ネパール評論

ネパール研究会

マオイストの憲法案(2)

1.人民民主主義憲法の宣言――前文
マオイスト憲法案は,「ネパール人民連邦共和国憲法2067(2011)」というタイトルの通り,人民民主主義を原理とし,社会主義の実現を目標とする。共産主義・毛沢東主義を党是とするマオイストの憲法案だから当然だが,イデオロギーの終焉社会に微睡む私たちは,ついこのあまりにも当然の大前提を忘れがちだ。自戒したい。

(1)民定憲法
前文は「われらネパールの主権者人民は」で始まる。主権者人民の定める民定憲法であり,現行暫定憲法と同じだが,表現はアメリカ憲法そっくりだ。

(2)ナショナリズム
前文の最初にくるのが,ナショナリズムの規定。「国家の独立,主権,地理的統合,国民的統一,自由,尊厳を維持し」と宣言している。万国の労働者の団結を目指すはずの共産主義なのに,ナショナリズム丸出しのショービニスム憲法案だ。

(3)人民戦争賛美
次に憲法案前文では,マオイスト人民戦争による封建王制打倒が賛美され,「人民連邦共和制」をその成果として確認している。暫定憲法では,「人民運動」の成果として確認されているのは「競争的多党制民主主義」である。この違いは大きい。原理的対立であり,妥協は困難である。

(4)社会主義
人民民主主義が憲法の原則となれば,当然,ネパールは「社会主義」による「無階級社会」の実現を目指すことになる。前文では,「半植民地的・半封建的体制」廃棄によりこれを実現していく,と宣言している。

現行暫定憲法前文には,むろん,こんな崇高な目標は宣言されていない。これも原理的対立であり,妥協の余地はない。

(5)労農階級の指導
社会主義となれば,当然,プロレタリア独裁となる。マオイスト憲法案には,「国家諸組織における労働者階級の指導的役割を保障する」と宣言されている。これも,暫定憲法の原則とは相容れない。

(6)連邦制
連邦制は現行暫定憲法でも宣言されているが,マオイスト憲法では,あらゆるカースト,民族,地域の「自治」と「自決権」を認める,と詳細かつ具体的に述べている。

その一方,「国家の地理的統合を維持し,国家の多カースト・多言語・多文化多地域的な多様性を制度化する」と欲張っている。カースト,民族,言語,宗教,文化,地域の自決と国家統一の両立がいかに難しいかは,インド・カシミール問題や中国チベット問題を見れば,一目瞭然だ。暫定憲法前文は,ここまで大胆な連邦制は述べていない。

(7)恐怖のプロ独憲法案
前文の結び部分になると,突然,「多党競争政治」が出てくる。さらに,市民的権利,経済的権利,定期的選挙,言論出版の自由が保障され,女性,ダリット,ムスリムらに対するあらゆる差別の廃絶が宣言されている。

あまりにも欲張り。何でもありだ。人民民主主義・社会主義と多党競争政治が両立しないことは明白だ。無階級社会になぜ政党が必要なのか? 

あるいは,基本的人権にしても,前文にはないが,本文にはおびただしい「但し書き」があり,実際には何一つ保障されていないに等しい。いやそればかりか,憲法案であるにもかかわらず,ご丁寧にも「スパイ罪」まで規定されている。

マオイストの19編274か条に及ぶ詳細な憲法案は,たいへん意欲的であるが,それだけにかえって恐ろしい,プロレタリア独裁憲法案なのである。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/02/27 @ 16:05