ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

紹介:三瓶清朝『みんなが知らないネパール―文化人類学者が出会った人びと』(1)

この本は,文化人類学者の著者が2001年8月~9月のネパール現地調査において観察した男女7人の生活を通して見た「ネパール民族誌」。こうした実地調査に基づく実証的研究は,私のような法や政治といった社会の上部構造を主に英語の論文や記事を通して勉強している者にとっては,たいへん興味深く,教えられることも多い。以下,私にとって特に興味深く感じられた部分を中心に,私見を交えつつ,紹介する。

三瓶清朝『みんなが知らないネパール―文化人類学者が出会った人びと』pp.i-xii, 1-308,尚学社,2018年5月刊
まえがき / 第1章 カトマンズ到着 / 第2章 オミラ=ダリ(女性,46歳) / 第3章 ギャヌー(女性,50歳) / 第4章 シバ(男性,30歳) / 第5章 カマラ=カント(男性,49歳) / 第6章 バリヤ(男性,45歳) / 第7章 ラム=バブ(男性,38歳) / シタ・カナル(女性,42歳) / あとがき

1.変わらないネパール
本書は,一言でいえば,ネパールの人々の生活を現地でつぶさに観察し,それにもとづき,個人の暮らしぶりやそれを取り巻く文化や社会組織の点では「ネパールは変わっていない」ことを,具体的に実証することを主な目的にしていると見てよいであろう。「まえがき」と「あとがき」に,こう記されている。

まえがき:「わたしがこの本で扱うネパールは個人・・・・の暮らしぶりやそれを取り巻く文化や社会組織(社会制度)に関するもので,大きく動く経済でも政治でも歴史でもない。これはいまもそんなに変わらないはずだ。ヒンズー教の骨格たるカースト身分制度など,これでもかこれでもかと書き定めた,ヒンズー教の聖典の一つである『マヌの法典』以来,つまり2000年前以来,何ひとつ変わっていない。」(v)

あとがき:「[2017年3月刊『体制転換期ネパールにおける「包摂」の諸相』を]読んでみたが,そのときの感想は,小さな変容はそこかしこに見られるものの大きくは『ネパールは変わっていない』というものである。ネパールは変わっていないのだ。たとえば,カースト制度など何も変わっていない。」(306)

これは,憲法や統治など現実政治の動きを中心にネパールを見ている私にとっては,驚くべき指摘である。ネパールは,1990年以降,とりわけ人民戦争(1996-2006)を転機に,近現代化,民主化,世俗化,資本主義化,消費社会化,少子高齢化,情報化,グローバル化,教育普及など,生活の様々な分野で,急変,激変しているのではないか?

たとえば,「後発国の技術的優位」により,ネパールでは携帯電話・スマホ,ソーラー蓄電池街灯,監視カメラなどが急速に普及した。安定性,運用などに問題はあるにせよ,日本より安価で便利なものも少なくない。

憲法や政治では,何といってもヒンズー教王国が崩壊し世俗的連邦共和国が成立したことが,決定的に重要な革命的変化だ。そして,それとともに始まった包摂民主主義の――問題は多々あるにせよ――大胆な導入により,カーストや性による差別は激減した。議会ではダリットや女性議員が,バフン,チェットリなど高位カースト男性議員に伍し,堂々と論陣を張っている。女性の政治参加,社会参加では,ネパールは,日本の2歩も3歩も,いやそれ以上に先行している部分が少なくない。

宗教では,キリスト教改宗が増えている。民主化により布教規制をいったん緩めたが,改宗急増に驚き,憲法に事実上の改宗布教禁止規定を再導入し,さらに刑法では重罰付きの改宗布教禁止を明文規定したほどだ。キリスト教政党ですらすでに活動している。(下記「5」参照。)

こうしたことや,上述のようなことを考え合わせると,ネパールはいま急変,激変しているといってもよいのではないだろうか?

そこで,私にとって特に興味深いのは,これら急変・激変部分と,本書で指摘されている変わらない部分とがどう関係しているのか,ということである。「変わらない部分」は,やはり変わらないのか,それとも変わるのか?

 
 ■ソーラー蓄電池街灯/監視カメラ(いずれもカトマンズ市内,2015年)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/06/17 @ 14:12