ネパール評論

ネパール研究会

ネパール憲法AI探訪(8): ネパールは世俗国家?

1.難解な世俗国家規定
憲法第1編総則の第4条は,「国家(राज्य)」について規定している。(1)(2)の2項に分かれ,(1)はネパール国家の本性規定,(2)は領土の規定である。この第4条も難解。ここでは,まず第(1)項から見ていくことにする。

第4条 ネパール国家(राज्य)
(1)ネパールは,独立の,不可分の,主権的な,世俗的な(धर्मनिरपेक्ष),包摂的な(समावेशी),民主的な,および社会主義志向の(समाजवाद उन्मुख)連邦民主主義共和国である。
注釈(स्पष्टीकरण): 本条において,「世俗的な」は,古来の宗教および文化の保護(संरक्षण)を含む宗教的および文化的自由を意味する。[要旨]

このネパールの国家本性規定の中で最も難しく議論を呼びそうなのが,「世俗的な」の解釈。一般に,「世俗的(secular)」とは,政教分離の原則に立ち,国家ないし政府は宗教には関与しないことを意味する。ネパール語のधर्मनिरपेक्षも,宗教(धर्म)には関与しない(निरपेक्ष)という意味らしいから,secularと同義と見てよいであろう。

ところが,この第4条(1)には「注釈」が付いており,「世俗的」は古来の宗教や文化の保護を含む,と明記されている。この「注釈」は,ネパール国家は古来の宗教や文化を保護してもよい,あるいは保護すべきだ,という意味のように思われるが,この解釈でよいのであろうか? よいとすれば,第4条本文と注釈の関係は,どうなるのか? どのような意味で,ネパールは「世俗国家」なのか? 

2.ネパールは世俗国家か?
これは,単に難しいだけでなく人の内面をも探りかねない微妙な問題でもあり,面と向かって人に尋ねるのは躊躇される。こうしたとき頼りになるのは,やはりAI先生。人情とは無縁のメカニズムなので,そんな心配や遠慮は全く不要だ。さっそく質問してみた。回答は以下の通り。

Bing(日英),Bard(日英),ChatGPT3.5のいずれも,「ネパールは世俗国家です」との紋切り型回答。「注釈」には気づかなかったらしい。

これらに対し,唯一,Perplexityだけが,おそらく「注釈」をも読み込み,次のような一歩踏み込んだ回答を出してくれている。

Perplexity回答: ネパールは「世俗国家」だが,その「世俗的」には「古来の宗教や文化の保護も含まれている」。批判的な立場をとる人々によれば,「ネパールの世俗主義は限定的であり,少数派宗教への偏見や差別など,国際的な人権基準とは相容れないもの」である。

このPerplexity回答は,憲法解釈としてはやや踏み込み過ぎと見えなくもないが,唯一,「注釈」をも読み込んでいる点で,十分評価するに値する。ネパールの世俗主義は,後述の「改宗禁止規定」(第26条)とも考え合わせると,おそらくこのPerplexity回答のようなものであると解釈してよいであろう。

3.世俗国家:狭義か広義か?
ネパールが「世俗国家」か否かは,換言すれば,結局は「世俗国家」の定義如何による。そこで,AI先生に,改めて「世俗国家」の定義について質問してみた。回答は,一部上記と重複するが,以下の通り。

(1)狭義:国家と宗教の分離
①Bard(日英) 「世俗国家とは,国家の法律や公共政策において特定の宗教を基盤としない国家です。世俗国家においては,政府は宗教に干渉せず,特定の宗教を支援しません。世俗国家の基本原則は,宗教の自由と政教分離です。宗教の自由とは,,すべての人が自分の信仰を自由に選択し,信仰に基づいて自由に宗教活動を行うことが出来る権利です。政教分離とは,政府と宗教活動が別々に存在し,政府が宗教に干渉せず,宗教機関が政府に干渉しないことです。世俗国家は,宗教国家と対比されます。宗教国家とは,特定の宗教を基盤とする国家です。宗教国家においては,政府は宗教に干渉し,特定の宗教を支援します。」
②ChatGPT3.5 「世俗国家では,政治機関は宗教については中立である。世俗国家の政府は,特定の宗派や信仰の優遇や助成をすることはしない。」

(2)広義:政教分離の例外容認
①Bing(日英) 「世俗国家は、宗教に関わらずすべての市民を平等に扱い、市民が宗教的信念、所属、またはそれらの欠如に基づいて優遇されることを避けると主張します。しかし、国家が宗教を持たないということは、その国家が完全に世俗的または平等であることを意味するわけではありません。例えば、自身を世俗と称する一部の国家では、国歌や国旗に宗教的な言及があったり、ある宗教を利益する法律が存在したりします。」(英)
「ほとんどの場合に近代民主主義国家は世俗国家であるが、イタリアにおけるカトリックの特殊な地位など世俗化の程度には国家によって差がある。」(日)
②Perplexity 「世俗国家は国家宗教をもたないが,特定の国家宗教がないからといって,その国が完全に世俗的・平等主義的というわけでもない。たとえば,世俗国家と宣言している国の中にも,宗教的意味合いをもつ国旗や国歌,あるいは特定の宗教を優遇する法律を有する国がいくつかある。」

(3)広義の世俗国家としてのネパール
ネパールは,憲法で「世俗国家」と定めているので世俗国家であることはたしかだが,それは,結局,広義での世俗国家ということになる。

では,広義の世俗国家として,ネパールは宗教分野への国家介入をどこまで認めるのであろうか? これは,政教完全分離を原則とする狭義の世俗国家国にとってよりも,むしろ,より錯綜した難しい課題であると見てよいであろう。

なお,宗教については,「第26条 宗教的自由の権利」において詳細に規定されているので,改宗禁止など具体的な問題については,別に改めて検討することにする。

 ■インドラ祭臨席の大統領と首相(2009)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2023/09/16 @ 17:25