ネパール評論

ネパール研究会

巨大制憲議会の巨大憲法原案

ネパールは,世界最先端の「包摂民主主義(inclusive democracy)」を国家再建の基本原理として受け入れたため,国家や社会の諸組織がいたるところで巨大化・複雑化し,二進も三進もいかなくなっている。

包摂民主主義ないし包摂参加民主主義は,社会諸集団をすべて公平に国家や社会の運営に参加させることを要求する。といっても,社会諸集団には大小があるから,公平とは,結局,比例参加となる。が,比例参加しても,決定が多数決により行われるなら,大集団有利となり,中小集団は国家や社会において疎外されてしまう結果となる。そこで,中小集団には,比例参加に加え,多くの拒否権や自治領域も認められることになる。換言するなら,包摂民主主義は,全体の観点からの選択の忌避。諸集団の要求は,取捨選択されることなく,つぎつぎと包摂=加算されていくことになる。

このような特性を持つ包摂民主主義は,主権的国民国家の強固な基盤をすでに持つ先進諸国にとっても,導入すると担いきれないほどの大きな負担をもたらす。ましてや途上国のネパール,包摂民主主義の導入には慎重であるべきであったが,功名争いの国際機関や西洋諸国にそそのかされ,目の前の援助につられ,無警戒に包摂民主主義を再建の基本原理として受け入れてしまった。

その包摂民主主義受入の最大の「成果」が,制憲議会。諸勢力の要求を次々と包摂=加算していき,定数601の巨大議会になってしまった。このような巨大議会では,まともな議論が出来るわけがない。憲法原案採択には7年余りもかかったし,採択した憲法原案も諸要求を包摂=加算した巨大憲法原案となってしまった。

とにかく巨大。前文と37編297カ条。それに付則が7。A4用紙145頁余り。(仮英訳版はネパール語版と異なる部分が多い。)読み通すだけでもたいへんだ。規定も諸要求を包摂=加算したものが,多い。たとえば,

第4条 ネパール国家
ネパールは,独立,不可分,主権的,世俗的,包摂的,民主的,社会主義志向の連邦民主共和国である。

これは最も基本的な国家規定だからまだましだが,「第3編 基本的権利・義務」や「第4編 国家の指導原理,政策および義務」ともなると,あまりの網羅ぶりに,頭がくらくらする。スゴイが,少々読んでも,よくは分からない。

連邦制規定もスゴイ。連邦,州,地方自治体の関係について細々と規定してあるが,こんな複雑でややこしい規定が本当に理解され,運用されるのだろうか? あるいは,たとえ規定通り運用するとしても,コストは途方もなくかさむのではないだろうか?

以上は,いま審議中の「憲法原案」を一瞥しての単なる感想にすぎない。客観的な評価は,もう少し詳しく読み,検討していくことにしたい。

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 ■前文/国章

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/09/04 @ 18:14

カテゴリー: 憲法, 民主主義

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