ネパール評論

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ネパール憲法AI探訪(5): ネパールは社会主義国?

ネパール憲法前文は,マオイスト(ネパール共産党毛沢東主義派)の「人民戦争(1996-2006)」を,直接名指しはしないものの,事実上,それを中心とする「歴史的な人民運動(ऐतिहासिक जन आन्दोलन)」と呼んで肯定的に評価し,そのうえで,「社会主義(समाजवाद)」にコミット(志向)し,この憲法を採択し公布する,と宣言している。

また,次の第1編総則でも,ネパールは「社会主義志向(समाजवाद उन्मुख)国家」である(第4条)と規定している。

この憲法の前文と第4条の明文規定を見ると,ネパールは社会主義国ということになる。が,本当にそうなのか? この大問題につき,AI先生に尋ねてみた。

Bing日本語版は,「ネパールは社会主義国ではありません」と断言。これは論外。情報源が日本語に偏っているからだろう。

Bing英語版,Bard日本語版,ChatGPT3.5,Perplexityの回答は,要点は捉えているものの,説明不足で,少々物足りない。

これらに比べ,Bard英語版の回答は,バランスの取れた良い回答。以下,抜粋ーー

「ネパールは,いくつかの限定をつければ,社会主義国家と考えられる。2015年採択の現行憲法は,この国を『社会主義志向の連邦民主国』と定めている。これはネパールが社会主義諸原理を志向していることを意味するが,にもかかわらず,ネパールは完全な社会主義国ではない。ネパールには,まだ私的領域がたくさんあり,政府が経済の全分野をコントロールしているわけではないからである。・・・・社会主義の解釈にはいくつかありうる。政府が生産手段のすべてを所有している国を社会主義と考える人もいれば,私的分野が相当あっても政府が主要な経済的役割を担っているのであれば,その国を社会主義国と考える人もいる。後者の定義を採れば,ネパールは社会主義国と考えられる。・・・・ネパールが社会主義国か否かは,考え方による。誰もが同意する社会主義の唯一の定義はない。」

いささか,揚げ足取り批判のしにくい「模範回答」の気はあるが,それはそれとして,このような優れた回答が,いつでもだれでも無料で瞬時に得られるとは,恐るべき時代になったものだ!

 ■共産主義政党優位の議会(Asia Pacific Foundation of Canada

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2023/09/02 at 16:24

バブラム・バタライの新党「新しい力・ネパール」

バブラム・バタライ率いる新党「新しい力・ネパール(Naya Shakti Nepal: NSN)」が6月12日,カトマンズの「ダサラト・スタジアム」において結党大会を開催する。10万人参加を見込む。

バブラム・バタライは,新憲法公布直後の2015年9月26日,プラチャンダのUCPN-Mを離党し,自らの党の結成を準備してきた。選挙管理委員会には,すでに3月23日,党名(新しい力・ネパール)と党旗(赤地に白星)を届け出,受理されていた。6月12日の結党大会は,新党としての活動開始ということになる。

160609■「新しい力」(同党FB)

NSNの政治目標(*1)
・15年以内に,LDC(後発開発途上国)から離脱し中程度開発国となる。
・25年以内に,先進国レベルの高度開発国となる。

NSNの政治理念と政策(*1)
・経済革命により公平な繁栄の達成。リベラリズム・ネオリベラリズムも国家主義的社会主義も排する。豊かな社会主義の実現。
・包摂参加民主主義。3大社会集団(カス・アーリア,マデシ/タルー,ジャナジャーティ)の統合。
・良い統治。腐敗根絶。
・ネパールの主権と独立の堅持。印中の架け橋。
・大統領は,国民直接選挙。
・議会は,完全な比例代表制。女性,ダリット,カス・アーリア,ジャナジャーティ,マデシ,タルー。

既成政党の欠陥(*1)
・UMLは,カス・アーリア寡頭支配政党。「オリ政府は,パンチャヤト政府の再来だ。オリ首相は,ウルトラ・ナショナリズムのスローガンにより人民の関心を真の諸問題からそらせ,失政を隠そうとしている。」
・NCは,「指導者不在(舵のない)政党」だ。
・マオイストのうちプラチャンダは旧勢力と一体化し,モハン・バイダは守旧社会主義だ。
・マデシ諸党は,地域セクト政党だ。

以上がバブラム自身による新党「新しい力」の設立趣旨説明だが,正直,どこが「新しい」のかよくわからない。また,妻のヒシラ・ヤミも夫に負けないほど長いインタビューを発表しているが,こちらは意味不明瞭,何が言いたいのかさえわからない。

バブラムは,博士インテリであり,マオイスト人民戦争の最大のイデオローグであったが,現実政治における「政治センス」の点では,当時から疑問視されていた。理論と現実は異なる。「新しい力」がネパールの新しい時代を切り開くことになるのだろうか?

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■バブラム・バタライ(同氏ツイッター)/ヒシラ・ヤミ(同氏FB)

*1 RAM KUMAR KAMAT, “We need to be cautious of clash of big powers’ interests in Nepal (Baburam Bhattarai)”, The Himalayan Times, June 05, 2016
*2 DEVIRUPA MITRA, “We Did the Right Thing by Leaving Prachanda: Hisila Yami,” The Wire, 29/05/2016
*3 石もて追われるバブラム・バタライ
*4 バブラム・バタライ,マデシ理由に離党し議員辞職

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/06/09 at 11:06

中国の経済発展とマルクス主義と伝統文化

「地球時報(Global Times)」(1月21日)の方には,Liu Sha「中国に必要なイデオロギー教育」が掲載され,金儲け万歳紙面に花を添えていた。

記事によると,中国の大学に必要なのは,イデオロギー教育の強化であり,マルクス主義・社会主義・伝統文化そして「中国の夢」の擁護推進者たることである。

これはもちろん,習近平主席が語ったとされる,大学をマルクス主義研究の拠点とするという方針に沿った記事である。マルクス主義・社会主義と伝統文化を結合した「中国型社会主義」の研究推進拠点。

ところが,記事によると,大学教員の多くは,西側の価値観に心酔し,マルクス主義は小ばかにしている。学生の80%が,そのような教員に教わったことがあるという。

なかなか興味深い。マルクス主義・社会主義と「中国の夢」と伝統文化(traditional values,traditional culture)が,少なくとも表面上は何の留保もなく,何の批判もなく,そのまま擁護推進すべきものとして並べて掲げられている。どう読み解くべきか? 大学教員は,マルクス主義を小ばかにすることなく中国の現状を学問的にどう分析評価すべきなのだろうか?

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■広州空港。大言壮語スローガンはほとんどない。近代化・合理化と資本主義化が進み,共産主義・社会主義の残り香は,空港や航空会社の職員の態度からほのかに感じられるくらい。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/01/23 at 14:05

ボーナス支給の罪で逮捕:CIAA

権力乱用調査委員会(CIAA)が,9月25日,ネパール石油会社(NOC)の社長(ないし常務取締役)Suresh Kumar Agrawalと他の幹部3人を逮捕した(ekantipur & Republica,Sep.25)。

ネパールには「ボーナス法1974」があり,これによりボーナスは利益の10%以内とされ,また赤字ないし財務危機の場合はボーナス支給禁止が定められているという。NOCは政府が98.36%の株を保有。赤字であり,膨大な負債がある。

CIAAによれば,NOC幹部4人は,会社がこのような経営状況にあるにもかかわらず,「ボーナス法1974」を無視して社員にボーナスを支給し,しかも証拠隠滅の恐れがあった。そのため,CIAAは4人を逮捕したのだという。

この幹部4人の逮捕に対し,NOCの3労組は,給油拒否闘争で対抗している。

日本から見ると,これは不思議な構図だ。やはり,ネパールはまだ社会主義の国であり,CIAAがこのような強権行使をできるのも,そのためなのであろう。

Nepal Oil Corporation नेपाल आयल निगम लिमिटेड
Board of Directors
Er. Suresh Kumar Agrawal
Designation: Member Secretary
Department: For Managing Director, Nepal Oil Corporation Ltd.

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谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/09/29 at 19:37

中印覇権競争とプラチャンダ外交(3)

4.プラチャンダ訪中招待
プラチャンダは,当初,11月予定の次回制憲議会選挙のため,訪印を第一に考えていた。2008年制憲議会選挙後,政権をとったプラチャンダは,首相としては初めて訪印の前に訪中してインドを怒らせ,その結果,インドから様々な嫌がらせを受け,特に2009年のカトワル軍総監更迭失敗で,政権は崩壊してしまった。(プラチャンダ政権2008年8月~2009年5月)。ネパールにおいて政権を安定的に運営して行くには,やはりインドの協力は欠かせない。そう反省したプラチャンダは,次の制憲議会選挙後のことを考え,訪印を先にするつもりだったのだ。

ところが,反印の頭目であったプラチャンダの訪印打診に,インド側は色よい返事をしなかったらしい。そこに,中国がちゃっかり目をつけ,早々と,元首並みの待遇での招待を約束し,プラチャンダを釣り上げてしまった。外交だから,本当のことはよくわからないが,いかにもありそうな話しである。

しかし,訪中を先にするにしても,インド側の了解は取っておかなければならない。そう考えたプラチャンダは,在ネ印大使館を親印派のバブラム・バタライ副議長と共に密かに訪れ,訪中について説明,インド側から訪中了承の「ビザ」を得たという。これは反印派のPeople’s Review(nd)の情報。訪中にインドの事前了解「ビザ」をもらうのは,独立国家にあるまじきこと,ケシカランという非難である。どこまで事実かよくわからないが,訪中の前にインド側に説明し何らかの了解を得ておくということは,十分にあり得ることだ。おそらく,そうした根回しはあったと見てよいであろう。

5.マオイストの路線転換と対中印関係
プラチャンダの今回の訪中・訪印は,いうまでもなく第7回党大会(ヘトウダ,2013年2月2~8日)におけるマオイストの路線(戦術)転換を踏まえたものであり,これと関連づけなければ,その意味を十分に解読することはできない。

マオイストの非軍事的政治闘争への路線転換は,人民戦争にほぼ勝利し議会派諸政党を取り込み反国王共闘に向かうことを決めた2005年10月チュバン党集会の頃から事実上始まっていたが,それが正式に決定されたのは,この第7回党大会においてであった。

党大会は,議長にプラチャンダ,副議長にバブラム・バタライとNK.シュレスタを選出した。再任で,任期は5年。(出席代議員はプラチャンダ派70%,バブラム派25%,シュレスタ派5%とされている。)そして,党大会は,プラチャンダ=バブラム提出の「政策文書」について議論し,ほぼ提案どおり,それを採択した。この党大会採択文書の要点は,メディアの報道によれば,以下の通り。

(1)「プラチャンダの道以後(post-Prachanda path)」への路線転換。これまでの暴力革命から非軍事的な政治闘争への戦術転換。これまでの人民戦争の成果を制憲議会選挙と,その後の新議会により確認・発展させていく。多党制議会制民主主義の枠内での闘争。

この戦術転換の結果,「持続的人民戦争」,「新民主主義革命」,「プラチャンダの道」や,「インド膨張主義」,「アメリカ帝国主義」,「中国修正主義」といった表現は採択文書からは除外された。また,スターリン主義と文化大革命が批判され,ネパールを「半封建的・半植民地的社会」とする規定も,文書からは外された。

(2)社会主義実現のための「資本主義革命(capitalist revolution)」。生産革命による経済発展を目指す。「階級の敵」の言及なし。土地については,「革命的土地改革」ではなく,没収・再配分によらない「科学的土地改革」。経済発展のためには,中印との協力促進。

(3)「進歩的ナショナリズム(progressive nationalism)」。偏狭(blind)ナショナリズムも,封建的ナショナリズムも否定し,「進歩的ナショナリズム」の立場をとる。従来のネパール人民の敵としての「インド膨張主義」と「米帝国主義」は文書から外す。

(4)「3国協定(Nepal-India-China Tripartite Agreement)」。中印あるいはそのいずれかの敵視ではなく,両国と「3国協定」ないしは「3国協力(cooperation, partnership)」を取り結ぶ。(nepalnews.com, Apr2;newbusinessage, nd;The Hindu, Feb8-9,Apr30;Kathmandu Post, Feb2,12,17, ekantipur, Feb8-9,12; Republica, Apr24, Riseofnepal, Feb5,2013)

130509 ■第7回党大会ポスター(党中央委員会)

党大会の正式採択文書はまだ見ていないが,もしこの報道通りだとすると,マオイストは,暴力革命・人民戦争を完全に放棄したとまでは言えないだろうが,当面は多党制議会制民主主義の枠内で闘い,社会主義にいたるための「資本主義革命」による経済発展を目指すことになる。

プラチャンダは,このヘトウダ党大会における議長再選と提案承認により,内政・外交における選択の幅を大きく拡大することに成功した。

また,このヘトウダ党大会には駐ネ中国大使が出席,会開挨拶をし,歓迎夕食会(5時間!)にも参加した。これは新華社や在ネ中国大使館HPが大きく伝え,在日中国大使館HPにも掲載された。

戦術転換を図るプラチャンダは,中国を必要としているが,チベット封じ込め・南アジア進出を狙う中国もまたネパールを必要としている。そして,このようにして中国がプラチャンダに接近すれば,当然,インドも対抗措置を執らざるをえない。その結果,プラチャンダは,相対的に交渉の余地を広げることができる。プラチャンダの訪中・訪印の背後には,おそらく,このような新しい情況が生まれつつあった、と見てよいであろう。

130509a ■”Post-Prachanda Path” (Nepali Times, nd)

谷川昌幸(C)

マオイストの憲法案(27)

第4編 国家の指導原則と政策および責任(2)

第54条 国家の指導原則と政策
国家は,以下の指導原則と政策に従う。

(1)参加人民共和国の建設。全包摂的,比例的および直接的民主主義。自決権と自治権。社会主義志向(socialism-oriented)社会。多党競争制民主主義。

(2)社会主義志向経済。半封建的・半植民地的搾取の除去。全人民による各種資源平等利用。国内産業優遇。国民経済の独立。外国資本の規制。

(3)カースト制,父権制および他のあらゆる形の差別・憎悪・不寛容の除去。

(4)自然資源の農民・労働者による私的所有と共同体所有。封建的生産関係の廃止,科学的生産関係の確立。

(5)生産,通商,分配および消費における漸進的な機械化・自動化。地区・地域・国家の持続可能な調和的開発。ヒマラヤ山麓の生態系保護。

(6)外国の資本や技術は国民の必要により導入。国内の労働,資源,知識,技術および市場の優先。国際法および人権を尊重しつつ社会主義志向生産関係を発展させる。

(7)革命的土地改革。「土地を耕作者に」

(8)水資源,水力発電および他のクリーン・エネルギーへの内外資本の競争的投資。河川利用における沿岸諸国との協力およびネパールの優先権。水資源や水力発電は国内市場優先。

(9)教育,健康,雇用,食料主権および住居に対する人民の基本的諸権利の確立。

(10)心身障害者,孤立者,老人,周縁的少数民族などへの社会保障。

(11)水資源,水力発電,通信,交通,産業および農業への外国資本投資については,国内資本過半とし,中央・地域・地区の人々に決定の優先権を与える。

(12)外交の原則は,非同盟・中立・世界平和。

(13)通商および商品通過の自由保障。

(14)国家遺産・世界遺産の保護。

(15)経営参加は労働者の基本的権利。

(16)すべての自然資源は国家所有。

(17)製品,交換,分配および消費に関するすべての資源は,国家,集団,協同組合または個人が所有。

(18)機械化・自動化のための専門技術教育。

(19)国家の独立維持,豊かな社会の建設,および速やかな社会・経済改革のための青年動員。

第55条 国家の責任
(1)基本的諸権利,国家の指導原則と政策,および本憲法の他の諸規定の速やかな実行。

(2)国内・国外の差別,搾取および抑圧の除去のため法的・政治的・司法的対策を講じる。

(3)真実和解委員会の設立。紛争犠牲者とその関係者のための救済,補償,治療およびリハビリ。加害者の処罰。

(4)人権規定および労働関係条約の施行のため,立法・行政・司法その他において必要な施策を実施し,そのための予算を割り当てる。

(5)国家と人民のため,必要な条約の見直し,および新条約の締結を行う。重要条約については,国民投票。

第56条 報告書の提出
国家元首は,本編の実施状況を報告。

第57条 監査
本編の実施状況に関する監査委員会を設置。

第58条 法廷質問
(1)すべての市民,組織および関係共同体・地域・地区は,本編に関する訴えを裁判所に提起する権利を有する。

(2)本編に関する最終審は最高裁。

――政治,社会,経済に関する包括的な原則規定であり,特に,弱者保護と「社会主義志向」が目を引く。これらはマオイストの一貫した基本政策である。

一方,詰めの甘さも見られる。たとえば,真実和解を唱えながら,加害責任者の厳罰を要求しているが,処罰は真実和解と原理的に相容れない。

また,この第4編の諸規定についても,裁判所に提訴できると明記されている。しかし,もしそのようなことをすれば,裁判所は議会とほとんど変わらないものとなってしまう。人民から直接選ばれてはいない裁判官が,抽象的な憲法規定に基づき,政治的事柄を含む広範な諸問題について審理し判決をくだす。そのようなことが,本当に可能であり,また民主的なのであろうか?

全体として,この第4編は,たしかに意欲的ではあるが,実効性の点では疑問が多いといわざるをえない。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/08/02 at 15:17

カテゴリー: マオイスト, 憲法

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マオイストの憲法案(3)

第1編は総則的な「序(Preliminary)」。憲法,主権,国民,国家,国語,国旗,国歌,国章が定義されている。

(1)憲法(第1条)
憲法が国家の最高法規。それはよいが,このマオイスト憲法案の最大の特徴の一つが,憲法の本質を完全に誤解していること。

憲法は,マオイストの嫌悪する中世封建制の頃から,権力を制限し人民の権利を守ることをもって本質としてきた。憲法を遵守すべきはまず国家権力の側なのだ。ところが,マオイスト憲法案では,むしろ人民の側に憲法遵守義務が課せられている。

「この憲法を擁護し憲法に従い責任を果たすのは,すべての人の義務である。」

権利よりも義務を優先させるのが,マオイスト憲法案の特徴。日本の改憲論者は,ネパール・マオイストに教えを請うべきだろう。

(2)国民国家(第3条)
「多民族,多言語,多宗教,多文化であり,かつネパール国民の独立・統合・国益・繁栄を希求しそれらへの忠誠の絆で結ばれているすべてのネパール人は,全体として,国民(the Nation)を構成する。」

これは暫定憲法と同じ。願いは分かるが,アイデンティティ政治を煽りつつ,国民統合を唱えるのは,火をつけながら消し回る(マッチポンプ),あるいはアクセルを踏みながらブレーキを踏むようなものであり,綱渡り的冒険である。

国家国民(the state nation)と国内諸国民(nations 諸民族)の関係が,整理されていない。

(3)ネパール国家(第4条)
「ネパールは独立・不可分・主権的・世俗的・不可触民禁止・全包摂的・社会主義志向・共和的・多国民的な国家である。」

あふれるばかりの盛りだくさん。特筆すべきは,やはり社会主義。人民民主主義だから,社会主義を目標として掲げるのは当然だ。

(4)国民の言語(第5条)
ネパールで話されている母語はすべて国民の言語。「国民の諸言語を平等に保護し奨励し発展させることは,国家の義務である。」

これも願いは分かるが,実際には不可能だ。そもそも少数民族自身が母語教育など希望していない。少し余裕ができれば,競って,敵性言語の英語を習わせているではないか。

本気で母語教育を目指すなら,英語帝国主義を粉砕し,資本主義を放棄すべきだ。英語学校乱立を放任しながら,母語教育など,笑止千万。

(5)国旗(第6条)
「ネパール国旗は多民族・多言語・多宗教・多文化・多地域の特徴をもつ連邦構造を表現するものとする。」

どこまで本気か? 偶像崇拝宗教と偶像否定宗教を一つの国旗に表現することなど,不可能だ。できもしないことを憲法に書き込んではいけない。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/03/03 at 10:06

カテゴリー: マオイスト, 憲法, 人権

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マオイストの憲法案(2)

1.人民民主主義憲法の宣言――前文
マオイスト憲法案は,「ネパール人民連邦共和国憲法2067(2011)」というタイトルの通り,人民民主主義を原理とし,社会主義の実現を目標とする。共産主義・毛沢東主義を党是とするマオイストの憲法案だから当然だが,イデオロギーの終焉社会に微睡む私たちは,ついこのあまりにも当然の大前提を忘れがちだ。自戒したい。

(1)民定憲法
前文は「われらネパールの主権者人民は」で始まる。主権者人民の定める民定憲法であり,現行暫定憲法と同じだが,表現はアメリカ憲法そっくりだ。

(2)ナショナリズム
前文の最初にくるのが,ナショナリズムの規定。「国家の独立,主権,地理的統合,国民的統一,自由,尊厳を維持し」と宣言している。万国の労働者の団結を目指すはずの共産主義なのに,ナショナリズム丸出しのショービニスム憲法案だ。

(3)人民戦争賛美
次に憲法案前文では,マオイスト人民戦争による封建王制打倒が賛美され,「人民連邦共和制」をその成果として確認している。暫定憲法では,「人民運動」の成果として確認されているのは「競争的多党制民主主義」である。この違いは大きい。原理的対立であり,妥協は困難である。

(4)社会主義
人民民主主義が憲法の原則となれば,当然,ネパールは「社会主義」による「無階級社会」の実現を目指すことになる。前文では,「半植民地的・半封建的体制」廃棄によりこれを実現していく,と宣言している。

現行暫定憲法前文には,むろん,こんな崇高な目標は宣言されていない。これも原理的対立であり,妥協の余地はない。

(5)労農階級の指導
社会主義となれば,当然,プロレタリア独裁となる。マオイスト憲法案には,「国家諸組織における労働者階級の指導的役割を保障する」と宣言されている。これも,暫定憲法の原則とは相容れない。

(6)連邦制
連邦制は現行暫定憲法でも宣言されているが,マオイスト憲法では,あらゆるカースト,民族,地域の「自治」と「自決権」を認める,と詳細かつ具体的に述べている。

その一方,「国家の地理的統合を維持し,国家の多カースト・多言語・多文化多地域的な多様性を制度化する」と欲張っている。カースト,民族,言語,宗教,文化,地域の自決と国家統一の両立がいかに難しいかは,インド・カシミール問題や中国チベット問題を見れば,一目瞭然だ。暫定憲法前文は,ここまで大胆な連邦制は述べていない。

(7)恐怖のプロ独憲法案
前文の結び部分になると,突然,「多党競争政治」が出てくる。さらに,市民的権利,経済的権利,定期的選挙,言論出版の自由が保障され,女性,ダリット,ムスリムらに対するあらゆる差別の廃絶が宣言されている。

あまりにも欲張り。何でもありだ。人民民主主義・社会主義と多党競争政治が両立しないことは明白だ。無階級社会になぜ政党が必要なのか? 

あるいは,基本的人権にしても,前文にはないが,本文にはおびただしい「但し書き」があり,実際には何一つ保障されていないに等しい。いやそればかりか,憲法案であるにもかかわらず,ご丁寧にも「スパイ罪」まで規定されている。

マオイストの19編274か条に及ぶ詳細な憲法案は,たいへん意欲的であるが,それだけにかえって恐ろしい,プロレタリア独裁憲法案なのである。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/02/27 at 16:05

マオイスト=UML,7項目密約

マオイストが土壇場で首相選挙を降りUMLカナル議長支持に回ったのは,両党(ないしプラチャンダ派とカナル派)の間で政権担当の密約(取引)が成立したからである。秘密協定だから内容ははっきりしないが,どうやら次のような取り決めらしい(ekantipur, Feb7)。

■マオイスト=UML7項目合意
 1.包摂民主主義により社会主義を実現。
 2.新憲法を制定し,共和制・連邦制を実現。
 3.マオイスト戦闘員からなる独立の部隊を設立。
 4.権力分有。諸政党代表からなる高レベル諮問会議の設立。
 5.共同綱領の制定。
 6.マオイストとUMLが交代で政権運営。
 7.以上に合意し,マオイストはUML首相候補に投票する。

この7項目合意が事実だとすると,プラチャンダ議長の圧勝ということになる。

第一に,社会主義ということは,人民民主主義を目指すということ。多党制とは相容れない。それをカナル首相は呑んだ。

第二に,マオイスト戦闘員だけの部隊を設置することは,マオイストが強く要求してきたこと。実質的に国内2軍隊となり,プラチャンダ議長の権力はむしろ強化される。

第三に,マオイストとUMLが交代で政権を運営すること(政権たらい回し)になれば,実際にはマオイスト優位の体制が出来てしまう。

もしこの密約が維持されれば,カナル首相は形だけで,実権はプラチャンダ議長が握り,マオイスト体制になっていく。しかし,もしUML内反カナル派が抵抗し,そこにNCやマデシ諸派が加勢することになれば,アナーキー状態になってしまう。

いずれにせよ,今後の流れを決するのは,マオイスト戦闘員(人民解放軍)だけの,あるいは彼ら主力の国軍部隊を設置できるかどうかである。減員され1万人前後となっても,それだけの精鋭部隊の実質的指揮権を保有することになれば,プラチャンダ議長の実権は揺るぎないものになるであろう。

もう一つ気になるのが,見え隠れする中国の動き。われらが「人民評論」によると,「新政権は中国の贈り物」だという(People’s Review, Feb8)。マオイストやUML幹部が足繁く訪中していたことは周知の事実。もともと同じイデオロギーを持ち,親中・反印も共通の二大共産党の連立政権であり,中国接近は自然な成り行きである。これをインドや国軍がどこまで許容するか? これも難しい問題である。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/02/09 at 09:31