ネパール評論

ネパール研究会

ネパール憲法AI探訪(13): 州の公用語

ネパール憲法は,国家の公用語に加え,州の公用語についても規定している。

第7条 公用語(सरकारी कामकाजको भाषा) (1)ネパールの公用語は,デーヴァナーガリー表記のネパール語とする。
(2)州(प्रदेश)は,ネパール語に加え,州内の多数の人々が話す1つ又はそれ以上の国民言語を州法により州の公用語とすることができる。
(3)言語に関する他の事項は,ネパール政府が言語委員会の勧告に基づき決定する。

1.州公用語と言語委員会
憲法は,国家公用語は「ネパール語」と明記しているのに対し,州公用語の方は各州の選択にゆだねている。表向きは州自治権の尊重ということであろうが,実際には,言語選択という難題の州への押し付けと見られても仕方ないかもしれない。

たとえば,憲法は,各州は州公用語を「1つ又はそれ以上」とすることができるとしているが,これは極めてあいまい。またその選択基準を決めるはずの言語委員会の権限も,憲法287条で規定しているが,実際にはこれも明確とは言えない。

そのため,州公用語の選定は当初から各州で混乱し,いまもって決着していないと見ざるをえない。

(1)言語委員会の設置と答申
「言語委員会(भाषा आयोग)」は,憲法287条に基づき2016年9月8日に設置され,翌年から「年次報告書」を提出している。

ところが,委員長(L.D. Awasthi)と政府代表委員(U. Hamal)は決まったものの,言語という日常的にして,しかも微妙な問題のため,州代表委員の選出が3年以上も遅れに遅れ,選出後も議論は混乱し,州公用語候補を決め以下のように答申したのは5年後の2021年9月6日のことであった。

言語委員会答申の州公用語案
①コシ州: マイティリー,リンブー
②マデシ州: マイティリー,ボジュプリ,バジカ
③バグマティ州: タマン,ネワリ(ネパール・バサ)
④ガンダキ州: マガル,グルン,ボジュプリー
⑤ルンビニ州: タルー,アワディー
⑥カルナリ州:マガル
⑦スドゥパシュチム州: ドテリ,タルー
 *「ネパール語」は全州の公用語(記載省略)

(2)州公用語選定の混乱
州公用語の選定は,マデシ州をはじめ,各州で多かれ少なかれ混乱している。原因はいくつか考えられる。

①州公用語選定手続きのあいまいさ
先述のように,憲法7条2項によれば,各州には「1つ又はそれ以上の国民言語を州法により州の公用語とする」権限があるが,そもそも「1つ又はそれ以上」とは,何とも,あいまいこの上ない規定の仕方である。

むろん,州公用語の具体的な選定基準や手続きは,憲法7条3項により「言語委員会の勧告」に基づき政府が決定するのであろうが,その「勧告」はあくまでも勧告であって,法的な拘束力はない。では,州公用語は,結局,どこで決められることになるのか? どうも,はっきりしない。

②選定調査の不十分さ
言語委員会が2021年9月6日の答申作成に使用したのは,2011年国勢調査のデータだが,多くの人が,これは古すぎると批判している。

また,言語委員会は,州代表委員が3年以上決まらないなど,各州の意見を十分には聴取していないという批判も少なくない。とりわけ州内の少数派エスニック諸集団は,州公用語選択手続きにおいて無視されていると不満を募らせている。

③州公用語追加の負担
州が公用語追加指定に躊躇する理由の一つとして,その負担の重さが指摘されている。公用語が追加指定されれば,立法・行政・司法・教育など,生活のあらゆる場で,その言語が実際に使用できるようにしなければならない。

しかし,追加候補言語の中には,表記方法や文法などが明確でなく,実際に公用語として使用するには相当の準備が必要な言語も少なくない。そのための社会的・経済的コストをだれが負担するのか? 本当に,負担できるのか? これが,実際には,公用語追加指定の最大の障壁かもしれない。

2.州公用語の現状
(1)WIKI記事
州公用語が,いまどうなっているか? 最も手軽で実情に近いように見えるのが,WIKIのまとめ(2023/11/22現在)。
①コシ州: マイティリ,リンブー,バンタワ
②マデシ州: マイティリ,ボジュプリ,バジカ
③バグマティ州: ネワリ,タマン
④ガンダキ州: マガル,グルン
⑤ルンビニ州: タルー(ダンガウラ),アワディー
⑥カルナリ州: カス‐ジュムリ,マガル
⑦スドゥパシュチム州: ドテリ,タルー(ラナ)
 *「ネパール語」は全州の公用語(記載省略)

(2)AI回答
これに対しAI回答は大混乱。AIは,州公用語問題のように,情報が流動的で錯綜しているときは,トンデモナイ回答を,しかも自信タップリに示すことが少なくない。下記がその実例。滅茶苦茶,要警戒!

質問】ネパールの州公用語は何ですか?
Bard回答(2023/11/22)】
2023年11月22日現在、ネパールは7つの州に分かれており、各州の公用語は以下のとおりです。
①ガンドキ:ネパール語,タルー語,ネワール語
②西部:ネパール語,マガール語,ラダク語,クマオン語
③中部:ネパール語,マガール語,タルー語,ネワール語,サンスクリット語
④東部:ネパール語,タルー語,サンスクリット語
⑤中部山岳:ネパール語,チベット語,ネワール語
⑥ヒマラヤ:ネパール語,チベット語,サンスクリット語
⑦メラ:ネパール語,マガール語,タルー語,ネワール語
ChatGPT回答(2023/11/22)】
ネパールは7つの州から成る国であり、それぞれの州で公用語が異なります。以下は各州とその公用語の一覧です:
①バグマティ州: ネパール語
②ガンダキ州:ネパール語
③カルナリ州: ネパール語
④コシ州:ネパール語
⑤ルンビニ州:ネパール語
⑥スドゥルパシュチム州:ネパール語
⑦ガンダキ州:ネパール語
Bing回答(2023/11/22)】
ネパールの7つの州の公用語は以下の通りです:
①シッキム州: ネパール語
②パンジャーブ州: パンジャブ語
③トリプラ州: ベンガル語
④西ベンガル州: ベンガル語
⑤全土: ヒンディー語

【参照】
*1 भाषा आयोग ऐन, २०७४(Language Commission Act,2017)

*2 सरकारी कामकाजको भाषासम्बन्धी सिफारिसहरू, Wednesday, 08 Sep 2021 
*3 Language Commission recommends province-wise official languages before government, Onlineradionepal, 2021/09/06/ 
*4 Besides Nepali, each province is recommended to use these as official languages,
Onlinekhabar, September 6, 2021 
*5 Languages recommended for official use, Himalayan Times, Sep 07, 2021 
*6 Language Commission recommends province-wise official languages before government, English Khabar, September 6, 2021 
*7 Adoption of official languages recommended for provinces challenging, experts say Kathmandu Post, September 18, 2021
*8 Government is likely to determine official language of province 2 without consultations, Indigenous Voice, 09 May 2021

 ■言語委員会「第5次年次報告書」提出

谷川昌幸(C)


Written by Tanigawa

2023/11/23 @ 11:28