ネパール評論

ネパール研究会

Archive for 7月 2018

老老介護事始め(15):疲弊し荒廃する介護者の心身

高齢認知症の母の介護をしていて「これは危ないなぁ」という思いを日々強くしているのが,介護者たる私自身の心身の疲弊と荒廃である。このままいくと,いずれ崩壊するのではないか?(認知症も介護事情も様々。以下はあくまでも私自身の場合である。)
 【参照】老老介護事始め(1~14)

1.正常・異常混在の難しさ
高齢の母には,記憶のまだらな忘却と混乱があり,言動も正常と異常が混在している。この記憶のまだらな忘却と混乱や言動の正常・異常の混在が,介護者には悩みの種。もし完全な記憶喪失・常時異常行動であれば,それはそれで大変には違いないが,対応方法はほぼ限られており,迷いは少ない。外から見ても,すぐそれとわかるので理解されやすく,誤解の恐れも少ない。

ところが,記憶のまだらな忘却と混乱,判断の正常と異常の混在の場合,介護の方法について介護者自身,つねに適切か否か悩み,部外者には多かれ少なかれ誤解される恐れがある。これが,介護者には精神的につらい。

2.日常で異常,非日常で正常
認知症者は,自分の記憶や行動は正しいと断固思いこんでいる。そして,自宅で日常生活をしているときは,リラックスしているためか,混乱した話や異常行動が出やすく,それらを際限もなく繰り返す。日常生活では異常行動が常態なのだ。

ところが,自宅に誰か他の人が来たときや,通所介護施設(いわゆる「デイケアセンター」*)などに行ったりすると,異常な言動は少なくなる。そうしたときには,自宅での日常生活についても,断片的な記憶をあれこれ取り出し,つなぎ合わせ,それなりに理路整然と説明することが出来る。介護支援相談員(いわゆる「ケアマネージャー」ないし「ケアマネ」*)や医者ですら,コロリとだまされてしまう。そのため,介護者は日々の介護対応に迷うばかりか,他の人々の理解も得られず孤立し,悩み苦しみ疲弊していくことになる。
 *老人福祉分野では,なぜか意味不明の珍妙なカタカナ語が多用される。高齢者はとりわけ理解困難。日本語通訳をつけるべきである。

3.観察・記憶・実行の断片的正確さ
母の場合,例えば食べ物。典型的な認知症過食症で,食べ物を置いておくと,食べては下痢,食べては下痢を繰り返す。仕方なく,保存可能なものは手の届かないところに隠し,他は冷蔵庫に入れ,開けられないよう扉をロープで縛っていた。そうしないと,食べ散らかし,庫内のものを外に出し放置するからだ。

ところが,ひと月ほど前のある日,帰ってみると,冷蔵庫を縛っていたロープが包丁で切られ,食べ散らかされていた。危険なので刃物はすべて隠しているが,包丁を使ったとき,隠すのをこっそり見られていたらしい。こだわりがあることには異様に敏感で,抜け目なく,記憶も確かだ。

4.適切な実力行使の必要性
いま冷蔵庫は鎖で縛り,大きな錠前でカギがかけてある。それでも,日に何度も,開けようとする。包丁やハサミは手の届かないところに隠したので,今度は洗面所で見つけた安全カミソリで鎖を切ろうとしたり,錠前や鎖を引っ張りこじ開けようとしたりする。やめさせようとしても,食べ物がないと困る,開けて確かめるのがなぜいけない,と正論を吐き,やめようとはしない。結局,根負けし,手首や肩をつかみ,実力で冷蔵庫から引き離さざるをえない。

冷蔵庫が開けられないと,今度は食べ物を買いに外に出ようとする。外出すれば,迷子はほぼ確実。交通量の多い道路もあるので,大事故の恐れもある。危険なので,玄関ドアも鎖で縛り,鍵がかけてある。ところが,それでも出ようとし,鎖を引っ張ったりドアをたたいたりする。ドアが壊れるし近所迷惑でもあるので,やめさせようとしても,やはり「食べ物がない」「買いに出てなぜいけない」と正論を吐き,いうこと聞かない。そこで,仕方なく,腕や肩をつかみ,力づくでドアから引き離すことにならざるをえない。

他にも,放置も説得もできないので,力づくで止めさせざるをえないことが,たくさんある。こうした「実力行使」について,認知症や介護の専門家らは,「それはいけない,本人があきらめるまで安全を確保しつつ見守りましょう」とか,「繰り返しやさしく話しかけ,関心を他のことに向けさせるようにしましょう」といった助言をしてくれるが,一般の家族介護では,そんな悠長なことをやってはいられない。本人と家族と社会の安全のため,家族介護者は,必要な場合には,力づくで制止をせざるをえない。それは,適切な「実力行使」である。

5.過度な実力行使へ
しかしながら,家族介護者がそうした「実力行使」をすると,それが様々な問題を引き起こし,介護者をさらに一層悩ませ苦しませることになることもまた事実である。

母の場合,たとえば鎖で縛り錠がかけてある冷蔵庫の扉や玄関ドアを,何回やめさせても,繰り返し繰り返しこじ開けようとする。認知症のためとは理解していても,それでもなお,同じことが繰り返されると,ついカッとなって,乱暴に力づくで止めさせることになりがちだ。過度な「実力行使」である。

無感情な介護ロボットでも高尚な介護解説者でもないのだから,やむを得ないとはいえ,過度な「実力行使」は,むろん「暴力」である。しかも,そんなことをしても無意味と自分でも十二分にわかっているのだから,なおさらのこと,すぐ後で後悔し,自己嫌悪に陥ることになる。

6.白桃の如き傷つきやすさ
さらに,高齢者の場合,ちょっとした外力で転んだり,ケガをしたりすることも少なくない。

その一つが,皮下出血。手や腕,肩などをちょっと強くつかんだり,何かにぶつけたりすると,すぐその部分に皮下出血が起こり,広がり,黒ずんでくる。外から見ると,まるで激しく殴られたかのよう。過度な場合は無論のこと,適正な「実力行使」であっても,そのような皮下出血は起こりうる。

高齢者は,まるで熟れ過ぎた白桃のようだ。触っただけでも傷つく恐れがある。高齢者介護は,文字通りはれ物に触るような細心の配慮をもって当たらねばならない。

7.尽くすほどに嫌われる介護者
一方,介護を受ける側の認知症者は,皮肉この上ないことに,これとは全く逆の受け止め方をしている。

認知症者は,自分が正しいと確信していること(たとえば「冷蔵庫を開ける」「外出する」など)をしようとするたびに,家族介護者にやめさせられている。しかも,力づくで。これが続くと,身近な介護者が自分に意地悪をし,食べ物を食べさせてくれず,したいこともさせてくれず,しょっちゅう自分に暴力をふるう,自分は虐待されている,と思い込むようになる。

家族介護者は,介護を尽くせば尽くすほど,怒られ,嫌われ,憎まれる。毎日,三度の食事は無論のこと,おやつを出し,掃除洗濯をし,何から何までやっていても,認知症者はそんなことは何一つ覚えてはいない。覚えているのは,食べ物を取り上げられ,外出を禁止され,叱られ,「殴られた(と思い込んでいる)」ことだけ。まったくもって不思議千万だが,四六時中世話をしている家族介護者は,嫌われ憎まれることはあっても,感謝されることは全くない。なんたる不条理!

8.自己嫌悪と無理解の二重苦
こした状況のところに,日常介護しているのではない他の誰かが来ると,どうなるか? 認知症者は,これ幸いと,日ごろの恨み辛みや「虐待」を,恐るべき記憶力を発揮し,事細かに次々と訴え,介護者を非難し罵倒し始める。認知症が広く知られるようになってきたとはいえ,認知症者の「虐待」の訴えは確信に満ち具体的であることが少なくなく,そのため多くの人がその話を信じることになる。

しかも,証拠さえある。たとえば先の皮下出血。高齢認知症者の手足や腕や肩など,身体のあちこちに赤黒い皮下出血があれば,「これは大変! 殴られている。老人虐待だ。けしからん! すぐ役所か警察に通報しよう」といったことになりかねない。

高齢認知症者を介護する家族は,過剰になりがちな「実力行使」で自己嫌悪に陥らざるをえない上に,本人からは全く感謝されないどころか嫌われ,憎まれ,世間からは老人虐待と疑われ,それでも介護を続けなければならない。家族介護者が人格荒廃に陥り,あるいは疲弊し燃え尽きてしまうのは当然といえよう。

9.「シジフォスの岩」の如く
高齢認知症者家族介護は,心臓を動かし続けることを至上命題とする現代人に対する天罰,現代の「シジフォスの岩」のようなものである。まったく報われることのない苦役を毎日,四六時中,ただひたすら繰り返さざるをえない。底無しの自己嫌悪の淵に沈み行く自己を為す術もなく傍観しつつ。

■認知症(WHO HPより)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/07/18 at 17:28

カテゴリー: 社会, 健康

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ネパール共産党とドゥンゲル恩赦(4)

5.平和か正義か?
ウジャン殺害事件が難しいのは,それが内戦としての人民戦争の中で,交戦中の一方の勢力たるマオイストの作戦の一環と見られる余地が全くないとは言い切れないからである。

人民戦争終結のための「包括和平協定」(2006年)には,戦時の諸事件は「真実和解委員会(TRC)」等の和平機関を設置し,そこで解決を図るとの取り決めもある。マオイスト側は,党幹部もYCLなどの傘下諸組織も,ウジャン殺害事件は人民戦争中のスパイ絡みの「政治的な事件」だから,TRCで解決されるべきだと繰り返し主張してきた。

それなのに,もしウジャン殺害事件が戦後,通常の裁判所で「刑事犯罪」として裁かれ処罰されることになれば,他の同様の行為も「刑事犯罪」となり,責任追及は他の党幹部にも及ぶ恐れがある。マオイストとしては,これはどうしても未然に防止しなければならない事態である。

他方,被害者側からすれば,ウジャン殺害は異カースト間結婚に絡む殺人であり,殺人事件として裁かれ処罰されるべきだし,たとえ仮に人民戦争の一環だとしても,ウジャン殺害は国際法が禁止する人道に反する虐殺行為であり,戦争犯罪として裁かれ処罰されるべきだ,と主張している。内外の人権諸団体は,この観点からウジャン側を一貫して強力に支援している。ウジャン側のこの主張も,もっともである。

ウジャン殺害事件は,理念的には,平和と正義の相克の問題である。平和と正義は,同時に実現されるのであれば,それが理想である。が,現実には,いくらそれを願い努力しても,そうならない場合が少なくない。

平和のため正義を,正義のために平和を,ある程度断念せざるをえない場合が,現実には少なくない。悲しく苦しく無念な事態だが,不完全な人間の業であり宿命として観念せざるを得ないのではないだろうか。

■カトマンズポスト2016-11-21

*1 British Embassy Kathmandu, “Information Pack for British Prisoners in Kathmandu Prisoners pack template – 2015,” 1 July 2015
*2 Rajeev Ranjan and Jivesh Jha, “Pardoning criminals: Nepal’s communism model?,” Lokantar, 2018-06-29
*3 “Students, cops clash in Tanahun,” Kathmandu Post, Jun 12, 2018
*4 Yubaraj Ghimire, “Next Door Nepal: Reading the reprieve Presidential pardon to Maoist leader points to the threat of authoritarianism,” Indian Express, June 4, 2018
*5 “New laws for pardon, waiver, suspension, commutation of sentence sought,” Himalayan, June 03, 2018
*6 “Investigation into war crimes gets tougher under new govt ‘Former rebels wielding new-found political influence to hinder probe’ , “ Kathmandu Post, May 31, 2018
*7 BINOD GHIMIRE, “Dhungel freed despite criticism,” Kathmandu Post, May 30, 2018
*8 Ananta Raj Luitel, “SC refuses stay order in president’s pardon for Dhungel,” Republica, May 30, 2018
*9 Binod Ghimire, “Nepal Communist Party leader Dhungel freed despite criticism,” Kathmandu Post, 30 May 2018
*10 “President pardons Dhungel, decision condemned,” Republica, May 30, 2018
*11 Yubaraj Ghimire, “Nepal President Bidhya Devi Bhandari, PM OLi under fire for pardoning Maoist murder convict Dhungel,” Indian Express, May 30, 2018
*12 “Nepali Congress objects to Dhungel’s release,” Himalayan, May 29, 2018
*13 “Murder-convict Dhungel gets presidential pardon,” Kathmandu Post, May 29, 2018
*14 “SC seeks govt file on Dhungel pardon,” Kathmandu Post, May 29, 2018
*15 “SC refuses interim order against govt decision to grant amnesty to Dhungel,” Kathmandu Post, May 29, 2018
*16 “SC to hear Dhungel’s case today,” Kathmandu Post, May 28, 2018
*17 “Hearing on govt decision to offer amnesty to murder-convict Dhungel on Monday ,” Kathmandu Post, May 27, 2018
*18 “Apex court show-cause to government on Dhungel clemency bid,” Kathmandu Post, May 26, 2018
*19 “Don’t misuse the presidential pardon,” Review Nepal, May 25 2018
*20 “Writ at SC against recommendation to waive remaining jail sentence of Dhungel,” Kathmandu Post, May 24, 2018
*21 Yubaraj Ghimire, “Nepal: Oli government prepares for clemency to ex-Maoist leaders serving jail term,” Indian Express, May 24, 2018
*22 “Republic Day pardon recommended for Balkrishna Dhungel,” Himalayan, May 22, 2018
*23 Kosh Raj Koirala, “New ordinance to extend term of TRC, CIEDP by a year,” Republica, January 4, 2018
*24 “Demonstration in Okhaldhunga demanding Dhungel’s release,” Kathmandu Post, Nov 1, 2017
*25 “CPN (MC) demands prompt release of Dhungel Kathmandu,” Kathmandu Post, Oct 31, 2017
*26 “YCL demands immediate release of Dhungel,” Kathmandu Post, Oct 31, 2017
*27 “Murder convict leader Bal Krishna Dhungel arrested, sent to Dillibazaar prison,” Kathmandu Post, Oct 31, 2017
*28 “Contempt of court writ filed against IGP Aryal,” Kathmandu Post, Oct 24, 2017
*29 “Court to govt: Arrest murder convict Bal Krishna Dhungel,” Kathmandu Post, Apr 14, 2017
*30 “Issue arrest warrant against Bal Krishna Dhungel: SC orders IGP Aryal,” Kathmandu Post, Apr 13, 2017
*31 DEWAN RAI, “Supreme Court asks police again to arrest Dhungel,” Kathmandu Post, Dec 26, 2016
*32 “Government eases criteria for clemency,” Himalayan, May 07, 2016
*33 “No amnesty to Bal Krishna Dhungel: SC,” Kathmandu Post, Jan 7, 2016
*34 Pranab Kharel, “SC to begin fresh hearing on appeal against Dhungel,” Kathmandu Post, Sep 5, 2014
*35 “Jail-sentenced former Maoist cadre arrested & jailed,” Kathmandu Post, May 13, 2014
*36 “NC, UML reiterate stance against presidential pardon to Dhungel,” Kathmandu Post, Nov 14, 2011
*37 Pranab Kharel, “SC stays Cabinet decision to pardon lawmaker Dhungel,” Kathmandu Post, Nov 13, 2011
*38 Pranab Kharel, “To pardon or not to pardon, Prez ponders,” Kathmandu Post, Nov 13, 2011
*39 “Oppositions to raise Dhungel’s issue in House today,” Kathmandu Post, Nov 11, 2011
*40 “Lawmakers warn govt over Dhungel plea,” Kathmandu Post, Nov 11, 2011
*41 “Serious lapses in parties’ PR lists,” Kathmandu Post, Nov 11, 2013
*42 “RPP-N chair against clemency to Dhungel,” Kathmandu Post, Nov 10, 2011
*43 “Rights groups to protest if Dhungel pardoned,” Kathmandu Post, Nov 10, 2011
*44 DEWAN RAI, “Apex court denies clemency to murder convict Dhungel Issues mandamus order to send Maoist leader to prison for life,” Kathmandu Post, June 24, 1998

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/07/14 at 16:07

ネパール共産党とドゥンゲル恩赦(3)

3.ドゥンゲルへの恩赦
オリ内閣は,全国の刑務所から提出された約1000人(正確な人数不明)の恩赦候補者リストの中から816人を恩赦対象者に決定し,5月29日の共和国記念日にバンダリ大統領がその816人に恩赦を与えた。ビルクリシュナ・ドゥンゲルもその一人。

ドゥンゲルは終身刑(禁錮20年)だが,前述のように収監期間は通算8年を超え,改正されたばかりの刑務所規則の刑期40%以上経過の要件をギリギリ満たしている。そして,むろん行状も良好と認められた。こうして,ドゥンゲルは共和国記念日恩赦を与えられ,釈放されたのである。

このドゥンゲル恩赦につき,オリ首相は,それは「定められた手続きにしががったもの」だと述べた(*4)。

ドゥンゲル自身はというと,釈放されるとすぐネパール共産党事務所に行き,支持者を集め,自分は人権キャンペーンで「ドル稼ぎ」をしている人権活動家らの謀略の犠牲者だと演説し,無実を訴えた(*4)。

■ドゥンゲル(FBより)

4.ドゥンゲル恩赦への反対
(1)ウジャン親族
ドゥンゲル恩赦に対し,被害者ウジャンの妹サビトリ・シュレスタは,「政府は犠牲者家族の言葉に耳を傾けようとはしないばかりか,逆に,犯罪者への配慮をますます強めさえしている」と述べ,ドゥンゲル恩赦を非難した。家族は,国連人権委員会に,この問題を訴える予定だという(*10)。

(2)ガガン・タパ議員(NC)
コングレス党のガガン・タパ議員は,連邦議会で,ウジャン恩赦に反対し,こう演説した。

「虐殺犯釈放のような恣意的決定は,王政期にのみ行われていた。首相は,意のままに恩赦を与える国王ではない。もし政府がドゥンゲル釈放の決定を直ちに撤回しなければ,わが党は街頭に出て抗議活動を始めるだろう。」(*10,12)


 ■がガン・タパのドゥンゲル恩赦批判FB(5月29日)

(3)ユバラジ・ギミレ
ジャーナリストのユバラジ・ギミレは,ドゥンゲル恩赦をUML・MC合併によるNCP政権成立の背後にある密約の履行の一環と見る。

ギミレによれば,2005年和平交渉の頃,インドとEUがマオイストの政権参加による和平を働きかけたのに対し,アメリカは王室に期待し働きかけた。その頃,あるアメリカ外交官が「王政は権威的とはいえ民主的な制度に改めうるが,マオイストは全体主義であり変えようがない」と語ったが,その警告が,ネパール共産党が議会三分の二に近い大勢力になったいま,現実化しつつある(*4)。

そもそもUML・MC合併は,マオイスト戦争犯罪の免責が前提条件であった可能性がある。強大政権党NCPの報復を恐れ,人権活動家らは沈黙し始めたし,真実和解委員会(TRC)もいまや「牙なし」状態となってしまった。最高裁人事でさえ,NCP寄りとなっている(*4)。ギミレはこう述べている。

「絶対多数を持つ新党が結成されKP・オリ政権が成立すると,政府は虐殺の罪で終身刑に服している元マオイスト幹部の元議員に『大統領恩赦』を与えるため,権力を行使し始めた。」(*21)

「[当局筋によれば]与党幹部の指示に従い,刑務所当局は様々な罪で投獄されている他の800人の受刑者に加え,良好な態度を理由にバルクリシュナ・ドゥンゲルにも恩赦を与えるよう勧告した。」(*21)

「刑務所規則によれば,大統領恩赦を受けられる受刑者もいるが,虐殺,レイプ,人身売買および汚職の罪を犯した者は除かれる。これは,ビドヤ・デビ・バンダリ大統領にとって,一つの大きな試練となっている。バンダリ大統領は法を厳守しなければならないし,また,より重要ともいえるが,マオイスト指導者だったバブラム・バタライが6年前首相だったときドゥンゲルへの恩赦を彼女の前任者ラム・バラン・ヤダブ大統領に勧告したとき,ヤダブ大統領はそれを拒否していたからである。」(*21)

「マオイスト幹部バル・クリシュナ・ドゥンゲルの大統領恩赦釈放は,10年に及ぶ内戦期の人権侵害で有罪とされ,あるいは責任追及されているマオイスト幹部すべてに対し,恩赦を与えるか,あるいは責任免除とするかへの前兆と見られている。」(*4)

■ユバラジ・ギミレ(FBより)

(4)ディネシュ・トリパティ弁護士
ドゥンゲル恩赦に反対し法廷闘争を展開しているのが,憲法,行政法,人権問題が専門でカトマンズ大学法学部講師を務めているディネシュ・トリパティ弁護士。法廷闘争は複雑で前後関係がはっきりしない部分もあるが,報道によれば,彼の法廷闘争の大筋は以下のとおりである。

ドゥンゲル恩赦は,前述のように,かつてバブラム・バタライ首相(2011年8月29日~2013年3月14日)が2011年11月8日閣議決定したが,ウジャンの妹サビトリ・シュレスタが11月10日最高裁に閣議決定取り消しを求めて提訴,これを最高裁は11月23日認めていた。そのとき,最高裁は,恩赦は恣意的,無制限であってはならないし,また国際法で禁止されている重大犯罪への恩赦は認められないと命令していた。

今回,内閣が2018年共和国記念日恩赦にドゥンゲルを含める方針であることが明らかになると,トリパティ弁護士は5月24日,ドゥンゲル恩赦を認めないことを求める訴えを最高裁に提出した。

この訴えに対し,最高裁は5月28日,政府に対しドゥンゲル恩赦釈放に関する関係文書の提出を命令し,その審理を29日11時から行うことを決めた。ところが,審理開始直前の午前9時,政府はドゥンゲルを釈放してしまった。

そのため最高裁は6月26日,ドゥンゲルへの恩赦そのものへの最終判断は留保しつつも,ドゥンゲル釈放停止の仮処分については,すでに釈放されているとして,トリパティ弁護士の訴えを棄却した。これにつき,トリパティ弁護士はこう批判している。

「この恩赦は司法制度への攻撃である。重大な人権侵害事件が裁判所審理中であるにもかかわらず,恩赦を与えるような権限は,政府にはない。」(*9,cf.*5)

またオム・プラカシ弁護士も,こう問題提起している。

「ドゥンゲルは,いまもなお犠牲者家族を脅している。犯罪者の釈放は,犠牲者家族の安全をさらに危うくさえしているのだ。」(*10)

■トリパティ弁護士(カトマンズ大学HPより)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/07/13 at 15:23

ネパール共産党とドゥンゲル恩赦(2)

2.ネパールの恩赦規定
選挙直前の2017年10月31日にドゥンゲルを収監したディリバザール刑務所は,翌2018年に入ると,共和国記念日恩赦(5月29日)実施の政府方針に従い恩赦候補者名簿を作成,それを2018年5月20日頃,政府に提出した。ディリバザール刑務所からは26人,そのうちの一人がドゥンゲルであった。

ネパールの恩赦は,民主主義記念日(2月19日),共和国記念日(5月29日),ダサイン祭(9~10月2週間ほど)などの祝祭日に行われる受刑者の刑罰免除である。王政期には,文字通り国王の「思し召し」により恩赦が与えられていたが,現在は,内閣の勧告に基づき大統領が実施することになっている。

(1)ネパール共和国憲法の恩赦規定
第276条 恩赦(माफी) 大統領は,有罪判決を受けた者に恩赦を与えることが出来るし,また,いかなる裁判所,司法機関もしくは準司法機関または行政官もしくは行政機関により科せられたいかなる刑をも軽減することが出来る。

【参照】ネパール王国憲法1990年
第122条 恩赦 陛下は,裁判所,特別裁判所,軍事裁判所または他の司法機関,準司法機関もしくは行政機関が科した刑罰に恩赦を与え,またはその刑罰を猶予し,変更し,もしくは軽減する権限を有する。

(2)刑務所法令の恩赦関係規定
恩赦関係法令は複雑であり改変も多いが,英大使館「受刑者の手引き」(*1)や解説記事などによると,現在の恩赦はおおよそ次のようになっている。

内閣:恩赦実施の方針決定
⇒全国74刑務所:それぞれの収監受刑者の中から適格者を選び,恩赦候補者名簿を作成。
⇒刑務所総局:各刑務所から提出された恩赦候補者名簿を集計。
⇒内務省:必要な場合には法務省や法務長官の意見をも聴収し,恩赦名簿案作成。
⇒内閣:恩赦名簿を閣議決定
⇒大統領:内閣勧告に基づき恩赦実施。

(3)恩赦の要件
・刑期の40%以上または65歳以上の場合は25%以上を経過した者(5月6日改正以前は,刑期の50%以上または70歳以上の場合は25%以上を経過した者)
・行状の良好な者
・罰金の支払い。
・病気,心身障害等も考慮。

(4)恩赦対象外の犯罪
残虐非道な殺人,レイプ,人身売買,誘拐・人質監禁,殺人目的放火,組織犯罪,汚職,脱獄,違法薬物取引,詐欺,密輸,外国雇用関係犯罪,保護野生動物関係犯罪,考古学対象物関係犯罪,国家反逆罪,武器弾薬等関係犯罪,スパイ,人道犯罪,ジェノサイド

(5)恩赦要件緩和の理由
オリ政府は,2018年共和国記念日恩赦直前の5月6日,「刑務所規則」を改正し,減刑の上限を50%から60%に緩和した。高齢者も70歳以上から65歳以下に引き下げ,75%まで減刑可能とした。その結果,それぞれ刑期の40%または25%をつとめると,釈放可能となる。この改正は,表向きは,老齢市民法など他法令との調整を目的としたものであろうし,また,より現実的には刑務所過密対策と見るべきであろう。

現在,ネパールには全国に74の刑務所があり,収監総定員は11,500人だが,4月現在,収監総数は17,905人に達している。世界にはもっと過密な刑務所が少なくないし,日本の刑務所も定員オーバーだが,ネパールの場合,居住環境的にも財政的にも過密はもはや放置できない。そこで恩赦要件緩和となったのであろう。

が,それはそうだとしても,共和国記念日直前の恩赦要件緩和は,政権党の大物受刑者ドゥンゲルにとって,あまりにもドンピシャリ,好都合すぎる。5月6日の刑務所規則改正がなければ,禁錮20年のうちの8年余を経過したにすぎないドゥンゲルは,恩赦要件を満たさず,恩赦対象にはなりえなかったはずだ。真偽不明だが,政治的思惑が働いたと見られてもやむを得ない状況ではある。

*1 British Embassy Kathmandu, “Information Pack for British Prisoners in Kathmandu Prisoners pack template – 2015,” 1 July 2015

■ディリバザール刑務所(Google Map)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/07/11 at 15:22

ネパール共産党とドゥンゲル恩赦(1)

1.ウジャン殺害とドゥンゲル裁判
「ネパール共産党(NCP)」は,「ネパール共産党統一マルクスレーニン主義派(CPN-UML)」と「ネパール共産党マオイストセンター(CPN-MC)」が5月17日合併して発足し,現在,連邦議会下院(275)で三分の二に近い174議席をもつ巨大政権党である。(連立している連邦社会主義フォーラムと合わせると,与党は190議席,総議席の69.1%となり,憲法改正も可能。)

合併以前のUMLは,伝統的中道政党のコングレス党(NC)以上に高位カースト寡占の権威主義的政党であったし,MCは言わずと知れた毛沢東主義政党,暴力革命たる「人民戦争(1996-2006)」を戦い抜き優勢裡に和平に持ち込んだプラチャンダら党幹部になお権限が集中する革命カリスマ的政党である。したがって,これら2党の合併により成立したNCPが両党の党体質を併せ持つことになったのは,至極当然の成り行きといえるであろう。

ネパール共産党(NCP)のこの党体質は,先のごり押し政党登録に加え,今年の共和国記念日恩赦(5月29日)によるドゥンゲル釈放をみると,さらに一層明らかとなる。

共和国記念日恩赦を受けたバル・クリシュナ・ドゥンゲルは,オカルドゥンガを地盤とするマオイスト幹部だが,人民戦争中の1998年,地元住民ウジャン・クマール・シュレスタを親族婚姻問題がらみで「スパイ」として虐殺した。裁判にかけられ,和平後の2010年,最高裁で終身刑が確定したが,マオイストの強引な介入により逮捕を免れた。彼が逮捕・収監されたのは,ようやく2017年11月選挙直前になってのことであった。ところが,選挙がらみで逮捕されたものの,そのわずか半年後の2018年5月29日,選挙で大勝し政権をとったオリ首相(NCP)がその強大な権力をバックに共和国記念日恩赦を実施,ドゥンゲルは釈放された。

たしかに,人民戦争期の事件については,通常の裁判により裁くか,それとも「真実和解委員会(TRC)」で解決するか,意見が分かれている。ウジャン虐殺事件も,マオイスト側は一貫してTRCで解決すべきだと主張してきた。他の諸政党――マオイストと連立時以外のUMLを含め――や人権諸団体は強く反対してきたが,このマオイスト側の主張にもまったく根拠がないわけではない。

そこで,そうしたマオイスト側の言い分も考慮しつつ,以下,今回のドゥンゲル恩赦の意味について検討してみることにしたい。ウジャン虐殺事件については,すでに概略を述べたことがあるので,ご参照いただきたい。
 参照:選挙と移行期正義(1):ウジャン・シュレスタ殺害事件 2017/11/19

 ▼ウジャン殺害事件 略年表
1998.06.24 マオイスト幹部バル・クリシュナ・ドゥンゲルとそのマオイスト仲間数名が,オカルドゥンガ郡でウジャン・クマル・シュレスタを「スパイ」・「人民の敵」として殺害,遺体をリクー川に投棄。
2004.05.10 オカルドゥンガ郡裁,ドゥンゲルに対し財産没収・終身刑(禁錮20年)の判決,収監。
2006.06.25 ラジビラジ上訴裁判所,郡裁判決を取り消し,無罪判決。ドゥンゲル釈放。
2008.04.- ドゥンゲル,オカルドゥンガ郡よりマオイスト(CPN-M)候補として制憲議会議員選挙に立候補し,当選。
2010.01.03 最高裁,ラジビラジ上訴裁判決を取り消し,郡裁判決支持。ドゥンゲルの財産没収・終身刑(禁錮20年)確定。ただし,議員特権により逮捕されず。以後,議員任期満了後も党に保護され2017年10月30日まで未収監。
2011.11.08 バブラム・バタライ首相(マオイスト),ドゥンゲル恩赦勧告。
2011.11.23 最高裁,ドゥンゲル恩赦手続き停止命令。
2013.11.11 選管,マオイスト比例制候補者名簿から終身刑を理由にドゥンゲルを削除。
2016.01.07 最高裁,恩赦要件明確化まで恩赦禁止を命令。
2016.04.12 D・トリパティ弁護士,不利な判決を下した判事脅迫を理由にドゥンゲルを法廷侮辱罪で告発。
2017.04.14 最高裁,ドゥンゲル逮捕を警察に命令するも,警察は逮捕せず。
2017.10.24 D・トリパティ弁護士,ドゥンゲル逮捕命令無視の警察総監を法廷侮辱罪で最高裁に告発。。
2017.10.31 ドゥンゲル逮捕,ディリバザール刑務所収監。
2017.11.- 連邦議会・州議会選挙。UML圧勝。UML・MC連立オリ政権成立へ。
2018.05.06 「刑務所規則」第4次改正。刑期短縮を「50%まで」から「60%まで」に緩和。
2018.05.20 ディリバザール刑務所,ドゥンゲルを含む恩赦候補者名簿提出。
2018.05.24 D・トリパティ弁護士,ドゥンゲル恩赦停止の仮処分を求め最高裁提訴。
2018.05.27 オリ内閣,共和国記念日恩赦決定。
2018.05.29 共和国記念日恩赦実施。ドゥンゲルを含む816人釈放。
2018.06.26 最高裁,ドゥンゲル恩赦釈放の取り消し請求を棄却。


 ■ウジャン(左)とドゥンゲル(右)(FB: No Amnesty for BalKrishna Dhungel 2011-11-11)

谷川昌幸(C)

アルジュン不審死事件,報告集会

アルジュン・シンさん不審死事件の報告集会が開催されます。詳細は,下記集会案内をご覧ください。
【事件関係記事】
 ・「検事取り調べ中のネパール人容疑者倒れる 搬送先で死亡確認」,産経ニュース2017.3.16
 ・Kunda Dixit, “From Chitwan to Chiyoda,” Nepali Times, 29 Dec 2017 – 4 jan 2018 #890

 ■アルジュンさん葬儀(集会案内PDFより)

谷川昌幸(C)

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検事の取調べ中に意識不明・突然死!? アルジュンさん事件報告集会のご案内

アルジュン事件弁護団 / アルジュンさんの裁判を支援する会(仮 称 )

2017年3月15日、ネパール人アルジュンさん(39歳)は検事しらべの最中に突然死亡するという事件が発生しました。事件の経過については添付の集会案内に詳しく書かれているので参照してください

事件を知った私たち支援者は、遺族と連絡を取ると共に、遺体の確保の手続き、弁護士法医学者へ調査の依頼、調査活動、遺族の呼び寄せ、葬儀を行ってきました。以下のように事件の報告集会を企画しています。

日時:2018年7月28日(土)18:00~20:00
場所:東京都新宿区大久保2-12-7 大久保地域センター3階(会議室A)
   JR「新大久保駅」徒歩8分 東京メトロ副都心線「東新宿」駅エレベーター口徒歩3分
内容:(1)アルジュン事件報告(弁護団) (2)アルジュンさん死因について(法医学、鑑定結果)

⇒⇒PDF: アルジュンさん事件報告集会のご案内

Written by Tanigawa

2018/07/01 at 14:16