ネパール評論

ネパール研究会

マオイストの憲法案(16)

4(10) 財産権

マオイスト憲法案第31条(1)~(5)は,財産権を規定している。

マオイスト憲法案第31条 財産権
(1) 財産の取得,所有および処分の権利。
(2) 個人財産への累進課税。
(3) 公益目的以外での個人財産に対する負担付与の禁止。ただし,本項は,非生産的財産または不法取得財産には適用されない。
(4) 国家は,次の場合,補償義務を負うことなく財産を収用することができる。革命的科学的土地改革プログラムにより土地なし農民もしくは無断居住民(squatter)に土地を配分するため,または第3項により公益のために,国家が収用,取得もしくは負担付与する場合。
(5) 土地の生産性向上のため,ならびに農業近代化,環境保護,秩序ある住宅建設および都市開発のために,国家は土地利用を規制できる。

財産権については,1962年憲法でも,「法律による場合を除いては財産を奪われない」との留保がつけられていた。1990年憲法では,公益による財産権の制限が認められたが,その際には国家補償が義務づけられた。2007年暫定憲法ではどうか?

暫定憲法第19条 財産権
(1) 上記(1)と同じ。
(2) 上記(3)とほぼ同じ。「但し書き」による適用除外は不法取得財産のみ。
(3) 上記(4)に対応。財産の国家収用あるいは負担付与の場合には,国家補償を義務づけ。

さすが毛沢東主義者! 財産,特に土地については「革命的」な規定をしている。31条(4)によれば,国家は地主から土地を没収し,「土地なし農民」や「無断居住者」にそれを配分することができる。あるいは,少し拡大解釈すれば,「非生産的財産」についても,国家はそれを没収し,必要な人々に配分することができる。

これは革命的だ。ネパールで土地改革が叫ばれながら,いっこうに前進しなかった最大の理由は,土地収用に対する補償である。地主の土地隠しも確かに問題ではあった。名義を分散し,犬や牛にそれらしい名前をつけ土地所有者としている例もあった。しかし,そうした手口はその気になって調査すれば,すぐに解明できる。ところが,国家補償となると,大金がかかり,実際には,土地収用・再配分は困難であった。マオイストは,そこに真正面から切り込み,地主からの無償土地収用,農民への配分を憲法に明記したのだ。

無茶だと思われるかもしれないが,日本でも敗戦後の「農地解放」により地主の土地は「ただ同然」で強制買い上げされ,小作農民に払い下げられた。事実上,マオイスト流の土地改革を日本も,いやアメリカ(GHQ)ですら,実行したのだ。アメリカがしたのと同じことを,マオイストがやって悪いわけがない。

マオイスト憲法案の財産権規定については,もう一つ注目すべきは,累進課税を明記している点である。ネパールでは,いまだ所得が十分に補足されておらず,ここに根本的な問題があることは事実だが,それはいわば技術的な問題であり,いずれ改善されるであろう。これに対し,累進課税は所得再配分の政策選択であり,これの明記は重大な意味を持つ。

マオイストはいうまでもなく共産主義者であり,まずは社会主義の実現を目標としている。累進課税は,「社会主義的」な所得再配分政策であり,憲法明記は革命的だ。

今のネパールでは,農民や労働者を搾取し財産を蓄積した半封建的有産階級や買弁ブルジョアジーが,贅沢三昧の生活をしている。そんな「反人民的」な財産には懲罰的重税をかけ,税収を増やし,それでもって生活苦の人民の生活向上が図られて当然だ。

マオイスト案の財産権規定は,突飛な危険なものではない。西洋も日本も,歴史のある段階で,みなやってきたことなのだ。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/04/19 @ 16:25

カテゴリー: マオイスト, 経済, 憲法

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