ネパール評論

ネパール研究会

マオイストの憲法案(5)

4.基本的権利義務――第3編
第3編第22-53条は,基本的権利義務を規定する。90年憲法も暫定憲法も「権利」規定だったが,マオイスト憲法案は堂々と「義務」を掲げている。

(1)尊厳的生存の権利(第22条(1))
これは暫定憲法と同じ。よい規定だ。尊厳ある生存への権利が保障されている。具体的にどう保障するか,単なる「プログラム規定」ないし「抽象的権利」にすぎないのではないか,という批判はあろうが,尊厳ある生存を保障するのは国家の最も基本的な義務である。

(2)死刑の禁止(第22条(2))
拷問,拉致,殺害が禁止され,死刑が完全に否定されている。90年憲法,暫定憲法と同じ。死刑禁止の点では,日本国憲法よりはるかに優れている。

(3)自由権(1)
さて,ここからがマオイスト憲法案の真価が発揮される自由権の規定。これは面白い。

第23条 自由への権利
(1)法に定める場合を除き,何人も自由を奪われない。
(2)すべて市民は次の自由をもつ。
 a 意見と表現の自由
 b 平和的に武器を持たずに集会する自由
 c 組合や団体を組織する自由
 d 政党を組織する自由
 e ネパールのどこへでも移動し居住する自由
 f いかなる職業にも就き,あるいは雇用され工業,商業に従事する自由
 g 個人に対する甚だしい不正,攻撃,搾取に対し最後の手段として反抗する自由

第1項の尊厳的生存の権利や第2項の死刑禁止には,「法律の留保」ないし「但し書き」はついていなかった。ところが,具体的な自由権の規定になると,とたんに「法に定める場合を除き」という一般的な「法律の留保」がついている。これは90年憲法でも暫定憲法でも同じである。

このような一般的な「法律の留保」つきの自由権の規定は,たとえば大日本帝国憲法の権利規定と同じである。

大日本帝国憲法
第29条 日本臣民は法律の範囲内に於いて言論著作印行集会及結社の自由を有す。

こうした一般的な「法律の留保」つきの自由権は,法律さえ制定すれば,どのようにでも制限できる。事実,戦前の日本はそうなってしまった。その反省のもとに,日本国憲法は基本的人権を「法律の留保」なしに保障している。

日本国憲法
第21条(1)集会,結社及び言論,出版その他一切の表現の自由は,これを保障する。

「法律の留保」や「但し書き」付きの自由権規定の危うさは,90年憲法や暫定憲法でも認められるが,マオイスト憲法案になると,自由権は「法律の留保」や「但し書き」により,実際には,名目だけといってよいほどのものになっている。この点を,具体的な権利保障規定について見ていこう。

マオイストの憲法案(4)
マオイストの憲法案(3)
マオイストの憲法案(2)
マオイストの憲法案(1)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/03/13 @ 19:50

カテゴリー: マオイスト, 憲法, 人権

Tagged with , ,