたところ,やはりマオイスト集団に彼も虐殺された。さらにガネシュの娘ラチャナも,父の居所をうっかりマオイストに告げてしまったため父が殺されたと思い込み,自殺してしまった。


 ■ウジャン(左)とドゥンゲル(右)(FB: No Amnesty for BalKrishna Dhungel 2011-11-11)

3.ドゥンゲル裁判と議員特権
ウジャン殺害6年後の2004年5月10日,オカルドゥンガ郡裁判所が,ドゥンゲルに対し,ウジャン殺害の事実を認め,財産没収の上,終身刑に処するとする判決を下した。他の仲間7人も有罪判決を受け,ドゥンゲルとともに収監された。

ところが,ドゥンゲルは判決を不当とし,ラジビラジ上訴裁判所に上訴,2006年に無罪判決を受け,釈放された。そして,2008年4月には制憲議会選挙にオカルドゥンガ選挙区からマオイスト候補として立候補して当選,議員となった。

これに対し,ウジャン家族は最高裁に上訴,2010年1月3日最高裁においてラジビラジ上訴裁判所無罪判決を取り消し,オカルドゥンガ郡裁判所判決を支持する判決を得た。ドゥンゲルを財産没収のうえ終身刑とする判決が確定したのである。

ところが,最高裁判決が出たにもかかわらず,ドゥンゲルは「議員特権」により収監されなかった。そして,翌2011年11月8月には,バブラム・バタライ首相(マオイスト)が,ドゥンゲルに大統領恩赦を与えるよう大統領に勧告した。これに対し,最高裁は2011年11月23日に恩赦手続き停止命令,2016年1月7日には恩赦禁止命令を出し,さらに2016年4月16日には警察総監に対しドゥンゲル逮捕命令を出した。しかし,これらの最高裁命令にもかかわらず,ドゥンゲルは依然として収監されることはなく,自由を謳歌していた。

この最高裁命令無視に対し,2017年10月24日,ディネシュ・トリパティ弁護士が警察総監を法廷侮辱容疑で告発した。ここに至って,警察は2017年10月31日,ようやくドゥンゲルを逮捕し,ディリバザール刑務所に送った。この手続きが確定すれば,ドゥンゲルはオカルドゥンガ郡裁判所判決後の収監期間を差し引く,残りの12年5か月余の期間,収監されることになる。

4.マオイストのドゥンゲル擁護
以上が,ウジャン殺害とその後の経過の概要だが,ドゥンゲル再逮捕,収監へと大きく動き始めたのは,国会・州会ダブル選挙日程がほぼ決まり,選挙戦が本格化し始めたころからであった。したがって,マオイスト幹部であり国会議員選挙出馬予定のドゥンゲル逮捕への動きが,選挙と関係しているとみるのが自然であろう。

ドゥンゲル再逮捕への動きが出ると,マオイストは党を挙げて彼を守ろうとした。たとえば,2017年3月12-13日,マオイストはラメチャップ郡で集会を開き,ドゥンゲル逮捕を命令した最高裁判決を激しく非難した。ドゥンゲルはこう演説した。「最高裁判決は破棄させる。・・・・この判決を下した裁判官を逮捕してやる。」(*12)

2017年10月30日,ドゥンゲルが逮捕されると,マオイスト幹部のディペンドラ・ポウデルは,こう非難した。「この逮捕投獄は,進行中の平和構築への重大な攻撃だ。この種の事件は移行期正義の手法で解決することに諸党が合意していたのに,いまになって逮捕が強行された。これは平和構築の完成を危うくすることになる。・・・・これは,包括和平協定と憲法の規定および精神に反している。」(*21)

また,マオイスト報道担当幹部のパンパ・プーサルも,「和平合意の精神に照らせば,戦時の事件は真実和解委員会(TRC)において解決されるべきである」と述べ,ドゥンゲル逮捕は選挙を失敗させる恐れがあると警告した(*20)。

さらに戦闘的マオイスト組織として知られている「青年共産主義者同盟(YCL)」も,ウジャン事件は「真実和解委員会」を通して解決されるべきだとして,彼の即時釈放を要求した。そして,もし釈放されないなら,人民戦争期のNCやRPPの関与が疑われる事件をすべて暴き,責任者を告発する,と警告した(*19)。

このように,ドゥンゲル逮捕にマオイストが激しく抵抗するのは,人民戦争期の重大な人権侵害事件に党首プラチャンダをはじめ党幹部の多くが多かれ少なかれ関与しているとみられており,ドゥンゲル逮捕を認めると,責任追及が彼ら幹部たちにも及びかねないからである。

5.ドゥンゲル擁護の根拠
しかしながら,マオイストによるドゥンゲル擁護にも根拠がないわけではない。第一に,人民戦争関係諸事件は真実和解委員会ないし移行期正義の手法により解決することが,停戦・和解の際,取り決められていたこと。

そして,第二に,マオイストが警告しているように,重大な戦時人権侵害には政府側の軍や警察あるいはNC,UML,RPPなど当時の議会主要諸政党が関与していたことが少なくないこと。マオイスト側の戦時人権侵害を刑事事件として裁くなら,政府側も裁けということになり,下手をすると紛争再発となりかねない,というわけである。

5.移行期正義の難しさ
これは難しい問題だ。ウジャン家族をはじめ被害者家族は,戦時人権侵害に対する損害賠償と責任者の厳罰を要求している。

内外の人権諸団体も,重大な戦時人権侵害を政治取引により免罪にすることには,強く反対している。たとえば,フレデリック・ラウスキー国際法律家協会(ICJ)アジア太平洋地域委員長はこう批判している。「人権侵害容疑者たちを守ることが,政治的支持を得たり政治的協力関係を作るための交渉の切り札として使われた。・・・・政党間取引のため人権尊重義務が損なわれるようなことをしてはならない。」(*26)

純然たる平時においては,確かにその通りだ。しかし,泥沼の人民戦争を終結させるため政治的に採用されたのが移行期正義ないし真実和解委員会による和解。戦時を平時にどう移行させるか,これは難しい。

6.選挙で問われる移行期正義の在り方
ウジャン殺害事件は,選挙戦本格化とともに大きく動き,マオイスト幹部のドゥンゲルが2017年10月31日,犯人として逮捕・投獄された。

そして,選挙管理委員会は2017年11月6日,ドゥンゲル立候補への異議申し立てを受理し,マオイスト比例制候補者リストから彼の名を削除した。マオイストの政治的敗北である。

今回の選挙でNCやRPPが大勝すればマオイスト側の戦時人権侵害が,逆にマオイストを中心とする共産党連合が大勝すれば旧政府側の戦時人権侵害が,表に出され,責任追及が激しくなる可能性がある。

戦争から平和へ――その移行の総仕上げとなる国会・州会ダブル選挙において,移行期正義はどうあるべきかも問われている。

■オカルドゥンガ(赤印)

[1998]
*1 DEWAN RAI, “Apex court denies clemency to murder convict Dhungel: Issues mandamus order to send Maoist leader to prison for life,” Kathmandu Post, June 24, 1998
[2010]
*2 INTERNATIONAL COMMISSION OF JURISTS, “ICJ urges the Government of Nepal to cease obstruction of justice,” ICJ, 5 October 2010
[2011]
*3 Advocacy Forum, “UJJAN KUMAR SHRESTHA,”
http://advocacyforum.org/fir/2011/10/ujjan-kumar-shrestha.php
*4 KANAK MANI DIXIT, “The lords of impunity,” Nepali Times, #578 (11 NOV 2011 – 17 NOV 2011)
[2014]
*5 “Jail-sentenced former Maoist cadre arrested & jailed,” Kathmandu Post, May 13, 2014
*6 Pranab Kharel, “SC to begin fresh hearing on appeal against Dhungel,” Kathmandu Post, Sep 5, 2014
[2016]
*7 NABIN KHATIWADA, “No presidential clemency for Bal Krishna Dhungel: SC,” Republica, 07 Jan 2016
*8 Nabin Khatiwada, “SC body again tells police to arrest murder convict Dhungel,” Rpublica, December 27, 2016
[2017]
*9 Deepak Kharel, “‘Murder-convict Dhungel hasn’t been arrested because police don’t want it’,” Republica, January 6, 2017
*10 “Prachanda Talks About Balkrishna Dhungel,”
http://khabarvideo123.blogspot.jp/2017/02/prachanda-talks-about-balkrishna-dhungel.h
tml
*11 Anil Bhandari, “Murder-convict Dhungel felicitated in Okhaldhunga,” Republica, March 14, 2017
*12 “Issue arrest warrant against Bal Krishna Dhungel: SC orders IGP Aryal,” Kathmandu Post, Apr 13, 2017
*13 “Supreme Court tells police to nab Bal Krishna Dhungel in a week,” Himalayan Times, April 13, 2017
*14 “Rule of lawlessness: The row over Balkrishna Dhungel inaugurates a new turbulence,” Indian Express, April 17, 2017
*15 “Contempt of court writ filed against IGP Aryal,” Kathmandu Post, Oct 24, 2017
*16 “IGP charged for neglecting Supreme Court’s verdict to arrest Dhungel,” Republica, October 24, 2017
*17 Shirish B Pradhan, “Maoist party leader arrested for murder during Nepal civil war,” Outlook India. 31 OCTOBER 2017
*18 “CPN (MC) demands prompt release of Dhungel,” Kathmandu Post, Oct 31, 2017
*19 “YCL demands immediate release of Dhungel,” Kathmandu Post, Oct 31, 2017
*20 “CPN-MC calls for Dhungel’s release,” Himalayan Times, October 31, 2017
*21 “Finally, murder-convict Dhungel arrested, sent to jail,” Republica, November 1, 2017
*22 “Demonstration in Okhaldhunga demanding Dhungel’s release,” Kathmandu Post , Nov 1, 2017
*23 “Murder convict Dhungel sent to prison,” Peoples Review, 2017/11/01/
*24 “Dhungel highlights weaknesses, as well as promises, for conflict victims seeking accountability” Kathmandu Post, Nov 2, 2017
*25 Vinita Rawat, “Nepal: Arrest of Maoist leader Dhungel raises hope of justice for war-era victims,” The aPolitical | 02/11/2017
*26 “Search for truth and justice continues in Nepal: ICJ; Says arrest of Maoist leader Dhungel highlights weaknesses, as well as promises, for conflict victims seeking accountability,” Kathmandu Post, 02-11-2017
*27 “Half a milestone: Maoist leader Dhungel’s arrest for war-era murder should now be followed by broader prosecution,” Kathmandu Post, Editorial, Nov 2, 2017
*28 Ritu Raj Subedi, “Arrest Order Against Dhungel A Blow To Prachanda,” Rising Nepal, 4 November 2017

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/11/19 @ 21:02